28話 紅の命錠
ベースキャンプに着いたときと同じように、森を霧が濃く彩っていた。
森の深い緑も、真っ白なもやに覆い隠されてしまっている。
メロディが入った森は、ダンジョンになっていた。つまり霧があるのは、視界的にも技的にも圧倒的不利なわけで。
「電気ショック――チッ、電光石火」
ラピスの放った弱めの電撃は、霧にぶつかって敵に届く前に弾けてしまった。細かい水の粒からできているので、電気技の威力を弱めてしまうのだ。これには思わず、頭を抱えたくなる。
電光石火で距離をとるが、相手のジグザグマも同じ技で前進し、鳴き声を放つ。その横で戦闘を終了させたアルトが、未完成の波動弾を命中させて倒した。
「電気ショック効かねぇんだな?」
「うん……めんどい」
アルトの横では、ノコッチが見事に伸びている。ここはノーマルタイプもちょこちょこいるので、そういう面ではアルトが有利だ。
少し遅れて敵を倒してきたリィと合流し、霧の深さに諦めを覚えそうになった。
見渡しても、霧の無いところなんて存在しない。そんな勢いで広がっているものだから、何回も転びかけたり実際に転んだり。大概がリィだが、アルトやラピスだってつまづいている。
そんな事情を知りもしない敵ポケモンは、何事も無いかのように涼しい顔で襲ってくる。
「っと、波動弾!」
「念力」
視界が悪いが、当てるのは難しいわけではない。そんな安易な考えもすこしあるが、今対峙しているのはヨルノズクだ。進化しているから、能力も高めだ。
念力で軌道がずれた波動弾は、霧雲のなかに弾けて消える。落ち着いてみれば綺麗なのかもしれないが、生憎そんな状況ではない。
「エアカッター!」
「え、あ……リーフスパイラル……!」
「冷凍ビーム」
エアカッターで、視界が切り裂かれる。そしてもう一度、覆いかぶさるように霧が立ちこめた。
リーフスパイラルで、暗殺と共に目の前の視界を一時的に良くし、冷凍ビームを確実に命中させる。動きの鈍ったところをそれぞれの得意技を当てて、なんとか勝つことが出来た。
少し掠めたエアカッターの傷跡に、リィはオレンの果汁をそっとかける。簡易治癒がすんだところで、階段を踏み外さないようゆっくりと下りた。
強敵と何度も出くわしながら、なんとかダンジョンを抜けた。
そのころには霧も薄くなっていて、少し周りが分かりやすかった。森の中なのは相変わらずだが、ベースキャンプのときと同じように開けている。
薄まった霧の向こう側で、赤い誰かが目に入った。こちらに気がつくと、自身の大きな赤い手――もといハサミを大きく振る。
「カティ! どうしたの?」
「ヘイヘイ! メロディか。あれ見てみろよ!」
そのポケモン――カティが示すのは、さびれた灰色の大きな銅像。がくんと斜めに傾いていたり、所々欠けていたりと、それなりの損傷が伺えた。今まで見てきたどのポケモンよりも大きそうなそれは、もやもやと謎を纏っている。
みんなで食い入るように、じっとそれを見つめる。
「……何これ」
「は? ……あ、なんか字書いてあるぞ!」
二人が、思ったままの声を上げた。台座に取り付けてあるプレートには、少しかすれているが足型文字が刻まれていた。
ただ二人とも足型文字を読めないため、視線でリィに解読を求む。すぐに察して、リィが真剣そうな顔でプレートに駆け寄った。
「『グラードンの命灯しとき 空は日照り 宝の道開くなり』……だって。宝の道とかグラードンとか、どういうことだろう?」
「さあ? でも宝の道だし、これ解けば先に進めるんじゃねぇのか!?」
手がかりを掴んだアルトとリィがはしゃぐが、肝心の解き方は分かっていなかったりする。指摘されたら、一瞬で笑顔が固まりそうなくらい。
さびれた廃墟の一角のような雰囲気が、まるでメロディに謎解きの挑戦しているようだ。
「……命、道、日照り……。生き返る?」
「は、これ生き返らせんのか?」
「えっ、そんなことできるの!? 怖い……ッ!」
「観点完璧にズレてるぜヘイヘイ……!」
カティの言う事も、ほとんど耳には入れていなかった。ほのぼのと会話しつつも、頭のどこかで解決策を探っていて。
僅かに薄くなっていた霧も、ほんの少しずつ色を強めているようにも感じる。
数分弄ったり考えたりしているものの、解決策は一向に見つからない。アルトも飽きてきて、半分殴るように触れてみる。
