39話 青の心に陰る雲
三日ほど経った朝の事。
メロディは難なく依頼をこなし、ランクアップへの階段を順調に登っていた。ギルドで有名人扱いされた事実にいまいちピンとこなかったメテオについてだが、トレジャータウンでもにこやかな歓迎を受けている。やはり有名なのかと思う反面、アルトは自分の世間についての認知の浅はかさを実感したのだった。
「アルトー、リィー、ラピスー!! いるー!?」
「なんだよ……!」
掲示板の前で依頼を選んでいるアルトの元へ突如元気な声が届く。そうかと思うと、シイナが上のフロアから走ってきた。彼女は少し切れた息の中、上への梯子を指差す。
「あのねっ、メロディにお客さんだって! 青いかわいい兄弟なんだけどっ」
「……青い兄弟?」
「それってもしかして……!」
ラピスを除いては心当たりがあり、あっと声をあげる。シイナにお礼を言って三人で外に飛び出ると、階段の下に彼らはいた。エルファとリズムと雑談中らしい。
長い階段を半分くらいまで来たところででエルファが気がつき、ひらりと手を振る。それを見て青い兄弟もアルト達へ目を向ける。
「メロディさん、お久しぶりです!」
「シャン君にシアン君! どうしたの?」
残りの階段を飛び降りるような勢いで降りたリィは、かなり呼吸数を上げている。息を整えながらリィが聞くと、シャンは困ったような顔になる。
「その、昔言ってた探し物についてなんですけど……」
記憶を辿り、その場面を思い起こす。確かシルヴィと行動することになったきっかけが、彼がそれについて知っているからだったか。言いづらそうに黙ってしまう兄弟を見て、リズムが代弁する。
「それを見たっていうポケモンに場所を教えてもらって、二人で行ってみたんだって。だけど探し物の代わりに手紙があったみたいで〜」
「……手紙?」
聞き返すアルトに、シャンは頷いて手にしていた小さな紙を渡す。かなり雑な字でなにやら書かれていて、アルトに嫌な予感が走る。リィも一緒になって覗き込み、読み進めるとともにだんだんと眉をひそめ始めた。
「『水のフロートはエレキ平原の奥地に置いてきたぜ。といってお前らは取りに来れないだろうけどな、ケケッ! 優秀な探検隊にでも頼んでみたらどうだ』って……!」
それを聞いてアルトが手紙をくしゃりと曲げた。しわの走った手紙を睨み、はっきりとこう告げる。
「俺らが行く」
アルトの目はやる気に満ちていた。それを見てラピスは小さくため息をつく。
「……罠じゃないの? あたしはあるとは思えない」
「俺もね。その書き方は裏がありそうだけど?」
ぼそりと冷たく言うラピスに、エルファも同意見だと示すように目を伏せる。わざわざ頼めと書いてあるあたりに怪しさを感じたのだ。
けれどリィは首を横に振った。
「確かに罠かもしれないけど……無いって言い切れないから」
「俺も同じだ。それにコイツぜってぇ……」
二人の意見を聞いてラピスはため息をつく。スカーフを結び直し、アルトから手紙を奪ってすたすたと歩き始めた。
アルトとリィがついて来ていないのを察したのか、数メートル離れたところで一旦足を止め、背中を向けたまま一言。
「行くんでしょ?」
「……ああ!」
その返答を聞くや否や、足早に町の出口へと向かうラピス。それを追うようにアルトも走り出す。
「あっ待ってよー! もう……。シャン君、シアン君、行ってくるね」
「はい、ありがとうございます! お気をつけて!」
シアンの少し嬉しそうな、それでいて心配そうな声を聞いて安心させるように微笑むと、リィも二人を追いかけて地面を蹴る。
するの駆け出したリィと入れ違うようにシイナが階段をゆっくりと降りてきた。エルファはそれを見るとにやりと笑みを浮かべる。
「あー、シイナ。遅かったね?」
「仕方ないでしょ話に入るタイミング見失ったんだもん! 途中からずっといましたー!」
わぁわぁと騒ぎ始める二人……正確にはうるさいのはシイナだけだが、それを置いてリズムがシャンとシアンに話しかける。
「とりあえず行ってくれるみたいだから大丈夫だよよ〜。きっと見つかるって」
「はい、ありがとうございます! 水のフロートは僕たちにとって大切なものなので……」
そう言って兄弟は去っていく。続いてフリューデルもトレジャータウンへと歩を進めた。
カクレオン商店で必要なものを買い揃える。それから依頼を選びにギルドへ戻ろうとすると、シイナがある姿を見かけてあっと声を上げた。エルファもその姿を見て挨拶を交わす。
