16話 流された先で
「リズム君強かったけど、エルファ君も強そうだったね」
リィがオレンの実を頬張りながら、ポツリと呟く。正直シルヴィよりも苦戦したような気分が胸中を占めていた。ちなみにこのオレンの実はリズムが別れ際にひとりずつにくれたものだ。
「つーか何だったんだよアイツら! 無駄に強ぇし、イラつくし!」
一方のアルトは、先程の強敵に対し明らかに怒った様子。ラピスにうるさいと注意されても、気にしていないようで。
出会う敵は、今はほとんどをアルトとラピスが倒している。アルトと同じように、ラピスも彼らの事が少なからず頭にきているようだ。そのためリィは、こうやってのんびりとオレンの実をかじっている。
「うーん、シイナちゃん? が奥地近いって言ってたけど来たことあるのかな?」
相当な威力で叩きのめされる敵へ、心の中で手を合わせながら独り言のように問いかけてみる。アルトから数拍置いて「かもな」と返って来た。
その考えも間違ってはいなかったようで、会話の数分後には周りから敵の気配はは消えていた。その代わりのように表れた景色は三人の視線を奪い去る。
「すげぇ……! ここが、このダンジョンの奥地……」
「うん! キラキラしてる!」
(……綺麗。持ち帰ったら何か作れるかな)
壁の中に埋まっているのは数々の宝石の欠片。ルビーとはまた違うその石の一つ一つが、キラキラと光を反射している。思わず足を止めて魅入ってしまう、そのくらい美しい光景だった。リィはそのうちの一つに触れながらほおを僅かに赤くする。
「ねぇねぇ、これ持って帰っていいのかな!?」
「ちょっとくらいならいいだろ! 綺麗だし」
その後壁が崩れる音と何か喜ぶような声が響いたそうな。
いくつかの回収した宝石を抱えて、明らかに嬉しそうな目をしたリィ。アルトも少しバッグに詰め、ラピスも自分用を回収する。探検とお宝探し。その達成感と高揚感は既に最高潮に近い。
彼女たちの輝く目が次に捉えたのは、大きな宝石だった。既に手が加えられたかのように、美しくも人工的な形をしている。自分達の身長ほどのそれは、地面に半分ほどがしっかりと食い込んでいた。
「おっきい……! これも持ち帰りたいね!」
女の子だからというのもあるのかもしれないが、こういうキラキラしたものが好きらしい。引っこ抜いてみようと奮闘するが、努力に反し少しも揺れない。
「うーん……なかなか抜けないよ?」
「じゃ、俺やってみる!」
アルトも挑戦してみようと、片手を上げた。やる気はあるのだが、何せ食い込み方がすごい。しばらく奮闘してみるが少し位置をずらすのが精一杯だった。
宝石は壁に掘られた部屋の中に悠々と佇んでいる。押せそうなのは一面だけなので三人で力を合わせるのは厳しそうだ。
頭を悩ませていると、突然視界が歪んだ。それが滝に触れたときと同じものだと分かるのに、そう時間はかからなった。
場所は今メロディが居るのと同じ所のようだ。そこで先程の映像で滝に飛び込んだ影が、宝石を叩いたり引っ張ったり。やがて数歩後ろに下がり、宝石に向かって体当たりを繰り出した。
それが前方へ倒れて影がぴょんぴょんと跳ねる。それが回収しようと動いたとき、辺りを覆うような水流が勢いをつけて流れ込んだ。
影は成す術もなく、水流に呑まれていく。
映像が途切れると、自分の手は宝石に触れたままだった。無意識で数歩後ろに下がりつつ、映像の意味を考える。
(これを倒すと、水が流れてくる……? なら――)
途端、ぼうっとしていた頭に、聞き慣れ始めた声が流れた。
「えいぃっ!!」
反射的にそちらを見ると、全力で体当たりをぶつけるリィ。何か言う前に並び合うように倒れているピンク色の物体に目が移り、嫌な予感が頭に浮かぶ。
「あ、取れた!」
「……どう回収するつもりなの」
リィはラピスの一言で、「そういえば」と考え出している。バッグに入れるには大きすぎるし、抱えるには身長が足りない。
