35話 リンゴ好きのお尋ね者さん
「あっ、ちなみにオイラたちはマスターが返信書き終わるまで、ここにいるからねねっ!」
チェローズが来てから数日。とある日のコトフィはそう言って、まだ眠気の抜けきれていないメロディに話しかけたのだった。
朝礼のある日に比べたら随分と遅い起床だが、ラピスには「遅すぎる」、シェライトは「普通」といわれた。コトフィは不明だ。
眠気から半分くらい聞き逃していたアルトが、なんとか聞いた単語に首を傾げる。
「マスター? 誰の事だそれ?」
「あっ、こっちは違うのの? ギルドのトップの事」
「コトフィ、出発前に言われたし、言ったと思うんだ。こちらでは親方、と呼んでいると」
敬語を抜いても真面目さは消えない、シェライトの言葉。
いつもよりも静かな広間が、全員が言葉を途切れさせたためにより静けさが増す。コトフィはうーん、と首をひねって三秒。
「……思い出せないいっ!!」
そういって太陽以上の、快晴よりも爽やかな笑顔でピースサインを出した。
アルトとリィにはマメパトに豆鉄砲食わせたような顔を、ラピスとシェライトには溜め息をつかれたのだが。
ふよりと視線を泳がせて、「まぁ」と広間を見渡す。
「モルト・ビバーチェでは、トップのことマスターって呼んでいる、ってことだよよー!」
「へぇ、モルト・ビバーチェってそんなとこまで違うんだ……!! 一回行って見たいね!」
異文化というのは興味をそそるもので。文化とまではいかずとも、別のギルドに対して抱く興味は探検のときと同様。もしくはそれ以上のものだった。
ここもいいけれど、モルト・ビバーチェも行ってみたいな。そう思うと、無意識にわくわくしてしまったり。
そんな雑談を交わしながら来たのは、依頼掲示板の前。そういえば遠征の間は見なかったので、久しぶりだな、なんてぼんやりと思い返してみたりもする。
「じゃっ、オイラたちも混ぜてねね!」
「あぁ! 遠征も合同じゃなかったし、面白そうだな!」
「だよね! ねぇねぇ、どれにする?」
一応休日なのだが、なんとなく探検をしたいという、満場一致の意見。
それにより、チェローズを巻き込んで依頼に行くことになった。といっても、気がついたら自然にそういう流れになってた、のほうが正しいが。
うーん、と顎に手を当てて掲示板を眺めるコトフィ。こちら基準ではいつもよりは依頼数は少なめだが、向こうの基準ではどのくらいなのだろうか、なんて考えてしまったりもする。
しばらく眺めていたコトフィが、バッと一枚掲示板から引っぺがす。
「ふふーん、これに決めたたっ!」
「おーっ、どんなの!?」
リィが顔の横まで掲げられた依頼を見ようと、ぴょんと近寄る。けれど綺麗に避けられ、後ろ手に隠されてしまった。そのとき、丁度コトフィの後ろにいたシェライトは、依頼を見て顔を思い切り引きつらせた。
チェローズが普段やっている依頼より、危険度ランクが高い。恐らくメロディからしてみれば、はるかに高いだろう。バッジの色からして、そんな気がするのだ。
コトフィは何をしているんだ。そんな不安が押し寄せてきて、はぁと溜め息をついた。
チェローズに対し、不思議そうに首を傾げるリィに、コトフィは悪戯に笑った。
「言ってからのお楽しみ、だよよ! あっ、このダンジョン……!」
「は? 何か変なもんねぇよな!?」
ラピスが氷のような目で睨んでくるのにも気にせず、コトフィは面白そうにぴょんと跳ねた。
「……えっと、このダンジョンが六名まで大丈夫、ということで私を?」
「あぁ、コトフィが『折角なら六人で!』って言い出したしな!」
「あとラスフィアさんなら実力あるだろう、ってラピスさんが」
ちらり、とシェライトとラスフィアがラピスを見やると、無愛想にそっぽを向かれた。興味がなさそうに、紺色のスカーフのシワを伸ばしている。
