44話 その行方は
「ええ〜〜っ!?」
「ごめんね〜、僕が伝え忘れてたや。ラスフィアは短期予定で来てくれたんだ。昨夜そろそろ行くねって言いに来てくれたんだよね」
マルスはセカイイチを取り上げられたかのようにしょんぼりとしていた。
あまりに突然で理解が追いついていない皆は、困ったように顔を見合わせる。
「うーん、それなら私もひとこと言っておきたかったのですが……」
メテオの言葉に全員が頷く。今日は捕獲作戦に協力するとのことで朝から来ていた彼だが、それを聞いて困ったような表情を浮かべていた。
チャトは短期予定だったことを知っていたのか、あまり驚いてはいないようでいつも通りに朝礼を進める。
「コホン、まぁそういうことで……。短い間だったが彼女にはかなりお世話になったからな。また来たいとも言っていたし、会った時にまた色々話すとしよう♪
……というわけでジオン、悪いがメロディを起こしてきてもらっていいか?」
ジオンが思い出したようにあっと声をあげる。続いて皆も。そもそもこれは、ラスフィアとメロディがまだなので起こしに行くと言いだしたところから始まったのだ。
ジオンが肩を落としつつメロディの部屋へ向かうのを見て、エルファがぼそりと呟く。
「突然すぎる気もするけどね。あの人なら事前に挨拶くらいしそうだけど?」
「うーん、期間の予定は伝えていたと思うし……。それにしても昨日も何も言ってなかったよねぇ」
腕を組んで考えるエルファの耳にマルスの声が届く。
「とりあえずメロディには僕から伝えておくね」
広間に再びジオン、その後には眠たそうなメロディ。今日はやけに静かだったけど既に起きていたのかだろうか。
メロディがいつもの位置につくと、さっと目視で人数を数えたチャトが話し始める。
「えーと、ジュプトル捕獲作戦についてだ」
ぴりりと緊張が走る。もう今日から本格的に作戦を実行していくようだ。
「まず前提として、ジュプトルは時の歯車のある場所に表れる。ただ今の所、あると断定できる場所はない」
そりゃそうだ、と数人が呟く。そもそもこの事件が起こらなければ存在すら知らなかった、というポケモンもゼロではない。遠征で見つけられたことさえ奇跡のようなものなのだ。
きらめく歯車を思い出しながらギルドの皆は話に集中する。
「そこで私と親方様、メテオさんでありそうなところの目星を付けてみたので皆には調査してしてもらいたい♪ 今から分担と場所を報告するのでよく聞くように!」
チャトはつらつらとダンジョンの場所、そしてグループのメンバーを発表していく。
東の森にはジオンとカティ、グレイ。水晶の洞窟にはアクラ、ソラ、モンス。皆名前を呼ばれるとともに士気を高めていた。
「それから、北の砂漠はメロディとフリューデルにお願いしたい」
「おっけー! ……ってあれ、ここだけ人数多くない!?」
元気に返事をしたシイナがそう返す。チーム名で言われたので一瞬わからなかったが、確かに他よりも多めだ。
その指摘を受けてチャトはさも当然というような顔で返す。
「ここはどうするか迷ったのだが……。両チームともまだまだ初心者なのでな、うまいこと協力して頑張ってくれ♪」
「随分はっきり言うな!? えっと、よろしくフリューデル」
「初心者同士よろしくお願いしますねー?」
エルファはそれをどう思っているのか、にやっとしながら手を振る。リズムも呑気によろしくと言い、ラピスはちらりとフリューデルの方を見ることで挨拶代わり。リィもそれに返そうとしたところで、違和感にふと気がつく。
「あれ、そういえばラスフィアとかは? ……って そもそもラスフィアは?」
(((あー……)))
その言葉に全員が軽く目を逸らす。アルトもリィにつられるようにメンバーを見渡すけれど、確かにブラッキーの影はない。
さっきまでの高まった士気とは一転、一気に淀んだ空気にリィは困惑を浮かべる。
チャトはそれを振り払うようにばさりと羽をばたつかせる。
「残りはギルドでいつも通りの仕事だ! いいね!」
「「「お、おおーーーーっ!!」」」
「えっ? ええっ?」
強制的に終了する朝礼にアルトとリィは顔を見合わせる。ラピスは……俯いていたので顔を見合わせそこねた、が正しいか。
メンバーがそれぞれの目的へと散らばり始めたのを見てマルスは声をかける。
「メロディ、ちょっといいかな? ラスフィアのことなんだけど」
その知らせにアルトとリィは目を丸くした。がさっきの空気には納得がいく。確かに微妙な空気になるのも頷けた。
ラピスは昨夜聞いていたため既に知っており、興味無さげにそっぽを向いて黙ったままだ。
フリューデルが少し離れたところで作戦会議を始めたのを一瞥し、リィは続ける。
「でもでも、予定ではもう少し先だったんだよね? なんで早くしちゃったんだろ?」
