38話 新生リサウンド
「――うん! どうかな、マリーネオっ」
器用に動かしていた手を止め、ヴァイスがマリーネオに尋ねる。
ギルドでは、ジオンが弟子たちを起こしに回っているような時間帯。カフェでは営業の準備を進めているところだった。
そんな朝早くに話しかけられたとはいえ、マリーネオは眠気を感じさせずに目を輝かせて、ヴァイスが示すものへと飛び寄った。
「わぁ、いいと思いますっ! いいねヴァイス!」
「おぉ、遂に出来上がりましたねぇ。可愛いですぅ〜!」
ぴょんと飛び跳ねてマリーネオが絶賛する。店主のパッチールも、ふらふらとした相変わらずな足取りのまま、にっこりと笑った。
まだ客の居ないカフェに、ヴァイスが誇らしげに笑いかける。
「出来ましたっ! ――私達のコーナー、「リサウンド」!」
高らかにあくびを上げて、あたりを見渡す。
普段どおりのトレジャータウン。すれ違う人たちに挨拶を交わしながら、散歩がてらカクレオン商店へと向かうアルトとリィ。
「眠い……。ねぇ、ラピスまだ喧嘩してるのかな?」
「相手鳥だろ? 朝礼無しにするくらいだし、相当やると思う。しかもアイツ相当本気だったしなー……」
「だよね、ラピスだもん……」
リィはラピスの状況を想像しつつ、遠い目をした。アルトも、こればかりは仕方が無いと諦めてきた。
原因は何かと聞けば、例の焼き鳥シャーベットオブジェの件で、ラピスが朝からチャトと堂々と喧嘩をはじめたこと。おかげで朝礼は暗黙の了解のような形で無しになるという始末。チャトは以下略としても、マルスは立ち寝をしていて干渉する気は毛頭なさそうだったのが、驚きの限りだった。
ラピス本人も、「付き合うの面倒なら先に行ってくれば?」との無気力っぷり。そのせいで今日は二人で探検の準備をする羽目になっている。最も、あまり長く続いているようであればラピスに休んでもらうという選択肢もあるのだが、まぁこれはほぼ無いと見ていいだろう。
経緯をかいつまんでカクレオンに話し、雑談交じりに買い物をする。カクレオン兄弟も、仕方ないですねと苦笑いされてしまった。
「これとこれっと……お願いします!」
「はーい、毎度ありがとうございます〜!」
そんな会話の最中、アルトがふと目に留めたものがあった。
カクレオン商店の南側。いつもは誰も居なかった建物に気配がした。にぎやかさはトレジャータウン全体のもので隠されているが、営業を始めたのだろうか。リィに聞いても初耳と返されたため、今度はカクレオンに話題を振ってみる。
「あー、あそこはですね。探検で見つけた宝箱を鑑定してくれるんですよ〜!」
「もしお持ちでしたら、鑑定してもらうのもいいと思いますよ〜」
「そんなところもあったんだな……、ここ」
半分適当に返すアルトの頭の中で、宝箱という言葉が引っかかっていた。自分の記憶さえ間違っていなければ、と近くにある倉庫へ寄る。
ラピスが入隊して間もない頃に行った、“清流の草原”。そこの最奥部で見つけたのは、金色のラインの入った宝箱だった。最もそのときは開け方がわからず放置していたが。
倉庫主のガルーラに言えばすぐに実物を出してきてくれた。アルトの手にずっしりと重みが伝わる。
「これが開けて貰えるってことか! ラピスいねぇけど」
「うん、ラピスには申し訳ないんだけど、早く中身知りたい……!」
ラピスの場合、興味の有無はどうであれ冷たい反応を返すだろう。それでも彼女も一緒に行った探検の戦利品だから一時はばかられたりはしたのだが、やはり好奇心は止められない。
早速鑑定所へ向かう。そこの店主は、こちらに背を向けてじっとたたずんでいた。黄緑色の体に、不可思議な模様が入っている。
(コイツ話しかけていいのか? 機嫌悪いときのラピスみたいなんだけど)
アルトの感想は最もだった。置物かと錯覚するくらいまで微動だにしないので、話しかけるべきではないのかと躊躇いも生まれてしまうほど。アルトたちは宝箱の鑑定をしに来たのだから、話さなければ何も進まないのは確かなのだが。
リィも同じように戸惑っている表情だったが、埒が明かないと判断したのだろう。思い切って店主に声をかけた。
「あ、あの……!」
「――クワーーーーーッ!」
……トレジャータウンの賑やかで明るい雰囲気を、一瞬で切り裂いてくれた。