そんな会話を知りもしないリィは、コトフィとなにやら騒いでいて。アルトは一言交わした後、コトフィから貰った――もとい押し付けられた依頼書を睨んでいた。
見たことの無いダンジョン名と、いつも以上に高い、むしろ高すぎるランク。シェライトの読みどおりだとは、知らないまま。
「コトフィ、これ本気で大丈夫なのか……!?」
「だっいじょうぶだよよーん! 直感でっ」
にぱっと笑うコトフィに、安心感を含んだ視線は一つも向けられなかった。
「流星の谷」という名の、今いるダンジョン。
探検隊連盟の定めた規約によると、ダンジョンは基本的に四名以内で行動することになっている。しかし流星の谷など、一部では六名まで許可されている、らしい。基準については、知らない者の方が圧倒的に多いが。
そもそもここが例外的、と捉えた方がいいのか。ちなみにツノ山のは一時的なのでグレーゾーンだろう、とラスフィアが言っていた。
アルトが依頼の紙を邪魔そうに、カバンにしまいこむ。するといままで一言も喋らなかったラピスが、ぽつりと言葉をこぼした。
「……アンタら、少しは周り見て」
「そういうのなら、攻撃してもいいと思うわ……」
苦笑いと呆れの両方を持った表情で、キリンリキとロゼリアに、ぽんと悪の波動を討ちつけたラスフィア。コトフィといいリィといい、呑気に居たんだね、と笑っているし。アルトは乗り気で、ロゼリアの脳天にはっけいをかましていた。
ちなみにシェライトはそんなアルトを見て、少しだけ冷や汗をかきたくなった。
(凄く楽しそうに倒してる……)
直前の話の延長戦なのかもしれないのだが、なんとなくタイミングが悪かった。
もっとも相棒さんだって笑いながら戦ったりもするのだが、それとこれとは話が別、ということで。この流れで行くと、リィは確実に同じような行動をするだろう。
マリーネオやヴァイスは普通なのになぁ、と薄い溜め息をついた。
もちろんそんなこと知りもしないアルトは、拾ったらしい鉄のトゲを地面に突き刺している。
「え、なんで鉄のトゲ……?」
「なんか突き刺してみたくなった! 誰もひっからねぇだろうけどな」
よしっ、と手についた小石をを払う。長い針先を空に向けた刺し方なので、踏んだら痛いだろうな、なんて。それか、邪魔で取り払ったりしそうだなと。
そんなおふざけもはさみながら、ダンジョンを進んでいると――
「ぎゃああああぁぁぁぁッ!?」
「……うるさ」
ラピスが長い耳をぺたんとたたんで、叫びの元凶を睨む。そのほかも、眉をひそめたり、軽く舌打ちをして通路の奥を睨んだ。
アルトが鉄のとげを挿していたあたり。遠目で見えないが、ポケモンが驚きでもだえているような光景が見えた。それでも、痛そうに跳ね回るのはやけにはっきりと見えた。
「アルト……、あれ狙ったの?」
「いや、俺何も狙ってねぇし! なんでひっかかってんのアイツ!?」
「……アンタのせいでしょ?」
「痛そうだねねー! 野生ならいいんじゃないいっ?」
心配そうにポケモンに向けて目を細めるリィに、ラスフィアはおかしそうに苦笑いをした。
もちろん、アルト自身に悪意もわざともない。単にあのポケモンの悪運が強かっただけだろう。無意識に歩いていたら、という流れで。
諦めきったように、シェライトはみんなよりワンテンポ早く動く。そろそろ、溜め息をついてもいいかな、なんて感情は不加抗力。
「コトフィさん、依頼内容、聞いてもいいですか?」
溜め息をついたシェライトに苦笑いしてから、ラスフィアがコトフィに尋ねる。意図せず入ってきた“依頼内容”という言葉に、アルトが少し頬を引きつらせるのは、リィとラピスしか見ていない。
くるりとその場で一回転して、刹那だけ遅れておりてきた背中の綿の感触を、背中に感じる。