すると頭が締め付けられるような目眩がして、辺りの状況が分からなくなっていく。何回か体験した、あの目眩だ。
<そうか! ここに――があるんだな>
<ああ! 間違いねぇよ>
<なるほどね、グラードンの心臓に日照り石をはめる、と。そうすれば霧が晴れるのね。すごいわ!>
(おさまった……)
片目が目眩の影響で上手く開かないが、なんとかもう一つの目で状況を確認する。
なんとか視界が戻ってきたところで、先程の声の分析をする。三つの声のうち、最初のは男の声で、最後は女の声だった。そして真ん中は、聞いたことあったような気がしたが、頭の中でノイズに阻まれてたどり着けなかった。
それより、と顔を銅像に向ける。
映像……というよりかは、声だけだったのだが。それによると、グラードンの心臓に日照り石をはめる、と話をしていた。
そしてプレートには、グラードンと書かれていて――。
「――そうか!」
「ふぁっ!? どしたの?」
反射的に、ぎゅっとガッツポーズを作る。驚いたリィも含め、ラピスもカティも不思議そうな目を向ける。
アルトは銅像を指し示しながら、興奮気味に言葉を並べる。
「これに石はめりゃ、先に進めるんだ!」
「「「……石?」」」
なんの脈絡も無く突飛なことを言い出したため、全員が怪訝そうな顔をする。それでも気にせずに、アルトは銅像を調べ始めた。
それに習って、リィとカティも銅像に近寄る。ラピスはぼうっとしたまま、遠くの中空をじっと見つめていた。
「なんか、どっかに石はまるくぼみねぇか?」
「ヘイヘイ、石ってなんだ?」
「さっき俺らが拾ってきたんだ!」
探す手を止めないまま、会話を縫い合わせる。しばらく探していると、銅像の心臓の辺りが不自然にへこんでいるのが見つかった。手がギリギリ入るか、くらいの大きさの。
アルトは高鳴る気持ちを押さえられないように、落ち着き無く石を引き出す。くぼみにぐっと当てると、パズルのピースがはまるかのようにすっぽりと収まっていった。
「よっしゃ! ――ッ!?」
もう一度喜びをあらわそうとしたが、突然視界が揺れて中断した。揺れた、といっても目眩や何か、そういう類ではない。“地面が揺れていた”。
慌てて銅像にいた三人は飛び降りるが、揺れはどんどん強まっていく一方だ。
「――離れてッ!」
ラピスが珍しく鋭い声を上げるのと、辺りを真っ白な光が包むのはほぼ同時だった。
目をつぶっても、激しく光を感じる。もしも目を開けていたならば、失明は免れられないくらい。チカチカとした目が収まるまで、瞼を固く閉じ、その上から手を当てて光を最小限にしようとする。
だいぶ落ち着いてきたところで、おそるおそると言う感じで目を少し開く。そしてそこから、全員が一気に目を全開まで開いた。
「霧が晴れたのか……?」
「うん……。すごい、くっきりして見える」
アルトが小さく言葉を漏らし、リィもそれに便乗する。
あんなに濃かった霧は先程の短時間で晴れ、景色がくっきりと目に焼きついてくる。突然の変化に、光とは違った意味で眩しく感じてしまう。
きょろきょろと落ち着き無く辺りを見渡す二人の声に、溶けそうなほど小さな音が耳に届いた。その音の発生源は、ラピス。
「あれ、が……“霧の湖”……」
「え?」
久しぶりの太陽の光を受けて光る、彼女の瑠璃色の目。それがとらえていたのは、紛れも無く霧の湖で。けれど――
「浮いてる!? なんで湖があんな高ぇところに!?」
「もしかして、見つからなかった理由がそれなんじゃ……!」
そう、メロディが見ているのは正面でも下でもない。なぜならば、“湖が宙に浮いている”から。
水が溢れて、滝のように流れ落ちている。日の光を浴びて、きらりきらりと光り輝いており、少し幻想的でもある。
呆然とそれを見つめていたカティは、はっと意識が戻ってきたようにメロディの方を向いた。
「お……俺、皆に知らせに行って来るぜ!!」
嬉しさやらなんやらの感情が、上手く制御できていないようだ。口癖も忘れて、元の道へと全力で走っていってしまった。
呼び止めるタイミングを失った口元は、ぽかんと開いたままで。
「行く、の……?」
「ああ! 見つかったんだし、いくしかねぇだろ!!」
「うん。……“霧の湖”かぁ」
ぽかりと浮かぶ湖を見つめる、赤色二つと瑠璃色の目。好奇心も不安も、睨むような色も。すべてをそちらへ向けていた。
一つ深い呼吸をして、真っ直ぐと伸びている道へと一歩を踏み出した。