14話 滝踊る初探検
ギルドの朝は早い。
夜が明けて少ししたらすぐ、ジオンによるモーニングコールがあり、それで皆目を覚ます。
そのため今日も、メロディの部屋にはジオンが来る……ハズだった。
「だから、俺らは起こされてねぇんだよッ! 文句言うなら起こせ!」
(あー、うるさい)
朝礼も終わって、それぞれが持ち場に着いたころ、親方部屋の前ではアルトとリィが説教を受けていた。理由は簡単、朝礼に遅れた……というよりかは、寝坊で朝礼未出席だったこと。
ジオンがラピスの一件ですっかりメロディの部屋……というよりもラピス自身にトラウマを持ったため、起こしに行くのを拒否されたのがいけないか。
一方のラピスは時間通りに朝礼に出席したため説教の対象ではない。耳を畳みつつ暇そうに二人の様子を 眺めている。ただ、整列のときに周りと距離を置きすぎていたのが気になるが。
「とにかく、次からはきちんと起きるように! ……それで、今日の仕事についてなんだが」
「えー、まだあるの……」
「……長い」
「話を聞け」
まだ話を続けるチャトを、壁に寄りかかって傍観しているラピスも、退屈を隠せないという風に欠伸を噛み殺す。アルトも説教が長く、必死で睨みつけている。
「お前たちも頑張っているしな。そろそろ探検隊らしい仕事をやってもらおうと思う♪」
「「探検隊らしい仕事!?」」
(めんどくさ。いいからさっさと終わって……)
チャトの一言で、リィの顔が思い切りよく輝く。本当に分かりやすい。アルトもリィも食いつくように聞き返していた。
「そうだ♪ 地図を出してくれ。……えっと、ここに滝があるだろう?」
「うん、結構はっきり書かれているし大きそうだよね」
「それはどうでもいいが、この滝にある秘密があるらしいんだ。お前たちには、この秘密を解いて貰いたい♪」
リィの言葉を軽く受け流しながら、チャトが得意げに話す。秘密、と聞いては、アルトも黙っては居ない。
「秘密!? 面白そうだな!」
「あーはい」
「だから、なんでラピスはそんな冷てぇんだよッ!」
はしゃぐアルトを半分以上閉じた目で見ながら、冷たく反応するラピス。それでも、本当は探検が楽しみなのだ。心の中は今すぐ飛び出したい気持ちでうずうずしている。それに対し本気でキレかかるアルトもまた、探検をリィ同様に楽しみにしている。
「わーい! じゃあ行ってくるね!」
明るく駆け出したリィの後を、残りの二人が追いかける。ラピスは欠伸をしているので、側からみたらやる気があるのかと言われそうだが。
そんな朝を過ごしたメロディは今は例の滝の前にいる。地図を見ながらではあったのと途中にダンジョンもなかったのであまり時間はかからなかった。そのため、実際にはまだ朝といっても差し支えない時間なのだが。
激しい音を立てて流れ落ちる水の塊を前に、メロディはただ圧倒される他無い。
「すごい……!」
リィが静かに感嘆する声も、滝の音が全て奪い去ってしまう。時折跳んでくる水しぶきは、程よく冷たくて気持ちが良い。
「……秘密って言うか、ただの滝」
「ねぇねぇ! この滝すごい――きゃあっ!?」
ラピスが白眼視するのも気に留めず、リィは滝に前足を当ててその勢いに呆気なく飛ばされる。
二人に「バカ」などと言われ、少し落ち込むのも一瞬。すぐに機嫌を直し、訴えかける。
「すごい勢いだよ! 二人も触ってみれば?」
「却下」
ラピスには音速で拒否されるも、アルトはそっと近寄って指を少しだけ滝に触れさせる。鋭い水の感触が指を通して体全体に伝わり、その勢いでリィほどではないが後ろに飛ばされる。
「……!?」
その直後、急にアルトを目眩が襲った。シルヴィのときと同じ、何か不思議な感じのする――
少し曇りの掛かったような、薄暗い空間に思えた。それなのに、目に映っているのは先ほどと同じ滝の前。
先ほど自分たちのいたところには、丸いものに棒が二本取り付けられたようなものの影があった。
その影は、何かを思ったように数歩後ろに下がった。そのまま地面を蹴って――滝の中へ飛び込む。
(危ねッ! アイツ、何してんだ!?)
