25話 遠征メンバー発表会
いつもどおりの朝の、いつもどおりじゃない朝礼。
マルスは相変わらず目を開けたまま突っ立っていて、起きているのか寝ているのかは本人しか知らない。ドクローズはアルトに罵倒され、ラピスに睨まれていた。
個性的にざわついている広間に目を向け、コホンと咳払いをしたチャト。ぐるりと見渡し、手に持った小さなメモを睨むようにして読み上げる。
「……エー。それでは、遠征のメンバーを発表する!」
「いよいよですわね……! きゃー!」
「うぅ……緊張するでゲスね」
「うわぁ、もう遠征なんだ〜!」
一部では少し騒がしく、またもう一部では静寂が走った。嬉しそうな者、緊張している者、いつもどおりの者。反応はそれぞれだが、皆期待をしているのだ。ドキドキとした感情が溢れだす。
ちなみにリズムは、喋った後にエルファに呆れられていた。
「えー、まずはソラ。良かったな♪」
「きゃー! 嬉しいですわ!」
最初に呼ばれたのは、いつもどおりのスマイルを更に加速させたソラだった。小躍りしていて、とても喜んでいるのが伺える。
チャトはちらりとメモを確認し、少し大きめに口を開く。
「次は……ジオン! あ、言い忘れていたが、言われた者は前に出るように!」
「よっしゃああああぁぁぁぁっ!! まあ、ワシが選ばれるのは当然だがな! ガハハ!」
((((煩っせぇ……!!))))
チャトの読み上げに対して当然のように笑いたてるジオンは、正直とても煩い。じとーっとした視線がかけられているのには、全く気がついていないようだった。
そのままズカズカと前に行く間も、一部では緊張を忘れているくらいだ。
「そして次――アルト、リィ、ラピスだ♪」
一瞬だけギルドを包んだ沈黙。その包装を破ったのは、嬉しさに顔を綻ばせたメロディだった。
「は? これ、選ばれたんだよな!」
「う、うん! やったね!」
「……うるさ」
意外と早く呼ばれたことに、アルトはガッツポーズをして、リィは飛び跳ねながら、ラピスは薄笑いで喜びを表していた。
前に出ると、最初は緊張していて分からなかった広間の大きさが伺えた。あまり端から広間を眺めなかったが、これはこれで広いところだ。
はしゃぐメロディを横目に、チャトの声も少しずつ大きくなっていく。
「そして……アクラ!」
チャトが気合を入れて読み上げると同時に、アクラの目がうっすらと潤んだ。前に出ることも忘れている。
「あっし、選ばれたんでゲスね……! うぅ……」
歓喜に浸っているアクラはさておき、チャトは手にもった紙を吸い込まれるように見つめた。顔を近づけて、心底読みにくそうに紙面を睨んでいる。
暫しの間黙り込んだチャトに、全員が首をかしげた頃。心底驚きの色に染まった声で、メモを読み上げる。
「ラスフィア、フリューデル……!? 新入りなのに良くやったな!」
「え……? ありがとうございます」
「……あれ、俺たちブロンズランクだけど?」
「わはぁい! やったねー、エル君、シイちゃん!」
「うん! まさかもう行けるなんて、思ってもなかったや!」
ラスフィアは何故かお礼を、リズムとシイナはお互いにハイタッチをして喜んでいる。ギルド内にパァンと小気味よく音が響いた。
けれどエルファだけは、バッジを見ながら一人考えていた。下からの二番目のブロンズランク。普通ならば候補にすら入れないような、そんなランクだ。
とりあえずまあ、実績があったのかな、と一人でに納得しておいた。
「まだまだいるぞ♪ リン! カティ! グレイ!」
((((えらくまとめたな!?))))
