40話 降り注ぐ雷霆
ようやくたどり着いた中継地点をそのまま通り過ぎようとするラピス。それをリィは慌てて呼び止めた。いつもよりもハイペースな探検で疲労が溜まっているため、ここでも休憩無しは少し厳しいのだ。
どうやらそれには賛成してくれるようで、ラピスはそれを聞いて無言で近くの壁にもたれかかる。力任せに丸められた手紙をバッグから出して、それを冷たい目で見ながら言う。
「……で、結局あの兄弟誰?」
アルトも手近な壁にもたれるようにしながら答えた。
「最初のお尋ね者の依頼の依頼主。町で会ったばかりのポケモンがお尋ね者だったんだよな……」
「うん。私もポスター見たときは驚いたよ……。ちょうどラピスと会う前日のことだったかな?」
自分から振った話を右から左へ聞き流しながら、ラピスは紙を破かないように開く。崩された字体、飛ばされたインクの後。相当書き手は適当なようで、それが更にラピスに先への道を急かす。
(こんな奴らに宝物を盗まれたら……もし、フルートを盗まれたら、あたしは絶対許せない)
手紙を再びバッグへ詰め込み、ちらりとリィに視線をやる。まだぺたりと床に座り込んでいたリィはその視線に気がつくと、ゆっくり伸びをしながら問いかける。
「あっ、そろそろ行く?」
「……疲れてるならいいけど」
「ううん、大丈夫だよ。ありがとうねラピス」
ラピスは背を向けてさっさと奥へと進み始めた。アルトとリィも置いて行かれないように早足で歩く。
中継地点を出るとすぐにダンジョンだ。当然のようにダンジョンのポケモンを倒していかねばならないわけで。
「体当たり!」
「はっけい!」
リィとアルトが声を揃えると、目の前にいたルクシオが反撃にとキバを光らせる。リィは繰り出される雷のキバを避けきれずに足を噛まれる。
「いたい……っけど、蔓のムチ!」
咄嗟に伸ばした蔓はルクシオを射抜こうとするも、直前で失速。ラピスがその隙に冷凍ビームを放ってトドメをさした。
「麻痺した、かも……クラボの実持ってる?」
「…………なさそう」
ラピスはしばらくバッグを漁ると、そうぽつりと告げた。リィは蔓を収納するものの、それからはぴりっと電気の音がする。
痺れる体じゃまともにバッグも覗けないので、リィのバッグはラピスに確認してもらう。しばらくするとラピスはひとつの種を取り出した。
「癒しの種、だけど」
「あれっ私そんなの入れてたっけ? あ、ありがとう」
渡された種をもぐもぐと食べると、体を縛るような痺れは薄れていった。
実は前日の探検中に拾ったものだったのだが、それ自体がすっかり頭から抜けていた。これならバッグ整理せずに来てもよかったとさえ思えてしまう。
「実際にはクラボの実たくさんもってくるべきだったんだけど……。でもあれ辛いから苦手なんだよね」
リィは癒しの種を飲み込むと同時にそんなことを頭に描いた。中継地点以前で食べたクラボの味を思い出すと口の中が熱くなるようだった。それに比べてこちらは名の通り癒されるような味なので、舌に優しく平和だ。
そんな風に戦いながら、アルトは少しだけ気になっていたことがあった。
「ラピス、体調悪い……のか?」
アルトがそう聞くと、リィもふっとラピスの顔を覗き込む。言われてみれば普段より血色は悪く感じるし、心なしか呼吸も早い。
「……」
ラピスは何も答えず先へと進む。一瞬ふらりとしたのは見間違えだろうか、心に不安が溢れる。
「……大丈夫かなぁ」
リィがぽつりと言う。ラピスはこういうときに何も言わないから、どうしたらいいのかがよくわからない。
耳に透き通った音が届く。ラピスがフルートを吹いて技を繰り出したのだろう。戦えているのだからまだ大丈夫なのだろうが、それでも一度浮かんだ不安は消えそうになかった。
そんな調子で進み、足を踏み入れたのは広く見晴らしの良い空間。今までより辺りが帯びた電気は強いようで、アルトは痺れるような刺激を肌で感じていた。
辺りをきょろきょろと見回したリィが即座に走り出し、少し走ったところでくるりと振り返った。
「ねぇ、あれ水のフロートじゃない?」
リィが指し示す先には、殺風景な岩場には不釣り合いな水色の何か。
この部屋の一番奥のところにひっそりと置かれたそれは、パチリと電気が弾けるのに合わせて光る。
「たぶんそうだな! じゃあ回収するか」
アルトもそう言って水のフロートへと足を踏み出した。
その瞬間、目の前を……リィとアルトの間にまばゆい柱がそびえた。それはすぐに消えたものの、地面にはえぐられた後が残る。
本能が鳴らす警鐘。何か、誰かいる。
アルトがそう察して体温が下がったのを感じるとともに、雷とは違う音が耳を貫く。
「貴様らッ! ここへ何をしにきた!?」
威圧感を伴う低い声音。喉が詰まるようになりつつも、アルトは大きく息を吸い込んで見えない声の主へ告げる。
「何って……そこにある水のフロートを取りに来たんだよ!」
「嘘をつくなッ!」
アルト達の前に立ちはだったのは水色と金色の毛並みの美しいポケモン。そしてメロディを取り囲むように数匹の若葉色と金色のポケモン、ラクライ。
