7話 謎の声は唐突に
初依頼から数日が経った朝。メロディはその間にいくつかの依頼をこなし、ひとつランクを上げていた。
このギルドでは依頼の前後で手続きをするようにされていて、成功したかどうかをチャトか親方様に報告する。いくつかの成功報告が溜まったら呼び出し、そこでバッジをいじって色を変えるようだった。……もちろん例の「たあーっ!」で。
「さあ、仕事に掛かるよ♪」
「「「「おぉーーーー!!」」」」
ギルドを元気な声が揺さぶる。多少眠たそうな顔のものも居るが、今日も賑やかだ。
新しい色のバッジをじっと見つめていたリィも、アルトと一緒に依頼を選びに行こうとする。
「ああ、メロディはこっちにきてくれ♪」
「はーい」
リィしか返事をしないのは、きっとアルトとチャトの仲が悪いから。どうにも穏やかにはなりそうにないみたいだ。
ようやく使い慣れ始めた梯子を上ると、一般の探検隊も集まる地下一階が視界に映りこむ。
そのなか、チャトはもう一つの掲示板の前へと来た。続いてメロディも。
もう一つの掲示板――お尋ね者ポスターには、凶悪そうな似顔絵の添付されたポスターがこれまた重なりながら並んでいた。
「えー、これを見てもらえば分かるだろうが、今日はお前たちにはお尋ね者をやってもらう♪」
「ええぇぇっ!? 無理無理! 絶対む――痛っ!」
“お尋ね者”と聞いて全力で首を横に振るリィの頭を、アルトが容赦なく殴り、叱る。それを見るとチャトはリィに同情するような表情をしたがすぐにいつもの香りに戻って説明を続ける。
「まあ、そのあたりのコソ泥を捕まえるくらいだから安心しろ♪ ちゃんと初心者にも出来そうなものはあるからな♪」
「無理……! そういうのを油断大敵って――」
「お尋ね者退治も出来ない探検隊って意味無いんじゃねぇか!?」
「そんなことないも、ん……」
今回の口論はリィも参加している。まだお尋ね者は早いかと不安になりつつあるチャトが、地下二階に向かって声をかける。
それに反応するようにアクラが姿を現した。茶色い毛並みと穏やかそうな瞳。
しかし、口論に夢中の二人にはアクラがいるのに気がつかず……。
「はい! なんでゲスか?」
「「いつからいた(の)!?」」
一見何もないように見えて、意外と酷い言葉。チャトはアクラに用件を伝えると、そそくさと地下二階へと降りていってしまった。
アクラはおどおどとしながら上へ向かう梯子へ 目を向ける。
「えっと、じゃあトレジャータウンを、案内す、るでゲス……うぅ」
「え、アクラどうしたの? えっ……?」
何故か涙を潤ませるアクラに戸惑うのも無理はないだろう。アルトはどうでもいいように見ているが、内心では少し心配している……のもあるが、「トレジャータウン」の意味を知らずに頑張って考えていたのだとか。
「うぅ……。実はあっし、後輩が出来たのが初めてで……嬉しいんでゲス……!」
嬉しそうに話すアクラにリィもつられて嬉しさが込み上げる。メロディが来る前は、アクラが一番下だったらしい。
理由に納得した二人とアクラとで梯子へと向かう。
「じゃあ、トレジャータウンに行こう!」
リィの誘導で、三人はトレジャータウンへと向かう。アルトにはこの時点でリィのほうが先輩に見えていたのは、案外間違ってはいない。
「行く、っていうか結構近かったな!?」
「うん、あの長い階段のせいで遠く感じるけど……」
アルトがトレジャータウンで最初に発した言葉が、それ。階段を降りればあとは数歩でいいくらいの場所だった。リィはわくわくしすぎて走って降りたので呼吸が速くなっている。
一行は今、トレジャータウンを会話交じりに進んでいた。雰囲気は明るく、通りかかるポケモンのほとんどが挨拶をしてくれるのでそれを返しつつ進む。
街にはいくつかのお店が建っており、どれも店主の顔の形をした構造になっている。
「トレジャータウンは初めてでゲスか?」
「ううん、入ってから何回かは来てるよ!」
「そうなんでゲスか! じゃああっしは依頼を選ぶのを手伝うでゲス。準備が終わったらお尋ね者ポスターの前にいるでゲスから、声をかけてくれでゲス!」
それだけ言うと、また来た道を戻って行った。
アルトはリィの解説を聞きながら、必死で街について覚えようとする。確かに何回か来たのは間違いないのだが、いかんせん全然覚えられていない。昨日も訪れたこの町の名前もさっき知ったばかりなのだ。
(覚えるのはめんどくせぇけど、覚えておかないと不便だよな)
最初に通りかかったのが、ヨマワル銀行。ポケを預けるための施設だが、店主がなんとも怪しい。
その次がエレキブル連結店で、店主は不在。店の中の空しさが、この街と不釣合いだと感じさせる。