唐突だったもので、耳を塞ぐことさえかなわなかった。大きな音にはチャトやらジオンやらのおかげで慣れていたとはいえ、戦闘ではないのに前兆なしはいかがな物か。こちらへ振り向いた張本人である店主は、どこ吹く風だといわんばかりに涼しい顔をしている。
文句の一つも言いたいところだがぐっと堪え、店主の言葉を待つ。
「……我が種族はネイティオ。何か用か」
そのポケモンは、淡々と読み上げるように告げた。一応店と言うくくりなのだから、なにか用かと言われても返答に詰まる。アルトが不審げな目を向けて宝箱を差し出すと、一度瞬きをしてそれを受け取った。率直な感想、リィは若干怖くもあったらしい。
しばし宝箱を眺めた後、ネイティオはアルトたちの方へ背を向ける。来るかもしれない衝撃に備えて、耳を塞いで距離を置いて。
「……クワーーーーーッ!!」
「うるせぇ……!」
結果として、その判断は正しかっただろう。なぜなら丁度ギルドの出入り口あたりに居たラピスにすら届き、トレジャータウンにいたラスフィアも更に音量を増した叫びに僅かに眉をひそめたくらいだったから。
特段音が大きいというわけでもなかったが、声の通り方と唐突さは一流だった。そのせいか先ほどからトレジャータウンを行きかうポケモンがこちらの様子を伺っているので、なんとなく肩身が狭い。
向けられる視線を意に介することなく、ネイティオは羽に何かを乗せてこちらに差し出した。
「……これが中身。“メガニウムのツメ”だ」
「“メガニウムのツメ”……?」
白く鋭いそれは実物か、はたまたツメを模した模造品か。
詳しいことはよくわからないが、それはまたメテオやラスフィアあたりに聞けばいいだろう。そうアルトは結論付ける。そして一拍置いてチャトの情報屋のことを思い出すのだった。
代金を差し出してギルドへ帰り始めると、むっとした表情のラピスとちょうど出会った。
「……さっきの何?」
「え、えっと……なんだろ、技? 宝箱を開けるおまじないみたいな……」
リィがアルトに説明を求めるが、それでいいと視線で返された。アルトはさっき渡されたツメをラピスにも見せる。
「これメガニウムのツメっていうんだが何か知ってるか?」
「知らん」
わかってた答えを聞いてアルトはそれをバッグにしまい込む。とにかく今は依頼に行こう。その提案にリィは元気に返事をして前片足を上げた。
後にチャトに聞いたところ、それはメガニウム及びその進化前の一族のための道具らしい。持っていると良いことがあるとかなんとか。
それを聞いてリィに渡すと、彼女はこう言った。
「なんかね、少しだけ強くなれた気がするの」
カフェはいつも以上に賑やかだった。
それは黄昏時と言う仕事終わりの時間のせいなのか、はたまた別の要因か。今回の場合は、後者のほうが大きいだろう。
いつもより多めに入った客たちは、みな嬉しそうに頬を緩ませていた。
そんな時間帯にカフェを訪れたメロディ。仕事が終わったあとに、自称情報通らしいバリヤードに噂を聞いてカフェへと訪れた。
なんでも、「カフェで新しい店をやる」だのなんだの。先日何か改装作業をしているのを目撃していたため、何のことかはすぐに察しがついたのだが。
人気の多い店内を一瞥して、アルトが感嘆する。多い、と言っても少し余分に設置されていた故の空席が無い程度なのだが。その話題の中には、新コーナーのことも混ざっているように感じる。
「あ! マリーネオ、ヴァイス! これ新しい店か!?」
その中で目的の二人を見つけ、でんこうせっかを使ったかのようなスピードでそちらへと向かうアルト。おおっとリィも便乗して行き、ラピスは呆れ顔でそれに黙って着いていく。
いち早くそれに気がついたマリーネオが、軽く手を振った。にっこりと笑って、新しく輝く店を指差した。
「アルトさん! お疲れ様です! こちらが新しく作った店、その名も“リサウンド”ですっ! デザートとか軽食とか……結構リクエスト多かったし、僕たちもやりたかったんですよ!」
嬉々として語られる内容を聞きながら、アルトは以前コトフィから聞いた、彼女たちの特技について思い出していた。
――二人ともすっごい料理上手なんだよよっ! オイラもよくつまみ食いしてたんだっ!
