31話 猛暑の中の守り人
「でんこうせっかっ!!」
「蔓のムチ!」
「冷凍ビーム」
ギラギラと見下ろしてくる太陽の輝きは、技の威力を多少なりとも下げてしまう。
ポケモンの中でも、かなり大きい体を持つグラードン。鋭いツメを使って、容易く技を暗殺した。特に近距離のアルトは、詰めた距離を無にする勢いではじかれてしまう。
グラードンは一手の使い方を分析し、フンと鼻を鳴らす。
「その程度か……原始の力!」
エネルギーを纏った十個程度の岩が、無差別にメロディに迫る。大きさとしては、ピカチュウより少し小さいくらい。電光石火を使ったり、葉っぱカッターを使ったりして、なんとか直撃を免れる。
一枚、岩を外れた葉がグラードンに向かうものの、浮いている埃をはらうように軽く受け流されてしまった。
このたった数手。力量の差は火を見るより明らかだ。
「マッドショット!」
「――ッ! あたし……!?」
ラピスが気がついて避けようとするが、刹那遅く泥の一部がかかる。直撃ではなかったが、相性もあってかダメージは強めだ。
左腕を右手で押さえ、グラードンを睨みつける。が、気がついていないようで別の方向に技を撃っていた。
ラピスはふと足元を見て、あまりの事実に数歩後ずさる。
(えぐれてる……)
自分のいた場所が、ぽっかりとクレーターをかたどっていた。このまま水を入れたら、小さな池が出来そうなくらいの。
ラピスのほうをチラリと見たアルトも、クレーターを見て威力を実感したらしい。早く決着をつけようと、手に水色のエネルギーを溜める。
「全然効いてねぇし! チッ、波動弾!」
多少フラついた波動弾は、なんとかグラードンに当たる。けれど何事も無かったかのように傷一つ無い状態だ。
リィはおろか、アルトさえ怯むような勢いで、グラードンは眼光を強める。
「ちょ、アルト! これ私達で勝てるの……!?」
「勝たねぇと、ここで地面に埋もれるけどな!!」
グラードンを見たまま吐き捨てる。アルトは強気に振舞ってはいるものの、こちらが相手に与えたダメージはそれほど多くは無い。
リィはふと上を見上げて、違和感を覚え首を傾げる。
(そういえば、戦い始めてから暑くなってる? どうしてだろ――)
「――余所見とは随分と余裕だな! 舐められたものだな、切り裂くッ!!」
「きゃあっ!? いっ……!」
ぼうっとしていた意識が引き戻されたのは、リィの体に走った衝撃によるもので。
グラードンのツメに付けられた傷がジンジンと痛むが、今は弱音を吐いてはいけない。言い聞かせて前を見据えると、少し後ろでリィを呼ぶ声が聞こえた。
「ラピス……!」
「リィ、アイツ多分地面だから。草技よろしく」
「えっ?」
なんの脈絡も無く言い残して、アルトの援護に回ったラピスの背中をじっと見つめる。
しばらくして意味を理解すると、痛みを訴える脳を無視して地面を蹴った。
――打開策は。
アルトの体力も削れてきたのを見計らい、軽めの電気ショックを放ったラピス。案の定埃がついたように、何の反応もしなかった。
地面も灼熱の光に焼かれて、チリチリと足の裏を悪戯にくすぐる。グラードンが移動するたびの振動も合わさって、足にとても疲労が溜まりやすい。
暑さに弱いリィは、早くこの戦闘を終わらせたい、という焦りが早くも生まれてきていて。さっきのラピスの助言どおりに、技を構える。
「リーフスパイラル!」
「ぬっ……!?」
葉の渦を、鋭く光る爪と製作中だった原始の力でかき消す。けれど、リィの口元には少しだけ笑みが浮かんでいた。悪戯に成功した子供のように、純粋に。
直後、グラードンの背後から小さめのリーフスパイラルが迫る。直前まで気がついていなかったグラードンは、幾枚の葉を背に受ける。
「やったっ、思い付きだったけど上手くいったよ!」
「すげぇなリィ! あれどうやったんだ?」
「えっとね……」
倒した気になったのか、軽く話し始める二人。それを傍観していたラピスの耳がぴくりと動き、とっさの間に二人を精一杯の力で弾き飛ばす。
それと同時に、地面がぱっくりと大きく口を開けた。原因はグラードンによるマッドショットだろう。力を溜め込んでいたのか、最初にえぐれたときよりも深く地面を削り取った。大量の土煙に、視界から一瞬隠れ去った地面。
「この程度、どうもないぞ! そろそろ策が尽きたのか!?」
「嘘、でしょ!? 草タイプ当てても、全然効いていないなんてさ……!」
平然と立ちはだかるグラードンは、傷跡なんてほとんど確認できなかった。
もしあのままだったら、とアルトとリィは冷や汗をたらす。そもそもこの巨大ポケモンが、リィの技を喰らって倒れているという保証はなかったはずだ。
別にリィが弱いわけではない。「グラードンの強さが桁違い」だから。
「はぁ……。アンタらも、きちんと周り見る。怪我されたら嫌だから」
言い返す言葉が見つからずに、一つだけコクリと頷くのみ。最初の言葉だけ聞けば辛辣だが、付け加えられた一言でそれが緩和されてしまっていて。
アルトが思わず吹き出しそうになるが、グラードンのことを思い出して気を引き締める。技が決まったとはいえ、まだ倒していないのだ。
アルトが睨もうとグラードンを見据え――そのまま固まった。
(速い……ッ!?)
