36話 伊達じゃない強さ
「さすがに多いな……!」
アルトが舌打ちをすると、音に反応していくつかの目がアルトを捉えた。倒そうとするような、獲物を見るような目で。
“モンスターハウス”というのは、メロディにとっては始めてだった。
たくさんのポケモンが部屋に集まり、探検隊などに奇襲を仕掛ける現象だ。いくつかのダンジョンで確認されている。
コトフィは飄々と敵を眺めていて、戦闘に加わる気はあまり感じられない。シェライトもシェライトで一歩後ろに下がり、ことの成り行きを観戦している。
本当に、チェローズは戦闘をする気が無いのか。もう一度、小さめに舌打ちをしてしまった。
「アイツから、でいいか! はっけい!」
狙いを定めて、ゴローンにはっけいを打ち付けた。相性によってダメージは深くなったころだと思うが、さすが岩タイプと言うべきか。お得意の防御で、なんなく防ぎきった。便乗して、リィも蔓のムチをゴローンに当てようと構える。けれどゴローンも察して、岩落としをすることで防ぐ。
そしてその岩を、キリンリキが念力で動かすという、連係プレーまでしてくれていた。
「念力より、サイコキネシスのほうが強いんですけど……ねっ!」
ラスフィアが念力で操られた岩を更に操り、キリンリキに当て返した。怯んだ隙に、ラピスがキリンリキにアイアンテールをぶつける。
アルトも、波動弾を操られないようにしながらゴローンにぶつけた。もちろんはっけいのダメージもあるため、倒れはした。
いつもならそれで終わり。次に進もう、となるのだが――
「全然数が減らないよ……! 終わらないじゃん!」
そう。ここはモンスターハウス。敵ポケモンがわんさかとお出まししているのだ。
弱音を吐いたリィをラピスが殴り、手近に居たポケモンを凍らせる。その氷をリィがリーフスパイラルで割り、というやり方をしていた。こちらは数匹を一気に倒せるものの、乱入するポケモンも居るため数が減っているとは言いがたい。
ちらりとアルトが、一応リーダー格らしきワルビルを見る。そしてそのまま、距離があるはずなのに波動弾を構えてしまった。
「なんでお前はリンゴ食ってんだよ!?」
「リンゴいーじゃないかよォ。お前はリンゴ嫌いか?」
「好きだよ! 好きだけど今食うタイミングじゃねぇだろ!?」
止めようとしていたラスフィアすらも、そのタイミングを失って。アルトは距離も他のポケモンも気にせずに、勢いをつけて波動弾を“投げつけた”。
素の勢いと投げた分のスピードで、ワルビルへと向かう。落ち着いた様子で、ワルビルはまたもやよく熟れたリンゴを取りだすと、かじりながら波動弾をにらみつけた。
波動弾へ向かって、控えていたらしきキノココが勢いよく飛び出し、しびれごなを撒き散らす。そのせいで勢いを失い、へなへなと情けない軌道を描いて、水色のエネルギー体は消滅した。
「だからァ、俺はリンゴ食ってるんだってば」
「だから食うなっつてんだよ!!」
謎に盛り上がっている二人は、馬が合うのか合わないのか。
ワルビルと口論と言う名の会話をしているアルトの変わりに、ラスフィアがその周辺のポケモンの数を減らそうと戦闘。ラピスはじとっと二人を睨みながら、電気を溜めている。
「あの二人さ……立場違ったら、いい友達になってそうだよね……?」
「ですよねー……。彼ら、前世で友達だったりしていたんでしょうか?」
ラスフィアの何気ない言葉に、リィも共感するように首を縦に振る。探検隊とお尋ね者という立場上仕方の無いのだが、きっと過去では仲がよかったのではないか。そう見えてしまうのだ。
けれど喧嘩ばかりに呑気に気をとられていてもいけない。中々減らない敵ポケモンの血の気は、まだ引いてはいないのだ。
隙を見つけたといわんばかりに攻撃を仕掛けてくるポケモンを、なんとか技で相殺する。けれど、それが精一杯。複数で来るのならば当然、一度の技も量が多くなってしまうのだ。この四人の中で一番実力のあるラスフィアの悪の波動に、リィやラピスが加勢して、やっと敵ポケモンを一撃――とはいえないが、その複合技で倒せる程度の実力。
「敵ポケモンですらこれだけ強い……。あのワルビルの実力、どうなの?」
「……たぶん、それアイツらに任せていい。あたしは知らん」
ラピスがぼそっと言った“アイツら”とはもちろん、チェローズのこと。
未だに戦闘に加わらない彼ら。コトフィはあくびをしていて、シェライトは何かを考えるように、視線を下げていた。
いつ、ワルビルが本気を出してくるかは不明だ。けれどいざとなったら、きっとチェローズがなんとかしてくれえるだろう。そんな曖昧な予想があるのだ。
