22話 邪魔者改め助っ人
今朝のアルトは、いつも以上に不機嫌だった。
勿論起こされかたもある。ラピスに加えて、フリューデルの部屋から聞こえてくるジオンの声も上乗せされているのだ。
だが、今日の不機嫌の原因はもう一つあるようで。
「――なんでお前らなんだよ!?」
時は十数分前にさかのぼる。
朝礼の始めは、時に新しい仲間の紹介にもなる。特に最近はメロディ、ラピス、ラスフィア、フリューデルと言うように頻度が高い。一気にメンバーが増えて、賑やかで楽しくなるのはいいことだと、自覚しているのは全員。
「それでお知らせだ。遠征の間、助っ人をしてもらえる事になった方がいる♪ 紹介するぞ♪」
わあっと歓声が上がる。
皆人数が多い方がいいので、「またか」と呟く声もかなり嬉しそうだった。けれど数名、嫌な予感に顔を曇らせているものもいる。
そしてその数名の予感は、ある者にとっては最悪の形で当たってしまった。
「えっ、ちょっ……まさか? えっ……!?」
突如として現れた悪臭と、ちらりと見えた紫色。全員が鼻を押さえ、顔をしかめる。一部のポケモンは騒いでいるが、黙っているほうが微妙に多い。
チャトがニコニコして指すのは、紛れも無くドクローズ。
「ドガースのヤレン・ギフトだ。ケケッ!」
「俺はズバットのクルガン・フレーダーだぜ、ヘヘッ」
「そして俺様、デスポート・トクシンだ。覚えて置けよ? とくにお前らにはな」
上から見下ろすように言うスカタンク、デスポートに睨みつけられたメロディ。リィはびくりと跳ね上がるが、そのほかが黙っているわけが無い。
そして冒頭に戻る。
アルトは勿論の事、ほぼ全員が不満全開で。遠征に向けて上がっていたモチベーションが急降下した者だって多い。
「仲間なのは遠征までだが、あと一週間程度あるからな♪ その間に仲良くしておいてくれ♪」
「んなこと出来るかよ!! 仲良くするくらいなら殺すが!?」
この状況ではイラつく他無い満面スマイルに、怒りや呆れを覚えたものも多い。アルトは単独でキレて、物騒な発言をかましている。
それはそうだ。全員が不快に感じている中、そんな素振りを一片も見せずに笑っていられるのだから。
ちなみに言うと親方様は寝ていて、リズムはいつもどおりリズムテンションで行っている。
「……鳥、その契約却下してきて。今すぐ」
「「ラピス!?」」
「ほーう……」
常に温度の無い眼光を氷点下にまでしてドクローズ、そしてチャトを睨むラピスに、リィとチャトが勢いよく反応。デスポートは少し余裕を帯びた笑みで対応した。
チャトは鳥、と呼ばれたことに目を見開いている。
「クズと遠征? 考えるのはただの馬鹿」
「つーか、この間は侮辱しやがって!! ざっけんじゃねぇよ!!」
「あ、アルトもラピスもさ……ちょっと落ち着こう……!?」
「うわぁ、二人とも元気だねぇ!」
「「元気じゃない!」」
温度差がありつつも怒りの止まらない二人に対して、リィの声なんて届きもしない。ましてやリズムの発言なんて、余計に不機嫌を増長させるだけで。他のメンバーはリズムの意見に共感しながらも、アルトとラピスに止まるよう、無言で訴えかけている。
必死に睨みつける二人に、ヤレンとクルガンは分かりやすく怯えている。デスポートは受け流すように溜め息をついてから、宥めるように語り掛ける。
「まあ、こっちが悪いのでね。この間に仲直りでもしておこうか?」
「断るッ!! ぜってぇ嘘だろ!? マジで殺――あだっ!」
「ごめんね! とりあえずアルトは落ち着いて! ねっ!?」
シイナが反射的に撃ってしまった水鉄砲と共に謝るけれど、アルトに反省の気なんてさらさら無い。薄々でも、仲直りする気がないと分かっているから。
最終的に総出になりかけながらメロディを落ち着かせ、静かになった頃をを見計らってチャトが口を開く。
「エート……じゃあ出来る範囲で仲良くな」
「「「「お、おぉぉ……」」」」
いつもよりかなり小さい、もっと言えば普段のチャトくらいしか声は出ていない。チャトは首をかしげて、少し不安そうにメンバーを見る。
「どうした? 今日は元気が無いな」
「こんな臭いのに、当たり前だろ!」
ジオンが言うのと共に、他の弟子もちらちらと「そうだ」などと言い始める。
どうでもいい団結力を発揮していると、窓がカタカタ、と鳴いた。開けっ放しの親方部屋の扉が、ぐらり、と小さく動く。
「た、たぁぁ…………」
(は!? なんか揺れて、しかもどんどん大きくなっている……!?)
