19話 遠征プレリュード
数日が経って、ある程度トランペットを吹けるようになったアルト。指使いやらなんやらが分かっているのは、本人もかなり驚いていたようだった。
そんな中――。
「ラピスッ! だから冷凍ビームで起こすなっつーの!!」
「そうだよ。私草タイプだよ……!?」
「起きないアンタらが悪い」
最早恒例行事となった光景。
ラピスが起こし、他には怒られ、正論で一刀両断。この喧嘩をかれこれ何回もやっており、その度に遅刻ラインすれすれを突っ走るメロディだ。
今日もそのとおりで、遅刻数秒前にやっと朝礼場所に来たのだ。
「メロディは次から夕食抜きにしたほうがいいのか……」
「ちょ、チャト!? 聞こえてるよ! それはやめてよっ!!」
「リィ、お前は地獄耳か!?」
時々こうやってチャトとも会話をはさみ、毎度のことながら賑やかなギルドだ。他のメンバーは、苦笑い組、睡魔撃退組、どうでもいい組に分かれていた。
コホン、とチャトが咳払いすると、多少煩かった広間が少しだけ静かになる。
「えー、皆にお知らせがある。今度遠征に行くことになった♪」
静かになった広間が再び騒がしくなる。皆目を輝かせており、睡魔撃退組でさえはしゃいでいる始末だ。
「遠征なんて久しぶりですわ!」
「あっしは行った事ないので、楽しみでゲス!」
「早く行きたいな! ヘイヘイ!」
一気に騒がしくなったギルドを静めるように、チャトが一つ、バサリと翼を羽ばたかせる。
「分かっていると思うが、遠征は選ばれたものしか行けないからな! それじゃあ解散っ!!」
「「「「おおおおぉぉぉぉーー!!」」」」
気合は十分すぎるほどだった。
依頼を選ぶこともせず、メロディは交差点にきていた。特に意味があるわけでもなく、なんとなくだ。後で選ぶ……らしい。
ただ、交差点まで来たところで違和感に気がついた。
まず、見たことの無いポケモンがいるのだ。紺色を基調とした、大きな耳と尻尾、白いラインのアクセントが特徴的なポケモン。そしてもう一匹、最初のポケモンと紺色と白色を逆にしたようなポケモンだ。両方とも、腰にエプロンを巻いている。
そして彼らの後ろには、なにやら穴と看板がある。何かのお店だろうか、と頭の中で推測を立てたとき。
「ああ! お客様でしょうか?」
「え? ていうことはお店なの?」
「そうですっ! この度、“パッチールのカフェ”がオープン致したのです!」
リィに得意げな顔で店について語る紺色のポケモンを、白色のポケモンがやんわりと注意する。少し呆れたような、でも決して嫌がっているわけではない。
「マリーネオ。あの、お客様ドン引きされてますけどっ?」
「あ、わわわっ! ごめんなさい! ささ、お店にどうぞっ!」
マリーネオ、と呼ばれた紺色のポケモンは、ふさふさの尻尾を翻してメロディを穴の中へと案内する。何も言ってない、という考え方をしたのは、アルトとラピスだけだった。
店の中は、意外にも広かった。ギルド一フロアくらいなら余裕で入ってしまいそうなくらいに。最もその場合、入り口が狭くで無理なのだが。
カウンターが二つあり、それぞれにパッチール、ソーナノとソーナンスがいる。
テーブルや椅子もいくつかあり、沢山のポケモンでにぎわっている。朝だと言うのに、だ。
「なんかすげぇな……ん?」
「カフェだ! 憧れてたんだ〜!」
「……意外と、人気?」
アルトが何かを目に留め、そちらに意識を持っていくが、リィとラピスは気がつかず。マリーネオともう一匹のポケモンの話を聞いていた。
「改めまして! 僕はマリーネオ・カッツェといいます! 種族はニャオニクスで、職業はここのウエーターです!」
「ヴァイス・カッツェと申しますっ! 姿は違いますが、マリーネオと双子です」
「えっ、双子!? 同じ種族ってこと?」
リィが素っ頓狂な声を上げる。
マリーネオとヴァイスは、苗字も職業も同じ。ただ、同じ種族にしては色が違いすぎる。そこをリィは疑問に思ったのだ。
「はい! ニャオニクスは♂と♀で姿が結構変わるんですよ! だから度々驚かれるんです、ハハッ!」
明るく笑い飛ばすと、マリーネオは店の紹介をしてくれた。
まずパッチールのいるところはドリンクスタンド。食料を渡し、ドリンクを作ってもらう。
そしてもう一つ、ソーナノたちのカウンターはリサイクル。要らない物を引き取って色々な道具と交換してくれるという、なんとも素晴らしいシステムらしい。
それだけ説明すると、「ゆっくりどうぞ〜!」と店の中を駆け回りにいった。
「じゃあドリンクスタンド行こう! ねっ、ラピスもいいでしょ?」
「別に。……ただ、アルトが上の空なのは」
アルトは、マリーネオ達の自己紹介のあたりから、ずっと上の空だったのだ。
特に何かを見ているわけでもなく。
「アルトー! どうしたの?」
