34話 異文化交流
マリーネオの手が下ろされるのと同時に動いたのは、アルトとコトフィだった。
「さっきも言ったけど、一気に行かせて貰うからな! でんこうせっか!」
「オイラはこう見えて速いんだよよ? よ……っと!」
コトフィは軌道を読みきり、ひょいと上に跳んで攻撃をかわす。見るからに軽そうな雲のような体は、しばらくの間ふわりとコトフィを空中に留める。
負けじとリィも、技を作り出した。
「私もいるんだよー! 蔓のムチ!」
「奇遇ですね、自分も同じことを言おうとしていました……竜の波動!」
コトフィへと向かっていた蔓は、シェライトの青い衝撃波に呑まれて勢いを失う。
そこでリィがはっと顔を青ざめさせた。
(そっか……これは普通のじゃなくて、特別ルールだった……!)
ダメージに関わらず後二回、攻撃を受けたら終了。そういう特別ルールのことが頭から抜けていた。蔓のムチは直接攻撃だ、ということさえ。
マリーネオの審判が入るのを耳に置き、もう一度エネルギーを集める。
「楽しいねこのルール! アルト、遠距離で行こ!」
「ああ! っつーことで波動弾!」
小さめのものを二つ、それぞれに向けて飛ばす。コトフィもシェライトも素早いので避けられてしまい、地面で小さな爆発を起こした。
空を飛んだままのシェライトが、距離をとるために高度をさらに上げる。コトフィに目配せをして、アルトとリィを見下ろした。
見上げている側のアルトが、小さな舌打ちをする。
「チッ、高く飛ばれるのって厄介だな!」
「そうだね……技当てにくいし、どう動くか分からない……!!」
リィの言葉を聞きながら、コトフィは上から見下ろすように一瞬だけ笑う。
コトフィは他のポケモン達よりはるかに素早い上、思考回路が少し分かりづらい。そしてシェライトは、自力で飛べる種族ゆえに動きが読めないのだ。
「あれれ、もしかして空中戦初めてだったた? じゃ、頑張って戦い方覚えてねねっ!」
「本当のことだけど、それを笑顔で言うな!!」
距離が離れているために自然と大きくなった声は、壁に跳ね返って余韻を残す。それを聞いてアルトが、「音響いいのか?」などと一瞬だけ考えるくらいには。
それでも、空中戦をやってこなかった経験不足の実感が少し、新しい経験を詰めた手ごたえがほとんどで。
ふわ、と音がつきそうなくらい、コトフィが軽快に動いた。
「んじゃっ、いくよー、ふくろだたきっ!」
先程よりも真顔に近い表情で、ぴょんと地面を蹴りアルトに向かう。正面から素早さを使い、確実に頭に命中させた。けれどそれは、普通に叩いたのと大差ない――言うならば威力の低い攻撃で。
アルトも予想以上の威力の低さに、コトフィを怪訝そうに見つめる。その視線に気がついたコトフィが、にっと笑って首を横に倒す。
「これはね、見方全員で攻撃する技なんだよよっ! シェライト!」
「この場合だと、自分とコトフィで二回攻撃するんです。悪く思わないで下さいね」
「「思うよ!?」」
解説中に命中したシェライトの攻撃に、アルトはとっさに頭を押さえる――が、正直全くもって痛くは無い。きっと威力の低い技なのだろう、と勝手に決めつけ、残り一回の防御を噛み締める。
メロディサイドはまだ、チェローズサイドに一回も攻撃を当てていない。けれどこちらは二人合わせて三回、攻撃を受けてしまっていた。
けれど焦ったりはしない。地面を足で握り、チェローズに笑いかけた。
「こっからでも逆転は出来るからな! まねっこ――ふくろだたきっ!」
「っ、まねっこ……!?」
シェライトが目を少し見開き、反応を遅らせた隙に各一発ずつ当てる。シェライトのポイントが二つ削られるが、それで終わりにはならなかった。
「けれど……当てやすいですね」
距離を詰めてきたのを逆手に取り、シェライトはそのまま竜の波動を撃つ。それは二人にもれなく、しっかりと命中した。
