43話 緊急召集
皆は既にギルド地下一階、お尋ね者掲示板の前に集まっていた。来たのはアルト達が最後のようだった。エルファはその姿を見ると煽るように笑みを浮かべる。
「遅かったじゃないですか?」
「いやそんな遅くねぇだろ! エルファ、これ何があったんだ?」
「それを今から話すみたいだね。俺もまだ知らないよ」
エルファはそう言うとチャトの方を向いてしまう。その横顔は既に真剣そのものだったが、敬語が外れていたことには気が付いていないようだった。
チャトはお尋ね者ポスターの前を落ち着かなそうに行ったり来たりしていた。アルトとエルファのやりとりを聞くと、全員が揃ったのを確認し始める。
「えー、実はお知らせがあってだな……」
コホンと一つ咳払いをし、そう告げるとともに場の空気が静まる。チャトは表情を曇らせたまま続けた。
「……また、時の歯車が盗まれたのだ」
「えっ?」
「なっ……!」
「なんだって〜!?」
一斉にざわめくギルド。これで三つめ、とアルト息を呑んだままその場で動けなくなる。場所もさして知られていないそれを、どうしてこうも次々と探し当てられているのか。
時の歯車といって思い浮かぶところが一つだけある。縋るような思いで、祈るような気持ちでチャトに尋ねる。
「まさか、霧の湖じゃないよな……?」
「いやいやあそこはユクシーがいたじゃん! それにうちら以外は知らない、し……そんなわけ……」
最初こそ勢いのよかったシイナも段々と元気を落としてしまう。目を逸らすようにしながら腕に巻いたスカーフをぎゅっと握った。
そのやり取りを聞いたチャトはいや、と続ける。それに覚えた恐怖心はぐるぐると心で渦巻いた。
「アルトの言う通りだ。今回は……霧の湖。そこだった」
今度は誰も声を上げなかった、否、上げれなかった。あまりの衝撃に言葉を失ったからだ。
霧の湖は自分たちの秘密のはずなのに、それをなぜ犯人は知っているのか?
「なんでっ、なんでうちらが遠征に行った直後にこうなるの……?」
まさかギルドの誰かが情報を流したんじゃないか。声には出さないけど、そう考えた者もゼロではない。
しんと静まり返った中に、メテオは「ちょっと待ってください」と制止をかけた。
「霧の湖に時の歯車があるなんて初耳でした……。そもそも今回の遠征は失敗だったのでは?」
それを聞くとシイナはあっと声を上げる。彼女はエルファに思い切り睨まれていた。いくらメテオとはいえど、ユクシーとの約束を破るわけにはいかない。
シイナが冷や汗をかく中、マルスは一歩前へ進み出た。
「ごめんねメテオさん。ある約束のせいで言えなかったんだ。……犯人はユクシーを倒して時の歯車を奪ったようだよ」
いつになく真剣に、特に後半は声のトーンを落として言う。いつもの雰囲気との違い、それが今はなによりも不安を煽る。
湧き上がる不安に締め付けられる喉から、リィはおそるおそる声を絞り出す。
「ゆ、ユクシーは大丈夫なの?」
「あぁ。今は保安官に保護されている。……それにユクシーから犯人についての情報を聞けたんだ」
犯人についての情報。食いつくような視線を受けてチャトが指し示したのはお尋ね者用の掲示板。その中央、他の紙に被さるように堂々と貼られた少し大きめの依頼書には一匹のポケモンが描かれていた。皆それを目に焼き付けるように凝視する。
「種族はジュプトル。素早さを生かして戦うようだ」
「凶悪そうでデスね〜……」
「ユクシーを一匹で倒しちゃうくらいだろー?」
「相当強そうですわね……」
こちらを睨むように描かれたそれを見てみな口々に意見を述べる。似顔絵なのに、彼らの間には火花が散っているようだ。
その中でアルトの耳に本当に小さな、幻聴かと思うくらいに小さな声が響く。
「……シュトラ」
(……は?)
それは無意識に自分が言ったのか、はたまた他の誰かが言ったのか。小さすぎて声の主は判別できないけれど、確かにそう聞こえた。
(シュ……シュ、なんとかって言ってたよな? 何の言葉で……何を、意味する?)
