20話 会いたくなかった者達
「……先輩、いつもこんなんなんだ?」
「危なかったねぇ! もうすぐ遅刻だよー?」
「ふぁ……眠」
「あは……。あの、遅刻するとチャトさん怖いらしいので、気をつけてくださいね?」
いつもどおり遅刻ライン全力疾走でやってきたメロディ。ラスフィアは苦笑いして、フリューデルには静かに驚かれている。
アルトは機嫌がよろしくなく、主にお気楽リズムを睨んでいたが、全くと言っていいほど効果無し。
約十秒後、フリューデルはこれが日常だという事を知ることになった。
「いいからメロディは遅刻をするな! ……フリューデルは自己紹介を」
「まだしてねぇだろッ!!」
「お黙り! しかけていたら遅刻になるんだよ!」
「知らねぇよ!! つーか“しかけた”だったら“した”わけじゃねぇだろ!?」
「……とりあえず、お二方は静かにしたほうがよろしいのでは?」
チャトとアルトの口喧嘩は、ラスフィアの一言でやんわりと収まった。ついでに、とラピスからは冷たい視線をプレゼントされる。
それでもギルド内のムードが悪くなるわけではないのは、傍からみたら凄いことなのかもしれない。
はあ、と一息ついて、エルファはすっと自慢げな表情になる。メロディはなんとか感づいたが、その他のメンバーには何か分からなかった。
「俺はエルファ・ゲハイムニス! 神様の末裔だ!」
((((うっわぁ……))))
数名はそうやって引き気味だったが、一部では違った。それは勿論、エルファの言うことを素直に認めたからではない。
「ゲハイムニス……! あのシュピッツェ・ゲハイムニスさんと同じですわ!!」
「グヘヘ。ワシも聞いた事あるぜ! なんて言ったって、探検隊連盟のトップだもんなぁ! グヘヘ」
「エルファ、お前シュピッツェさんの……!?」
騒ぎ出す弟子達。
エルファはピン、と伸ばしていた右腕で、今度は頭を抱える。彼の中での最大級の溜め息をつくが、ざわめきに掻き消されてしまう。
アルトやラピス、その他数名は分からなかったが、探検隊連盟のトップというのはかなりのお偉い様だ。巨大組織の連盟、メロディやフリューデル、ギルドだってここに所属しているようなものなのだ。
だんだん収集がつかなくなって来たので、チャトがリズム、シイナに自己紹介を促す。
「僕はリズム・フロイデだよ〜! えっとねぇ、うーん、よろしくねぇ!」
「うちはシイナ・ゼーリャ。これからよろしくお願いしますっ!!」
一人沈んでいるエルファは差し置いて、朝礼を進行。掛け声のところでは、リズムとシイナがやけに張り切っていたのは、近くに居たメロディとラスフィアしか知らない。
フリューデルはチャトに呼ばれ、メロディやラスフィアも依頼を選びにいった。
依頼掲示板のところにいくと、普段ならいないような、紫色のポケモンがいた。
ある程度探検隊としての実力も付いてきたメロディなら、この辺りにどのような探検隊がいるのか、大体だが分かっている。
新米だろうか? と記憶を辿り――アルトとリィは気が付いてしまった。
「いつかの毒物体じゃねぇかよ!?」
「えっ、何でここにいるの……!?」
(誰、毒物体って)
アルトとリィの声を聞いて振り向いた二匹。
真ん丸い、お腹のドクロマークが特徴的なポケモンと、コウモリのような姿をしたポケモン。紛れも無く、海岸の洞窟の二匹だった。
アルトとリィの姿を認め、驚いた表情で声を合わせる。
「「ああああぁぁぁぁ!? あん時の弱虫クン!?」」
“弱虫”。
それを誰に向けて言ったかは、当時部外者のラピスでも分かった。本人は言葉を詰まらせ、うつむいている。
一瞬で、賑やかなギルドに険悪さが走った。
「ケッ、こんなところで探検隊ごっこか? ご苦労様なことだ!」
「ち、違っ……! 私たちは、ちゃんと……探検隊になったんだよ! もう弱虫なんかじゃ、ないんだ……!!」
「「な、何いいいいぃぃぃぃ!?」」
「煩ぇな!! つーかなんでお前らが居るか、って聞いてんだよ!」
探検隊、と断言する声も、心なしか震えていて。
上から目線で嘲笑う二人は、リィの発言にまたしても声を重ねて、アルトに怒られた。が、気にしていないようで、自信満々に宣言する。その答えは、メロディには予想外過ぎて。
「ヘッ、探検隊が掲示板の前に居て何が悪いんだよ? しかもかの有名な“ドクローズ”様がな! ヘヘッ」
ズバット――クルガンが言うことを、刹那の間嘘だと思った。
けれどキラリと金色に輝いた探検隊バッジは、紛れもなく本物で。きっとチーム名も、チャト辺りに聞けば出てきたのかもしれない。
金色――ゴールドランクの証。先日さらっとシルバーランクに昇格したメロディの、一つ上。そして、一般からも一目置かれるくらいに高いランクだ。
呆然とするアルトとリィを差し置き、ラピスは氷のような目でドクローズを見据える。
「……ていうか、邪魔。目障り。罵倒族は黙って懺悔でもしてれば?」
容赦無かった。
一瞬怯んだドクローズははっとし、思い出したかのように言葉をつなぐ。
「な、何が罵倒族だ! ていうかお前部外者だったよな……!?」
「煩い。文句あるの?」
ようやく頭が落ち着いてきたリィは、ふとあの時のことを思い出す。
確かあの時、アルトが電光石火を使い、気持ちいいくらいに綺麗に当たってくれた。それに、最終的に自分たちには負けていた。
