15話 苦戦の行方
「まずは俺から、蔓のムチ!」
「危ねっ! だったら――はっけい!」
一方では、すでに戦闘が開始されていた。エルファは余裕そうに、アルトはイラついた様子で。
攻撃の数々をなんとか避けながら攻撃の機会を伺うものの、途切れたと思った瞬間に次の技が飛んでくるのでなかなかタイミングが掴めない。
「くっそ、早ぇな……! 電光石火!」
素のスピードでは対抗できないと踏んで、電光石火に切り替えて攻撃を仕掛ける。そのまま距離を順調に詰め、もうすぐ当たるというところでひらりとかわされる。
「当たらないね、そのくらいじゃ」
余裕そうな笑みを崩さないまま、電光石火を軽く横へ受け流す。相当戦闘慣れしているようで、行動の一つ一つが戦闘のために作られているみたいで。
アルトにとって挑発は嫌いなもの聞かれたらすぐに答えたくなるくらいのものだ。それをされて黙っているわけも無く、すぐさま電光石火の連続攻撃で畳み掛ける。
「あのさ、一個聞きたいんだけど」
一息区切って、視線を斜め上からに。アルトを射抜いたまま。
「――技、それだけしか使えないの?」
「……ッ」
何も言い返せなかった。
アルトが今覚えている技は、電光石火、はっけい。後は自分自身の対術のみ。睨みつけるも技と言われたら微妙なところだし、そもそも出来たところでエルファに効かないことはこの数分の攻防が示していた。
ぐっと唇を噛み締めてエルファを睨みつけるが、彼はそんなことどうでもいいような雰囲気で尻尾に光を集める。
「もういいや。終わりにするよ? いけ――!」
そんな戦闘モードなアルトとエルファの様子をしばし見つめていたリィの止めに行きたい気持ちは、入りにくいという気持ちに掻き消された。
「あの子強いね……エルファ、って言ったよね」
「……それより、目の前どうにかしたら」
ラピスがぼんやりと注意する視線の先には、リズムとシイナ。リィにとってはリズムは相性が悪いためできるだけ戦いたくないけど、実際そうもいきそうにない。ひとまずは少なくともダンジョンの中でやるものではないと叫びたいところだ。
「エル君やる気すごいねぇ、火の粉ぉ」
「やっぱり戦わなきゃダメなの……っ!? 葉っぱカッター!」
随分と気が抜けた声で、リィのほうに火の粉を打つ。それを一つ残らず相殺したまではいいが、今の葉っぱカッターは威力強めのつもりだったがリズムは本気さがあまり感じられない。
そこから考えられることは――
(強い……!? あんなに余裕そうな攻撃、本気なわけじゃないよね?)
もう一度葉っぱカッターを打ってみるが、それもふわりと笑いながら避けられる。一人戸惑うリィを他所に、他のところでも戦闘は開始されていた。
「うちも便乗しよー! えっと……ピカチュウちゃんよろしくね、水の波動!」
「冷凍ビーム」
合わせられた両手にたたえられた水流を冷凍ビームで凍らせて、氷の破片へと変化させる。からりと地面に散らばるそれにシイナは一瞬目を見開くが、すぐさま真剣な表情になってもう一度攻撃をする。
「うう……氷タイプなんて卑怯よ! 水鉄砲!」
(氷タイプに謝ってこい、今すぐ)
種族恵みのスピードで水鉄砲を避けると、旋回するようにしつつ距離を詰める。ブイゼルはピカチュウほど早くないので、距離を詰めるのはそう難しくなかった。
「電気ショック」
電気タイプでは何位を争うか、というくらい威力の低い電気ショック。ピカチュウ歴――もといポケモン歴の短いラピスには、冷凍ビーム以外で使えそうな技がこれしかなかったのだ。今までは冷凍ビーム頼りだったが水相手となればそうもいきそうにない。
初めて使う電気タイプ。頬がぴりぴりとするそれはとっても不安定で、戦闘慣れしているポケモンからしてみれば片手で十分いなせるレベルだとラピスは心で呟く。
「そのくらいなら平――いやあぁ!?」
電気ショックの光と共に飛んで来たのは何故か緑の光を帯びた葉。その発生源を視線で辿ると、リズムと戦闘をしているリィ。その周りに着地した葉が音もなく消える。
(……流れ弾、でいいの? リィこっち見えてなさそうだし)
「そんなの反則だよねぇ……っ!?」
シイナはそう呟きながら、床に膝を付く。
ラピスはおまけにと電気ショックを一発飛ばすと、リズムを睨みつける。リズムは電気の音に気が付いて振り向くけれど、その顔は無邪気にはしゃいでいる。
「わ〜っ、シイちゃんやられちゃったよー! ピカチュウさん強いねぇ! 僕も本気で行こうーっと!」