数人がそう思い驚くが、フリューデルもチーム名で呼んだのだから変わらない、ということには気がついていない。
呼ばれた三人は、それぞれ嬉しそうに前に出る。リンは自身の鈴を鳴らして、ソラと喜び合っている。
だがそれも、チャトの嬉々とした「最後に、」という声で薄まる。
「最後に、ラウンとモンス! ………………って親方様!?」
最後まで読み上げた瞬間、チャトの目の色が変わった。
くかーっ、と可愛らしくもある寝息を立てているマルスに、チャトが翼で風を吹かせている。なんとか起きたらしいマルスは、目をこすりながら不思議そうに首を傾げている。
「ん? どうしたのチャト?」
「どうしたの、じゃないですよ! これ全員で行くんですか!?」
「私も思うのですが、メンバーが多いのではありませんか?」
チャトに重ねるように、デスポートも口を挟む。
いつもとはかけ離れた丁寧な言葉遣いに、数名の氷のような視線が突き刺さる。本人は背を向けているので、見えていないのだが。
メモを突きつけるようにして訴えるのを、お気楽そうに見つめるマルス。さも当然のようにメモを回収し、これでもか、というくらいに気持ち良さそうに笑った。
「そうだよ♪ だって皆で行った方が楽しいじゃん! ねっ?」
なんて楽観的な。
この場にいる全員の気持ちが一致した。これまで遠征のためにしてきた努力はなんだったんだ、と。
それでも嬉しいことに変わりは無くて。
「じゃあ今日は、明日に向けてゆっくり体を休めるように! 解散っ!!」
――と言われたこともあってか、今日は皆依頼には行っていないようだった。ラスフィアは読書、フリューデルは部屋でそれぞれの好きなことを。
そしてメロディは――
「へぇ、遠征に選ばれたんですか〜! おめでとうございますっ!」
「いや、全員だったけどな!?」
パッチールのカフェ、ほのぼの休憩中だ。
ヴァイスは接客中だったので、マリーネオが話しかけてくれた。それをアルトとリィで会話を発展させ、ラピスはいつもどおりぼけーっと。
会話がぽむぽむとしてきたところで、リィがぽんと蔓を叩き合わせた。
「ねっ、ドリンクスタンド行こうよ! 結局まだ行っていなかったし!」
「ああ! 確かに一回も行ってなかったな……」
「……うん。行く」
スタンドの方へ行くと、店主のパッチールがふらふらと奇妙な踊りをしていた。なんというか、酔っ払っていると言われても納得がいきそうなのが怖かった。
手の空いたヴァイスが、スタンドについて説明を加える。
「えっと、最初にマリーネオに聞いたかもしれませんが。まぁ店主さんに材料を渡してくれればオッケーですよ!」
左手でぎゅっとカフェエプロンを握っているが、きちんと説明はしてくれた。話し終わった後で軽く息を吐いた辺り、多少なりとも緊張していたのだろうか。
それぞれ橙グミ、若草グミ、黄色グミを取り出してパッチールに渡す。リンゴの森で波乱のなか取ってきた物だ。
「橙、若草、黄色グミ入りました〜!」
「ソオォォォォーーナンスッ!!」
思わず耳を塞ぎたくなったが、塞ぐころには既に音は収まっていた。カフェ内の視線の約半数が声の発生源に向いている。
もう一つのカウンター、リサイクル所のソーナンスが勢いよく反応したかと思えば、パッチールが素早く材料をシェーカーに放り込む。そして「三つ一緒に」振り始めた――もとい踊り始めた。
「あ、それ♪ そ、ほれ♪ くるくるくる〜ぅっと。出来上がりっ!」
(((何あの歌とダンスは!?)))