ぐるぐると考え始めるアルト。何か引っかかりがあるような気がする。名前か地名か、はたまた何かの宝物か。
それさえわからずにもやもやとしていると、とある声に現実に戻された。今度は大きくてはっきりしていて、マルスのものだと判別するのは容易かった。
「とにかく! これから仕事をジュプトル捕獲に向けてシフトするよ!」
「言われなくても!」
「望むところだぜ!」
親方様に続くように弟子たちも士気を上げる。さっきまでの不安そうな表情はすでにやる気に隠されていた。
「絶対にジュプトルを捕まえるよ! たあああぁぁぁぁーー!!」
「「「「おおーーーーっ!!」」」」
揃った声に迷いなんてなかった。……揃っていた、声には。
「ラス、この後少し部屋遊びにいっていい?」
夕食が終わるとラピスはそう切り出した。お腹にも普段は赤い電気袋にも。今日は少し焦げた後があって、見ていて少し痛々しい。
ラスフィアが頷くのを見ると、ラピスはさっそくアルト達にも後で戻ると伝えにいっていた。
「そういえば時の歯車。三つめ?」
「そうねー……。何事も無ければいいけれど。って起こっているからギルドが団結していたわね」
ふふ、と笑みを浮かべるラスフィアは、部屋の前へ到着するとサイコキネシスで扉を押し開けた。以前サイコキネシスに頼らずに自分の体も動かせばとラピスは提案したのだが、技の練習だとはぐらかされた記憶がある。
ラピスは部屋に入るとすぐにベッドに横たわり、目を閉じた。ラスフィアはその様子に苦笑いしてランプに灯りをともす。
「もう……ここで寝るの?」
「違うけど。疲れたもん」
ラピスは横になったまま頬を膨らませる。この部屋はメロディの部屋に比べてすっきりと片付いている。ベッドの数がそう感じる主な原因だろうが。
ラスフィアはベッドの横にぺたりと座り、首に巻いていたスカーフを緩めながら言う。
「ふふ、お疲れ様。今日は苦戦したの?」
「……ダンジョンで頭ガンガンするし、ボスは強かったし、あいつらに会うし……」
愚痴をこぼしながらラピスはお腹を押さえる。少し経てば傷跡は消えるとリンから伝えられた。鈴を優しげに鳴らしながら包帯も巻かれかけたが、さすがに窮屈そうに感じたので断ってきた。
「ボスと戦ってるときになんか放電して、そしたら頭痛いの消えたんだけどね」
そう語るのを聞いて一つの仮説がラスフィアの頭をよぎる。行ったダンジョンを聞くとそれはより確信を帯びる。宙空を仰ぐようにしながらラスフィアは問いかけた。
「うーん、“帯電”でもしたかしらね?」
「……なにそれ」
ラピスは上半身を起こしてラスフィアと目を合わせる。そのときにお腹に痛みが走り、軽く顔をしかめた。ライボルトのあの攻撃の直撃はかなり強烈だったんだと今更ながらに思う。
ラスフィアはそれを心配そうに見つつも話を続ける。
「うまく放電できなかったりして体に電気を溜めすぎると、風邪みたいな症状が起きたりとかするものよ。……どうかしら?」
エレキ平原は電気ばかり。頭痛くて少し気持ち悪くて、でも特性避雷針のライボルトに触れた時よくなって……。
ラピスははぁとため息をつく。まったくその通りだった。ラスフィアの知識に感嘆する気持ちを心の奥に仕舞い込みつつ呟く。
「たぶんそれ。……どうしたらいいの?」
ラスフィアはそれを聞いて得意げな顔になる。大人っぽくて落ち着いている割には、嬉しいときにはすぐ顔に出るのだ。そこが彼女の面白いところとラピスは思っている。
「定期的に電気技を使って放電しておけば大丈夫なはずよ。……ああそう、ひどい時は爆発するかもって聞いたことがあるわ」
「……嘘でしょ?」
「本当みたいよ?」
くすりと笑ったラスフィアにラピスの背筋が凍る。もしそんなことになったら、なんて考えたくもない。
ラピスは立ち上がってベッドから降りた。藁の感触は未だに慣れず、寝ることはできるけれど落ち着かなかったりはする。
「それ聞きたかっただけ。……じゃあね」
「爆発すること? ……それより、私からも少しだけいいかしら?」
扉に手を掛けたラピスはそのまま顔だけを振り返らせる。ラスフィアの顔はさっきまでとはうって変わって真剣だった。
「明日くらいにギルド出ようかなって言う話よ」
ラピスはその場で固まる。ラスフィアは一瞬微笑んでから続けた。
「元々短期の予定だったし、そろそろかなって考えてて。ふふ、なかなか楽しかったわ」
ラピスは静かに瞼を下ろす。確かに温泉で誘ったとき、少しの間ねと返された記憶がある。それを思い返したらすとんと腑に落ちた。
ラスフィアからいくつか連絡事項を聞くと、ラピスは部屋の扉を開ける。ラスフィアもそれと一緒に部屋を出た。廊下は明かりが無いので、ラスフィアの部屋の扉を閉めるとともに視界は黒一色となった。
「今から親方部屋?」
ラスフィアは体の輪っか模様を光らせる。そのおかげでなんとなく辺りのようすはわかるものの、目が慣れていないため輪っかのみが浮かんで見えた。
「そうよ。このこと伝えに行くつもり。……おやすみ、ラピス」
「じゃあね、ラス」
メロディの部屋へと向かうその背中を見送ると、ラスフィアは目を閉じていつかの会話を思い出す。
<……それじゃあお気をつけて。頑張ってくださいね>
<ええ、ありがとう。あなたもね>
あれからどのくらいが経ったのか、彼女はどうしているのか。ぼんやりと考えてから薄く目を開けて広間へ行く。今日は月が大きくないのか雲がかかっているのか、ここもあまり明るいとはいえなかった。
あれから私は何か成果を出せたのか、いや出せてない。時間が差し迫るのを感じ、焦りが押し寄せてくる。
「…… 親方様、今大丈夫ですか?」
ひそめた声は、辺りの静けさにより想像以上の大きさで耳に届く。
(予定より少し早いけど、いつまでもこのままじゃいれそうにないから)
扉の向こうからの返事を聞くと、なるべく音を立てないように慎重に扉を押す。それでも軋んだ音は耳を震わせた。
どうしたの? と興味深そうに視線をよこす彼に向かって、軽くお辞儀をしてから話し始めた。
今はその無邪気な視線さえ、少し怖い。