今までとは比べ物にならない勢いで放たれた、強めマッドショット。方向を変えることも無く、アルトに真っ直ぐと向かっていって。
モロに喰らって、あまりのダメージに顔をしかめる。
「……ビルドアップ? 面倒な技を……」
「まだ甘いぞ! 原始の力!」
ラピスとリィを狙った攻撃は、最初よりもスピードも威力も高い。避けようとするも、かなりのダメージを負ってしまった。
一気にグラードンに戦況が傾く中、相変わらずの炎天下に体力も削られる。
「リィ、ラピス! こうなったら一気に行くぞ! 波動弾ッ!!」
「おっけー! 葉っぱカッター!」
「ちょっ、冷凍ビーム!」
グラードンの近距離は危険と言う考えから、遠距離から最大威力で技を打つ。特に相談はしていなかったが、できるだけ頭のほうに技は向かっていった。
「今のうち……まねっこ、原始の力!!」
砂煙に薄まるグラードンの姿に、アルトが飛び込んでいってはっけいを打ち込む。グラードンが立ち直る前にと、リィも葉っぱカッターで遠くから援護をする。
アルトがバックステップで帰って来た頃、ちょうどグラードンの砂煙が晴れた。多少はダメージになったらしい。
これならいける。そう、確信をしたかった。
「切り裂くッ!!」
「――きゃあっ! 威力、上がっている……!?」
ビルドアップだけでは説明の仕様が無い、威力とスピード。相性の悪いリィを狙った攻撃は、多少かわしはするもののツメはしっかりとダメージを刻む。
そろそろエネルギー切れのラピスが、でんこうせっかで駆け寄ってオレンのみを投げ込む。自分もふぅと息をついて、カバンから道具を取り出して使う。
「原始の力の追加効果、かな。……アルト、さっきので一気に行く?」
「ああ。だけどな――!」
ルビーのペンダントをしっかりと握り締め、目を瞑る。アルトにとっては、一種のおまじないのようなものだ。
シルヴィのときと同じように、声が聞こえることは無かった。けれど、しっかりと安心感を持てて。
「リィ、こっちに葉っぱカッター飛ばして!」
「はぁ!? 何する気だラピス!!」
「え、えぇ! いいの……ってちょっ!」
リィの頭を軽く叩き、真剣なまなざしでグラードンを睨む。目を離さないままに、口頭で作戦を簡潔に伝える。
「……あたしが指示するから、平気」
言われるがまま両手を前に出して、エネルギーを集めるイメージを持つ。ぐるぐると螺旋を描く波動は、やがて大きな波動弾へと成り果てた。
グラードンが訝しげな表情で技を構える。それとリィが草エネルギーをそれに加え終わるのは、ほぼ同時だった。
にやりとアルトが笑みを浮かべる。
「これがメロディの反撃だ! ――飛べッ!!」
技名を考えたのか、一瞬発動が遅れた葉の渦巻く波動弾。ラピスが鋼色に固めた尻尾で力強くたたきつけると、真っ直ぐにグラードンへと飛んでいく。
「アイアンテール。……効いてるかな」
「えっ、ラピスいつの間にそんな技覚えたの?」
きょとんと聞き返すリィに、先程使ったばかりの道具を突きつけた。ディスクのようなものが、パッキリと二つに割れている。
「……さっき。技マシンで――!?」
言いかけた言葉は、察知した危険で途切れる。
本能の示すままに素早く、その場をリィと共に離れた。
「グオオォォォォ……!!」
最初に聞いたような威圧感のある声が、場の空気を低く震わす。それも、かなり力の弱まった音で。
そのままグラードンは、激しい地響きと共に倒れこんだ。