アルトが映像のことをどう伝えるか考えていると、遠くの方で低く、鈍い音がした。それが水の音だと理解出来たのはアルト一人だけ。
刻々と、激しい音がこちらに近づいてくるのが分かる。呑まれる、瞬時にそう悟る。
「ばっ……! ここ危ねぇ!」
それだけ言うのが精一杯だった。言い終わる頃には、水流は目前にまで迫っていて。勿論、今のメロディに対抗策なんてあるはずも無く。
――ただ、水流に呑まれることしか出来なかった。
次にきちんと目を開けるまで、短いようで長い時間だった。体を覆っていた流れが唐突に止まり、微かな開放感さえ感じる。
しかし天は、ほっと胸をなで下ろす暇を与えない。間を置かずに、次の災難が降りかかる。
「浮いてる!? しかも高ぇし!」
アルトがそう言うのと同じくして、今度は急速な落下。
上空数十メートルは余裕にあるのではないか。そんなところから勢いよく落とされたら、最後どうなるかなんてバカにでもよく分かる。体に受ける圧力と風を感じながら、頭の中で色々と考えを巡らせる。
「あー、これ死ぬな」
「やめて!? 死ぬとか軽々しく――へぶっ!」
(否定は出来ないけどね)
ぼうっと呟くアルトに反応すれば、リィが舌を噛んで涙目になる。地面に近づくにつれて恐怖も失っていくようで。目を瞑ることも忘れて、遠くなっていく空を見つめる。
時の流れが、遅く感じた。
地面につく数メートル手前、突然自分達の周りを上へと突き抜ける風が途絶えた。何かの力に受け止められたのが分かった。優しく、ゆっくりとした動きで、地面に降ろされる。
「……大丈夫ですか?」
聞こえてきたのは、心配するような声。一番傷の少なかったリィが起き上がってみると、そこには少し首をかしげた、メロディより年上そうなブラッキー。
「お主たち、まさか空から降ってくるとはのぉ……」
別の方向からは、のんびりしたお年寄りの声。コータスという種族のポケモンが、物珍しそうな目でメロディを見ていた。
ブラッキーのほうも、ゆっくりと起き上がるアルトとラピスを心配そうに見つめる。
「あなたは大丈夫そうかな。私はラスフィア・ウィル。ラスフィアって呼んでくださいね」
「私はリィ・フォルテッシモです! さっきのって……」
ラスフィアが笑いながら、お辞儀を含めて礼儀正しく挨拶する。慌ててそれに対応しようと、リィもたどたどしくお辞儀を返す。アルトとラピスのほうにもお辞儀をするが、アルトはきょとんとしていてラピスはさっと後ろを向いてしまった。
そんな二人に頭を悩ませているラスフィア。これがいつも通りだからと伝えると苦笑いを返してくれた。
「先程のは私がサイコキネシスを使って、落ちる速度を緩めたんです」
「へぇ、すごい……ラスフィアありがとう! ……ございます」
少し敬語が混ざるが、既に打ち解けているのが雰囲気で分かる。ラスフィアに促されて、隣にあった湯気の立ち上る温泉へと入る。続いて、アルトとラピスも。皆、温泉のぬくもりで頬が緩む。傷に少し沁みるけどその痛みもいつしか消える。
「ワシはグレン・ファレル。お主らは何故上から?」
コータス――グレンが問いかけると、アルトとリィが二人でこれまでのコトを話す。
ギルドの仕事で洞窟に来たこと、途中で乱闘をしたこと、など――。
ラスフィアはよくわからないという風に、グレンは驚いたように話を聞いていた。ラピスはアルトの後ろに隠れていた。
「なるほどね……ところで」
納得したように呟くと、ラスフィアは急にメロディの方に振り返った。あまりに唐突だったため、内心では全員が驚いている。
モクモクと立ち上る湯気を見つめながら口を開く。
「私とある女の子を探していて。彼女は――」
「ラス、ストップ」
そういって、愛用にしている腕輪をラスフィアに軽く投げ渡した。ラスフィアはサイコキネシスで受け取り、それとラピスを見比べる。その顔色は様々な感情が入り混じっていて、彼女たちの胸の内は読み取りづらい。