「メテオさんだ、おはようございますー」
「おぉ〜、おはよ〜」
「えっ、えっとおはようございます?」
フリューデルが個々の色満載で挨拶をすると、メテオも振り返りそれに返す。シイナはやはり憧れのポケモンという印象があるのか、少しあたふたした様子だ。
少し世間話でもしたところで、エルファはふとした疑問を投げかける。
「水のフロート……でよかったっけ? それって何か知ってます?」
メテオは大きな手をあごの辺りに当てるようにして少し考えると、視線を上のほうに向けたまま口を開く。
「水のフロートは確かルリリ専用の道具で、その一族にはとても大切にされているものですね。どうしてそれを?」
「ああ、もしかしてシャン君達に会ったんです? 無くしちゃったって言ってましたからね〜」
てきぱきと客に対応しながら会話に混ざってきたローゼに三人は頷いた。専用道具は話には聞いたとこはあったが、エルファは実際に目にしたことは無い。入手は困難だと聞くし相当価値のあるものなのだろう。あんな手紙が届くのにも納得が行く。
リズムはにっこりとしながら話に乗る。
「それで場所がわかったかもって〜! でもそれがダンジョンの奥で、行くのが難しそうってことでメロディに頼んだんだよねぇ」
「そうなんですか、見つかるといいですね〜。ちなみにどちらへ?」
ローゼはさっきの客の対応が終わり手の空いたようだ。バラ色の体を乗り出して問いかける。
それを受けてエルファが手紙の内容を頭の中に呼び起こすが、あの特徴的な笑い方が書かれていたのがどうにも印象に強くなかなかダンジョン名が出てこない。
「んーと、エレキ……え、エレキ」
「平原だったかなぁ? エレキ平原、そこの奥地みたいだよ〜」
シイナがくすりと笑ったのを見逃さず、エルファは顔を赤くしてシイナを睨む。そんなやりとりの最中、メテオの顔が険しくなるのをリズムは首をかしげて見ていた。
「この時期のエレキ平原はかなり危険です。このままでは……メロディさんは!?」
「えっ、もうダンジョン向かっちゃったよねっ?」
首を縦に降るエルファとリズムを見て、メテオは顔色を変えた。フリューデルにこう言い残し町を飛び出す。
「私様子を見に行って来ます!」
「えっ、ちょっとメテオさん〜!」
そんなローゼの声など聞こえていないだろう。その背中を見送ってフリューデルもギルドへ向かおうと歩き始めたとき、リズムがふと話し出す。
「そういえばメロディ、準備せずに行かなかったっけ〜?」
シイナが目を丸くする。が確かに彼らは、あのまままっすぐにダンジョンへ向かってしまった。エルファは空を仰いで、しばらく間をおいてから口を開く。
「……昨日の依頼が終わった後に次の日の準備してたとか?」
「おいラピス! これバッグ整理する前に来ちゃってるだろ!?」
「知らない。どうにかなるでしょ」
……リズムの考えは見事的中していた。ダンジョンでリンゴを拾ってバッグにしまおうとしたアルトは、中身が昨日のままであることに気がつき舌打ちをする。
顔を背けて次の部屋へと進み始めるラピスを見て、リィは心配そうに呟いた。
「……ほ、本当に大丈夫かなぁ……」
「……前日に準備しておかないから」
「いやいつも準備するのは依頼決めてからだっただろ!?」
メロディは大抵、まず地下一階で依頼選び、そこで選んだものに合わせて持ち物を変えていた。
反論するアルトの方へ不満そうに振り向き、ラピスはフルートを取り出す。
「忘れてたのはあんたもでしょ」
そう小さな声で言ってフルートを吹くと、通路の五歩ほど先にいたプラスルの足元が氷に覆われる。足を固められたプラスルはラピスの電光石火を受けてふらついた。
「今忘れてたの白状しただろ……! はどうだん!」
アルトがそういうのを聞いてプラスルの背後へと回り込むラピス。
ちょうど直撃しない位置へ行ったところではどうだんが敵へ命中した。ラピスは倒れるプラスルを見て「危ない」とこぼし、またすぐに歩き始めた。
姿が見えなくなっては困るので、アルトとリィも後に続く。
「ラピス、今日はかなり積極的だよね……」
リィは走って追いかけながらそうアルトに意見を述べる。いつもはアルトかリィが先頭に立って進むのだが、今日は珍しく彼女が先を行く。
エレキ平原は名の通り電気ポケモンが多い。ラピスはスカーフを巻いているしバッグも持っているので、恐らく敵と見間違うことはないだろうが。
高頻度で鳴り響く火花の音が、緊張を忘れているメロディにひっそりと警告をしていた。