コトフィの中性的な声そのままで再生される言葉に、そこまできてつまみ食いかよ、と無言で注意しておいた。彼らの性格上、気楽に流すのであろうが、それでも……と苦笑いがもれた。
「ねっ、アルト、ラピス。折角だしなんか食べてこ? 私もおなか空いちゃったし……」
リィが提案し、「晩ご飯までちょっと時間が有るから」と付け加えた。
今しがた空いた席に座りメニューを開く。可愛らしい書体やところどころに描かれたイラストが見ているだけで楽しい。
それぞれ一つずつ頼むものを決めると、テーブルの上にあった紙とペンで注文する物を書きつけてカウンターへ持っていった。
「これを鳴らせばいいんだよな……っと!」
ト音記号を模した取ってを持って軽く振ると、高めの音が賑やかに響く。それを聞いて一匹のポケモンが奥からひょっこりと顔を出した。
「あっメロディさんだ! こんにちはっ」
「ヴァイス! えっと、これお願いします!」
ヴァイスは紙と代金を受け取るとすぐに厨房へと引っ込んでしまった。開店初日だからか忙しそうだが、その顔は楽しさに満ちていた。
しばらくすると、リサイクル店のソーナンスが注文したデザートを届けにきた。本来この仕事はマリーネオかヴァイスがやるのだが、忙しすぎて急遽手伝ってもらったらしい。と周りのポケモンが話しているのが聞こえた。
アルトはクラボの実のアイスクリーム。リィはモモンの実を使った透明なゼリーで、ラピスはカゴの実シャーベットだ。
「うん、甘くて美味しい……!」
「クラボの実ってこんなに食べやすい味にできるんだな!」
いずれもダンジョン探検でお世話になっている木の実であるため、味自体は結構慣れたものだ。けれどクラボのみの油断していると喉が焼けそうな辛味も、彼らの料理技術によって程よい辛味の残す、食べやすい味へと仕上がっていた。
ちなみにリィのモモンのみは人気の高い甘い木の実で、ラピスのは渋みが強い種類だ。彼女たちも美味しそうにほおばっていた。もっとも、ラピスにいたってはいつもどおりの無表情だったのだが。
外へ出るとキラキラとした星が姿を現し始めていた。カフェ内は明るいため、夜になりかけているという感覚はあまりなかったのだ。藍色で塗り始められた空を見上げる。
「これじゃ、今日はトランペット練習できそうに無いな……」
「……当たり前じゃん。遅いとアイツもうるさいだろうし」
冷たい目でラピスに制され、だろうな、と呟くように返す。すると、しばらく三人の中に沈黙が入った。大抵はアルトかリィかが間を置かずに喋りだすため、こういう事はあまり無いのだが。
ラピスは気にする様子もなく淡々とギルドへの階段を登っていく。その途中、アルトは上の空になっているリィを視界の端に映した。
「……リィ?」
「えっ、あ、どうしたの? ごめん、話聞いていなくて……」
一瞬反応が遅れたあたり、何か考え事でもしていたのだろうか。
既にラピスは先に行ってしまった。それでも気になったので、思い切ってアルトが切り込んでみると、リィは少し言いよどんでから顔を上げた。
「大したことじゃないんだけど……、マリーネオたちのお店、確か“リサウンド”って言ってたよね?」
「ああ。そんな名前だった気がするけどどうかしたのか?」
「どっかで聞いたことあるの、その言葉。それで思い出そうとしてたんだ」
少し気になってさ。
特に彼らと特別なかかわりがあるわけでもないので、あまり詮索はするべきではないのだが。リィがそういうと、アルトも気になってきてしまった。
リサウンド――アルトはあまり引っかかりを覚えなかったのだが、こちらのセカイでその単語が話題になっていたのだろうか。リィが明るく、「まっ、いいや!」と言ったためその話題はすぐに中断した。