45話 天候任せの探索班
「はどうだん!」
「蔓のムチ、っと」
現れたカラカラとサンドにそれぞれ先手を繰り出す。サンドは丸くなることでダメージを減らし、カラカラは抱えているホネを操って波動の塊を打ち消した。おそらくはホネブーメランだろう。
反撃の体制に入るのを見ながら、エルファは手を掲げてエネルギーを集める。
「この距離なら両方余裕だね? ……グラスミキサー!」
生み出された葉の渦は順番に命中して体力を奪う。敵二匹が逃げ出したのを見て、エルファは余裕そうにふっと笑みを浮かべた。
それを観戦していたリィは感嘆しつつ、とことこと彼の元へ歩み寄った。
「ねえエルファ、私もそんな感じの技使ってるんだけど……これってグラスミキサーって言ってもいいのかな?」
そう、リーフスパイラルのこと。これは何時ぞやのエルファ戦を見て真似しようとした結果生まれた、言わばグラスミキサーもどきだった。もっともこれでも扱えてはいるのだが、やはりグラスミキサーとは似て非なるもの。そんな気がしていたので、どういう風に形容すればいいのか……というのが魂胆だった。
「……えっと、どういう感じで?」
それを聞くとリィはリーフスパイラルを弱めに繰り出す。いつもよりは小さめではあるが、グラスミキサーのように葉が螺旋を描いている。
それを見てエルファも小規模なグラスミキサーを作り出した。
「んー、グラスミキサーと比べたら渦の巻き方が弱いかな。当てるときは?」
ちょうどよく敵ポケモンの姿が見えたので、エルファはそれを指差す。それを見てか、その緑色のポケモンはこちらに向かって何か技を放った。
「えっと、リーフスパイラル!」
砂が舞っているのでポケモンの正体や技の種類は判別しにくいものの、今は気にせずにリーフスパイラルで相殺する。
踊るような葉はトゲのような攻撃を一つひとつ切り裂いた。
「こんな感じだけど……」
「ん、了解です。じゃあ俺ね、グラスミキサー!」
再び迫り来るトゲを今度はエルファが対応する。グラスミキサーを普通のサイズで作り直し、薙ぎはらうような手の動きを合図に発射。今度は渦にトゲが飲み込まれるようにして消えた。
その隙に距離を詰めてきていた技の主――サボネアは腕を振り上げる。
「リズム!」
「おっけーだよ〜! 火の粉ー」
リィとエルファが避けたおかげで開けた軌道を炎は走る。サボネアが熱さにうち悶えているうちに、リィが体当たりをすることでトドメとした。
エルファは周囲に敵がいなさそうなのをさっと確認すると雄弁に話し始める。
「さっきのでわかったと思うけど、俺のは渦そのもので攻撃する。先輩のは渦状なだけで、攻撃のメインは葉ってところかな」
「いやよくそこまで解説できるね!? うち全然わからなかったんだけど!」
エルファは得意げな表情をしていた。それを見てぐぬぬと悔しそうな顔をするシイナはなぜなのか。
「そっかぁ。うまく渦作れたらグラスミキサーになるのかな……?」
リィは先ほどの二つの技を思い出しながら答える。言われてみれば、自分のは渦というよりも筒状に近かった。確かに技の性質は異なっている。
そんな様子をほわほわとした笑顔で眺めていたリズムは、ふむふむと頷きつつ口を挟んだ。
「近くはなるだろうけど……でも今のままの方が範囲攻撃はしやすいんじゃないかなぁ?」
リズムはのほほんと砂をもてあそび始めながら言う。もっともさらさらと崩れるので何か作っているというわけではないようだが。
リズム流の砂遊びを不思議そうな顔で見ながら、アルトも会話に加わる。
「範囲攻撃、だと……大勢相手にするときか?」
「そういうこと〜! モンスターハウスとかねぇ」
「やめてリズムここダンジョンだから! ほんとに出くわしたらどうするの!?」
モンスターハウス。迂闊に入ればそこは立派な包囲網。入るまでは普通の部屋とあまり変わらないように見えるのに、足を踏み入れた途端隠れていたポケモンが一斉に飛び出してくる危険極まりないトラップだ。
メロディには比較的最近のそこに立ち入った記憶があったりもする。
「リンゴ好きのワルビル……っ! ああもうアイツ本当印象強ぇんだが!」
「あっ、チェローズとラスフィアと行ったときだよね。シェライト強かったなぁ……」
