42話 宝物のお届けに
メロディ、そしてメテオはギルドの入り口へと降り立った。火花散る岩場とは一転、賑やかな夕暮れの街が視界に広がる。そこまではよいのだけど、リィはアルトの手の中にある水のフロートを見つめて言った。
「ねぇ、今シャン君達どこにいるんだろう……?」
「前はギルドにいたんだっけか? じゃあギルドに居てくれたりはしねぇかな」
その提案によりメロディはギルドを探してみるけれど、今はギルドメンバーのみのようだ。地下二階まで来ても兄弟の影はない。
違うか、と他の場所を探すべく再び上の階へ戻り始めたアルト。そんな彼のスカーフの結び目がクイっと引っ張られる。
「……ごめん、先戻ってていい?」
「あ、そうだよな。悪ぃ、付き合わせちゃって」
「いい。……気をつけてね」
アルトのスカーフを引っ張った本人、ラピスは返事を聞くとすたすたと部屋へ戻っていった。今日の探検は厳しいものだったが、特に彼女の受けたダメージは大きい。そのためあまり歩き回って無理はさせられないのだ。
ラピスを抜いて再び一階へ戻ったとき、ちょうどとある人物と目が合った。
「あっラスフィア! マリルとルリリの兄弟って見なかったか?」
「マリルとルリリ……。それならさっきカクレオン商店の辺りで見ましたよ」
帰ってきたばかりらしき彼女はそう言って上へ向かう梯子へと目を向ける。すると、思い出したように口を開いた。
「ラピスは今日は一緒じゃないの?」
「えっとね……さっきの探検で少し怪我しちゃったから先に戻るって」
リィが告げると、ラスフィアは目を伏せて「そう」と小声で答えた。まつ毛がふわりと揺れる。
それだけ聞くとラスフィアは下へと降りていった。ラピスのことが心配なのだろうか、その足取りは心なしか早かった。
「カクレオン商店って言ってたよな……よし、行くか!」
あそこなら確かにいる確率は高そうだ。アルトがい行ったのに続こうとしたところで、リィはふと後ろを振り返った。
「メテオさん? どうかしたの?」
「えっ、ああ。なんでもありません。彼女が昔の知り合いに似ていたもので」
その場で考え込むようにしていたメテオはなんでもないよという風に手を振った。それを見てリィも梯子を登り始める。既に上で待っていたアルトは、二人が来たのを見るとトレジャータウンへ向かい始めた。
カクレオン商店まで来ると、ラスフィアの言う通り彼らの姿が見えた。カクレオンたちと何やら話しているらしい。
「おーい、シャンくん、シアンくん!」
リィが元気に呼びかけると、その二人もこちらに気がいてくるりと振り返る。アルトは走って彼らの前へ行き、バッグから慎重に水のフロートを取り出した。
「これで大丈夫か?」
アルトの手に乗せられたものをシャンはそっと受け取る。その目はぱあっと光を得たとともに、水のフロートをぎゅっと抱きしめた。
「やった、水のフロートが帰って来た……! ありがとうございます、メロディさん!」
「メテオさんもありがとう!」
「いえいえ、よかったですね。水のフロートが戻っててきて」
シャンの目からほろりとしずくが現れる。アルトは一瞬焦ったものの、彼らの快然とした表情をみるとすぐにそれは消えた。
微笑ましい空気の中、ローゼが売り物の不思議玉を磨きながら言う。
「いや〜、しかしさすがメテオさんですよね!」
「ワタシメロディさんもすごいと思いますよ〜! あの時だってすぐ場所を突き止めちゃって、いち早く向かってましたし♪」
グリオンも会話に参戦してくる。あの時、とはトゲトゲ山とシルヴィの時のことだろう。一瞬シアンの顔が曇るが、彼もまたこくりと頷いた。
リィはえへへと照れ笑いを浮かべながらそれに続ける。
「でもあのときって、確かアルトが教えてくれたんだよね? このままじゃ危ないよーって」
一斉に向けられる視線にアルトは狼狽えるが、当時の状況を思い出しながら言葉を繋ぐ。
「あー、それは偶然夢を見たからで……俺は大したことしてねぇよ」
「夢……?」
メテオが怪訝な顔で復唱したのに、アルトは黙って頷く。けれどもこれを話すべきか、そう迷って口を噤んだそばからリィが話し始めた。
「えっと、時々過去や未来が見えるっていう夢……だよね?」
「おい! そうだけど……何かに触れたときに眩暈がして、声が聞こえたり映像が見えたりするんだ」
メテオは一つだけの目を閉じて考え込む。カクレオン二人、兄弟、そしてメロディという区切りで互いに顔を見合わせる。息がつまるように張り詰める緊張感に、アルトは言わない方がよかったかという不安を感じ始めていた。
しばらくするとメテオは目を開き、ゆっくりと言う。
「それはもしかして“時空の叫び”ではないでしょうか?」
「時空の叫び……?」
その場の全員が首をかしげた。誰もが初耳のようだった。
時空の叫び。アルトは心の中でもう一度繰り返す。今自分の過去について知る手がかりは、名前と元ニンゲン。そしてその能力、時空の叫びのみ。こうして挙げてみるとなかなか大きな意味を持ちそうにも思えてくる。