「……その余裕は何」
「余裕ー? あはは、ありがとうねー。いつも通りって大事だよねぇ〜」
リズムのマイペースは異常だと悟った。名の通り、自分の「リズム」をきちんと保っていて。
あのマルス以上かもしれないマイペースは、リィとラピスを挑発する意味合いも含まれていたように感じた。少なくともラピスにはそう取れた。リィは片足を静かに後ろに引いてお気楽テンションを見据える。
「リズム君、すごいお気楽だね……。体当たり!」
「おおっとぉ、セーフ……かなぁ!」
「黙れ、電気ショック」
リィは半分ほど呆れて、ラピスは怒って本気で。しかし、双方の攻撃は軽々しく避けられてしまう。そしてその中でも笑みは崩さずに。
一旦互いの距離をとってラピスはリィにささやく。
「……アンタ技は?」
「えぇっと、体当たりと葉っぱカッター、蔓のムチ。あと、毒の粉かな……?」
それだけ聞くと、ラピスは黙って俯いてしまった。リィはぼうっとひとりでに作戦を考える。
(リズム君は、技避けるの上手だよね)
そういう考え事を、試合中にじっくりやるのは駄目だと言うのは常識。ただ、その認識は今に二匹には無かった。ふわりと辺りの空気が上がったように感じて我に帰ると、そこにはオレンジ色の尾をひく欠片。
「――あれ、もしかして余所見ー? 火の粉ー!」
「あ――きゃ……!」
攻撃をモロにくらったリィは倒れかける体を寸前で留まらせる。足の付け根辺りが熱さを訴えた。リズムは「あはは」と笑いながら、その場でクルクルと弧を描く。
「煙幕ー」
「えっ……視界が」
「っ、まず」
リズムが発した黒い煙は、容赦なくリィとラピスの視界を奪い去ってしまう。リズムの姿を目視で確認するのは不可能。更にあのお気楽さが次の手の予想を阻んでいる。
煙が目に入らないようにぎゅっと瞼を閉じるラピス。シイナが簡単に倒せた、と言う理由で油断していた自分が居た。エルファのをちゃんと見ていたら、リズムが強いという予想くらいついていたかもしてないのに。
小さな後悔を抱えるラピスの耳がぴくりと動く。何か音が聞こえた気がしたからだ。
「あ、そうだ! 葉っぱカッター…… 広範囲で!
リィが思いついたように声を上げると、広範囲に撒き散らすように、まるで小さな竜巻のように葉っぱカッターを打つ。螺旋を描くそれに暗幕は巻き込まれたようで、ラピスは瞼を突き抜ける光を浴びてその目を開く。
「葉っぱカッター……違う、グラスミキサー?」
「え、すごい! わぁ、楽しいねこれ、ラピスもやる!?」
「……はぁ」
そもそも、チコリータがグラスミキサーを覚えるかどうかすら分からない。今のはあてずっぽうで言っただけだけど、そのグラスミキサーもどきにリィは顔をほころばせる。
「うー、意外と簡単に破られるんだねぇ」
萌黄色の光に包まれた自身の技を見つめる。そんなリズムの少し気が緩んでいたのをリィとラピスは逃さなかった。最もリズムの場合、常に緩んでいるようなものだが。
ラピスは手早くフルートを出して組み立てた。互いの視線を一瞬交わして共に息を吸い込む。
「ポイズン・フロージング!」
リィの毒の粉を、ラピスの生み出す氷の粒が包み込む。スピードを意識したそれは、ラピスが旋律を奏でるのに合わせて真っ直ぐにリズムに向かっていく。リズムは受けないようにと火の粉を構えるが、僅かに間に合わなかった。
リズムお得意の気楽さの中に、始めて焦りが見えた。氷に包まれた毒は、リズムの体力をじわじわと奪い去っていく。
だんだんリズムの顔色が悪くなってきた。
「つるのムチ!」
「電気ショック!」
二つの技がリズムに向かっていき――直撃。
毒状態で体が上手く動かずに避けられない。仰向け状態になりつつ、ポツリと呟く。リィにもラピスにも聞こえないくらいに。
「……面白かったなぁ」
「――ソーラービーム!」
エルファが高らかに叫ぶと同時に、まばゆい光の束がアルトに向かう。避けようと横に飛ぶけれど全てを避けることは出来なかった。
受けた箇所が一瞬熱くなる。咄嗟に手を当てると同時に無意識に言葉が漏れる。
「強ぇ……」
自分は勝てるのか。思わず言いかけたそれをぐっと飲み込む。
元々向こうの一方的な宣言かラピスの実力行使というか、そんなきっかけからの戦いだ。どうでもいい勝負といえばそれまでだが、やるからには負けるという選択肢は消し去りたい。
(戦いの理由なんかどうだっていい、とにかくやったからには負けられねぇ、けど!)
