41話 渦雷の矛先
耳を引き裂くような雷鳴。それはまさしくラピスの正面に構えられる塊から発せられていた。
最早ラピスからはライボルトの表情すら確認できない大きさまで溜め込まれたエネルギー。それは直撃したら厳しいことを否応無しに示していた。
「受けろッ!」
回避は座った状態からなのでほぼ不可。相殺するにも今から溜めたのでは威力不足を起こすのは明確だった。
……どうしろと?
ラピスは自らのその疑問に、手をまっすぐ電塊へ向けることで答えた。上手くいく保証なんてないけど、とりあえずはまあ、この後生きていればどうにかなるだろう。
発射される十万ボルト、ラピスはまっすぐに向かってくるそれよりも少し上を見据えた。ライボルトの双眼と視線がぶつかる。
「冷凍ビーム!」
叫ぶと同時に太く力強い電流が体を貫く。顔をしかめつつも、手はなるべく伸ばしたままで。
「くっ……」
(声、聞こえた! 当たったはず……!)
ラピスがそう無言で呟いたとき、振りかかる電塊が弱まったのを感じた。眩しさを避けるように下りる瞼を無理矢理開けて状況を確認する。
自分へと向かう一筋の閃光、その上を掠める薄氷のレールはライボルトへと続いていた。さらにそのライボルトの周りには葉っぱらしきものが舞っている。
「ラピス大丈夫っ!?」
「リィ……」
葉が一斉にライボルトへ刺さると同時に、焼くようにラピスに向かっていた電流はふっと途切れた。ラピスは片手をつきつつもゆっくりと立ち上がる。
さらにその後ろでは、アルトが衝撃波を放とうとしていた。
「これで決める……はっけい!」
アルトの宣言からのはっけいと共に、ライボルトは苦しそうに咳き込み体制を前へ崩した。
あとはトドメだ。次の行動の準備をしかけたアルトの盲点は既に隙となっていた。
「かみつくッ!」
「うあ……っ! ちっ、まだ残ってたのかよ!」
かみつかれた左腕を押さえながら辺りを見渡す。そこには牙をむき出すラクライ。
対親玉の方に戦力が集中しすぎており、ラクライ達には休む暇さえ与えていたようだ。体力全快ではないものの闘志を切らさない者は何匹か見受けられる。
「ライボルトは俺がやる!」
「わかった、ラクライは私がやるね……!」
リィが蔓を伸ばしたのを見て、アルトはライボルトに再び向き合う。ライボルトは殺気をはらむ瞳でラピスを睨んでいた。
ふらりとしながら立ち上がるラピスの横に、アルトは素早く移動する。
「……バッジ渡しただろ」
「嫌。使わない」
案の定だけど、思っていたよりはきっぱりとした答えだった。眼光はまだ光を失っていない。何を言っても無駄なのは明白だ。
「ああもう分かったっつーの! 早く終わらせるぞ!」
リィがラクライと戦っているらしき音を聞き、アルトは電光石火でライボルトへ接近を図る。その側を走った氷の筋はラピスの放ったもの。
「十万ボルトッ!」
「っ、危ねえ!」
アルトはそれを聞くとすぐに方向転換したため直撃は免れる。地面を抉る雷光を見ると、得意の近接戦の厳しさに舌打ちをした。
「なら波動弾で!」
「あたしは……いいか、さっきので。冷凍ビーム」
水色のエネルギー弾と取り巻くような冷気。それらを一身に受け、ライボルトは小さく唸る。がその唸り声と共に起きた一瞬の変化を、ラピスは見逃さなかった。
「……体、光った?」
目を細めて聞くラピスにライボルトは何も答えず、ただその場に佇む。その間にももう一回。刹那の間ではあるが、光を帯びるのがアルトにも確かに見えた。
危機感を感じたアルトは詰めた距離を再び開ける。そのとき、ライボルトは長く息を吐いた。
「絶対に、何があっても縄張りを荒らさせたりなどせぬ」
もう一度彼自身に淡い光が集まったとき、二人はその正体を察した。充電、つまりは技の溜めに値する技。
「侵入者に容赦はせん。貴様達にはここでくたばってもらおう!」
辺りから明るさが消える。反射的に上を見上げると……アルト達の上を覆うような雲。
これは避けられない。さっきの手も通用しないだろう。そう悟るラピスに高らかな声が響く。
「――かみなりィッ!!」
「待ってください!」
来たるべく衝撃を想定して伏せた目を再び開く。先ほどまで無かった影がアルトとラピスの前へ背を向けていた。
「メテオ、さん?」
それに気が付いたリィが唖然として声を上げる。ラクライはまだ倒しきっていないものの、彼らもまた突然の乱入者の方に気を取られていた。
ライボルトはアルト達を阻むように現れたメテオへ牙を剥き出す。
「この者達に偽りはない。彼らは住処を荒らしに来たわけではないのだ!」
「貴様……貴様もこやつらの仲間かっ!?」
打ち消されたかみなりを再び構え始めるライボルトに、メテオは再び制止をかけた。
すっと息を吸い、声を荒げないように告げる。
「私は探検家、メテオ・オルビット。以前あなた達が受けた仕打ちを踏まえれば、無断侵入者に敏感になるのも頷ける。この地があなたたちに安らぎを与えていることも私は理解しているつもりだ」