「なあ、それについてもう少し教えてもらうことって……」
「大丈夫ですよ。……そうですね、場所を移動しましょうか?」
メテオの提案にアルトは頷いた。さすがにこんな街中で自分の過去について話したくはなかった。
今は夕暮れ時。いつもなら海岸でトランペットを練習している時間だ。ラピスはフルート、リィは聴いて意見を言ってくれている。それ以外は……前にマルスが来たくらいだし、ここよりは格段に人通りは少ない。
というわけで、アルト達は海岸へと場所を移した。壮大な波の音はいつ聞いても落ち着く。潮の香りの空気を感じながらアルトはひとつ深呼吸をする。
「それで、時空の叫びっていうのは触れたときに未来や過去が見えるってことでいいのか?」
リィが夕陽に気を取られているのには気を留めず、アルトは質問した。メテオは少し辺りの景色を眺めたあとに言う。
「はい。ただそれを使えるのはごく僅かなのです。……私も始めて見ました」
実際の使い手は始めて見たとなると、手がかりは薄そうか。アルトはそれを悟りルビーを握る。不安になったりするとすぐ握ってしまうのだが、これも何か自分の重要な手がかりなような気がしてならない。まあそれについては今メテオに聞いたところでどうしようもなさそうだが。
景色に見惚れていたリィは満足したのか、会話に加わってくる。
「そういえば私とアルトが最初に会ったのってここだったよね……!」
「ああ、記憶無い上になんか色々起こるしでわけわかんなかったな……。ってあいつらと始めて会ったのもここかよ!」
懐かしんでいたアルトの目つきが急に変わる。好きな場所なのに、なんだかそれを壊された気分だった。
不機嫌になったアルトにメテオは制止をかけるように口を挟んだ。
「記憶喪失だったのですか……!? 何か覚えていることなんかは……?」
口を滑らせたとは一瞬思ったものの、メテオならまぁ良いだろう。ここまできたらとアルトは思い切ってメテオの目を睨むように見た。
「自分の名前と、あとは――元ニンゲン。それだけだ」
「も、元ニンゲン? どこからどう見てもリオルじゃないですか!?」
メテオは目を丸くする。案の定の反応だった。とは言えど、アルト自身もそれをどう説明するべきかわからないのだ。リィに助け舟を求めたけれど困った顔を返された。
しばらく考え込んだメテオは再び話し始める。
「名前は覚えているとのことですが、そちらもお聞きしても?」
「アルト。……アルト・エストレジャ。何か分かりそうか?」
そう問いを投げてメテオに向き合ったアルトは一瞬背筋が凍った。それもすぐに気のせいだという考えにより収まるけれど、頭ではふわりと疑問符がよぎっていた。
(一瞬笑ったように見えたけど気のせいだよな……? もう今は普通の表情だし)
今までより大きな波が、浜辺にいたアルトの足を僅かに濡らす。飛沫にはっとして海を見ると、夕陽は雲に隠れながらもゆっくりと海に沈んでいるところだった。
その景色に夢中になりかけ、アルトは慌てて思考を現実に戻す。ちょうどそのタイミングでメテオは口を開いた。
「うーん。残念ながら何も……すみません」
「そっかぁ……やっぱり難しいよね」
しょんぼりとした表情を見せるリィ。それにメテオはでも、と繋げる。
「私もアルトさんがなぜリオルになったのか、その謎を解くのに協力しますよ」
「えっ?」
「本当に!? よかったねアルト!」
表情を180度変えてはしゃぐリィ。アルトはお前の問題じゃないと言いかけたが、それでも自分のことにここまで協力してくれていたのはありがたかった。
そんな空気の中、突如翼をはためかせる音がした。アルトは咄嗟に上を向くと、空にはたくさんの鳥ポケモンが飛び交っていた。
「ペリッパー達だよね……どうしたんだろう?」
直射日光とならない方角の空を凝視する。今日はやけに数が多く、それに異様な胸騒ぎを覚える。彼らは様々な方角へと続く各自の道をまっすぐ飛んでいるようだった。
首が痛くなりそうなので再び正面を向いたところで、今度は何かポケモンの声が聞こえた。そのポケモンはこちらに走ってきたかと思うと、適当な位置で止まって話し始める。
「先輩たちもメテオさんもこんなところに……。トレジャータウン行ったって聞いたのにさ、遠回りしたじゃないですか」
「え、エルファ? なにかあったの?」
そのポケモン、エルファは答える前に空を見上げた。そのペリッパーの多さを確認し、再びアルト達に向かい直す。
「ギルドで緊急召集。ちょっと面倒なことが起きたみたいでさ?」
早く来てねと手を振ると、彼はすぐにギルドへの道を駆けていった。その背中を呆然として見送ったリィだったが、頭で発言を復唱してはっと我に帰る。
「き、緊急召集って言ったよね? 何が起きたんだろう……」
リィの言葉の返し方など今は考える暇も無さそうだ。不穏な空気と嫌な予感を感じつつメテオは言う。
「とにかくギルドへ行きましょう。そこへ行けば何かわかるはずです」
異論なんてなかった。一行はすぐさまギルドへと向かう。
夕陽は既に頭のみを残して沈み込んでいた。