8話 悪運の強さ
「アルト? どうしたの? おーい」
先ほどの悲鳴を疑問に思っていると、リィに呼ばれた。
アルトは一瞬、このことを話すかまよったが結局口をつぐんだ。ただ疲れているだけかもしれないと結論付けた。
「大丈夫。じゃあアクラのとこいくか」
大丈夫というのを示すためにいつもよりも明るめに言う。グリオンたちに会釈をして、ヨマワル銀行に余った報酬を預けにいこうと少し進んだとき。
ヨマワル銀行の近くで、シャンとシアン、それに黄色い体に長い鼻と言ったポケモン――スリープが何か話していた。リィはそのようすを見ると元気に輪に飛び込んでいく。
「おーい、シャン君、シアン君っ!」
「あ、リィさん、アルトさん!」
スリープとの会話を中断して、こちらに挨拶を交わしてくる。本当に礼儀正しいなぁとアルトは感じた。
「どうしたの?」
「あのね、僕たち探し物してたんです! それで、このシルヴィさんが知ってるって!」
アルトもリィも、揃ってスリープ――シルヴィの顔を見る。シルヴィは優し気な笑みを浮かべて続ける。
「幼い子が困っているのに、放って置けないですよ。ちょうど心当たりもありますしね」
ただ、アルトにはその笑みが何か企んでいるのではという疑いが浮かぶ。さすがに疲れすぎだと自分に言い聞かせる。
「じゃあ、僕たちはこれで」
「うん、見つかるといいね。バイバイ!」
お互いに手を振りながら、去っていく三人。そのとき、アルトとシルヴィがの肩がぶつかってしまった。
「おっと、失礼」
「あ?」
ここで口調が荒くなるのは、癖なのだろう。
しかしシルヴィは気にした様子も無く、シャンとシアンのほうへと歩いていってしまった。
そのとき、再び目眩がアルトを襲う。先ほどよりも強く、ふらりと体が揺れたような感覚に襲われ思わず膝を付く。
今度は映像も見える気がする。
何かごつごつとした場所でシアンとシルヴィが向かい合っている。しかしシアンの表情は恐怖に満ちていて、シルヴィは不気味な笑いを浮かべていた。
<言う事を聞かないのならば痛い目に逢わすぞ!>
<た……助けてっ!!>
映像と声はそこで途切れ、気がつくとリィが心配そうにアルトの顔を覗き込んでいた。既にシルヴィ達の姿は無い。
「アルト、大丈夫?」
「シルヴィが……シルヴィが、シアン君を……ッ!」
「え、ちょ、何のこと? シルヴィさん?」
リィは当然ながら映像のことを知らない。わけがわからないと目で訴える彼女に先程の映像のことを話す。あの笑みを思い出して心臓がより強く波打つ。
話し終えると、リィは「うーん」と考え込む表情をしてから意見を述べる。
「でもさ、シルヴィさん悪いポケモンには見えなかったよ?」
「じゃあ、あれはなんだったんだよ?」
「それは……アルトが新しい環境に慣れずに疲れていて、その影響?」
ここまで言われては否定のしようが無い。それでも、アルトは自分の意見を曲げなかった。嫌な予感は確かに根付いている。
「とにかく、シアン君が――」
「アルト!」
リィが大きな声をあげる。走り出そうとした足は反射的に引っ込んだ。アルトをしっかりと見つめ、リィは優しい声でいう。
「確かにそうだったら心配だけど……でも、本当のことじゃないのにいきなり疑っちゃ申し訳ないよ。シアン君ならきっと大丈夫だから、一旦ギルド戻ろう? アクラ待たせちゃってるし」
「…………」
腑に落ちないままま、ギルドの階段を登っていく。リィの言葉はもっともだが、胸騒ぎは収まりそうになかった。
「アクラごめんね! 遅くなっちゃって」
「大丈夫でゲスよ。じゃあ早速――」
少し息を切らしながら、謝罪の言葉を述べるリィ。結構時間を取っていたはずだが怒らない所を見ると、かなり優しいポケモンのようだ。アクラが掲示板へ手を伸ばそうとしたそのとき――
「掲示板を更新します、危険ですので下がってください!」
「は?」
「え?」
刹那、サイレン音と共に掲示板がひっくり返る。そのとき、ボーッとしていたアルトだけが掲示板の回転に巻き込まれ、飛ばされる。
「「アルト!?」」
「いってぇ……なんで掲示板が?」
数メートル先に飛ばされたアルトに、二人が駆け寄る。幸い大した怪我もなく、ただ頭を打っただけらしい。それでも相当痛そうだが。頭を押さえて立ち上がりつつ説明に耳を傾ける。
「えっと、あれは掲示板を更新しているんでゲス。ダグドリオのモンスがやっていて、地味だけど重要な仕事なんでゲスよ。あと、モンスはこの仕事に誇りを持っているって言ってたでゲスよ」
「それなら動かす十秒前くらいには言えよな、ったく……痛ぇ」
「結構強く打ったみたいだけど……大丈夫?」
リィの、本日何度目かも分からない「大丈夫?」。アルトが曖昧に返事をしたとき、掲示板の更新が終了したらしく、再び回転する。
今回は離れていたので巻き込まれなかったが、アルトは今後、「あの掲示板には近づきたくない」と思った。もちろん近づかなければ依頼を選べないのでその思いは消えゆくのだが。
回転の終わった掲示板に恐る恐る近づき、依頼選びに取り掛かる。
(なんだよこの足型みたいな文字。……ってあれ?)