そしてカクレオン商店。小さな川を挟んだところにあり、沢山のものを取り扱っている。
最後にガルーラの倉庫。道具をしまっておくらしい。ラスト二つは最近少し利用した記憶があるのでイメージしつつ進んでいると、いつの間にかカクレオン商店に到着していた。
愛想のよいカクレオン二人が、明るく挨拶を交わしてくる。
「あ、リィちゃんじゃないですか! それにアルトくん、でよかったですっけ?」
そのうちの一匹、緑色のカクレオンがきさくにアルトに話し掛ける。最初に来た時に言ったっきりだが覚えてもらえていたのが少し嬉しかった。
「そういえば私自己紹介忘れてた気がします、あらら〜……。改めてまして私はグリオン・カレン。主に木の実などを扱っていますよ〜!」
「私は弟のローゼ・カレンです! 技マシンや不思議だまを扱っております〜!」
自己紹介を終えると、早速買い物に取り掛かる。品物は日替わりなのか、来るたびに色合いが少しずつ変わっている。
「えっと、オレンの実二つお願いします!」
100ポケと木の実二つを交換し、それぞれのトレジャーバッグに一つずつ仕舞い込んだときだった。
「「すみませーんっ!」」
幼い男の子の声と共に、青い体のポケモンが二人、姿を現した。マリルとルリリだ。丸い体と小さめの足でとてとてと走ってくる。
「あ、シャン君にシアン君! いつものかい?」
「はい! ……あ、リィさん久しぶりです!」
「シャン君にシアンくん! 久しぶりだね、元気?」
「はい! リィさんも……あれっ探検隊バッジですか?」
シャンと呼ばれたマリルにそう言われると、リィは自信気に自分のバッジを見せる。
「うん、少し前にようやくなれたの! アルト……このリオルの子と一緒に探検隊やってるの」
ただ一人、事情を全くと言っていいほど知らないアルトだけが会話においていかれる。それに気がついたシャンとシアンが自己紹介を始める。
「アルトさんですね。僕はシャン、このルリリのシアンの兄です。よろしくお願いします!」
「僕はシアンです。よろしくお願いします!」
「俺はアルト。リィと探検隊をやっているんだ」
そんな雑談を繰り広げている中、グリオンから兄弟へ。形の歪んだ紙袋が手渡された。
その紙袋といくつかのポケを交換すると、兄弟は元気な声と丁寧なお辞儀をして。
「「ありがとうございました!」」
そのまま、どこかへと走って帰っていった。
誰かとは正反対の、礼儀のよさ。その本人は見習おうとはしていないが、感心はしている。
「あの二人、体の弱いお母さんの代わりにいつもこうやってリンゴを買いに来るんだよね〜」
「そうそう! すっごく偉いよね! ……あれ?」
そんな会話をしていると、先ほど兄弟が去っていったほうから「すみませーん!」と呼びかける声と共に青いポケモンが二匹。どうやら戻ってきたらしく、困った表情をしている。
「グリオンさん! リンゴ一個多いです、僕たちこんなに頼んでません!」
(は? それで返しに来たのか!?)
ちゃんと中身を確認し、そして多いのに気が付いて戻しに来る。更に感心する数名を置いて、グリオンはにっこりと微笑んで訂正する。
「ああ、それはオマケ。二人で仲良く食べるんだよ」
「そうだったんですか……! ありがとうございますっ!」
そういって帰ろうとしたとき。
「あ……っ!?」
走ろうとしたシャンの足元に小石。こてんと地面に倒れ、リンゴがいくつか転がり落ちる。目を潤ませるが、特に目立った怪我は無い。
アルトは足元に転がってきたリンゴを拾って手渡す。
「大丈夫か?」
「はい、ありがとうございます……」
人前で転んだことが恥ずかしいのか、少し顔を赤らめて俯くシャン。アルトはリンゴを袋に戻しているシアンの所へ持っていき、それを中に入れようとする。そのときアルトの手がシアンとぶつかる。それに謝ると同時に感じる違和感。
(うっ……なんだこれ……?)
突然、目眩がアルトを襲う。そのまま目の前は真っ暗になり、周囲の音も寸断される。焦りに駆られていると、ふと音が聞こえ始めて――
<た……助けてっ!!>
(悲鳴……?)
聞こえてきたのは、何か聞いたことあるような声の悲鳴。誰のものか記憶をたどるうちにだんだん視界が元に戻る。賑やかなトレジャータウン。心配そうな顔をするシャンとシアン。
「大丈夫ですか……?」
「ん、ああ。平気……だ?」
(あれ、さっきの声ってシアン君じゃねぇか?)
先ほどの悲鳴と、目の前のルリリの声。まったく持って同じなのだ。
首をかしげていると、よかったですと優しく笑って二人は去っていった。
(なんだったんだ、今の?)
嫌な予感が、心を駆けた。