17話 清流のバトル
「今日はどんな依頼にしよう?」
掲示板の前で、リィがポスターを見ながら問う。こうやって依頼に悩むのも日常化してきていた。未だにどれがいいか良く分からない部分も少なくないのだ。
ラスフィアは朝早く来て雑談してたらしく、朝礼の前には既にギルドのポケモン達と和やかに話していた。今はチャトに呼ばれていて、おそらくは今日の仕事について説明を受けているのだろう。
ラピスはじっと掲示板を眺めて小声で言う。
「……お尋ね者?」
「あ、賛成! なんか倒してぇ」
「え、昨日もたくさん戦ったしさ。ほら、きゅ、救助とかにしよう……?」
「悩んでたのはあんたでしょ?」
ラピスにはっきりと言われて言葉に詰まる。リィ自身、お尋ね者は苦手なのでやりたくないのが本音。けれど他二人が賛成するならやらなくてはならない。三人になってからはそんな多数決制を採用していた。
でもただ苦手な依頼は避けて、それだけじゃいられないのはリィは理解していたので訓練と割り切りお尋ね者用の掲示板へ足を進める。
「相性良くてランクあまり高くないのとかありそう?」
「うーんと……あっこれとかどうだ?」
アルトが指差すポスターに書かれていたのはタマザラシ、ランクはD。下から二番めなのでかなり低い方だ。ポスターの似顔絵も表情こそ悪そうではあるがかなりかわいらしい。
リィはその紙を剥がした。今日はこれを受けることにするようだ。
手続きを済ませて依頼先へ向かう。今回は“清流の草原”というダンジョンが目的地。ここは名前の通り、綺麗な水が流れている。時折水面で遊ぶ日光が眩しい。
ただ、ここもダンジョン。景色に気を取られてばかりではいけないのだ。
「綺麗……きゃう!?」
「うおっ!? 冷てっ!」
死角から来ていたウパーの水鉄砲をリィが直前で避け、それがアルトに当たる。アルトはコダックの相手をしていて、ウパーに背を向ける形になっていたのだ。
その隙にコダックが念力を打ち込もうとするが、ラピスの冷凍ビームにはばまれる。
「ったく、電気ショック」
コダックの背後に回ったラピスの電撃は、真っ直ぐに向かっていき――寸前で消滅。それに気がついたアルトがはっけいで援護する。二発程打ち込んだ所で相手は倒れた。
「……ごめん、しくった」
「構わねぇよ、無事倒せたしな!」
ラピスはじっと自分の左手を見つめる。慣れていないというのは重々わかっているし、これから練習していけば良いのだけど、どうにも電気を上手に扱えない。アルトはそれを見てかける言葉を考えた。
一方のリィサイドでは。
「葉っぱカッター……!」
葉っぱカッターを打っても、相手の泥かけによりでいくつかの葉が落ちる。しかし、その中でも数枚は確実にダメージを与えていた。向こうの攻撃が途絶えたところで技を切り替える。
「蔓のムチ!」
それは弧を描いて腹の辺りに当たりウパーは倒れる。その様子を見て見て小さく「ごめんね」と呟いたのは、きっと相手には聞こえていない。
「あ、泥付いちゃってる……」
「リィー! 行くぞー!」
透き通った水に浮かぶ泥を見ていると、アルトが呼ぶ声が聞こえた。
せっかく綺麗なのにとその光景を気にしながらも、アルトとラピスの方へ。澄んだせせらぎの中に、ぴちゃりと足音が重なる。
「あっ、あれってお尋ね者……?」
「だな! ……まだ気がついてないけど」
しばらく進んで、ようやく目的地。数十メートル先では、今回のお尋ね者がダンジョンの敵と戦っているところだ。
丸っこい体は、水色の部分とクリーム色の部分で形作られている。紛れもなく、タマザラシだ。ダンジョンのポケモンを倒した彼は、こんこんと水のせせらぐ水路で寝転がる。
「しっかし探検隊来ないし、綺麗だし。いい場所だなー」
「――何が来ねぇ、ってよ!」
「おわぁ!? い、いつの間に!」
油断しているタマザラシに、若干の笑いを含みながら話し掛けるアルト。
タマザラシはいきなり話し掛けられた驚きで、分かりやすいくらいにビクリと飛び跳ねた。その衝撃で飛沫がタマザラシ自身に降りかかり、ようやく出した声も震えている。
「え、ちょ。……て、敵だ! 敵が来ないって……な?」
バカが見ても分かるくらいの動揺は、このタマザラシがお尋ね者だと言う事を強調していて。
必死に弁解を続けるのを完璧なまでに無視して、メロディは技の準備を進める。但し、リィは戸惑い気味だが。
「はっけいッ!!」
「え、あっ、え? つ、蔓のムチ……?」
「……電気ショック」
「だからその技の構えを止め――うわああぁぁぁぁ!?」
……タマザラシの必死の言い訳は意味を成さず。真正面からの三つの技で、勝敗はついてしまった。
一応意識はあるものの、体力があまり多く無さそうな状態だったので、そのまま転送。その瞬間まで、何とか弁解を頑張っているタマザラシだった。
依頼は終了。大体の探検隊は、ここでギルドに戻ってしまう。しかし今は太陽が西方向に傾いてすらいない時間帯だ。手を目の上に当てて空を確認するアルトがふと提案する。
「まだ時間あるし、ここ最後まで探検しねぇか?」
「うん! さすがに今戻るとね……」
「構わない。戻っても暇」
……とまあ、安直な提案で最後まで行くことになった。
その間も、ラピスは先程の電気ショックのことを気にしていた。今回は成功したけれど、やっぱり不安定だった。
(みんな軽々と技を使うけれど、そんなに簡単じゃないでしょ)
ふっと視線を“仲間”の方へ移すと、二人はすでに出発していた。考えを追い払って、遠くなった背中を追う。
(仲間、か……)
ふっとこぼれた笑みに、気付く者は居なかった。
「あ、あれって宝箱だよね?」
「どう見ても宝箱だろ!? ……敵もいねぇし、ここが奥地だな」
その後も探検は順調で、三回ほど階段を使うとすぐに奥地に入った。
澄みきった水がキラリと光る中、宝箱が一つだけ律儀に置いてある。それほど大きくはなく、トレジャーバッグにもしっかりと納まった。
「……つーか、これよく入るよな」
金色のラインの入った宝箱を見て、アルトがポツリと呟く。
今現在、アルトのトレジャーバッグの中にはオレンの実や銀のハリなど、割と沢山のものが入っている。しかし宝箱は、気にしないと言う風にトレジャーバッグをドデンと占拠している。
中身を気にしながらも、探検隊バッジを掲げ、ギルドへと戻っていった。
ギルドへ戻ると保安官が待っていた。くるくると回る磁石制の腕らしきものから報酬を受け取る。それをチャトに渡すついでに宝箱に関しての報告もする。
チャトは宝箱を様々な角度から見たり叩いたりした後、顎に羽を当てる。
「うーむ、残念ながら今は開けれなさそうだ……」
「ええええぇぇ!? ど、どういうこと?」
宝箱を開けれるポケモンが今トレジャータウンを留守にしている。チャトはそう気難しげに言った。
宝箱には鍵が掛かっていて、箱を丸ごと壊すくらいはしないと開かない。しかしその場合、中の物がタダでは済まない事くらい誰だって分かる。
「あっ、倉庫に預けちゃえば……」
「忘れてたけど、そういえばそうだな!」
仕方ないので、この宝箱は倉庫に預けることにした。少なくとも宝箱を開けれるポケモンに出会うまでは。
中身を知ることになるのは、まだ先の話。