水色と金色の大きなポケモンが咆哮する。
「縄張りを荒らす者は……このライボルト軍団が容赦せんッ!!」
敵意を剥き出しに唸る彼らを見てアルトは舌打ちをする。目は完全にアルト達を侵入者と捉えているようだ。
「戦う、しかねぇよな」
嫌だと言わんばかりに舌打ちをする。ダンジョン自体も短いわけではなかったので、今戦うのは本意ではないのだ。全員体力の残りはさほど多くはない。
アルトはライボルトから視線を外し、先程から黙ったままのラピスへ小声で問いかけた。
「……ラピス、戦えそうか?」
「……へい、き……」
そう答える彼女の息は荒く、顔色は明らかに悪くなっている。胸に手を当てながら呼吸をする彼女にアルトは不安を覚える。
休んでいた方がいい。けれど囲まれている以上彼女のみを場外に出す方法は――。
頭の端で光るものがあった。これならおそらくはとリーダーバッジを投げる。
「ラピスは先にギルドに戻れ! 今は戦うな!」
投げられたバッジを震える手で受け取るラピス。それを一瞬眺め、すぐにバッグに突っ込む。
「チッ……戻れっての!」
「だい、じょぶ、だから……ッ!」
奮い立てるように言う彼女に、一筋の電流が舞い来る。ラクライの電気ショックだ。
ラピスはふらつく足取りでそれを避けて手をかざす。冷凍ビームは彼女の気持ちとは裏腹に少しもエネルギーを蓄えない。
そんな彼女の背後から、別の影が閃光を帯びて迫っていた。
「隙を……スパーク!」
「っ、ラピスッ!!」
ライボルトが動きを止めたラピスにまっすぐに突き進む。アルトは止めようと走るけれど間に合いそうにはない。彼女は苦しげに呼吸をしたまま動かず――ライボルトに突き飛ばされた。
「うっ、うああぁ……あああッ!!」
ラピスが解き放つように叫ぶ。同時に雷がフロアを駆け巡った。それは縦横無尽に舞い落ち、時には横から突き刺すように。轟音を爆発させるように響かせながら、敵味方を問わず襲い来る。
体を抱き込むようにうずくまった彼女からは、ひっきりなしに電気が流れ出ていているのが見て取れる。その電気は稲妻となり、地面を、そして空気を轟かせる。
「きゃあああっ! ラピス、やめてって……!」
「ラピス! ……うっ、電気が……ッ!」
短い電流がアルトの指先を掠める。刺されたような痛みと後に残る痺れを感じつつ、ラピスの様子を確認する。
雷に眩む目は視界を狭めていた。この暴雷の中心部にいるラピスは相当危険だろう。けれど不規則に走る電撃は彼女に近づくことを許さない。
(助けなきゃ、またあの時みたいに……!)
――あの時?
一瞬だけ浮かんだ過去にはっとするアルト。でもそれについて考える間も無く、また側に落雷。地面が揺れて足元を小石が転がっていく。
「――きゃああああ!!」
閃光の中で聞こえた悲鳴はリィのものか。今はそれすら確認できない。
どうしよう、どうしたら。焦りで霧を帯びる思考は答えを出しそうにない。手汗の滲んだ手は無意識のうちにルビーを握った。
(そうだ、シルヴィ戦のときみたく何か映像が見えたりとか……!)
希望の光が見えたような気もしたけれど、ルビーは何も応えない。意識が落ちるような絶望感が心に渦巻く間にも、何発も閃光は辺りを駆ける。
とにかくリィと合流しよう。そう考えて地面を蹴った。
「リィー!」
「あっ、アルト……! おーい!」
声の先を辿りしばらく稲妻を縫うように走ると、見覚えのある大きな葉が目に映る。ただ彼女の頭から伸びる葉には黒ずみがあり、目には涙が浮かんでいた。彼女はアルトの姿を見るとほっとしたように瞼を下ろす。
「雷、当たっちゃって……アルトは大丈夫?」
「俺は大したことねぇ、けど!」
ラピスが、と言いかけたところで、ふっと辺りの音が小さくなった。唸るような耳鳴りがかすかに聞こえるくらいだ。
「収まった?」
辺りを見渡すと、電流は先程ほどは流れていないらしく稲妻はほとんど確認できなかった。
おさまったことに安堵する中、耳に低い声がずんとのしかかった。
「……こやつの電気量には驚いたな。避雷針の我でさえこれはこたえた」
「ら、ライボルト……?」
リィが雷により滲んだ涙を隠しもせずに、ラピスの側へ寄るライボルトをぽかんと眺める。ラクライはいつの間にかほとんどが戦うのは厳しそうな状態にある。
ラピスはまだ息を荒げつつ、ライボルトを睨んだ。
「多少ダメージにはなったが……貴様らが荒らしにきたのは証明されたなッ!」
「……ち、がう……っ」
お願い、分かって。その訴えは無情にもライボルトには届かない。ラピスの放電は既に収まっているものの、頬の電気袋は焦げたような後がある。
そんな彼女にライボルトは光の玉を向けた。そこからは不規則に弾ける閃光、一刻を経るごとに膨らむ雷光。
「受けろ、貴様の電気に強化されし――十万ボルトッ!」
静かになった部屋に、また弾けるような轟きが唸りを上げる。その電撃は至近距離にいたラピスまでも光に包んだ。