46話 流砂の繋ぐ道
ギルドへ戻ったときには既に星明かりの時間だった。あらかじめ伝えておいたためか、普段なら門を閉められているはずの時間にも関わらず開いていたのでそのまま入る。
地下二階へ降りると各所で談笑している弟子たちが見えた。既に他のメンバーは帰っていたようだ。
メロディとフリューデルの姿を見たチャトは全員を整列させた。ラピスもそれを聞いて弟子部屋の方からちらりと顔を覗かせたかと思うと、さっといつもの位置につく。
「あ、ラピス。大丈夫そうか?」
「……うん」
念のため聞いてみたが、廊下からここまで走ってきたので回復は順調のようだ。愛想が悪いので本当に平気かと思う節はあるのだが。
そんなやりとりを差し置いて、チャトはエルファに話しかける。
「……それで北の砂漠はどうだった?」
「はずれですねー。流砂がたくさんあるくらいでした」
エルファはさも当然のように言うが、対してのチャトは肩を落とす。それを見てアルトの隣にいたソラが残念そうに呟いた。
「全滅、ですわね……」
「は? ……じゃあ他のところもなかったのかよ?」
他の探索班メンバーも頷く。今回は全て空振りのようだった。
ギルドの面々の顔が曇る中、カティとアクラが続けるように言う。
「東の森もただ木が続いてるだけだったんだぜ、ヘイヘイ!」
「水晶の洞窟はとても綺麗だったでゲスよ〜! おみやげにひとつ持って帰ってきちゃったでゲス」
そう言って取り出したのは、吸い込まれるような光を携えた水晶。氷のような透明感、それでもどこか優しい水色は確かに美しい。アクラも満足そうにそれを眺めている。
けれどモンスはそれを険しい顔つきで見つめていた。
「アクラ、我々の目的は時の歯車の捜索だろう? それなのに成果を上げれないまま、なぜまったく関係のないおみやげまで持ってきている?」
もっともな指摘にアクラは言葉に詰まる。ソラも気付いていなかったのか、水晶を見て驚いたような表情をしていた。
アルトは別にいいだろと思ったものの、空気の重さに言うのが少し憚られた。そうしているうちに、一匹がゆったりと笑い始める。
「あはは、まあまあいいじゃん〜。ちゃんと行ってきたってことで。綺麗だもんねぇ」
さらに重くなった雰囲気を壊したのは――リズム。彼色テンションで一気に空気を塗り替えた。それを受けてお互いに謝るのを見ると、リズムはふふんと鼻歌を歌う。
するとそれまで黙っていたチャトが口を開く。
「うーん、どうしましょうメテオさん?」
「私の知識不足ですね……申し訳ないです。明日からは違う作戦を考えましょうか」
「いやいや、メテオさんの知識があってこその今回の作戦でしたから! とんでもないですよ〜!」
頭を下げるメテオにチャトは勢いよく切り返した。そもそも時の歯車の場所など知られていないのだから、一日の探索で見つける確率などたかが知れている。むしろこれだけで見つかる方がおかしいのだ。
ひとまず今日はここまでだ。チャトの解散の声とともに、リンは夕食の合図として鈴を鳴らした。
「うーん、どこに行こうか?」
翌朝。まだ作戦は考え中なのでありそうな場所を自由に探索。それがチャトからの司令だった。
いきなり「ありそうな場所」と言われても迷うのが普通であって、ギルドメンバー各位は地図を眺めながら唸っている。
(北の砂漠……何か引っかかるんだよな)
既視感と違和感。それは確かにアルトの中に残っていた。何かあるような、諦めきれない気持ちが渦巻く。
地図を覗き込んでいるリィとラピスはまだ目星がついていないようだ。それならとアルトは思い切って告げることにした。
「なぁ、また北の砂漠に行かねぇか?」
「え? なんで?」
「……昨日行ったんじゃないの?」
二人は首をかしげる。けれど昨日行ったからこそ、アルトはそこに行きたいのだ。
「頼む、まだ何かある気がするんだ」
「……うん、わかった。じゃあそこに行こっか!」
リィはにぱっと笑って地図を折る。ラピスは怪訝そうな表情ではあったが、他の二人に押されるようにため息をついた。
そうと決まれば。昨日の探検を思い出しながら、持ち物を整理しにトレジャータウンへと向かった。
「昨日の半分くらいの長さに感じたよね……」
奥地に着くや否やそう言ったのはリィ。実際に倍速で突破できたわけではないのだが、昨日より早いのは明らかだった。
モンスターハウスは昨日二回に対してここまではゼロ、罠もほとんどかからなかったのが主な要因か。
「ぜってぇエルファ悪運強いだろ!」
「……あそこ、皆悪運強そう」
アルトの指摘に対してラピスも同情する。
思い返せば罠にかかった回数はエルファが圧倒的だった。たまに他ではあるものの、昨日はアルトとリィはかからなかった。イコール罠は全てフリューデルが、となる。
別にフリューデルが弱くて足手まといだったわけではないし、むしろ楽だったのだ。少し運が悪かっただけで。
ラピスはきょろきょろと辺りを見渡し、額に滲んだ汗を拭う。
「……で、流砂だけだけど」
昨日と変わらずに思い思いの場所に居座る流砂。さらりと流れ落ちる砂はどこへ向かうのか。
アルトは目をつむり、違和感の正体を探る。
(確かに見覚えがあるんだよな、この流砂だけの空間は)
……なら、ここで何ができる?
