26話 トラブルメーカー捜索隊
ギルドを出てしばらく進んだところ。
メロディは一人ひとり思考回路を巡らせていた。既に数グループは先に行っているが、多少は頭を悩ませるものだ。
行くように指定された場所には、二つぽっかりと穴が開いている。進むにはこのどちらかを通らなければいけないのは分かりきったことだ。
「これさ、チャトの伝達ミスかな? どっちか分かんないよ」
「……さあ? 鳥だし」
「マルスじゃねぇけど、鳥もケチだよな!」
チャトの話はともかくとして、洞窟は見比べても同じにしか見えない。
リィはひたすらに頭をひねらせているし、ラピスにいたっては興味がなさそうだ。明らかにぼーっとしている。
「あー、もうこれこっちでいいか?」
指差したのは右側。特に反論も無かったので、こちらの入り口を進むことになった。
“沿岸の岩場”。
このダンジョンの事を、こうチャトが呼んでいた。床は岩場のような感触で、水路も非常に多い。沿岸の岩場は、基本的にキャモメやタマザラシなどが多く、それぞれで弱点をつけるポケモンも多い。水路から現れるのにさえ気をつけていれば。
今回は比較的、楽に進んでいる――
「あー……パス」
「ちょ、私に投げ出さないで……!?」
「ったぁ! なんか流れ弾多いんだが!?」
――わけでもなかった。
ラピスの前に現れたトリトドンの対戦をリィに放り投げ、「頼んだ」と言わんばかりに泥爆弾を避ける。それが近くで敵を倒し終わったアルトのすれすれを通ったのだが、実際問題既に二回目くらいだ。
確かにラピスは電気タイプのために、地面タイプを併せ持つトリトドンとは相性が悪い。
「きゃう! えっ、蔓のムチ……!」
「水鉄砲!」
蔓のムチは水鉄砲で多少威力は弱まるものの、効果バツグンのトリトドンには痛い一撃だったようだ。少し苦しそうに見える。そこを葉っぱカッターで突くと、相手はそのまま倒れてくれた。
ふぅと溜め息をついてラピスのほうを見ると、彼女はキャモメを電気ショック一発で倒したところだった。相性も合わさってか、余裕があるように見える。
(私も強くならなきゃな……)
心の中で呟いて、エネルギー切れで消えた葉を見つめていた。
ちなみにあとでリィがラピスに聞いた話。一撃で倒れたのは、「鳴き声を使う瞬間の口に見事にヒットしたから」だそうな。
体力も有り余りつつ。
沿岸の岩場を抜けると、塔のようにそびえたつ山――ツノ山に出た。その圧倒的な存在感が、余計に探検心をくすぐる。
こちらも分かれ道はあったが、どちらも存在感バツグンの方に続いて見える。こちらも直感で選んで、いつもと同じように入り口をくぐっていった。
――どちらかしか正解ではないのを、わかっていながら。
足裏から伝わるゴツゴツとした感触が、足場の悪さをさり気なくアピールしている。
ここはアリアドスやモルフォンといった進化系の虫タイプが多い。そしてもちろん、今のメロディからしてみれば、レベルも高めだ。
「っ、電光石火! ……あー、なんで虫タイプ多いんだよここ!」
「虫タイプってだけで、妙に難しく感じるよ……!」
「……やだ。疲れた」
相変わらず虫タイプに弱い。それぞれで事情はあるのだが、それを理由に相手が去ってくれるはずもなく。
アルトの電光石火を右に跳んで避けたアリアドスは、クモの巣を地面に放り出す。反射的に引っかかりそうな部分を波動弾で壊すと、アルトは背後を狙ってはっけいを繰り出す。
そこをラピスが冷凍ビームで動きを鈍らせ、リィが体当たりで止めを差した。
「ちょっと待って、私これベースキャンプまで行けるかな……?」
「……引きずってもいいけど? 無理矢理」
「つーか、ダンジョン内で時間食ってるとヤバイんじゃなかったけか?」
「ねぇ、なんか毒舌に聞こえるのは私だけ!?」
このダンジョンは、今まで入った中では比較的長い部類に入る。同じくらいのリンゴの森よりかは一フロアごとが狭いため、階段探しに時間を費やさなくて良いのが救いか。
ひょっこり現れる虫タイプをなんとか薙ぎ払いつつ、雑談をちょくちょくはさんで。
階を重ねるごとに元から疲れていた足が、軽く悲鳴を上げそうになるのは、仕方の無いことだった。
そして階段を五つ超えたところ。
ここまで来て分かったのだが、虫タイプ以外にも、ネイティやプテラなどの不利なポケモンで溢れかえっている。
