24話 毒リンゴには気をつけて
ギリッと歯を噛みしめて、目の前のポケモンを睨み付けた。
セカイイチの木から降って来たドクローズは、相変わらずニヤニヤと腹の立つ薄笑いを浮かべている。きっと、メロディがここに来る事を知っていての行動だろう。そうでなければ、ここにいる意味が無い。
「ケッ、案外遅かったな」
「んだよ!! スピアーとバタフリーの嵐だったんだから、仕方ねぇだろ!?」
「「「「「…………」」」」」
自身ありげな言葉に、思わず全員が黙りこくった。こんな事を言われて、どう反応すればいいのだろうか?
急に気まずくなった空気で、沈黙が続く。それを破ったのは、気まずい空気に耐えられなくなったデスポートだった。
「そ、それはいいんだよ……。と、とにかく!」
心底呆れた表情から一変、怪しげな笑いを見せた。クルガンは木の上へ飛んでいってしまったが、ヤレンとデスポートはそのままで目配せをしている。
嫌な予感が脳裏をよぎる。
「くたばってろ! 俺とヤレンの、毒ガススペシャルコンボだっ!!」
「「「……!?」」」
一瞬で紫色に染め上げられた視界。拙いと冷や汗をたらしつつ、どうすることも出来ない。毒ガスのため、すぐに意識が遠のいていく感覚がして。
気がついたら、メロディは皆意識を失っていた……とドクローズは思い込んでいた。
「これでいいか。……おいクルガン! 出来たか!?」
「あいっす! 完璧っすよ!」
ふらふらと不規則な弧を描いたクルガンのバッグは、形が歪んでいる。何かたくさん、物が入っているようだ。
デスポートはそれを見て満足気に頷くと、自身の金色のバッジを空にかざす。するとその瞬間、「何か」によってバッジが弾き飛ばされた。
「なんとなくでモモンスカーフ着けてたんだが? 役に立つとは思ってなかったけどな!」
少し吐き捨てるような感じで言い、不機嫌そうにドクローズを睨みつけるのは、先程“毒ガススペシャルコンボ”を受けたアルトだ。多少顔色が悪いが、普通に立てている。
アルトはリンゴの森で拾ったモモンスカーフを、なんとなくで自身のレッドスカーフと取り替えておいたのだ。ちなみにこのスカーフは桃色だ。
可愛らしい桃色とはかけ離れた睨みを利かせ、手にエネルギーを纏わせる。
「あのなぁ……くたばんのはテメェらだろ!!」
ぐっと拳に力を込め、もれなくはっけい付きで殴る。直撃したクルガンのバッグが開き、中からゴロリとセカイイチが転がり出る。
「クルガン……! 辻斬り!」
反撃に出ようとデスポートが辻斬りを繰り出す。相性こそ悪いけれど、一応はゴールドランクだ。
横に体を傾けるが間に合わず、掠ったところから鋭い痛みが突き抜ける。アルトの左頬を削った悪の刃は、気絶中の二人の真上を通過して消えた。
「チッ、地味に痛ぇ……。波動弾!」
「一人で何が出来る? ……ヤレン! 行くぞ!」
水色のエネルギー体を、バチュル一匹分程度の隙間で受け流したデスポートは、ヤレンとタイミングを合わせている。先程と同じ、毒ガススペシャルコンボの前触れだ。
電光石火付きのバックステップで数歩距離をとると、ちょうど真横を冷気が走った。
隙を突いて振り向くと、いつも通り温度の無い目でぼうっと立っているラピスがいた。リィは未だに倒れたままだが、こればかりは相性のせいでどうしようもない。
符点四分音符ほど遅れて、ドクローズの戸惑う声が響く。
「……はっや」
つんつくと未だ意識の無いリィを尻尾で器用につつき、興味の無さそうにドクローズを睨む。否――ドクローズの少し上を。
やがて何か思い出したかのように、自分のではなくリィのバッグを漁り、アルトに話しかけた。
「……これ、投げて」
「これ、って確か――」
“穴抜けの玉”。不思議玉の一種のそれは丸くて青く、少しマーブル模様が埋め込まれているようだ。アルトも何度か見たことがある。
これは本来、探検隊が緊急でダンジョンを脱出する際に使うもの。バッジはダンジョン内では、奥地か依頼達成後の少しの間しか使えないのだ。
「ああ。……毒物体! さっさと帰れぇぇぇぇ!!」
ラピスの意図を読み取ったアルトは、薄く波動で包んだあとに恨みを晴らすかのよう、全力で投げつけた。
反撃をしようとしていたデスポートは、それを見て波動弾だと思い込んだ。だから辻斬りを作り、向かってきた青い玉――「波動弾のようでそうでない何か」にぶつけてしまった。
不思議玉は割ると、または全力で投げるなどの一定の威力を使えば効果が発動する。辻斬りを受けて耳に届く、パリンと言う音ではっと我に返ったドクローズ。
――これは波動弾なんかじゃない!