アルトは思考を繋いでいく。この違和感を、既視感を解くのに必要な鍵がここにあるはずだから。
(……ここにある? ってことはまさか)
再び目を開く。視界に映るのは一定のペースでさらさらと流れ落ちる砂、それだけだ。
つまりそれが自分の出来る唯一の方策。
「……流砂の中」
アルトは小さな声で呟く。それを拾ったリィは目を輝かせて聞き返した。
「流砂の中に何かあるの!?」
「たぶん。だから――そこに飛び込む!」
突破口が見えた、そうして輝いた瞳は不安に塗りつぶされた。思っていた答えと違い、リィは戸惑いながら流砂とアルトとを見比べる。
アルトは自信を持った表情で流砂に近づいていくのに対し、ラピスはむっとした表情で言う。
「バカなの? あたしはやだ」
流砂からの脱出の仕方などラピスは知らない。当然のようにリィとアルトもだ。何かあったら大変なことになるかもしれない。
でも、それで止まっては昨日の繰り返しで終わってしまうのは全員わかってはいる。アルトは振り返り、キッとラピスを睨む。
「それでも俺は行きてぇの! 来たくねぇならいいよ」
後半は本人が思っていた以上の低音だった。彼自身なかなか子供っぽい言い方だとは思うものの、今それを気にする場合ではない。
喧嘩腰になる二人に、リィは困惑しながら述べる。
「確かに危ないかもだけど……でも私はアルトを信じる。それ以外方法は無いわけだし、一緒に行くよ」
「……アンタも?」
ラピスは呆れながら返す。 タイプ相性もあってか、あの砂の中に飛び込む気は到底起きない。
けれどもリィは、それを理解しながらも付いて行く道を選んだ。滝に飛び込んだときだって、時空の叫びがあったからとはいえ、アルトが言わなきゃ先には進めなかった。ならば賭けてみよう、リィはそう心を決めた。
「じゃあ飛び込もっか。いち、にの……」
さん。リィがそう唱えるとともにアルトとリィの姿は砂に呑まれる。
一人残されたラピスはしばらく二人を呑んだ流砂を無言で見つめる。やがてため息をひとつつくと、ぎゅっと目をつむった。
「……あたしも行けばいいんで、しょ!」
足元の砂を蹴り、自身もまた砂の渦へ飲み込まれに行く。
一瞬で身体が砂に覆われ、流されるような感覚がする。けれどもそれは少しの間で。開放感を感じてそっと目を開くと、そこにはリオルとチコリータ。
「ほら来ただろ?」
「本当だ……! えへへ、成功みたいだよ、ラピス」
なぜか自慢げなアルトの向こうには、確かに空間が広がっていた。二歩前へ進んでから上を見ると、自分の落ちてきた場所には一筋の光と雨のような砂。
ラピスは自分に付いた砂を払いながら歩を進める。それに続くように、アルトとリィもその先の洞窟へと足を踏み入れた。
洞窟をみた瞬間まさかとは思ったが、その期待を裏切らないのが探検というやつか。
そう、中はダンジョンになっていた。それも北の砂漠のポケモンの進化系ばかりというラインナップだ。当然ながら難易度は上がるわけで。これまで二発程度で倒せていた相手にも、その倍の手数が欲しくなってくる。
「アイアンテール」
「マジカルリーフ!」
ラピスの鋼のように光る尻尾がサナギラスに当たり鈍く音を立てた。続いて虹色に輝く葉もサナギラスを巻き込む。
それに憤慨したらしく、目の前に砂の渦をつくり始めるや否や視界が砂色に染まる。――砂嵐。
「あーまたかよ! そろそろ玉切れそうなんだが!」
アルトはそう言いながら雨玉をはっけいで割る。真っ二つになったそれはもくもくと煙を発し、瞬く間に上に雨雲を生み出す。
再び自分の有利な天候にしようと砂嵐を構えるサナギラスだが、それは即座に阻まれた。
「……凍って」