プテラを倒して一息つこうとカバンを開けたとき。
「――メロディさん?」
「……ラス? アイツらは」
こてん、と首をかしげながら、ラスフィアが部屋に入ってきた。同じグループであるはずのフリューデル面々の姿はなく、単独で。
メロディが単独行動の理由をを聞く前に、目を伏せながら本人が経緯を告げてくれた。
「「「フリューデルが!?」」」
ぴったりと声を重ねたメロディに、ラスフィアは曖昧に首を振って答えた。視線を地面の方に這わせ、小さな溜め息をつく。
「はい。ええっと、私たちは普通にダンジョンを進んでいました。そうしたらエルファさんがワープスイッチにかかって……」
そこまで言うと、ラスフィアは顔を上げて苦笑いをする。
いつの間にかラスフィアの近くにいた敵に騙し打ちを繰りだすと、急所にでもあたったのか、一発で倒れていた。アルトとリィは想像以上の強さに目を見開く。最も、当の本人はあまり気にかけてはいないが。
苦笑いのまま、続きを話す。
「……そうしたら、リズムさんが面白そう、って自ら罠に乗ってしまって。シイナさんも慌てて追いかけてしまったので、恐らく全員別行動かと思います……」
目は完全に明後日の方向を向いている。
フリューデルらしい、とメロディは素直に感じた。お気楽にはしゃいでワープスイッチに乗り込むリズムと、それにあたふたと着いて行くシイナが容易に脳内再生される。
ワープスイッチは乗ったポケモンをフロアのどこかへ飛ばす、相当厄介な罠だ。飛行タイプや特性が浮遊のポケモンにも反応し、容赦なく飛ばしてしまう。しかも移動場所は毎回ランダムなので、近くに仲間がいたらラッキー。
そんなこんなでラスフィアはフリューデルを探していたところ、メロディに出くわして今に至る。
「……バッカみたい」
「ちょ、ラピスそれは……」
「間違ってねぇと思う」
雑談を交えつつ、これからを考える。エルファやシイナならともかく、リズムが先に階段を見つけたのなら迷わず進んでしまいそうだ。
そしてメロディも、「じゃあ先行ってる」などと言うようなタイプではない。
「うーん、ねぇラスフィア。私達も探すの手伝おうか?」
首をひねって、小難しそうにリィが言う。
「えっ、いいんですか?」
「ああ。俺らも探した方が早そうだしな!」
「…………構わない、別に」
メロディの各反応に、ラスフィアは思わず笑みをこぼしてしまつった。
――何も変わっていないのね。
一旦キョロキョロと辺りを見渡してみるも、手掛かりになりそうなものは無く、ただ時々敵ポケモンが通るだけだ。心中に薄く広がる不安を叩きのめすように目を瞑って、開いたブラッキー特有の赤い目を巡らせる。
部屋を移動するたびに、メロディの面子も捜索をする。アルトは普通に、リィは心配そうに、ラピスは無気力そうに。
そうしているうちに、またとある部屋に出た。あまり広くはなく、繋がっている通路も入ってきたもののみ。イコール行き止まり、というわけだが、どうも目線がとある一点に吸い付いて離れない。
まず、床が炭かと疑うくらいに黒く焦げている。ここに炎タイプはいないはずだし、使いそうなポケモンといったらリズムくらいだろう。
そしてその近辺には、不可思議な模様が描かれた、黒いスイッチ。紛れもなくワープスイッチだ。
「……リズムさん、でしょうね……」
「いや、リズムしかいねぇだろ!」
「結構派手だね……」
「……何してんだか」
半分くらいに閉じた目で、それぞれがじとーっとワープスイッチを見つめていると、突然耳に別の音が入った。
足音のような音と声。声は理性がありそうなので、敵ではなさそうだ。念のため、と技を出せる体勢を取ったちょうどそのとき、声の主がひょっこり現れた。
「シイナー? ……あー、先輩か。リズムとシイナ見ませんでした?」
「あっ、エルファ! うーん、私達もリズム君とシイナは見てないよ」
そう。最初に見つかったのは、仲間の安否を確認するエルファだった。自分の青いスカーフをぎゅっと、握っている。
エルファは焦げた床、堂々と居座るワープスイッチ、メロディとラスフィアの順に視線を巡らす。そして、溜め息と共に重く呟いた。
「……何してんだリズムは……」
「そこは俺らが聞きてぇよ!? つーか一緒じゃねぇのか」
「一緒だったら苦労してないですけど? あー……マジか」
