33話 もう一つのギルド
「ふぉわぁ、ここがトレジャータウンなのかかー!」
呑気な声が、朝のトレジャータウンに溶けていった。
輝きの強い日差しに、アルトの意識は夢から引き離されていった。
寝ぼけなまこで辺りを見渡すと、まだ寝ているリィとフルートの手入れをしているラピスが目に映った。
「……あ、起きたんだ」
「おはよ! 起きたばっかだけどな……ふわぁ」
「……眠いの?」
ラピスの問いかけに軽く頷いて、まだ眠り途中の体を起こすために伸びをする。アルトのベッドの位置の関係で、体内時計より早く朝日が目に届いてしまうのだ。
今日は遠征の後という事で、ギルドはお休み。依頼を受けに行くのも、寝るのも自由。いつもなら朝礼やらなんやらの時間なのだろうが、今日は異様に静かだ。
ギルド休暇一日目。今日の予定は、「とりあえずカフェでも行くか?」というアルトの一言で決まったのだった。
「……っていってもさ! 二人して叩き起こさなくてもいいよね!?」
「お前がラピスの攻撃受けても起きないからだろ!? しかもあれ、俺もやんねぇと絶対後で冷凍ビームかなんか飛んでくる感じだったし!」
ラピスが盛大に溜め息をついて、二人を殴ったのはいうまでもないか。
事の発端は、リィを二人して叩き起こしたこと。それだけだ。ギルドの梯子を上がっている間ですら、こんな状態だった。そのせいで、リィが一回落ちていたりもする。
そんなこんなでカフェに来たわけだが、そのころには喧嘩がすっかりとなくなっていた。
「それにしても、カフェって結構落ち着くよな!」
「アンタが言うと説得力無い。……事実だけどね」
ラピスがモモンのカフェオレを、少し口に含む。アルトもならってクラボソーダを、辛いにも関わらず一気に飲んだ。喉が少し心配になるラピスだ。
マリーネオとヴァイスは、リィと話しながらカフェの一角を改造している。東からの陽が優しく当たる場所で、とてもやわらかい雰囲気になっている。
少ししてラピスも飲み終えた頃。マリーネオ達と話していたリィが走ってきた。
「あのね、今度二人でカフェに新コーナー作るんだって!」
それでね、とリィの言うからには、よっぽど好みに合ったものなのだろうか。探検のことを話すときみたいに、とても楽しそうだ。
静かでゆっくりとした、暖かいカフェ独特の空気が心を落ち着かせてくれる。
ひとしきり話し終えたころ、リィの分のドリンクを持ってきたヴァイスも話に加わる。
「といっても、まだ数日間調整必要なんですけどねっ」
コトリとコップを置いて、ヴァイスがはにかむ。
それと一瞬の時差を置き、新しいお客様のご来訪があった。
「――あー、マリネとヴァイスだだ! ひささー!」
入り口から、少し高めの声がカフェにゆるく響く。
ふわふわとした体のポケモンと、青い竜のようなポケモン。二人が丁度カフェに入ってくるところだった。
くるりと入り口のほうを向いたマリーネオも、話していたヴァイスも。不思議そうに来客を見つめる。そして数秒後――
「コトフィとシェライト! 久しぶりですっ!!」
「チェローズ! え、うん、久しぶり、だねっ」
元気良く、嬉しそうに二人の名前を呼んだ。
コトフィとシェライトが名前、“チェローズ”がチーム名のようだ。トレジャーバッグには、しっかりと探検隊バッジがついている。
チェローズは二人と軽く会話をしてから、メロディのほうを向いた。
「おおっ、キミたちも探検隊みたいだねねー。オイラはコトフィ・ヌーヴォラだよよっ!」
ぴしっ、とバッジを指し示しながら紹介するエルフーン――コトフィ。
だがメロディには、バッジより語尾を重ねているほうが気になった。ずっと聞いていると、いつの間にか癖になりそうだな、と感じる。
もう一人、竜のようなポケモンがはぁと溜め息をつく。
「えっと、コトフィが言ったし自分も言った方がいいか。自分はシェライト・エアロタイムと申しますす――あー!」
「くくっ……やっぱシェライトも移ってるねねっ!」
コトフィが可笑しそうにお腹を抱えて笑うと、ふわふわとした体毛がゆるく動く。
それを見てシェライト、と名乗ったポケモンが、コトフィを少しだけ咎める。もう一度溜め息をついてから、ゆるく微笑んだ。
「話の腰を折ってしまってすみません。自分はシェライト、種族はハクリュー。探検隊“チェローズ”をやっていますす……はぁ」
またも語尾を重ね、頭を抱えそうなシェライト。マリーネオがぽんと頭に手を乗せて、慰めるような仕草をとった。
「――ほへへー。んじゃ、メロディはあのギルドに入ってるんだねねー!」
「うん! それでね、昨日まで遠征に行っていたんだよよ!」
早速の語尾の重ね合戦に、ラピスとシェライトが溜め息をついた。アルトはドリンクをおかわりして、時々会話に口を挟んでいる。
これまでのお互いの経緯を、コトフィとリィとで語尾を重ね重ねで話しているのだ。カフェ組ですら苦笑いを隠せない。
マリーネオがチェローズ分のドリンクを置き、ヴァイスと共に話に加わる。
