23話 リンゴ祭りとセカイイチ
「「食料調達?」」
チャトに呼ばれ、今日の仕事内容を伝えられたメロディ。その内容が、これだった。
意外な答えに目を丸くしているのも、仕方のないことだ。食料なんてカクレオンのお店から取り寄せればいいだけだし、何より定期的に調達や消費をしていれば、こんなこと頼まなくていいはずだ。
「ああ、今朝食料庫をみたら……いきなり減っていてな」
「減ってたの? じゃあ、誰かが夜のうちに食べた、ってこと?」
リィが目を瞬かせながら首をかしげると、チャトは曖昧に首を縦に一回振って見せた。バツが悪そうだが、こればかりはメロディにはどうしようもない。
ラピスはぼうっと天井を見上げて、何か考えているようだった。
「カクレオンの店もねぇのか?」
「いや……今回なくなっていたもののほとんどが、セカイイチなのだ。普通の店ではあまり扱っていない」
「……何ソレ」
最寄のカクレオンのお店も、ある程度は予想していたが呆気なく却下される。まあそんなものか、ともう一度チャトに向き合う。
ラピスの言葉に関しては完全無視だが、無視した本人は全く気にしていないようだった。
「セカイイチ……あっ! セカイイチってさ、あの美味しいリンゴでしょ?」
「そうだ。あれは親方様の大好物でな……」
しばし忘れていた知識を引っ張り出して、ポンと蔓同士を叩き合わせた。頷くチャトの言葉を聞いて、食事風景を思い出す。
いつもマルスは、皆が掃除機なんじゃないかと思うくらいの勢いで食べている中、一人だけ楽しそうに頭でクルクルとリンゴをまわしている。一向に落とさず、食べもせず。いつ食べているんだ、とツッコみたくなるのは仕方の無いこと。
数拍間を置いて、チャトが続きを話す。
「あれがないと――――なのだ……」
「へっ? 今なんて言ったの?」
何かいったまではいいが、上手く聞き取れなかったリィが呑気に聞き返す。はっとしたチャトが焦ったように……というか実際かなり焦って、目をちょっぴり見開く。
「ま、まあいいから! とにかくセカイイチを採ってきてくれ!」
「つーか場所教えてくんねぇから、行きたくても行けねぇんだよ!」
アルトの言葉にはっとしたチャトは、ここにシイナがいたのなら音速でツッコまれていそうだった。最も、メロディは既に二回経験しているが。
「えー、“リンゴの森”と言うところだ。分かったら早く行ってきてくれ……」
「うん! 了解ですっ!」
ぴしっと敬礼もどきをしたリィに続いて、アルトとラピスもリンゴの森へ向かった。少し乗り気が悪そうだが、一番の適任だったのだから仕方が無い。
いつもより元気の無いチャトは、ぼうっとその後姿を見送る。そして頭に浮かんだ最悪の事態を、音符形の頭を振って打ち消した。
―― リンゴの森 ――
リンゴの森は、その名のとおりリンゴが多い。とにかく、周りに有る木はリンゴ、リンゴ、リンゴ。それぞれ種類があるが、素人目でまとめてしまえば同じだ。
森全体が赤、緑、茶色の自然な色合いでまとまっており、草タイプにとっては心地よいだろう。
「はむ……あっ、これ一番いいかも!」
「よく食うよな。……ホントだ、これ美味ぇな!」
「……飽きないのかな」
キラキラと星空のように輝く目をリンゴに向けて、しゃくしゃくと食べているリィ。アルトも微妙に呆れているようで、それでもリンゴの楽園を楽しんでいる。なんだかんだ言ってるラピスも、結局はちょくちょくと食べていたりする。
少し前の“清流の草原”の教訓をすっかり忘れている。完全に和みモードのメロディに、そばに来たスピアーがいきなり毒針を撃ってきた。
「あっぶね! 波動弾!」
「……アンタがのんびりしてるからでしょ」
辛辣に言葉を並べ立てるラピスの電気ショックも合わさるが、まだ倒れない。ようやく二つ目のリンゴを食べ終えたリィが、葉っぱカッターを撃とうと構える。が、スピアーは急に踵を返して森の奥のほうへ行ってしまった。