本能的に危険を察知した弟子たちは、さっと血の気が引いていくのを感じた。親方様と、揺れるギルド。これを危険と考えないほうが可笑しい。……リズムは例外だ。
焦りを具体化するようにバサリと翼をはためかせ、チャトが出来るだけ大きな声で呼びかける。
「み、皆! 無理矢理でも大きい声をだせ! いいか、絶対だぞ!!」
「「「「お、おおおおぉぉぉぉ……!!」」」」
半ばヤケになって出した声に、やる気なんて込もっていなくて。けれどマルスの危険な雰囲気も、ギルドの揺れもぴたりと収まってくれた。
全員でしばらく固まった後、ようやく仕事に掛かったギルドだった。
「ラス……いる?」
「いますよ。ラピス?」
音もなく扉を開けると、ラスは丁度欠伸していたところだった。悪いことしたかな、なんて思いつつも、本当はそうじゃなくて。
そろそろ星が綺麗になってきて、ブラッキーって種族が好きそうな時間。前に聞いたときも、「夜が一番落ち着く」とか言っていたっけ。
「……相変わらず、ここに慣れないんだけど。ラスは?」
「貴女らしいといえばそれまでだけれど……私は少し慣れたわ」
無難すぎる質問。本題はこれじゃないんだけど、なんか言いにくいんだ。
さっきのとおり、あたしはまだここに慣れてない。ラスは普通に他のポケモン達と喋っているし、どうなんだろうな、なんて思って聞いたらこれ。引用じゃないけど、ラスらしい。
あたしはラス、なんて呼んでいるけれど、その他はほとんどラスフィアって呼んでる。別にあたしは気にしていないし、今はここに居ないけれど、他の友達もそう呼んでるからいいか。
「ラピスは、遠征について何か考えているのかしら? 例えば……“あのこと”とか」
反射的に睨んでしまった。あたしの悪い癖だけど、生憎直そうという気は無い。
本人に嘲笑ったりとか、そういう気がないのは分かりきっているのにね。そういう奴じゃないし。
「……アンタはエスパーか。正解。行く場所の予想は出来てる」
「私は悪タイプよ? ……冗談はさておき、本当に予想が好きね。私もそんな気はしていたけれど」
けらりと笑うから、あたしもつられてちょっとだけ笑った。はっきり言って余程じゃない時、相手以外は笑わないのだけれど。
そろそろ時間も遅くなってきたし、今日も疲れた。だから適当に部屋を出て、自分のところへ戻る。
そのときになんかの影と、小さな声が聞こえた。けれどきちんと主を確認することは出来なかった。だって眠いんだもん。
「あー、にー、きーぃ……腹減りやしたよ……」
「ケッ、ヘボいな。ていうか、あんなメシじゃ全然足りねぇっすよ」
続けさまに言うヤレンとクルガンをちらりと一瞥して、デスポートは食堂への足を早める。
相変わらず「腹減った」と連呼するのを置いておき、足音を最小限にする。
「静かにしないと見つかるだろうが。さっさと盗み食いするぜ」
「「い、いえっさぁー……!」」
なるべく小さな声で返事をし、食料庫の扉を開けた。