「……ッ! 特に何もねぇけどさ」
言葉を区切って視線移動させた先を見て、リィもラピスも思わず目を疑ってしまった。何故此処にいるのか、その疑問だけが渦巻いて。
そこにいたのは紛れも無く――
「エルファとリズムとシイナ……!?」
そう。滝つぼの洞窟で熱戦を繰り広げた、あの三人だった。
リィが驚き気味にそう呟くと、あちら側にも聞こえていたらしい。飲んでいたジュースを置いて、エルファが口を開いた。
「あー、誰かと思ったら。いつかのえっと……名前忘れたけど」
「わあぁ〜っ! 久しぶりだねぇ!」
「というか、キミたちここに住んでたの? うちらは旅だけどさっ」
相変わらずのマイペースさだった。とりあえず、エルファの質問にだけは答えておこう、と自己紹介をする。
「アルト・エストレジャ。つーか、あの時俺ら名乗ってねぇよな!?」
「えっと、リィ・フォルテッシモだけど……あれ?」
「……ラピス・シャイニー。アルトに同意」
自己紹介を聞くと、エルファは一口ジュースを飲んだ。大事なのはジュース、という部分。
そのままだと会話しそうにないので、シイナが代わりに喋る。
「えっと、さっきも聞いたけどキミらここ住んでたの?」
「うーん、住んでる、っていうか……ギルドに入っているよ。それで探検隊やっているんだ!」
「へぇ」と呟き、そのままリィと会話を発展させていく。リィはこういうのは得意分野なのだ。
リィとシイナが楽しそうに話していると、アルトが思い出したように声を上げた。一緒に机を軽く叩いたので、エルファのコップがゆらり、と揺れる。全員が首を傾げるのもお構い無しに、だ。
「そいや、依頼選んでねぇ!」
「あっ、そうだね! 依頼やんなきゃ!」
「……忘れてた、完璧に」
「いやあのね!? キミら前も同じような事言ったよね!?」
シイナが勢いよくツッコんで、リズムがそれを呑気に笑う。
仕事に行くために、ピゥモッソ並みのスピードで飛び出したメロディを見て、エルファは誰にも聞こえないように呟く。
「……探検隊、か」
その表情は色々な感情が混ざっていて。
コップの中身は、すでに空だった。
ドタバタと色々あった一日だけれど、なんとか依頼を成功させて帰って来た。
今日は救助依頼だったのだが(リィの要望で)、依頼主が水タイプな上に水路付きのダンジョンにいた。水路の奥の方にちょこんと座っていたので、呼ぶのに苦労したのだ、主にアルトが。
といっても、水ダンジョンなのでリィやラピスもかなり動いた。なので、全員がかなり疲れている。
ベッドに寝転がれば、すぐにまぶたが下りてきてしまう。もう寝ようか、とメロディの面々の意識が、半分以上が眠りの世界へダイブしたとき。
コンコン、と控えめに扉がノックされた。まだ夜が深いとはいえないが、それでも眠いときの来客はあまり嬉しくは無い。
「んう……? 誰ー……?」
「ええっとねぇ、リズムだよ〜!」
返答を聞かずに、勝手に扉を開けたリズム。わいやいと騒ごうとするリズムの首根っこを、エルファがぐい、と掴んで止める。
「すみません、コイツ放って置いてください。あと、先輩方暇ですか?」
「「先輩ぃぃ!?」」
「え、なんでそんな驚くんですか」
アルトとリィは驚いて声を上げ、ラピスも声こそあげないが十分に驚いていた。エルファは疑問に思っているが、それも仕方の無いことだろう。
メロディのエルファのイメージ的に、敬語を使うとは思えなかった。敬語の時点で多少の違和感があるが、それが“先輩”となると驚くのも無理は無い。
「えっと、本題行きますよ。俺たち探検隊になることになったので、よろしくお願いします」
「あのねー、チーム名は“フリューデル”って言うんだよー!」
「あっ、それとこれ! 親方がラピスにって」
マイペースすぎて全員話題がずれているのだが、そこをなんとか整理して話をまとめた。
エルファたちはフリューデルと言う名前で、探検隊になったこと。それとシイナがラピスに渡すものがある、ということ。
シイナが持ってきたものは、透明なスカーフだった。それを見てアルトとリィは思い出す。最初のときにやった、色の変わるスカーフだ。
「……触れ、と?」
「うん! そうすれば色が変わるから」
言われるとおりにラピスが触れると、スカーフは波紋が広がるように紺色へと変化した。どうやらラピスは「知的なマリンブルー」らしい。
「うわぁ! すごいすごい! ねぇ、僕たちもやろうー!」
「あー、うん。分かったから。じゃあまた」
「明日ね! バイバイ!」
わいわいと騒いだり何やりしたあと、フリューデルは去って行った。
今度こそ寝よう、と思ったときに小さな事件に気がついた。
「……アイツらが騒いだせいで目覚めたんだけど」
「私も。なんか眠くないや」
「同じく、寝たいけど」
……その後寝付くまで、かなりの時間を要したんだとか。