あんぐりと口をあけて固まっていると、いつの間にかドリンクが出来上がったようだ。マリーネオとヴァイスが二人で分担してカップを持ち、テーブルへと運ぶ。
渡したまま固まっていたメロディは、それに反応してテーブルに戻り、ジュースを口に少しだけ含む。
「すげぇ! ただのグミがこんな美味くなんだ!?」
「うん! すっごい美味しい……勿論グミも美味しいけどねっ!」
「へぇ……面白」
こうして、休みをカフェで満喫していた。
遠征当日。天気は良好、外では眩しいくらいの朝日が誇らしげに輝いている。
昨日のうちに各自で準備をしっかりとしたが、睡眠だけは興奮で上手く取れなかった者がほとんどなんだとか。
朝早くから広間に、ギルドメンバー全員が集合している。
「では説明するぞ♪ 今回は“霧の湖”と言うところに行く。皆、地図を見てくれ」
その言葉に全員が手元の地図を開いた。乾いた紙の音が静まるのを確認して、チャトは説明を繋ぐ。
「エート……ここだ。常に霧がかかっているんだ。噂によると、とても美しいお宝が眠っているらしい♪」
「美しいお宝かぁ……!」
チャトが示したのは、ここからずっと東のほうにある所。雲がかかっていて、いかにも不思議そうだ。行くには恐らく、最低でも数日はかかるだろう。
美しいお宝を想像して、リィやその他のメンバーの期待が更に高まる。
「そこで、中間地点のベースキャンプまではグループ行動をしてもらう♪ そのメンバーを発表するから、よく聞いてくれ」
おおっ、と声が上がる。そしてすぐに静かになり、聞く体制は万全だ。
「まず最初――ソラ、ジオン、カティ、ラウンだ!」
「おいお前ら、ワシの足を引っ張るなよ?」
「それはワタクシの台詞ですわ!」
「け、喧嘩するなよヘイヘイ!」
「そ、そうですよ……! 落ち着きましょう……?」
早速口論を始めたソラとジオン、そしてなだめるカティとラウン。全員が心配そうに視線を向ける中、アルトが一言。
「大丈夫なのか、あれ……」
聞こえたか否かは不明だが、チャトが咳払いをすることにより口論は一時的に収まったようだ。少し離れているメロディにすら、その険悪ムードが分かる。これはヤバいな、と全員が思った。
「次……アクラ、リン、グレイ、モンス。とりあえずメンバーの変更はしないつもりだ」
「よし、頑張るでゲスよー!」
「勿論♪ よろしくおねがいしますね」
「当たり前じゃないか、グヘヘ」
「成功させような」
さっきとはうって変わって、とても仲がよさそうだ。既に意気投合している。
チャトの最後の一言に、ソラとジオンが不満を漏らす。そして今度はマルスにより止められていた。本人曰く「折角の遠征なんだし、楽しもう?」。
あまりの温度差に、決定した張本人でさえ眉を僅かにひそめている始末だ。
チャトはそれぞれの雰囲気を見つつ、息を軽く吸い込む。
「そしてアルト、リィ、ラピス。ここはいつも通りで頼む♪」
「全然変わんねぇな!?」
「そだね……まっ、いつも通りでいいとも思うよ?」
「……ふっつー」
メロディはいつも通りに、という事らしい。別に不満があるわけではないのでいい。ただ、どうせならもう少し弄ってほしいな、などと思ってしまう。
ここまでくると最後は分かったようなものだが、一応という事で報告を入れる。
「最後はラスフィア、エルファ、リズム、シイナ! 私と親方様は二人で――」
「えぇー!? チャトと二人だけー!? つまんなーい!」
最後のグループが感想を言う前に、マルスが元から丸い頬を更に膨らませる。まるで幼い子供がいじけているようだ。
チャトは対応に困っており、完全に立場が逆転している。これが“プクリンのギルド”なのだが、あまりの子供っぽさに全員がポカンとしてしまった。
感想を言いそびれたラスフィアとフリューデルは、黙って自身の親方に視線を送っていた。
数拍かけて言葉を選び出したチャトは、だるそうにマルスに目を向ける。
「親方様……これも作戦なので、ワガママはやめてください」
「…………ケチ」
どうやら本格的に拗ねたようだ。チャトから視線を外し、足元へ移す。
こればかりはどうしようもないので、仕方なくスルーして声を張り上げる。
「じゃあ皆、はりきっていくよーーー!!」
「「「「おおおおぉぉぉぉーーー!!」」」」