思い浮かぶのは盛大に名乗ろうとしてリンゴでむせる、そんな不憫なお尋ね者。底抜けに明るい綿帽子と一瞬で氷漬けの世界を生む蒼龍。
そして――砂嵐の舞うモンスターハウス。
きょとんとしているフリューデルにもその説明をすると、不思議なお尋ね者だとくすりと笑った。
「でもでも、そのお尋ね者すごいランク高かったんでしょ? 星いくつか、って言ってたんだよね?」
「ああ、たしかそんな感じのことを言ってた」
エルファ曰く、星のつくレベルの依頼は一定以上のランクの探検隊しか受けることが許されない危険度。そこからしてみれば、メロディ達が普段受けているものはトランセルの鼻を掴むよう、とさえ揶揄されるらしい。
「だからなんでそこまでランクが高いのか。何をしたのかってところ、俺はすごく気になるけどねー」
難関ダンジョンでもなさそうなのにね。
階段を探しながらエルファはそう独り言のように言う。確かに並みの窃盗とかならそこまで高ランクにはなるわけがない。それこそ機密情報を盗んだりしなければ。
今は確かめる術がないので彼についての言及もここまでとしておくが、考えてみれば謎多きポケモンだ。
それにしてもここ、ワルビルみたいなポケモンが出てきそうだ。リィがそう感じたのと共に先頭を歩いていたエルファがあっと声をあげる。
「階段あったの?」
リィがそう聞くと、エルファは背を向けたままやれやれと言う風なジェスチャーをする。
「いやーこれは……モンスターハウスですね?」
「「ええええぇぇ!?」」
「はぁ!?」
「おおっ、楽しそうだねぇ!」
エルファの眼前にはギロリとこちらを睨む大量のポケモン。冷や汗が浮き出るが、幸い数はそこまで多くない。精々十匹程度……それでも多くはあるのだが。
エルファは目の前のポケモンを蔓のムチで薙ぎはらい、後方に指示を出す。
「この量なら殲滅した方が早そうだから……っと、皆よろしくお願いしますねー!」
「言われなくても!」
アルトも部屋に飛び込み、はっけいを近くにいたヨーギラスに当てる。それを受けてなお残った体力は後方からシイナが打った水流に削られた。
リズムは敵の動きを制限するべく、その小柄な身の元へ煙を構える。
「煙幕〜!」
味方を巻き込まないように注意しつつ、近くに黒い幕を下ろす。それは今まさに技の構えを取ったヤジロンの動きを停止させた。その隙にリィが葉っぱカッターを打ち込むと、ヤジロンはぱたりと倒れる。
そんな調子で順調に倒し進め、残り五体。数だけならイコールとなった。あとはこのペースで倒していけばいい、と思ったときだった。
針で突かれたような痛みが不規則なリズムで肌を踊り始めた。それは瞬く間にその勢いを増していく。
「砂嵐……っ!?」
「……敵の誰かが使ったみたいだねぇ」
目の前を覆い尽くす砂の煙幕。咄嗟に目をつむるリィとは反対にリズムは冷静に分析する。
この天候で怖いことは視界が狭まる、無差別に当たる砂が痛い。それに加えて、だ。
「隠れられた、ね?」
そう、特性すながくれ。そのせいでただでさえ視界が限られているなか、更に敵自体が隠れるという戦法となっているようだ。一部ポケモンは保護色なのも厄介である。
「っと、近づいてるの全然わかんねぇな!」
サンドがアルトに対しツメを光らせる。そこから繰り出されるみだれひっかきは、威力こそそこそこだが不意打ちになるので余計にダメージとなる。
エルファは砂が入りチクリと痛む目を、瞼が完全に降りるところギリギリで保つ。確かカクレオン商店で買ったあれがあったはずだとバッグに手を入れる。
「本当に危ないね……グラスミキサー!」
片手間で繰り出した葉の渦は目の前の砂を払い、その向こうにいたナックラーを巻き込む。これはすながくれ持ちではなかったはずだが、やはり視界が限られるのは不利だと改めて悟る。
こつり、と手が硬いものに触れた。取り出した不思議玉はちょうどエルファが使いたかったものだ。エルファはそれを持って不敵に笑う。
「砂嵐はこれにて終焉だねってところかな」
割れる不思議玉。晴れる視界。エルファ以外の全員が何が起きたかわからずに困惑を浮かべた。けれど彼にとってはネタばらしは後回しで大丈夫な案件なのだ。