視線の先には、傷一つ無い余裕なエルファ。尻尾のほうで何か光っているそれはさっきと同じ、おそらくはソーラービームの構え。スピード含め、自分よりも強いのは分かりきった話。
(せめてもっと強い技があれば――ってのはさすがに無理だよな)
シルヴィ戦で使った悪の波動を使おうにも、技の出し方が思い出せない。ルビーを手で包んでもあの声は聞こえてこないのだ。
「終わらなかった、か……。で? そろそろ限界そうだけどギブアップする?」
「しねぇよ、絶対に!」
強気に言ってみたって、解決策は一向に思い浮かばず。エルファの表情はいたって楽しそうだ。こっちが劣勢だからこそなのだろうけれど、挑発された気分にはなるので一刻も早く優勢に持ち込みたい。……じゃあどうする?
そのときだった。不意に頭の電球が光ったのは。
「――そうか!」
「何か思いついたってコト? まぁ、所詮どうでもいいことでしょ――」
途中まで言いかけて、止まった。
何故なら、さっきまで絶望的だったのが分からないくらいの表情のアルトが居たから。自慢気なアルトの右手には渦を内側に携えた弾。時間を置くにつれて着々と大きくなっているのが分かる。
エルファの顔から笑みが消え――それもすぐに戻す。
「その手が……まぁいいかな、とにかく終わらせればさ?」
「終わらせるのはこっちだッ!」
お互いが同時に薄笑いを浮かべ、地面を蹴り飛ばす。相手の敗北を目に映すために。
「ソーラービームッ!!」
「波動弾ッ!!」
溜め込んだ自分の力を解放する。それがぶつかる間にアルトはもう一つ波動弾を作り出す。
(たぶん気づかれてねぇはず!)
完成と同時にエルファのほうに投げ飛ばして素早く左側に走る。自分が居たところに光の束が激しく突き刺さって地面の小石を跳ねあげた。
そしてソーラービームを止めたエルファに、“もう一つの波動弾”が襲い掛かる。
「――っ! いつの間に……!?」
「お前がソーラービーム撃ってる間しかねぇだろッ!」
新しい技の楽しさが湧き上がって、小さめのものを作っては飛ばす。
エルファは最初こそ一つ一つ避けていたものの、途中から蔓のムチで相殺するようになってきた。避けるばかりでだんだん足に疲れが出てきたのだ。
それを知ってか知らずか、アルトは電光石火で距離を詰める。その右手にエネルギーを携え、はっけいを繰り出した。
「くっ……!」
直撃したお腹を押さえ、俯くようにして繋いだ言葉。それは確かにアルトに届く。
「俺の負けかなー。悔しいけどね」
「あはは〜っ! 負けちゃったやぁ。強かったねぇー!」
「強かったねぇ、じゃなくてね! うち疲れたんだけど、帰りたいんだけど!」
「ふーん、じゃあ帰る? シイナひとりで」
「いやいやなんでうちだけ!? そこはエルファとリズムも来てよ!」
勝負の決着はメロディ側の勝ちとのリズム結果の宣言に、それとは別の角度からシイナが勢いよく反応する。エルファは疲れたのか悔しいのか、その様子を観察しながら体を伸ばす。
「……まあ、俺たちの負けは負けだし。あー、疲れた」
「疲れるならやるなよ!?」
「うーん、それよりこのバトルって何の意味あったのかな……?」
「……本気でバカなの?」
そうやって一通り会話を飛ばして、少しだけ和やかな空気が流れる。
ふあぁ、とエルファが欠伸をし、思い出したかのように言う。
「そういえばアンタたちはこの洞窟探検してるの?」
「あっ、そうだった! 何があるのか調べてたんだよね」
「えぇっ、忘れてたの〜?」
リィがはっとした顔をして、蔓をぽんと叩く。それにつられてアルトもラピスも視線を逸らす。当初の目的が完全に頭から抜けていた。
それぞれの反応を見ながら、シイナがクスリと笑う。
「奥地はもうすぐ。ま、頑張ってね!」
それだけ言うと、手を左右に動かした。いわゆる「行ってらっしゃい」。
謎っこ発言者と異常なお気楽、いつでも元気の三人に色々言いたいことを飲み込んで、メロディは洞窟の奥地へと向かっていった。
それぞれに異なる疑問を持ちながら。