「チェローズ、あっちからは結構な距離あるよね? なんかあったのですか?」
「くくくっ! マリネさ、敬語凄いことになってるよよっ!」
「マリネじゃないですっ!!」
素晴らしくテンポのよい会話に、二人で入り込んでいく。恐らくこちらの状況は、全くといっていいほど入っていないだろう。
シェライトが一瞬遠い目をし、「じゃあこちらの事話しますね」と笑った。
「自分たちは、ここから遠い大陸の方から来ました。こちらの親方様に、何かの書類を渡すためです」
なぜかシェライトがいうと、少し固く聞こえてしまう。真面目そうに敬語を使うからなのか。
それを察したのか、ヴァイスが少し明るめの声で続ける。
「えっと、私とマリーネオもそこの出身です。私達もチェローズも、“モルト・ビバーチェ”というギルドの探検隊なんですよ!」
「「「モルト・ビバーチェ?」」」
聞くからに楽しそうな名前だが、れっきとしたギルドらしい。そしてリィが三秒後、「あれっ?」とヴァイスを見つめた。
「出身、探検隊……? じゃあ、マリーネオとヴァイスも探検隊なの?」
「あ……。あはは、実は。まぁ色々あって、こちらでカフェ兼探検、ですね!」
ふわりと笑うと、一旦席を離れてカフェの奥まで走っていく。少しの時間となだれの音を置いて、戻って来たヴァイスがきらりと光るバッジを見せてくれた。
チェローズと同じ色の、メロディとの色違いだ。
「分かります……かな?」
「えっ……、これってスーパーランク!? そんな凄いランクだったの!?」
「マジかよ!? スーパーランクって、鳥が言ってたのだろ!? 結構上のランク!」
リィが一発で見極め、驚いて椅子から落っこちる。けれどそれに反応したのはヴァイスとシェライトだけで、他はバッジをじっと見ていた。
“スーパーランク”。最高のランクと言われるマスターランクの、二つ手前。
イマイチ実感がわかないが、そこで騒いでいる二人とバッジを見せてくれている二人は、相当な腕前だと。
コトフィが自分のコップを置いて、急にクスリと笑って見せた。
「ねっ、ふと思ったんだけどささ、一回手合わせしてみないいー?」
「「「「「「……は?」」」」」」
一旦固まって沈黙が流れるカフェ内。一番に沈黙を破ったのはアルトだった。
「面白そうだな! 俺は賛成ッ!!」
「うん、私も! 折角だしねっ!」
完全に乗り気なコトフィ含めた三人に、シェライトがうーん、と軽く唸って口を開いた。
「自分は構いませんが……昨日まで遠征でしたよね。大丈夫ですか?」
その言葉に、完全に乗り気だった二人がぱちりと時を止めたように固まる。コトフィは「そうだったねね」などと、そんなこと気にもせずにカフェ内を眺めているが。
もう一度静かになった雰囲気に圧されたのか、ラピスが「まぁ」とスカーフを結びなおす。
「……コイツら、意外と丈夫だし。バテたら自分の責任」
「なんだよそのルール!? でも俺はやりたいな!」
「もちろん私も! ってことでラピスもね!」
「なんでそうなんの」
むすっとそっぽを向きながらも、「別にいいけど」と零してしまっている。
苦笑いしたヴァイスが、ふぅとあくびをひとつしてみんなを見渡す。
「じゃあ、チェローズも参加でやろう? ねっ、コトフィ」
「もっちろろーん! シェライト、マリネよろしくねねー!」
シェライトも頷いて承諾し、マリーネオも何か言いたそうな顔で首を縦に振った。よしっとコトフィが笑みを浮かべ、カフェの出口へと向かう。
そんな中マリーネオは――
「ちょっとコトフィ! だからマリネじゃないですって!! 食べないで!?」
……そんなことを叫びながら、皆と一緒に出かけるのであった。
「ふいぃー。ルールはダブルバトルでで、三発攻撃受けたら体力あっても終わりだよよっ!」
「三発かぁ……気をつけていないとすぐに終わっちゃうよね」
見慣れない壁を落ち着き無く見渡しながら、リィが確認するように呟く。
トレジャータウンの外れにある、“ガラガラ道場”と言う場所に一行は居た。
一回つぶれたのだが、ここ最近に復活したらしい。最初のお客様という事で、探検隊同士の練習の場所を借りている。他にも機能のようなものはあるらしいが、説明はほとんど聞いていなかった。
二対二、ということでラピスとカフェ組が控え。主にアルトとリィとコトフィのやる気の関係で、こういうカードになったのだ。
コトフィが場所に着きながら、ぴしっと指を立てた。
「うん、オイラは負けないからねねっ!」
「そりゃ俺だって同じだよ! リィ、三発一気に決めような!」
「おっけー! 私だって楽しみだよ、わくわくするもん!」
「もちろん。コトフィ、自分たちも負けられませんね」
一人一言、言葉を交わして戦闘態勢に入る。
いつもと違うのは、バトル自体を楽しみにしている事。つい口元に笑みが浮かんでしまうのは、全員共通なのだ。
すっとマリーネオが右手を上げ、勢いをつけて振り下ろす。
「――メロディとモルト・ビバーチェ、第一バトルスタートですっ!!」