早く言ってくれれば挨拶くらいしたのに、とリィはぼやく。
「それは僕にはわからないけど、彼女なりの思いがあってのことじゃないかな。きっと心配いらないよ♪」
頑張ってねと微笑むマルスに小さく頭を下げ、メロディはフリューデルのところへと向かう。彼らは地図を広げてメテオに場所の確認をしているところだった。
「うーん、意外と遠いみたいだねぇ」
メロディの話が終わったのを見てリズムはそう呟く。エルファが指し示しているのはギルド北側、少し薄めの色で描かれた地帯だった。メロディにも見やすいように地図を床に置くと、リズムの言葉の意味がわかった。
直線距離で言えばそこまででもないのだが、間に海を挟んでいるため迂回が必要そうだ。
「トゲトゲ山がここ……だからこの辺りなら一日でも行けなくはねぇか」
「……でも、ダンジョンの長さは?」
「あまりはっきりとは覚えてませんが15階前後だったかと」
よくわかるな、と聞いた張本人のラピスは感じた。目星をつけるにあたってダンジョンデータも調べたということなのだろうか。
「まっ、とりあえず行きましょー! 行かなきゃ始まらないしね!」
シイナがはしゃぎ始めたのを見て、エルファは地図を折りたたんでバッグへしまう。
気がつくと他のグループの姿は既になかった。アルトも伸びをして体を起こす。
「そういえばラピス、昨日の大丈夫そうか?」
時の歯車関連のことで時が飛んだように感じていたが、エレキ平原へ行ったのはまだ昨日の話だ。あの雷撃の余波もまだ残っているだろう。
ラピスはじっとお腹に当てた手を離さないままの無言だ。その様子を見かねてメテオが介入する。
「北の砂漠は地面タイプも多いですし、あまり無理はなさらない方がよいかと……」
「そうだねぇ。この時期のエレキ平原は危ない、って話だったもんね〜」
その言葉を聞いてラピスは溜め息をつく。いくら電気タイプ同士と言えどこたえたのは事実だし、これだけ人数がいたらまぁ休んでも平気だろう。ラピスはそう結論付けて顔をあげる。
「ん。……明日は大丈夫だから」
「そっかぁ。お大事にね」
リィの返事を聞いてラピスは部屋にもどる。歩き始めるときに一瞬顔をしかめたので、おそらくはまだ傷が痛むのだろう。
チャトにラピスは休むことと帰りが遅くなるかもという報告をして、いよいよ北の砂漠へ向かい始める。
「……っとその前に準備だね。昨日の誰かさんたちは大丈夫だったんですかねー?」
「大丈夫じゃなかったよ! 気づいてたなら教えろよ!」
「あはは〜。でもあれ僕たちが気が付いたのって、メロディが出発して少し経ってからだったもんねぇ」
アルトはエルファの指摘に少し顔を赤くしてツッコむ。あのあと道具を拾おうとしても入らないわ、麻痺対策のクラボの実はないわで意外と大変だったのだ。
そんな調子でわいわいと騒ぎながら、一行はトレジャータウンへと向かった。
そんなこんなで北の砂漠へと来たメロディとフリューデル。さぁ探索と意気込もうか? そんなアルトとエルファをシイナは止める。
「別に走ってくることはなかったよね!? 疲れたぁ……」
「体力付けの一環だよ。ここまでウォーミングアップね?」
「私も疲れた……。こんなに走ったの初めてだよ」
「お疲れ様〜! 僕もちょっと疲れたねぇ」
へらりと言うリズムから疲れはあまり感じられない。事の発端はまぁ彼なのだが、あと少しといったところで走ってみようと提案した。アルトがそれに乗りエルファも、女子陣は仕方なく付いてく流れだった。
リズムはダンジョンの内部へと進みながら言う。
「ん〜、ラピスはこういうの苦手なのかなぁ?」
「走るのは好きじゃなさそうだけど、アイツ意外と体力あるからなー……」
ラピスは休みとのことで不在だが、万全の体制でこれに参加してたならおそらくはアルト側――余裕のある側だろう。
彼女は疲れたとかなんとか言いつつも、先陣を切って進み突撃する。それに顔にもあまり出さない……それは性格上かもしれないが。
「ま、しょうがないね。俺もあの氷はどうやってるのかもう一回見たかったんだけど」
エルファが残念そうに言うのを聞き、アルトとリィもふと疑問に思う。聞くタイミングがないまま時は過ぎていたが、そういえばそうだ。
「うーん……ラピスだからって納得してたけど、どうして冷凍ビームとか使えるのかな?」
「いやキミ達チームだよね!?」
「知らねえもんは知らねえよ! 聞いても知らんって返されそうだし!」
「うーん、僕は目覚めるパワーの改造かな〜って思ったけどねぇ」
そんな調子で足元から広がる砂漠を眺める。忘れかけていたけれど、今回の目的は時の歯車の探索。
深呼吸をして、アルトはこちらに向かってくるダンジョンのポケモンを見据えた。