13話 見張り番
ラピスがメロディに加わった日、メロディは結局依頼を受けなかった。もう昼頃だしシルヴィ戦の疲れが取れていないこともあるので、別に今日はいいよとその後リンと現れたチャトが言った。
ラピスの回復は順調だった。もう戦闘に移っても差し支えはないと彼女が言うので今はメロディの弟子部屋にいる。まだ痛みの残る体を刺激しないようにそっと寝返りをうつ。
(こんなところで寝る気はしないけど)
目に真新しい朝日を浴びながら、ぼうっと天井を見て考え事をしていた。他の二人は爆睡しており、ときどき寝言も聞こえてくる。
(結局、あの後一睡もしてないのに眠くない……どうしてかな)
そんなことを思っていると、メロディの部屋にズカズカとジオンが入ってきた。大きく息を吸い込む姿を見て、咄嗟に耳を折りたたむ。
「起きろおおおおぉぉ――」
「うるさい」
冷たく言って、大きく開いた口の中に冷凍ビームをぶち込む。口の中が凍りついたジオンはそのままあたふたと広間のほうへ走り去っていった。
「ん、今日は耳が痛くない」
「むにゃ……ラピス早いね、おはよう〜……」
それを無反応で受け流して、二人が支度をするのをぼんやりと見つめる。その後二人が広間に行くのに、てくてくと無表情で着いていった。
しかし広間に出たとたん、猛スピードで部屋に戻っていってしまう。何事かと全員が唖然としていると、気まずい空気を取り払うようにチャトが口を開いた。
「えー、朝礼の前にだ。さっきのは新入りのラピスだ……あんな調子だが仲良くしてやってくれ」
全員が黙って弟子部屋のほうに視線をよこす。しかしラピスがそこから出てくる気配は無い。
仕方なくラピス抜きで朝礼を進行。朝礼後に、アルトとリィがラピスを連れ戻しに行っていた。
ポケモンが減ったからというと案外素直に付いて来てくれたので、そのまま広間を通り抜けようとする。するとジオンがメロディに話し掛ける。
「あ、メロディ。ちょっといいかー?」
「あれ、どうしたの?」
ラピスはアルトの後ろにさっと隠れる。さっきのことについて何か言われるのかという不安と人見知りからだ。
そんなラピスを苦笑いしながら見ていたラウンがおずおずと口を開く。
「えっと、実は僕用事があって……見張り番、代わってもらえないでしょうか?」
「見張り番!?」
「えぇ!? 見張り番ってあの!?」
(……何それ、探検隊と関係なくない?)
メロディが個々に反応を示す。最もラピスの場合、無言でツッコみを入れていただけだが。
リィに関してはあまりやりたくないらしく、少し嫌そうな顔をしている。あのトラウマがあるからなのか。アルトはまあいいか、と言う感じだ。
「えっと……駄目でしたか……?」
「え、あ、ううん! 平気平気!」
リィが嫌そうだったので気を遣ったのだろうか、ラウンが心配そうに尋ねる。それに気がついたリィは、必死で笑顔を作っている。ラウンはその笑顔を見ると嬉しそうに感謝を述べ、床に穴を掘ってどこかへ行ってしまった。
それを見送るとジオンはメロディに向き直る。
「客が着たら足跡を見て種族伝えてくれ。大声で、だぞ!」
大声で、をかなり強調して言う限り、小さい声だと怒られるのだろう。ラピスは小さくため息をついた。大声を出すのは苦手なのでアルトにでも押し付ければいいかなどと考え始める。
床にぽっこりと井戸のように開けられた空間に足を下ろす。……そこまでは良かった。
「きゃあっ! 暗いの嫌――あだっ!」
「お前夜いつもどうしてんだ!?」
「知らないよ! 夜は嫌いだよ怖いよ……!」
穴の中は予想通りと言えばそれまでだが、かなり光が差し込みづらい。さらに進むにつれてだんだん明るさは失われている。そのため、暗いのが苦手なリィは先ほどから涙目だ。最も、アルトには暗くてよく見えていないが。
ラピスはと言うと、黙ってリィの首筋に弱めの冷凍ビームを当てている。
「嫌ああああぁぁぁぁぁ!! 冷たいっ、おっ、お化け……!?」
リィが叫ぶのを聞いてラピスはいたずらっぽく笑う。