叫ぶ暇も与えず、青白くて淡い光を放った穴抜けの玉に強制帰還させられた。
「ふぁ……? ここ、は……?」
「起きるの遅ぇな!? ここはリンゴの森だぞ?」
「だから。アンタが早いの」
ゴシゴシと目をこすって辺りを見渡す。しばらくして意識がハッキリしてくると、今までの経緯を二人(というか主にアルト)に説明してもらっていた。
その間にラピスはセカイイチの木に近づき、自分ですら聞こえない音量で舌打ちした。
「……全部、使えない」
「ええっ!? どういう――っ!?」
「は? 何が――!?」
続けさまにいった言葉ですら、続きを失った。
戦闘で落ちたセカイイチ、木になっているセカイイチ。全てが怪しさ全開のベトベタフードになっていた。ベトベタフード自体が食べられないことは無いのだが、体調を崩したり、状態以上になったり。とにかくロクなことが無いのは見てのとおりだ。
「ど、どうしよ……!? これじゃ駄目だよね……!?」
「当たり前だろ! とりあえず、どっかこの辺探してみるか?」
「……うん。ありそう」
ぽつぽつ会話をしながら、セカイイチの木探しを開始する。と言っても、知識のあるリィにそれっぽい解説をしてもらいながらだが。
とにかく数が多いので、それっぽくてもそうで無いものも多い。一面、いろんな種類のリンゴで埋まっているからだ。
半ば諦めかけ、今は木下で休憩中。葉っぱカッターでもぎ取ったリンゴを食べていたのだが、それを食べていたときだった。
「もぐ……セカイイチってこんな感じだったよね。……んぎゅ」
「……食べながら喋るな」
「つーか、よく違いが分かると思う」
零れてくる、薄くオレンジのかかった木漏れ日に目を細めながら、アルトとラピスも反応を示す。このリンゴは一つが自分たちの顔ほどもあるので、綺麗に三等分して食べている。
「何か酷いよ……! ていうかこれ、ホントにセカイイチだよ!?」
「はあ!? これが?」
「うん! さっき気がついたんだけど、セカイイチって赤に少し黄色がかかっているの。それで、とーっても甘いのに、ちょっとだけ酸っぱいんだよ」
もう一つ採ったリンゴを眺めて、木漏れ日にかざすように確認する。確かに大きく、リィの言った特徴と似ている。よーく思い出せば、微妙に酸味があったような記憶すら沸いてきた。
「じゃあ、これ持って帰るでいいか?」
「もちろん! 出来るだけ持って帰らないとね」
「……構わない」
そういい終えるや否や、すぐに葉っぱカッターを大量生産してボトボトとリンゴを採った。いくつか着地に失敗にて痛んだものもあるが、それはきっと、新しい森の命の元になってくれるだろう。
歪に変形したバッグは、元々が斜めがけ設計なのでとても持ちにくかったんだとか。
「チャトー!! いるーーっ!?」
形が完全に崩れたバックでふらつきながら、一番体力の無いリィが親方部屋を扉を豪快に開けた。途中何度も転びそうになって、アルトは後ろでいつ転ぶか考えてたとか考えてないとか。
ばふぉりと開けられた扉に不安そうな目を向けたチャトは、メロディの歪すぎるバックを見て目を輝かせた。
「おっ、やったかお前たち!?」
「そうだよ! ねぇ、この位で大丈夫?」
リィがセカイイチをぽつぽつと並べるのを見て、アルトとラピスも各自のバッグからいくつかを取り出す。
「よし、これであれを喰らわずに済む♪ ご苦労だったな♪」
いつもに増して上機嫌になったチャトは、器用にセカイイチを持ってどこかに行ってしまった。呑気な物で、鼻歌まで歌っている始末だ。
しばらくそれを見送ってから、自分たちの部屋に戻るため無駄に広い親方部屋の扉を閉めた。
相変わらず、綺麗だ。
声に出さずとも、全員の気持ちは一致していた。夕方の海岸で、また今日も二つの旋律が流れようとしている。
「……ていうか、なんでアンタまでいんの?」
「えっ、駄目だった? だってさ、私だって演奏聴きたいもん!!」
自身ありげに笑うリィに少し冷たい視線を送って、ラピスはフルートに息を吹き込んだ。それに合わせて、アルトもトランペットを吹く。
最近は基礎が多かったけれど、今日はリィが私物の楽譜を持ってきたのでそれを練習している。ちなみにリィは、自分の楽器はあるらしいが家にあるので持って来れない……らしい。
「ねぇ? 遠征さ、私たち選ばれるかな……?」
「さあな。だってあれ、鳥の気まぐれだろ?」
「確かに。でも入ると思う、多分」
茜色に染めた目で、少し不安げに空を見上げる。やはり「選ばれる」というキーワードが頭に残っているのだろう。
そんな感情を抱えているのも知らずに、夕日は海へ潜った。