「あなたが……? どうして私の探している子のものを持っているのかしらね」
ようやく発した言葉とその表情は――怒り。リングを握りしめる彼女にラピスは静かに近づく。
「見て分からない? あたしだけど」
耳元で何かささやく。ほんの数秒のその言葉が、ラスフィアの表情から怒りを消す。
きちんとラスフィアに向き返ったラピスとラスフィア。驚きの中に嬉しさが感じられて。このとき初めて、誰の目にも分かるように、ラピスが笑った。
「……ラピス。ラピス・シャイニー。フルート吹き。――ラス、あたしだよ。会えてよかった」
へらりとした笑顔はいつになく輝いて見えた。腕輪を受け取って左手に装着する。
アルトが笑顔のことを口にすると、すぐに怒って冷凍ビームを繰り出した。それにリィが微笑めば、そっちも反論をして。
結局ギルドに戻ったのは、日がかなり傾いたときだった。
「……でね、温泉も見つかったんだよ! すごかった!」
ギルド、親方部屋前。温泉から帰って来たメロディ――というよりかはリィが、今回の探検についてチャトに報告をしているところだ。リィの場合、上司に報告と言うより友達との会話みたくなっているが。
「回収できそうな宝とかはあんま無かったけどな……あっでも少し宝石の欠片は拾って来れたんだ!」
「うーん、温泉見つけたのもお宝だと思うよ!」
「意味不明」
「ラピス、もうちょっと言葉選んで……!?」
メロディのやり取りはいたって平和。ちょっと争う部分もあるけれど、なんやかんやここは皆が楽しんでいる部分なのだ。
ギルドの外はもう半分くらいが暗くなっている。
「まあ、よく頑張ったというとこだな♪ ところでその方は?」
チャトがそういうのも無理は無かった。
その視線の先には、ラスフィア。呼ばれると表情で返事をして、自己紹介をする。
「初めまして、ラスフィア・ウィルです。ちょっと訪れてみましたけど、すごく可愛らしい建物ですね」
「どこが……?」
愛想良く、それこそラピスが頭にハテナマークを浮かべるぐらいに自己紹介をする。チャトは暇そうに欠伸をするラピスを見かねて、メロディに部屋戻るように指示を出すとラスフィアに向き合った。
タイミングを合わせて、ラスフィアの要望。
「――ギルドの所属って、短期間でも大丈夫です?」
次の日も、ジオンは来なかった。
日の出と共に目を覚ましたラピスは、爆睡している二人に目を向けて溜め息をつく。
(起こさなきゃ、また説教傍観者……)
面倒なことになりかねないな、と頭の中で決断しつつも溜め息をつく。そして夢の世界に入り浸っている二人に、戸惑いも無く冷凍ビームを打ちつけた。
「……ッ!? おいラピス! 冷凍ビームで起こすな!」
「知らん。説教のほうがいい?」
そうやって朝から喧嘩をして、リィは寝ぼけ眼でそれを見つめる。
そんなことをしていたせいで遅刻の間際にやっと来たメロディに注がれる視線は、「危なかったね」よりも「またか」の意味合いの方が多くなって来ていた。
最早反応する気もないのか、アルトとリィは完全にスルー。ラピスは……注目を浴びるのが苦手なので、アルトを視線からの盾にする。
「それで、ラスフィアさん自己紹介をお願いしてもよいかな♪」
「え、私ですか?」
返答をしたのは、自分から紹介をしていないラピスではない。
少し戸惑ったようにチャトを見つめているのは、紛れも無くラスフィアだった。ラピスに早くいけと促されて、苦笑いで前に出る。
「えぇと、ラスフィア・ウィルです。種族は見てのとおりブラッキーです。これからよろしくお願いします」
律儀にお辞儀もセットで。ほとんどのメンバーが、「あそこまで丁寧じゃなくていいのに」などと考えていた。……呑気なギルドだ。
そんなこともお構い無しに、朝の誓いを済ませて。
朝礼終了と同時に喧嘩しそうになる二人と、仕事にやる気全快の一人。これも日常になるんだろうな、とリィは頭の片隅で考えながら、地下一階へと繋がる階段を登った。