二人が攻撃の痛みから立ち直っている間にも、コトフィが楽しそうに顔をほころばせる。
「ラストだよよっ、ギガドレイン!」
そういって、右手を出してギガドレインを放つ。これで、残っていたリィの一回分のポイントもなくなってしまった。
「――ストップ! チェローズの勝ち、ですねっ! お疲れ様です!」
一拍遅れてマリーネオがそう宣言すると共に、第一バトルは幕を閉じた。
試合の後も、楽しい気持ちは消えないまま。息を整え、コトフィがアルトとリィの方へと向かってきた。
「ふぃー、楽しかったねね! オイラも、シェライトが攻撃受けるだなんて思わなかったよよっ!」
声を弾ませて、シェライトに「ねっ?」と同意を求める。もちろん、と言いた気にうなずいて、少し上の空中に視線を向けた。
負けたという実感よりも、楽しかったという気持ちのほうがずっと強い。不思議な感覚に、アルトはにっと頬を緩ませた。
「ああ、俺だってとっさにまねっこはやったし。でもお前ら強かったよな!」
「そりゃー、強くなきゃこんなランクになれないよよっ!」
そう言うコトフィは、とても誇らしげだった。まだ疲れ気味のリィと共に、試合についてひとしきり騒ぎあう。
ヴァイスが計四人分のドリンクを差し入れてくれたので、それを飲んで気持ちを切り替えた。こういうところで気が利くのは、彼女の長所だ。
休憩を挟んで、さっきとは違うメンバーがフィールドに入る。
アルトとラピス、マリーネオとヴァイスというカードだ。スタートラインに着き、深呼吸をして高鳴る気持ちを抑えていた。
ベンチのリィが、試合体制に入った四人を見て心配そうに呟く。
「アルト二回連続だけど、大丈夫かな?」
「大丈夫だよよっ! ほら、カフェでラピスが言ってたじゃんんー! なんだっけ、えっと……まぁいっかか!」
「適当だねコトフィ!? でも、ラピスがあぁ言っていたし大丈夫だよねねっ。アルトだし」
だいぶアバウトで適当な会話だが、この二人で話す限りは仕方の無いことだろう。観戦体制になり、フィールドを観察し始める。
そして審判のシェライトが、フィールド内に声を響かせた。
「メロディとモルト・ビバーチェ、第二バトル、開始!」
余韻が消えるのを待たずに動いたのは、マリーネオとヴァイスだ。顔を見合わせ、小さなズレもない見事な和音で技名を叫ぶ。
「「ねこだましっ!」」
パンと小気味よい音を立てて手が叩かれる。突然の事に驚いて、アルトもラピスも目を瞑ってしまう。
そんな二人の耳に届くのは、シェライトの判定を下す声。この一瞬で、二人とも一つずつポイントを失ったのだ。
「……後、二回ね。早い」
「チッ、こっちも結構速ぇな! だったらまねっこ――ねこだまし!」
アルトも同じ技で対抗しようと、でんこうせっかで距離を詰めて手を叩く。
さすがは相手が猫、というだけあるか、素晴らしい勢いで後ずさっていた。直撃を受けたヴァイスは特に。
一進一退、完全にそうとは言い切れないものの、互角に近い状態だ。
「流石ですねっ、やっぱり素人手じゃないなぁ……。じんつうりき!」
そのまま真っ直ぐに打つ……かと思いきや、地面に向けて念波を送る。ラピスが眉を潜めるのも気に留めず、ヴァイスは静かに地面を指した。
その間にも、マリーネオは周りに葉を浮かせていた。いち早くアルトが気がつき、上へと飛ぶ。
その行動を見て、マリーネオはちょっぴり不敵に笑った。
「マジカルリーフ! ……もちろん、追跡機能もありますよ!」
虹色に淡く光る葉っぱは、アルト、更にはラピスにも向かって泳いでくる。
避けるにも追ってくるために限度があるが、暗殺するためには技の溜め時間が明らかに足りない。なんせ葉っぱ自体のスピードが、尋常じゃなく速いのだ。その上、数もリィの葉っぱカッターと比べるとかなり多い。