アルトがそう思うのも束の間。映像は影の視点に合わせたようにすぐに別の空間――洞窟の中だろうか――に切り替わる。そこで影がムクリと起き上がり、どこかへ去っていってしまった。
「――じゃあさ、このままギルドに帰って『滝がありました』で終わりなのー!?」
「以外に何が」
「なんか滝を止める仕掛けとか……ありそうじゃない?」
「ない」
はっと顔を上げると、そこには先程となんら変わらない滝の前。そこではリィとラピスが必死で何か言い合っていた。最も、必死なのはリィだけだが。
わあわあ言い合っている二人は、アルトの事を完全に忘れているようだった。アルトが珍しく控えめに、二人に呼びかける。
「なあ――」
「あ、アルト! ラピスが何も無いからってさー……!」
駄目だ、コイツ完全に自分の事しか考えられてない。
呆れながらも、先ほどの映像のことを話す。リィは驚いたような、ラピスは相変わらずの無表情で聞いていた。
「――ってことなんだ。だから俺は、滝の中に飛び込んだらどうかなって」
「えぇ!? 触れただけで飛ばされるくらいなんだよ? 危ないって……!」
少し不安げながらの発言が、リィの思考を危ないほうへと落とし込む。アルト自身、この考えに自信もないし危ないのは重々承知の上だったので「やっぱり無理か」などと考えていた。ちらりと滝を確認する。勢いは収まりそうにはない。
しかし、ラピスだけは違った。
少し後ろに下がって、滝と距離をとる。姿勢を低くする姿は、紛れも無く走ろうとする感じで。
「……あたしは行く」
「ラピス!?」
リィが呼び止めてアルトが声をかけようとするのと同時に、ラピスは滝の中へ飛び込んだ。大量の水が、一瞬にしてラピスの姿をかき消す。
「じゃあ、俺らも行く……しかねぇな!」
「えぇ……!? ほ、ほんとに行くの?」
ラピスの姿が見えなくなったのを確認し、同じように距離をとる。深呼吸をして、滝を見据えて。
「「せーのっ!」」
「うわっ!」
「きゃあっ!」
滝の向こう側から降って来た――もとい落ちてきた二人を、ラピスはバックステップで綺麗に避ける。
二人は打ったところを押さえながら、何とか起き上がる。
「洞窟……? すごい、滝の中ってこんな風になっているんだね!」
「というか、滝の中ってこんなに広いものなのか……!?」
口々に感想を述べて騒ぐところは、いつもと同じ。ひとしきり騒いだ後に目に留めたのは、洞窟の奥へと繋がる道。
顔を見合わせて確認を取る。
「じゃあ、洞窟探検開始だな!」
「おーっ!!」
「……。」
冒険心が高まるのは、表現はそれぞれであっても共通しているようだった。
―― 滝つぼの洞窟 ――
洞窟の中はダンジョンになっていた。
普通に進めばいいと思っていたリィはなんともいえなさそうな表情をしていた。アルトは一瞬嫌そうだったがすぐにやる気を出し、ラピスは当然のように受け止めたようだ。
それはそうと、アルトとリィが驚いたのは他にもあった。
「……。」
瑠璃色に光る目で敵ポケモンを捉えると、ある程度離れた場所からも容赦なく冷凍ビームを放つ。それも無言で、無表情で。
戦闘に関してはそこそこ強いらしく、アルトやリィなら二発で倒すような相手を一発で倒すようなことだってそう珍しくは無い。
「ラピスって技使うときも無言なの……?」
「……悪い?」
「う、ううん! そういうわけじゃなくってね」
そんな会話を挟みながら、着々とダンジョンを攻略していく。
このダンジョンでは名の通り水タイプが多いが、その他にも草タイプなどが出てくる。そのため水タイプをリィ、草タイプをラピス、その他をアルトという役割分担だ。
階段も手早く見つけられる。ここまで順調だと逆に嫌なことが起こりそうな気もするが、今のメロディにはそんな事関係なかった。
「なんか、このダンジョンって意外と簡単だよな!」
「うん! 今までで一番、楽に進めるよね」
(……油断大敵って知らないの?)
ラピスが心の中でツッコミを入れた刹那、アルトの横を一筋の炎が走った。直前で気がつき避けるのは間に合うものの、熱は確かに頬を走った。
文句の一つを言ってやろうと、そちらを目をやる。
「――ふーん? よく避けれたね」
そこには、こちらに微笑を向けるツタージャがいた。ふっと睨む目つきに変えて、キッパリと言う。
「俺はエルファ・ゲハイムニス。神の血を引く者だ!」
「「「……は?」」」
意味が分からない、とそれに尽きた。
「神だかなんだか知らねぇけどさ! 俺らは早く探検進めてぇんだよ!」
アルトがそう返すとエルファと名乗るツタージャの横に居たヒノアラシが、愉快そうに発言をする。まるで、緊張の欠片もないみたいに。
「うん、ごめんね〜? ダンジョンのポケモンかと思ったけど違うみたいだぁ」
「えっそれまずくないまずいよねっ! 今攻撃しちゃったよね!? ごめんねキミら大丈夫!?」
勢いよくツッコミを入れたのはブイゼルの女の子。彼女の声ははきはきとしていて狭い洞窟によく響く。エルファにも謝ってと訴えかけるがあまり効果は無さそうだった。
と、その様子を眺めていたヒノアラシがぽんと手を叩く。
「あっそうそう、僕はリズム・フロイデって言うんだ〜。よろしくねぇ」
「うちはシイナ・ゼーリャだよ! えっと、なんかごめんね? でいいのかな?」
ヒノアラシがリズム、ブイゼルがシイナ。リズムの気楽さは目を疑うほどだが、シイナ達はそのペースに合わせず呑まれず個々の強すぎる個性を発揮している。どう噛み合っているのだろうか。
ただ、メロディも挨拶をするほど律儀ではないので、軽く受け流してしまう。
得意げに、自慢げに話すエルファ。これがメロディ――特にラピスには、バカバカしくて仕方が無い。閉じかかった目で見ていたラピスが、めんどくさそうに手を伸ばす。
ちょっとだけ凍った自らの右腕に、エルファは大きく目を見開く。エルファも、ピカチュウが冷凍ビームを使わないことがわかっているのだろう。
「……めんどくさ」
「ちょっとラピス……!」
「ああ、お手合わせしちゃう感じなの〜? わかった、よろしくねぇ〜!」
「いやいやそういうのじゃないでしょ今の……ってエルファもリズムも聞いてってばー!?」
わけの分からない空気のまま、メロディと謎の三匹との戦闘は開始された。
――約一名、異常なまでに気楽だが。