「うーんと、物拾いの依頼と……お尋ね者だよよっ!! あっ、強いのだから!」
「お、お尋ね者っ!?」
勢いよく反応したのは、もちろんリィ。わたわたと慌てているのは、もちろん手に取るようにわかる。最初の辺りからずっと、ふらふらと倒したり階段を進みながらの会話なのだ。そのため慌てるのは、あまりよろしくないのだが。
あんまりにもビビっているのは、まぁ仕方ないだろう。ただでさえ苦手なのに、強いなんて言われたら。
大丈夫、っという風にコトフィが飛び跳ねると、
「――痛っ、くないい……?」
「……コトフィ、何頭ぶつけているんだ」
思い切り足元の物にぶつかって転倒。こてんと頭を地面に打ち付けた。といっても、種族柄頭が綿で守られるような形なので、怪我どころか、実際にはほとんど痛みも感じていないようだが。
思い切り溜め息をついたシェライトは気に掛けず、コトフィは転んだ原因を、訝しげに見つけた。
「えっと、これって……メタルコート?」
「うん、そうだよよー! よく見つけたねリィー」
「え、えっと、見つけたのコトフィじゃない?」
ゆっくりと、銀色に光る膜を丁寧に拾い上げてしまいこむ。
一応、一つ目の依頼は完了した。次はもう一つの依頼をこなす――つまりは、
「リィ、頑張ってねねっ!」
「えぇ!? わ、私……!?」
にぱっと、コトフィに自信ありげな笑顔を向けられた。
アルトは気にしてないようで、シェライトと敵ポケモンを倒しにいっている。ラピスは冷たく返されるし、という事で、ラスフィアに薄く涙浮かんだ目を向けた。
ラスフィアは一秒間リィを見つめ返し、おかしそうに苦笑いをした。
「リィさんなら大丈夫ですよね? これ、相手が地面タイプなのよね」
「ラスフィアぁぁぁぁっ!!」
……どちらにしても、助け舟は出してくれなかった。
「コトフィだって有利じゃんか!」と心の奥で憤慨してみるけれど、誰にも気付いてはもらえなくて。ラスフィアが気遣ってくれるのを、なんとか受け止めている。
戻って来たアルトとシェライトに怪訝な顔をされたのを、リィは知ることは無かった。
「みーつけたったー!」
「ああだぁぁっ!?」
ニヤリと笑いながらのコトフィの視線は、壁に寄りかかってリンゴを食べていたポケモンに向いている。不自然極まりない奇声は、もちろん完全にスルーされたが。
お尋ね者――ワルビルはリンゴを芯ごと飲み込んで、探検隊側に向き直る。
「探検隊かァ? 俺のランクが分かっ――げほっ、こほっ」
「むせているわね……。大丈夫ですか?」
気遣ったラスフィアには煩いの一言もくれずに、急いで息を整えていた。リンゴでむせるって、と思った数名はきっと普通に考えただけだろう。
シェライトが見かねて、ぽつりと呟く。
「むせたのって、奇声を上げながらリンゴを芯ごと飲み込むからだと思いますけど」
「うるっさいなァ。聞こえているぜハクリュー?」
指摘されたのが癪に障ったのか、目つきを鋭くするワルビル。リンゴをもう一つ、ひょいと取り出してがしがしとかじりだす。
懲りないのかなぁ、と全員の感情が一致してしまった。もちろん不可抗力で。
ワルビルはこちらも芯まで食べ尽くしてから、右手を上に掲げる。
「オレのランクは☆5、フィールドは――」
「は……?」
アルトが呆然と声を上げた。それは、数多のポケモンによって、瞬時にかき消されてしまったのだが。
目の前にいるのは、血走った目のポケモン達。ここにくるまでに、出会った種族のポケモンばかりだ。けれど違うところは――数が、圧倒的に多いところ。
軽く、十何匹、もしくは二十匹はいるだろう。広い部屋にそれだけのポケモンが、集まっていて。
ワルビルの声が、やけによく部屋に響いた。
「――モンスターハウスだァ!!」