ラピスの冷凍ビームを受けて、サナギラスはその体力を全て奪われた。
おー、と感嘆したような声をあげたリィは、雨音を聞きながらアルトに問いかける。
「アルトは天候系の玉あといくつあるの?」
「俺はあと日照り玉が一個だけだ。そっちは?」
互いの情報を交換し、現状を把握する。メロディが天候を変えられるチャンスはあと四回。一見多く感じるが、フロア毎に使っていたのでは奥地まで持つかわからない。そのくらいの量だった。
昨日の様子を見て多めに持っていたものの、年中砂祭り状態のここではまだまだ甘かったようだ。
「……節約する?」
「ダンジョンが短い可能性に賭けてぇけどな……!」
雨で足場は少し悪くなったものの、涼しさを得られて快適にさえ感じる。普段はあまり好まない雨も、今は本当にありがたい。
適当に進み始めた通路の先に階段が見える。とにかく早くダンジョンを抜けたい。そんな思いで階段へ向かうと――
「チッ、モンスターハウスかよ!!」
「ええええ……っ!? 最近こんなのばっかりじゃない……!?」
「めんどい……」
やらかした。いや、階段のある部屋だから不可抗力だ。ご丁寧に雨はやみ、代わりに降り出したのは――吹き始めたのは砂嵐。
部屋の中央から深緑の鎧のようなものをまとったポケモンが、一際大きな背丈からこちらを睨む。リィはひっと頼りなく悲鳴を上げ、ラピスはそれを冷たく制しながら言う。
「バンギラス……。アイツだけは戦わない方がいい」
「……なら!」
アルトはまたも不思議玉を割る。それとともに敵ポケモンは一瞬で、一匹残らず部屋から姿を消した。
使ったのははらいのけだまというもの。部屋のポケモンをフロアのどこかにワープさせるものだった。
「北の砂漠で使わなかったおかげで残ってたやつ、すごい便利だな……!」
アルトが自慢げにそういうと、砂嵐の中を階段まで強行突破。全員が階段までたどり着き、戦うことなくモンスターハウスを制した。
そんな調子でフロアをくぐりぬけ、中継地点を通過し。ようやくたどり着いたのがここだ。
今まで呼吸するたびに砂が入るくらいのものであった空気も、ここのは美味しいと言えそうなくらいに澄んでいる。そう感じてしまうほどに別空間であった。
そして何よりも目を引くのが、きらりとサファイア色に光る水面。地底に隠された湖だった。
「ねえ、湖のところで光ってるのって……」
メロディはゆっくりと、つられるように光に近づく。それと同時にその翡翠色の光の正体がはっきりと目に映る。
湖の中央で、浮遊するように佇む青緑。透明な光で辺りを照らすそれは、確かに見たことがある。
そう、霧の湖で。
「時の歯車……!」
アルトは目を細めて歯車に魅入る。いや、アルトだけでなく、他の二人も。だからこそ誰も気がつかなかった、衝撃波が迫っていることに。
「うあっ……!」
「あ、アルト!?」
突然湖から弾き飛ばされたアルトに駆け寄るリィ。ラピスもバックステップで湖から離れるとともに、その場に怒気をはらんだ凛とした声が響く。
「――アンタ達、ここへ何しにきた!?」
水面がぽこりと盛り上がったかと思うと、中から飛び出してきたのはポケモン。ユクシーに似ているが、桃色の頭部と頭から垂れ下がった房はユクシーとは違う。
敵意をむき出すそのポケモンに、リィは慌てて告げた。
「何って、時の歯車を探しに……」
「やっぱり噂の盗賊ってやつなのね……! 覚悟しなさい、時の歯車に近づく者は――」
その瞳に宿る光は、完全に敵意に染まるもの。ここまでは手配書はまわっていないというのか。
桃色のポケモンは攻撃態勢に入りながら続ける。
「――この地底湖の番人、エムリットが容赦しないよッ!!」