突然なことに眉をひそめつつ、まあいいかと先に進もうとしたとき――不吉な羽音が耳に響いた。それも大量の、大音量の。
不吉な予感で振り向くと、見たくもなかったものが。
「なんでこんなスピアー多いんだよ!」
「ええぇぇ!? ちょっと! スピアー祭りだよこれ!」
「……やらかした、かな」
問答無用で技の構えをしだしたスピアーたち。オーケストラかと疑いたくなるレベルの息の合い方で、いつもギルドでぴったり声を合わせているメロディでさえも、素直に感心してしまう。
しかし今は、そんな呑気な状況じゃない。冷や汗が頬を伝い、本能が「逃げろ」と呼びかけている。
ダッと通路に駆け込み、追いかけてくる敵は遠距離技で少しずつ打ち落とす。けれど少ししたらすぐに距離が詰まるので、とにかく技の消費が凄い。
「葉っぱカッター!」
「リィ、あたしに当たる。……効いてない?」
走りながら小さく首をかしげた。技が当たったというのに、何の変化もなく――というよりかは、さっきよりも微妙に怒りを増した状態で飛び回っている。
酸欠に成りかけている頭で行き着いたのは、スピアーには草タイプの相性がとんでもなく悪いという事実。
虫タイプに格闘タイプはあまり効かないし、毒タイプを掛け持ったスピアーには最悪の条件だ。草タイプも同じで、受けても駄目、当てても駄目。
とにかく、この状況で一番頼りになるのが、ラピスの冷凍ビームなのだ。
「ら、ラピス! ごめん、足止めよろしく!」
(あたし虫タイプ無理なんだけど……!)
息切れ状態で言うリィの頭を、思わず冷やしたくなった。無意識に手にエネルギーを溜めてしまったのも、彼女からしてみれば当然のことで。
そう、ラピスは虫タイプが苦手だった。
単に気持ち悪いとか、そういうわけではない。むしろ、そういうのは嫌いなタイプだ。ただ、いつかのことがトラウマとなって根付いているのだ。
迷惑だ、と溜め息を付きつつ、ただひたすらに階段を探し続けた。
「はあ、はあっ……やっと、逃げ切れた、かな……?」
「ぽいな。階段下りたし、たぶん追っては来ねぇよな!」
「…………」
キョロキョロとあたりを見渡しながら、切れた息を整えるのに必死なのはリィ。それに対し、多少疲れは見えるものの余裕そうに喋るのがアルト。ラピスは黙って肩で呼吸をしている。
その後なんとか階段を見つけ、脇目も振らず飛び込んだ結果がこれだ。
「……アルト、アンタどんだけ悪運強いんだ」
「なっ、強くねぇし! つーか階段見つからなかったのは偶然だろ!?」
「で、でもさ……元々はアルトの攻撃で、スピアー怒っちゃったんじゃ……?」
うっと言葉に詰まる。
言われて見れば確かに、アルトの波動弾のあたりで怒り、スピアーが仲間を連れてきた。アルトだけの責任ではないが、まあ誰か、と言われればアルトだろう。
ついでに言えば、階段への道を捜索していたのもそうだ。階段は一番最後に残った部屋にあったのだ。ラピスが呆れる気持ちもよくわかる。
「……まあいい。別に、気にしてない」
「う、うん! 私も気にしてないからさっ、早くセカイイチ探そうよ!」
冷たく言うラピスと、にぱっと笑って励ますリィの顔を見て、アルトも適当に通路を一本選んで歩き始めた。これがまた、さっきのような出来事にならなければいいのだが、なんて考えながら。
そしてすぐ現実目に起こるとは、思いもしていなかった……わけではない。
「もーっ! なんでバタフリーの住みかが部屋にあるわけ……!?」
疲労満載の声で叫ぶのは、最早どうにもできない。
階段の部屋を探していたとき、偶然にもグミが沢山落ちている部屋を見つけた。そこには橙グミや若草グミ、黄色グミとそれぞれが好きな色のグミが落ちていた。その他にもアイテムが多かったので、好奇心半分で入った結果がこれだ。
なんとか回収は出来たものの、丁度終わったあたりでバタフリーの襲撃を受け、今に至る。