うなだれるエルファを片目に、ラスフィアは苦笑いをする。ラピスは相変わらずぼうっとしている上にまぶたが降りてきている。小さくあくびをかます辺り、眠いのだろう。
とそこへ、思わぬ乱入者が現れた。
「――やっほーぉ! ……あれー?」
「っ!? リズム?」
エルファの前に突然、何の脈絡もなく現れたのは、お気楽そうなヒノアラシ――リズムだ。
珍訪に全員が驚いていたが、少し考えれば答えはすぐに出た。
ワープスイッチ。またどこかのスイッチを踏んで、行き着いた先がここだったのだろう。
「驚かさないでくれるかな? ……まあ見つかったんだしいいか」
「えへへー。エル君こういうの、すっごい驚いてくれるもんねー?」
「…………いや、驚いてないし?」
完全にほのぼのと和んでいる。後のエルファ曰く、一瞬シイナを探すことを忘れていたくらいだったらしい。
話が一段落してから、改めてリズムを見る。
「で、リズムはシイナ見てないの?」
「ううん、一回見たよー! けどねぇ、行こうとしたらワープスイッチ踏んじゃったんだ〜」
再び溜め息をつきながら、エルファは頭を抱えた。というか、メロディとラスフィアですら溜め息を抑えられなかった。
語尾に星マークをつけそうなくらいにのほほんと喋っているリズムは、そんなエルファに「でもね」と付け足した。
「シイちゃん、すっごく探してるみたいだったよ〜? だってさ、」
一旦区切って、またいつものほのぼのした雰囲気になる。エルファは察したのか、ギクリと効果音が付きそうな表情を作ってさえぎる。
リズムを除く全員が、それに首を傾げる。
「ちょ、アイツに限ってそれは相当やばいよな? えっ、どこにいた?」
「分からなーい。まぁいいかなー?」
「や、全然良くないからな!?」
言い切る前にだいぶ焦ったような雰囲気で、部屋を駆け出した。ツタージャのためかなり速い。このままだと迷子がまた増えそうなので、一旦皆で顔を見合わせてからエルファを追った。
「――シイナー!」
冷や汗が滲む。
他の皆のことを考えずに突っ走ってきたのだが、正直自分ひとりで探せる自信は無かった。でもまぁ、少ししたら落ち合えるだろうな、などと目を前方へ向ける。
そして、急に立ち止まった。
――聞こえた?
何か声のようなものが聞こえた……否、聞こえている。ほとんどの神経を聴力に注ぎ、音の発生源へ向けて地面を蹴った。
「皆どこ……?」
ぺたり、とその場に座り込む。シイナが皆とはぐれてから大分経つだろうが、会うのは敵ポケモンばかりだ。
今日は厄日なのかな……と目をこすったとき。
「あっ、いた。シイナー……」
「――エルファ! 良かったぁぁ……!」
偶然なのか何なのか、エルファがほっとした様子で息をついていた。勿論だが、ほかのメンバーを置いて走ってきたのでエルファ一人だ。
「……どうしよう? 俺勝手に走ってきちゃったからなー……」
「えっ!? じゃあ皆いたの!?」
こちらとてほのぼのとするが、これはこれで大変な状況だ。どうしようか、と視線を泳がせる。
そして来るまで待つのが最善策かな、と言う考えに落ち着く。そのため、ゆっくりとリンゴをかじった。
「――おぉー、シイちゃんも居た〜!」
「「リズムッ!」」
リンゴも芯だけになった頃、ぴょこんと登場したリズム。その傍にはメロディやラスフィアも、少し疲労の色が混ざった状態だが居る。
ようやく皆と再会して、緊張の糸が綻んだのか、ほろっと涙が零れる。エルファは黙って、落ち着くまで横でぼうっとしていた。
「「「「「「えっ!?」」」」」」
階段を使ってフロアを切り替えると、ダンジョンを抜けた。
そこまではいい。
あまりにも短く、思わず後ろを振り返ったところで全員――といってもラピスは無言だったが。とにかく声がぴったりと重なった。
その先には、先程皆で登っていたはずのツノ山。山登りの前に見た景色とまったく同じだ。
「……これって、行く道間違えましたか?」
「うん、これ思いっきりね……。私もう疲れたよ……」
「つーか、俺らの道選んだの俺だったし……!」
全員が確認する間でもなく、道を間違えたことを認めていた。アルトだけは、喋った後にラピスにじとっと睨まれていたが。
何度見直そうと、その圧倒的な存在感はそこに居座ったままで。
先程とは違うもう一本の道を、複雑な心境で進んでいった。