ラピスは暗いのに強いらしく、暗い穴の中でも普通に歩いている。寧ろリィをこうやって遊ぶくらいの余裕を持っている。リィからしてみればいい迷惑で、本気で泣きかけている……というか泣いている。ごしごしと涙を拭きつつ、アルトとラピスを見失わないようになるべく近くを歩いた。
そんなことをしているうちに、上のほうから光が差し込んでいる場所に出た。見上げるとアルトの身長の倍くらいのところに網目状の天井、紛れもなくあの場所の裏側だ。いつもここで見張り番をしているらしい。
「ジオン! 着いたぞー!!」
アルトが報告をすると、短く「了解」と聞こえてきた。それと間をおかずに、光が一瞬弱まる。どうやら一人目の客が来たらしい。
目を細めて足跡を確認するが、丸くて小さいということを知るのが精いっぱいだ。
「えっと……何だろう……?」
「……パチリス」
リィが悩んでいると、すかさずラピスが足型を当てる。それをアルトが大きめの声で見張り穴へと入ってきた方角へ伝える。
ジオンから正解という返事が届いたのを聞き、リィはぴょんぴょん跳ねながらラピスに尋ねる。
「ラピスすごいね! どうして分かるの?」
「知らん……次はヤルキモノ」
「あ、俺? 足型はヤルキモノ!」
ラピスが当てて、アルトが伝える。リィはその作業に感心する……くらいしかやることがなかったのだが。ラピスの答えはとても早い上に正確で、見張り番を本職にしても問題ないくらいだ。間を置かずに次の足跡が浮かび上がる。
「キマワリ」
「足型はソラ!」
キマワリ、と聞いたら、ギルドのメンバーのソラしか思い浮かばなかったのだろう。勝手にいう事を変えてしまう。その読みは結果的に正解だったしく、後でソラから喜ばれた。
足跡の見分けを何回も繰り返しているうちに、いつしか差し込む光がオレンジ色を帯びた。そしてチャトとジオンから終了の合図が来たころには、アルトがクタクタになっていた。アルトだけが。
「喉が……」
「……あっそ」
「おい! お前一番声小さかっただろ!?」
穴から出てきたら、早速ラピスに冷たくされるアルト。というか、ラピスは誰にでも冷たいのだが。アルトは喉を押さえてはいるもののまだ声を出す気はあるらしい。
静かに賑やかなメロディを横目で見ながら、待ち構えていたチャトが結果の報告をする。
「結果は……なんとパーフェクトだ! よく頑張ったな♪」
「本当!? やったぁ!」
パーフェクトなのは主にラピスのおかげなのだが、そのラピス以上にリィが喜んでいるのは何故なのか。ラピスは何もしてないのにはしゃぐリィに、冷たい視線を送っていた。
「これは私からの報酬だ♪」
そういってチャトが渡したのは、400ポケやモモンスカーフ、復活のタネにピーピーマックスと、かなり豪華な物だった。
リィは目を輝かせて――
「え、いいの!? こんなに沢山?」
「お前たちは良く頑張ったからな♪」
こうして、見張り番の仕事は幕を閉じた。リィがいつも以上にテンションが高いのは気のせいではない。
ちなみにアルトの喉は、その日一日痛いままだったとか。
見張り番の仕事は案外早く終わった。ラピスはてっきり夜中までやるのかと思っていたが、実際には夕方までだった。嬉しい誤算だ。
自分の鞄から黒いハードケースを取り出して部屋を出る。アルトとリィには「出かける」とだけ呟いただけだが、早く戻れば問題ないだろう。
そう考えてやってきたのは、泡の輝く海岸。当てもなく歩いたらここに来たのだが、案外いい場所だった。早速ケースを開けて、中のものを取り出す。
(良かった。傷ついてない)
中には律儀に整えられてフルートが入っていた。透き通った水色が夕陽をはね返してきらめく。いつ見てもこの子は本当に綺麗。ラピスは心の中で呟いた。
そっと口を近づけて息を吹き込む。フルートはそれに答えるように透き通った音を生み出す。頭に浮かんだメロディをフルートと奏でていると、なんだかわくわくしてくる。
(……楽しい。ピカチュウになっても、あたしは音楽好きなんだ)
海岸に響くフルートの音色は、泡や夕日と合わさって次々と旋律を生み出していった。クラブたちも、フルートの音色に頬を緩ませていて。
フルートの音が海岸から消えたのは、夕日が半分ほど沈んだとき。