慣れない文字の配列に頭を悩ませていると、視界にあるポケモンの似顔絵が移った。そのポケモンは紛れも無く――スリープ。
「なあ、リィあれ……!」
アルトが指し示したポスターを見て、リィが目を丸くする。それに駆け寄って書いてある文字を読み上げる。
「……! 『お尋ね者、シルヴィ・モーガン』って……!」
「どうしたんでゲスか?」
紛れも無く、先ほど会話していたポケモン、シルヴィだった。凶悪な顔で、似顔絵なのに睨み付けてくるような威圧感を感じる。
二人は緊張と不安で表情を固くした。
「アクラ、俺この依頼受ける!」
「あ、待つでゲス! このお尋ね者は――」
「アルト! 待って!」
アクラの静止も聞かず一目散に駆け出したアルト。リィもそれを追いかけて行ってしまう。……そのときだけ、臆病が治っていたかのように。
「なんなんでゲスか……」
一人残されたアクラの手は、引き剥がされたお尋ね者ポスター。そこには、シルヴィはお尋ね者としてどれだけ危険かが記されていた。初心者には早すぎるランクを見て呼び止めに行くか迷うアクラ。このシルヴィとメロディの間に何があるのか、それを確かめる術は今は無い。
「シャン君ッ!」
ギルドの長い階段を一段飛ばしで駆け下りたアルトの目には、目に涙を溜めたシャンの姿があった。アルトの声を聞くとゆっくりと振り返る。涙が一粒頬を伝っていったのが見えた。
さっきまで一緒に居たはずのシアンやシルヴィもいない。頭に浮かんだシナリオを振り払う前に、シャンが叫ぶように伝える。
「アルトさん! あの二人、僕が目を離した隙に居なくなっちゃって……っ!」
「どこに行ったか、わかる?」
少し遅れて到着したリィが尋ねると、交差点の向こう側を指差して言った。
「あっちです! 着いて来て下さい!」
必死な声でそういうと目的地へと走り出す。その顔は、弟の心配をする兄の顔だった。
しばらく走り爽やかな風の吹く森を抜けると、そこには山肌が針のような山がそびえ立っていた。三人とも息が切れており、特にシャンとリィについてはかなり辛そうだ。その場に座り込み酸素を取り込む。
ここは“トゲトゲ山”と言うらしく、中はダンジョンになっているようだ。
「シャン君、あのね。シルヴィさん……ううん、シルヴィはお尋ね者なの」
「え……っ?」
“お尋ね者”。
それがどういうものかは、なんとなくでもシャンは知っていた。その目は着実に不安の色を強めていて。涙が溢れ出るシャンを一瞥し、アルトはトゲトゲ山の頂上を睨む。
「俺らがシルヴィを倒してくるからシャン君はギルドで待ってて!」
アルトの気迫に負けたのか、素直に首を縦に振る。それでも納得が行かないらしく、不安げにメロディを見つめる。付いていきたいという意思がリィに伝わるが、彼女は首を横に振る。
「大丈夫。ちゃんとシアン君を助けてくるから。ねっ?」
リィが、緊張の混ざった固い笑みで問いかける。シャンがしっかりと頷いたのを見届けて、シャンへ探検隊バッジをかざした。これでシャンはギルドへと転送されたのだ。
「じゃあ、行くか! アイツ腹立つし」
「そういう意味じゃなくて……」
一言ずつ言葉を交わして、二人はトゲトゲ山へと足を踏み入れた。
あの映像通りなら。そう思うと、自然と進む足は早くなっていった。