とにかく、今は敵側の戦力を少しでも減らさなければ。もし一匹でも、一回でも、全体の能力を上げる技を使われたらまずいからだ。その一心で、相性のいいポケモンから、とにかく技を当てていった。
そんなメロディたちを見ているコトフィは、あふぅと暇そうにあくびをした。
「皆頑張ってるねねー。オイラたちも参戦したほうがいいののー? ……ふわぁ」
「現時点で向こうサイドが十五。ただ、こっちサイドも体力が厳しくなりそう。例えあの人たちだけで倒せても、この後のダンジョン攻略は厳しいよ」
淀みなくきっちりと分析結果を出したシェライトに、コトフィはそっかぁとフィールドにに目を移す。明らかに敵サイドのほうが数が多い、というのは最初から変わらない。むしろ今は減っているほうだ。多少は。
参戦しない理由は、今朝マルスに言われたこと。「あまり出しゃばらないでね」という言葉から、しばらく傍観者としてここにいるのだ。もちろん、参戦はしたいのだが。
いつ参戦しようかなぁと眺めていると、突然視界が砂色に染まった。
「――砂嵐ッ!」
「――! シェライト! これ視界悪すぎるよねね? 皆大丈夫なのの!?」
ワルビルのかすかな声と、砂が渦を巻く音がかすかに響いていて。チェローズの目の前まで、砂が激しく飛び交っている。
砂嵐は視界を悪くし、命中率を下げる。さらにはダメージも、一部のタイプを除いて降りかかるのだ。
焦りで歯をきしませるコトフィ。相手のランクは自分だって知っている。ただ数値上のものだけかもしれないけれど、ここからどう動くのか。どんなダメージを負わせるのか。それが不安だった。
射程圏外にいるとはいえ、自分にまで危険がきているような、そんな感じがするのだ。
「ねーえー、もう参戦しちゃおう?」
「そのほうがいいかも。まともに当たってるのは、追尾機能着き波動弾、及び背後狙いのだまし討ちだけだろうから」
目を凝らしても、範囲広めの砂嵐の中は見えづらい。ただ、大変そうだという事はなんとなくでも、感じられるのだ。
シェライトは先程から少しずつ溜めていたエネルギーを、じわじわと拡大させていく。どんどんと辺りの気温が下がっていき、コトフィは寒さから一歩後退する。
「それに、自分もそろそろ参戦したいです。――吹雪」
「寒……ッ!?」
最初にそう声を上げたのは、タイプ上寒さに敏感なリィだった。急に下がった気温に、体を少しだけ震わせた。
それに反応し、ラスフィアも顔を上げる。確かに、空気がひんやりと冷たくなっている。ただラスフィアにとっては、今のところは冷たくて気持ちいい程度。ラピスも攻撃の手を休めて辺りを見渡す。が、すぐにどうでもいいとはんだんしたのか、同じように余所見をしているポケモンに電気をお見舞いさせていた。
「砂嵐で見えないけれど……チェローズさん達の?」
「チェローズが? じゃあシェライトかなぁ……って寒いよ!」
半ば叫ぶように言ったリィの言葉は、部屋全体に漏れなく聞こえる。
それとは関係無しにも、アルトも気温の変化に多少は気がついていた。けれど運動して体が温まっているため、都合がいいのだ。アルト自身、正直に言うと動きやすくなっている。
そんな気温が、ラスフィアまで肌寒くなってきたころ。砂嵐の向こうから、僅かに声がした。
「――吹雪」
「え――?」
零れた声は、誰のものか。
前者のシェライトの声とともに、気温が勢いよく低下していく。じわじわと下がっていったのとは違い、急に雪の中に放り込まれたような。
それに敵ポケモンが次々と凍り付いていく。そしてそれは――もちろん、ワルビルも例外ではない。タイプ相性も合わさって、リンゴ片手に凍ってしまっていた。それはもう、伊達じゃない勢いで。
何も出来ないでぽかんとしていると、相変わらず独特な話し方でコトフィがやってきた。
「はーっ、砂嵐とか大変だったよねね! シェライトの吹雪で全部凍ってるけどささ」
「自分のせいですかそれは」
「うん、シェライトのせいーっ!!」
へらへらとしているコトフィを見ていて、はっとアルトは今の状況を理解した。モンスターハウスに入る前より、明らかに気温が低くなっている。それに凍っているポケモンも居るため、見た目が寒々しいのだ。
おまけに、砂嵐の粒が凍って地面に落ちているため、足がきんきんと冷えてくる。
ラピスは興味がなさそうに、涼しい顔をしていた。それとは反対にリィは、だいぶ寒さが身にしみるらしく、小さくくしゃみをしていたり。
「あはは……。それでも助かりましたので、ありがとうございます」