スピアーより相性はいいものの、それはあくまでラピス限定。草も格闘もスピアー同等に効きが悪いのが、バタフリーのもつ虫・飛行タイプの特徴だ。
「ていうか、全部あたしにやらせないで?」
「しょうがねぇだろ! ラピスしか適任がいねぇんだし!」
「……アンタらマジで、今までどうやってきたの」
ちょびちょびと電気ショックなどを打ちながら、無表情ポーカーフェイスで目の前を睨んだ。
そのうちに一つの部屋に出た。階段はまだだが、そろそろ体力が辛いので戦闘をし、後はゆっくり行こうと言う事で技を構える。バタフリーたちも察したのか、羽にエネルギーを溜めだした。
アルトは眼光を強め、手に水色のエネルギーを溜める。
「だから相性悪い、つーの! 波動弾!!」
「それは私もだよ……! えっと、り、リーフスパイラル!!」
「……どうでもいい。冷凍ビーム」
波動弾と葉っぱの渦――リーフスパイラルを、冷凍ビームで凍らせて威力を相性の後押しをする。案の定、同時攻撃を受けた者達はすぐに倒れてくれた。
“リーフスパイラル”。
リィが前に「グラスミキサーもどき」、などと言っていたものの改良版だ。竜巻と呼ぶには小さく、横に広げたほうが楽だったから……らしい。
この戦法はかなり使いやすく、大量のバタフリーも直に全滅してくれた。最も一部は逃げ出したのだが、まあそれは放っておいても大丈夫だろう。
「ねぇ、まだここ二階だよね……?」
「……確かに。まだ結構あるよな、ぜってー」
「…………もうやだ」
まだまだ道のりは長いな、と思いつつ、今朝のチャトの様子を思い出して責任感を覚える。「二階でバテました」などといった日には、夕飯抜きどころの騒ぎではすまないだろう。人目もはばからず、全力でうろたえるチャトが容易に脳内再生できた。
少しの休憩とリンゴを取りつつ、既に疲れ始めた足で奥地へと向かった。
「づがれだああああぁぁぁぁ……!!」
ダンジョンを抜けるや否や、糸の切れた操り人形のごとくように倒れこんだ。リィの肩が、速めの呼吸と共に上下に揺れている。
ラピスも同じようにぺたりと座り込むが、アルトは少し息を整えるだけで普通に戻っていた。まだ一戦くらいなら余裕で出来そうな感じだ。
「大丈夫か? 俺どうもねぇんだけど」
「……アンタの体力、ありすぎなだけ」
ラピスも立ち上がってぐい、と腕を伸ばす。リィも多少呼吸は荒いものの、歩くくらいなら出来そうだ。
二人の回復を確認して、ホエルオー二匹ぶん位の距離がある巨大な木へ歩き出した。
奥地という事もあり、葉がさわさわと喋る音と足音だけが響く、落ち着いたところ。それでいてリンゴの赤色も合わさり、童話のような空間だった。
自分たちの何倍あるか。“滝つぼの洞窟”のリィではないが、そんな感じだ。
首が痛くなりそうな角度で、目の前の巨木を見上げる。たくさんのセカイイチがわいわいと生っていて、どれも綺麗に色づいている。親方様からしてみれば楽園のようなものだろう。
「これ、どう取ればいいんだよ?」
「うーん……あっ! ねぇねぇ、葉っぱカッターで取れるかな?」
「……威力さえあれば。保障はしない」
「あっ、そっか……」
不安そうに木をもう一度見上げる。
確かにある程度勢いをつければ、枝が切れて落ちてくれる。けれど上手くいく保証はないし、成功してもキャッチに失敗したら一瞬で傷んでしまいそうだ。
けれど、ここで黙って見ているわけにも行かないわけで。
「でも、やらなきゃどうしようもないよねっ! 葉っぱカッター!!」
いつもより威力増量で撃った大量の葉。綺麗な軌跡を描き、落ちてきたのは数個のセカイイチと――誰かのうめき声、そしてその正体だった。
痛そうに落ちた箇所をさするポケモン達を見て、全員が顔をしかめる。そして思いっきり、言いはなってやった。
「なんでここにいんだよ! ドクローズ!!」
――その言葉に、落ちてきたポケモン達はびくり、と反応を示した。