不穏な暗さを生み出す雷雲の下、ライボルトは静かに目を閉じた。静まり返った場に再びメテオの声が響く。
「この者達が住処を侵したのは詫びるが……それは決して危害を加えようとしたからではないのだ」
「そ、そうだよ! 用が済んだらすぐにここを出るから……お願い、ライボルト」
リィが頭を下げた。頭の葉が静かに前へ傾く。
再び開いたライボルトの緋瞳からは、幾分か敵意が消えているように見えた。
「……よかろう。貴様らを信じ、少しだけ時間をやる」
ライボルトはラクライ達に呼びかけ、彼らと共に姿を消す。
緊張がほぐれたリィは大きく安堵の息をつき、アルト達の横へ歩を進めた。ラピスはお腹を押さえつつも、顔色は最初よりは良くなっている。
「よかったぁ……。メテオさんありがとう!」
「えっと、ありがとう。アイツらはなんだったんだ?」
アルトがラピスから自分のバッジを回収しつつメテオに問う。彼はライボルト達の去っていった方角を見ながらそれに答えた。
彼らは過ごしやすい地域を求め、季節や時期によって移動しながら生活していること。雷の多いこの時期にエレキ平原で暮らすこと。そして――
「ここでいきなり襲われた?」
「はい。それ以来、ここに近づくものは容赦なく叩くのが彼らの掟とされているのです」
アルトはそれを聞くと僅かに俯く。
彼らが話を聞かずに襲ってきたのも頷ける。そしてそれを知らずに立ち入ってしまった自分の浅はかさを痛感した。もう彼らの姿は見えないけれど、申し訳なさを届けるように去っていった方角へ目を向ける。
それと同時にリィがあっと声を上げた。
「水のフロート! えっと……あそこにあるの、そうかな?」
リィが蔓で指し示す先には、最初に見たときと同じ位置に佇む水色。アルトはリィとそれに近づき手を伸ばす。……その後ろでラピスが叫んだことなど気づきもしないで。
二人へ向かって飛んできた、否落ちてきたのは空気の刃。メテオが寸前のところでシャドーボールで打ち消したので怪我はなかったが、刃が寸前にまで迫ったリィの顔は青ざめる。
「上……あっ!?」
「お前……っ! なんでいるんだよ!」
アルトはさっと水のフロートを回収し、その場から離れながら上を確認する。さっきまではいなかった。いや、気がつかなかっただけか。その顔には見覚えがあった。
「「――クルガンッ!!」」
「へへっ、遠征以来だな」
そのズバット、クルガンは口調とは裏腹の焦りを顔に浮かべながら羽をよりせわしなく動かす。確かに、あのドクローズのメンバーだった。
(コイツが単独なわけがない! あとの奴らはどこに隠れてるんだ……ッ!)
静かに目を閉じて精神を統一する。隙なのは重々承知だけれども、どちらにせよ残りの者たちの場所を探らねば再びの奇襲は避けられないという判断だった。
かすかだけど話し声のようなものが聞こえる。その波源は? 手繰るアルトはひとつの岩に目を付ける。
「そこか! ――波動弾っ!」
岩が砕けるとともに現れたのは案の定の二匹――ヤレンとデスポート。デスポートは特徴的に笑いながらアルト達の前へと出てくる。
「いやぁご名答だね、リーダーさんよ」
「……ドクローズ」
彼らの姿を見るや否や、ラピスら痛みに唸りつつ立ち上がる。頬に軽く電気を溜め、一度弾けさせた。
リィもドクローズからゆっくりと距離を取りつつおずおずと口を開く。
「ねえ、もしかしてあの手紙を書いたのって。水のフロートを、ここに置いたのって……」
「ケケッ、そうさ。ちょいと遠征のことで腹を立てていたんでね」
悪びれも躊躇いもない、明瞭なヤレンの答え。それを聞いたアルトは頭に血が上るのを感じた。わざわざこんな遠回り、そして第三者の巻き込みをしてまで彼らのしたかったこと。それが――。
技を構え始めるアルトの後ろでメテオが低い声で述べる。
「それでライボルト達を使ってメロディを弱らせ、あなたたちはここで待ち伏せていた、ですか……」
「クククッ。だがな、一つだけ予想外があったんだぜ」
真剣な顔つきになるデスポート。その目はメテオを捉えていた。
「まさかあのメテオさんがご一緒とはなぁ? それじゃあちょいと勝ち目が薄いのでね」
それだけ言うと彼はバッジを起動する。バッジから漏れた光は瞬く間にドクローズを包み、その場から退場させた。
「なっ……待て!」
その声が辺りに響く頃には既にその姿はない。
リィはバッジの光が収束するのを見届けるとふにゃりとした笑顔で振り返った。
「帰ろっか。水のフロートは回収できた?」
「ああ、これ。くそっ、逃げられたくなかった……」
右手に溜めていたエネルギーを解き放ち、左手に抱えていた物をメテオに見せる。中に閉じ込められた液体が揺れて輝くのを見て、彼はゆっくりと頷いた。
不完全燃焼ではありながらも、アルトもまた同じようにバッジを起動し掲げた。