それなのに何故、自分たちよりもランクが上なのだろう? 失礼ながら見た感じ、あまり根気のあるような奴らではないのだ。
アルトにこっそり言ってみると、こちらも思い出したように声をあげた。その目には、しっかりと殺意が宿っていて。
「チッ……。俺らより弱いくせに、なんでランク高ぇんだよ! 呆気なかったくせに!!」
「う……煩いな! あ、あああのときはアニキがいなかったからだ! アニキさえいれば一瞬で捻り潰せたんだぜ!?」
焦りを隠すように、わざと強い口調でいうドガース、ヤレンは思いっきり冷や汗をたらしている。
アニキ、というのはドクローズのリーダーだろう。メロディは他にメンバーがいたことに素直に驚きつつ、内心では大きな溜め息をついていた。
「そのアニキとか言う奴に頼らなきゃ、何も出来ないのか!? どんだけ弱ぇんだよ!!」
「あのなぁ、俺たちは三人でドクローズなんだよ! ……ってアニキだ!!」
「えっ? ……うっ!」
その瞬間、鼻がしばらく使い物にならなくなるような。そんな臭いがギルド内に広まった。少なくともその場にいた全員が、とっさに鼻を押さえる。
弟子たちや一般の探検隊も餌食となっているなか、真顔で堂々と、梯子から降りてくるポケモンがいた。
アルトたちよりも大きくて、長い毛は紫色やクリーム色に染まっている。――スカタンクと言う種族だ。
「――邪魔なんだよ、どけっ!!」
「……きゃうっ!?」
丁度スカタンクの通ろうとした道にリィがいたらしく、呆気なく飛ばされる。此処に関しては理不尽極まりないが、今のスカタンクに言っても無駄だろう。直感でそう思った。
スカタンクはリィには目もくれず、ヤレンとクルガンの元へ行く。
「さっすがアニキっすねぇ!!」
「最高っすよ! ケケッ」
下卑た笑いをしながらスカタンクをひたすらに褒め称える二人。当の本人は一瞬自慢げな顔になるが、すぐに真剣……ともいえないが普通の顔になる。
「ああ、それよりなんかいい依頼あったか?」
「いえ……。なんかギルドで遠征とか無いっすかねぇ?」
「はあぁっ!? なんでお前らギルドで遠征があるって知ってるんだよ!!」
「「「まさかの図星ィィ!?」」」
見事すぎた。クルガンが適当で言ったことが事実だなんて、誰が予想しただろうか? その後の声の合わせ方も、十六分音符どころか三十二部音符程の狂いも無く綺麗にハーモニーになっていて。
先程から集まりまくっている視線を無いもののように扱い、ニヤリと怪しさ全開の笑いをするドクローズ。
「……よし、いい情報だったな。じゃあ帰るか」
「ういっす! じゃあな、弱虫クン!!」
「せいぜい元気でやって……うわあぁぁぁっ!?」
帰ろうとして梯子に向かおうとして――背後から奇襲を受けた。
原因は、元から赤い目を更に赤く染めたアルトの波動弾。ちゃっかり今もはっけいの準備をしている。
リィはギルド内で技を繰り出すのはいいのか、と言う疑問に駆られた。が、今のアルトは聞きそうにないし、ジオンやチャト、マルスだって使っているのでそこだけは放っておくことにした。
「いつまで弱虫弱虫つってる気だよ!! リィはんな弱虫じゃねぇぞ今は!!」
「ちょ、今限定……!?」
「……正論。弱虫って感じじゃない」
キッと睨みつけて、威圧感をつけて。二人の殺気に負けたドクローズは、諦めたようにくるりと後ろを向いた。
「まあ、お前らも遠征に行けるわけがないって、自分でも分かっているんだろう?」
「な……ッ!!」
アルトの言葉を聞かずに、リィに向けての嘲笑を残しながらギルドを出て行った。
後に残った気まずい空気は、なかなか晴れないままで。
「リィ、クズの言う事は気にしない。……さっさと弱虫卒業すればいいだけ」
「俺も。お尋ね者も出来て言い返せたんなら十分だろ。気にすんなよ」
二人とも、機嫌の悪さがいつも以上に表に出ていて、いつもよりも低めのトーンで言う。けれど、それでもどこか温かいようで。
怯んでいながらも、上手く笑ってお礼を伝える。色々な感情が混ざって少し頬が引きつっているけれど、それでもいいんだ。
「うん、ありがとうね……!!」
その日の依頼は、適当に引き剥がしたお尋ね物の討伐だった。最近お尋ね者をやるのが少しずつ多くなっているのは、気のせいなのか本当なのか。
実際のところは、誰も覚えていなかった。
騒ぎの最後のほうを見ていたその者は、無気力そうな目でドクローズを見送ると、誰にも聞こえないように呟いた。
「あの言葉、確か……シュトラの……?」
静かに目を閉じて、自分だけの言葉を心の中に閉じ込めた。
数秒そうした後、特に依頼を選ぶわけでもなく、トレジャータウンへ向かうために梯子に手をかけた。
「「「「時の歯車が!?」」」」
見事すぎるシンクロで声を合わせた弟子たちを一瞥し、一拍遅れて重々しく頷いたチャト。明るいはずの食事時間が、一気に暗くなった。
次々に顔を見合わせる者も、動揺で固まっている者も、セカイイチを両手で抱えて心配そうに見守る者も。共通点は驚いていることだろうか。
「ああ……これで二つ目だ。とりあえず皆はいつもどおりにしながら、何か情報があったら伝えてくれ」
全員が頷いたのを確認して、やっと食事の時間になる。
けれど、それはいつものように勢いも明るさも無くて。
(二つ目……意外に早い? ううん、そうでもない……)
そんな誰かの思考すら、このギルドにしては重い空気に包まれていった。