アルトがまずいな、と唇を噛む。それでもどこかで、楽しんでいる自分もいることをわかっていた。
「それでも……速ぇよこれ! 技打つ時間くらいくれよ!?」
「はは……すみません。前に実験した際、最長で十分間飛び続けてたのです。頑張ってくださいね!!」
「なんの罰ゲームだよ!!」
屈託の無い笑顔で言うものだから、この時間だけマリーネオが黒く見えてしまうのは仕方の無いことだ。
現在走り始めてから三十秒。全力であと二十倍も走るのは、相当酷なことだろう。ほとんどのものにとっては。
アルトも直感的に理解し、一か八かでマジカルリーフに焦点を合わせて睨む。
「もうこれ飛ばしてもいいよな! はっけい!!」
「あたしも疲れた……電気ショック」
もう一ポイントくらい失ってもいい、とはっけいで弾く戦法に出た。ラピスも、強めの電気ショックで。
弾かれた葉が、衝撃と重力で地面に向かってひらひらと舞う。案の定、二人とも何枚か受けるが、大きなダメージにはならなかった。数の分だけ威力を弱めていたのだろうか。
追いかけっこの一部始終を見ていたヴァイスが、にこりと笑って左腕を前に差し出す。
「ふふっ、私のじんつうりき忘れてないですよねっ? マリーネオ!」
「了解です! マジカルリーフ!」
その技名を聞いたとたん、頬が引きつったのをアルトは自覚した。あのマジカルリーフは、しばらく頭から離れそうに無いな、と。
先程と比べると明らかに少ない葉が、ヴァイスがじんつうりきを叩き込んだ辺りに当たる……と思いきや、念力の影響でふわりととどまる。すると僅かだが、葉の色が変化した。
「じんつうりきとマジカルリーフの合体技です! サイコフローティング!!」
「「……!?」」
マリーネオの宣告を合図に、ふわりふわりと不規則に浮いていた葉が、一気に勢いを持って襲い掛かる。そのスピードは、先程の鬼ごっこの鬼よりも速い。
避ける体制も暗殺する体制もとっていなかったため、真っ直ぐ、モロに喰らってしまう。
試合を見届けたシェライトが、凛と澄んだ声で告げる。
「モルト・ビバーチェ側の勝ちですね。両者お疲れ様です」
語尾を重ねなかった、と胸をなでおろすシェライトは、コトフィの目には映っていなかった。
そのふわふわは、試合の終わったばかりのバトルフィールドに飛び込む。サイコフローティングの発生位置に立ち、両手を広げてくるりと一回転した。
「えっと……こな辺だだ! おっ、ヴァイス、相変わらずよく浮くよよっ!」
「……私としては、コトフィの反応が相変わらずなんですけどね……?」
呆れて苦笑いするヴァイスも、楽しそうで。試合についてお互いにお礼を言い合い、こちらも例外なく騒ぐ。
アルトは連続と言うのに、疲れを吹き飛ばしそうなほどにはしゃぎ。ベンチ席のリィとコトフィ、更にはシェライトまで巻き込んで。ラピスもシェライトも、ローテンションなりに言葉を交わしていた。
「――それでふと思ったんですけど、あまり騒ぐとこの道場主さんに迷惑かからない……ませんかね?」
くるりと部屋を見渡して、ヴァイスが思い出したように呟く。それにつられて、数人がはっとしたようにそのことを思い出す。
「そういえば場所借りてたんだったねね! 戻る?」
「ああ! なあリィ、いつのまにコトフィの語尾移ってたんだだ?」
「……アンタも十分移ってんじゃん」
このやり取りを見て、張本人ことコトフィは、一人お腹を抱えて笑い転げていた。
そしてラピスに電気ショックとパンチを、シェライトとヴァイス、マリーネオには溜め息を頂戴されていた。
休暇一日目。休暇と言うよりは、騒いだだけの一日になったみたいだな、なんて。
ちなみに帰り道のコトフィ曰く、「マリネの鬼畜マジカルリーフと鬼ごっこすると、足がすごい早くなるよよっ!」。
……もちろんマリーネオには、いろいろな方向から注意されていたのだが。