「うんー! シェライト一発でやっちゃうもんっ、びっくりしちゃうよねね!」
ラスフィアとの温度差のズレが垣間見える会話は、彼女の苦笑いを加速させているようにも見える。
にぱっとその場で一回転したコトフィは、凍りついた部屋を器用に、スケートの要領で抜けていく。その様子を見たリィが、同じタイプなのになぁ、などと思ってしまうほどの器用さで。
「じゃあ、このまま最後までいっちゃおうーう!!」
「ああ! ……ってはぁ!? このまま行くのかよ!」
一瞬乗り気だったアルトも、つい待ったをかけてしまう。どこまであるのか分からないダンジョンな上、敵ポケモンのレベルも高いのだ。依頼は終わったし、残りは帰るか探検するかの二択なのだが。
ラピスが鬱陶しそうにコトフィを睨むのは、完全に無視な方向で。
「嫌だったた? 折角だしいいかなーって思ったんだけどどっ」
「私は疲れてるけど、たぶん大丈夫だよ! 寒いけど……!」
凍えているリィに向けられたのは、コトフィの「頑張って」と言う意味を含んだ笑みと、ラスフィアの苦笑いだった。
「おっそぉぉぉぉいいっ!! 何していたんだ!? もうとっくに夕飯は終わっているよ!」
「だからうるせぇつってんだろうが! 探検行ってて何が悪ぃんだよ!?」
弟子たちの中では、もう寝ようかという者がいそうな。そんな時間に戻って来た六名に、チャトの怒りが炸裂した。
ギルド二階、親方部屋前。チェローズは親方様から呼ばれたのでこの場には居ないが、きっとこの会話は聞こえているだろう。迷惑なくらいに。
もちろんのこと、アルトは一気に機嫌を損ねてしまったし、ラピスはいつ凍らせようかと氷片手に睨んでいる始末。リィは疲れからか眠たそうだったのだが、チャトの一声により覚醒してしまっていた。
「とにかくっ! いくらチェローズの実力があるからって、夜のダンジョンは危ないことくらい分からないのかい!?」
「知らねぇよ! ダンジョンが長いのが行けねぇし!」
不毛な上に、謎に騒がしい会話。ラスフィアは苦笑いしながら、目をこすっているリィと雑談をしている。……半分、かき消されてしまっているのだが。
いつ終わるんだ、とラピスが舌打ちをしようとする。そのとき、親方部屋からチェローズとマルスが顔を出した。コトフィは、片手に大きめの封筒を持っている。
「やっほー! 皆夜まで元気だねっ?」
「あ、親方様……」
部屋から出てきたマルスは、あろうことかセカイイチ片手に持った状態で。もちろん予想はしていたものの、どこかあのワルビルを想沸させる。
遠い目をしたリィは、時間帯からか眠たそうに見える。勘違いしたマルスは、頬笑みながら部屋へ行くように促す――それも器用にセカイイチを頭で回しながら。
脳裏にちらつくリンゴワルビルは、夢にまで出てきそうな勢いだったとさ。
「――ってことだよよー! おっけー?」
「何がだよっ!?」
翌朝の広間では、そうやってアルトがコトフィに突っ込みを入れていた。偶然にもギルド休暇最終日に切り出したその話題は、だいぶ唐突で突飛な物だったのだ。
反応からアルトが理解していないと解釈したのか、コトフィが天井を仰いで口を開く。
「だーかーらーぁ、仕事終わったし、あっちへ戻るってことだよよっ!」
「唐突。……事前に言えば?」
「言ったじゃん、昨日の朝」
「そういう意味だったの!? っていうかどういう会話してたっけ?」
「ギルドのトップの呼びかた辺りだったはずです」
「全然かみ合ってねぇし! ぜってぇなんかズレてる!!」
昨日もそうだったのだが、最初から十言としないうちに話題がズレていく。
飄々とした物言いだけど、結局あちらの大陸に帰るのには変わりは無い。コトフィが言うと緊張感の抜けたものに聞こえてしまうのだ。もっとも、リズムよりはマシなのだが。
「まぁ、来たときもばーってきたしささーっ!」
そういって、変わらない笑い方をする。その上でぴょんぴょんと跳ね回っているので、場違いなほどに楽しそうだ。
シェライトも梯子のほうへ向かいつつ、思い出したように振り返った。
「もしよろしければ、こちらにも来てくださいね」
「言われなくても、だよっ! あっちのダンジョンも探検してみたいしささ! ……あれ」
「うつんないで? あたしもいいそうになる」
「ラピスがコトフィみたいな喋り方すんのか? 俺はやってみてほし――ったぁ!」
どこまでも賑やかさを忘れないところですら、コトフィが影響しているのだろうか。その中で、正論を言う辺りもシェライトの影響か。
自分たちも、あっちのギルドへ言ってみよう。わいわいとはしゃぎながら、そう思っていた。