消える不思議玉の欠片には目もくれず、エルファは片手をぴんと伸ばす。
「さて、俺も真似してみようかな。……リーフスパイラル、もどきで!」
「あっ私も……リーフスパイラル!」
エルファに倣いリィも葉の渦を生成する。砂嵐中に畳み掛けようとしていたせいか、敵ポケモンはリーフスパイラルの射程圏内にまとまっていた。
二つの渦は彼らに容赦なく命中するが、グラスミキサー圏外だったものにはまだ体力が残っているようだ。
「はどうだん!」
「水の波動! ……ってあれうまく撃てない!?」
ラストはアルトとシイナで。水色の玉と細い水流により、最後に残っていたココドラも目を回した。
「このくらいで大丈夫かなぁ? お疲れ様〜」
リズムが鼻歌混じり言うと一気に緊張がほぐれる。体を動かしたせいか内側から暑さが滲む。……いや、外側からも当然暑さは降り続いているのだが。
気がつくと目の前には陽炎がうっすらと揺れていた。シイナはしばらくその様子を眺めていたかの思うと、ばっと振り返りエルファと目を合わせた。
「ねぇエルファ、これ日照りだよね!? うちうまく技使えないんだけど!」
「うん正解。日照り玉ってやつを使ってみてさ」
砂嵐よりマシでしょというのは確かに正論なのだが、ここは砂漠なのだから暑いのは勘弁願いたい。そこは満場一致だった。
「え、えっと、階段探そう……?」
リィが控えめに提案すると、一行は暑さに火照る体にむち打ち進み始める。この日照りも少ししたら収まるそうだが、今はその時間が一刻も早く来てと願うばかりだ。
「ラピスがいたら冷やしてもらえそうだよね……」
「くそっ、なんでアイツいねぇんだよ……! というかここってまだ一階だよな?」
アルトの言葉に全然の脚が止まる。
すっかり長居した気でいたが、実のところまだ階段を一つも見つけていない。およそ十五階とメテオは言っていたことを思い出すと、先の長さに肩が重くなる。
「もう帰りたくなってきたぁ……」
これにはさすがのシイナも少しテンションが落ち気味のようだった。
なんとか階段を見つけて、次のフロアで階段を探し。
その繰り返しと砂漠特有の暑さに体力を奪われつつも、ようやく奥地へとたどり着いた。
「長かったね……暑い」
「エルファが罠引っかかりまくるからだろ!?」
「あれー、俺そんな引っかかってないですよ?」
「嘘だ! 敵何回も呼び寄せたじゃん!!」
「モンスターハウスも引いたしねぇ〜。ふふふ、楽しかった〜!」
上からリィ、アルト、エルファ、シイナ、そしてリズムの順だ。
あの後も別のフロアでもう一度モンスターハウスに出会う。砂嵐の度に打ち消すためと日照りか雨――日照り玉の他に雨玉も持っていたのだが――に苛まれる。メロディの普段の探検とは比べ物にならないくらい罠に引っかかる、およそこんな感じだ。
遠征のときにも思ったが、フリューデルは――否、 エルファはもしかして悪運が強いのだろうか。そんな疑問を無理矢理しまいこみ、アルトは眼前の光景を確認する。
「流砂ばかりだな……」
そう、辺りは大小様々な流砂が点在していて先には進めそうにない。当然のように時の歯車の影など微塵もなかった。
「うむむー、はずれみたいだねぇ」
「えー、せっかくここまで来たのに!?」
リズムとシイナがわいわいと騒ぐなか、アルトはふとした違和感を感じ始めていた。
ぐるぐると渦巻く既視感。この光景はどこかで見た、この既視感はどこかで感じた。その記憶を必死に手繰り寄せる。
(確か……ベースキャンプで夢を見た後?)
暗黒の中を苦しげに走る感覚がフラッシュバックし、一瞬呼吸が早まる。でも確かに目が覚めた後、外に出て感じた既視感は今のものと似ている。
――俺は、この場所を知っている?
「――ト、アルトー!」
「っ! り、リィ……どうかしたのか?」
「どうかしたかのはこっちのセリフだね。何もないみたいだし帰ろっかってことですよんと」
薄ぼんやりな意識から帰ってくると、きょとんとした顔のリィとつまらなさそうな顔のエルファ。後者は目的のものが無かったからだろうか、呆れたようにため息をついている。
アルトはバッジを起動した。そういえば昨日もこんな不完全燃焼な気持ちで帰った気がする。晴れない気持ちはギルドに戻ってからも続いた。