11話 嵐の夜に
(まさか、こんな天気になるとはな)
豪雨が葉を殴りつけるような音が騒がしい森を、一匹のポケモンが駆け抜けていた。夜中と雨という条件が重なり視界は限られていそうだが、そのポケモンは迷うことなく進んでいた。
出会う敵は自身の技で一叩き。おかげで新たに敵ポケモンと出会う確率も、少しずつ減っているように感じた。
瞬きするかのように光る空が唯一の光源となり道を照らし、そのポケモンの目を眩ませる。
「“アイツ”は無事なのか……」
声に出してみるも、それは木を切り裂くような空の唸り声に掻き消される。今その“アイツ”は隣には居ない。しばらく前にはぐれたっきり会えていないが怪我とかしていないのか。
「……いや、きっと大丈夫だ。絶対に」
一度アイツについて考え始めるとそればかりが頭を巡るので、首を横に振って考えをリセットする。とにかく今は進まねば。
“アイツ”の心配を胸に抱きつつ、唸りに震える地面を蹴る。足首に跳ねた泥は雨が洗い流してくれた。
どのくらい経っただろう。そのポケモンは少し開けたところに出た。敵ポケモンの気配は……雨と雷でわかりづらいが、あまり感じない。ここが奥地のようだ。
先ほどからすぐ戦えるようにと構えたままだった技のエネルギーを瞬時に解き放つ。淡い光が弾けるように消えた。
(……もう少し進めば、きっと)
更に少し歩くと場違いに明るい場所へ出た。それは決して空を走る雷によるものではない。嵐の中も輝きを失わないその光源はとても美しく見えた。
蒼色と翡翠色が折り重なった光を発しているのは、光と同じ色をした小さな歯車。片手でも簡単に持てるくらいに小さい。けれどもその存在感ははっきりとしていて。
ポケモンはその美しさに吸い込まれるような感覚を感じつつポツリと呟く。
「これが、“時の歯車”……!」
あまりに簡単に目を奪う。いつまでも見ていられそうだ、と感想を心に書き残してその光にそっと手を伸ばす。
唐突に雨が止んだ。雷が治まった。木々の騒めきが消えた。蒼色と翡翠色の光が――消えた。
ポケモンは色の抜けていく景色を背に、元来た道を精いっぱい駆け抜ける。
――その手に、青緑色の歯車を抱えて。
「くっ、なんでよ……っ!」
同刻、どこかも分からない暗闇で、二つの影が嵐の中を突き進んでいた。先ほどから大粒の雨と雷を受け、二人の体には数々の痛みが走っている。ただ雨と侮るなかれ、勢いの強さに着実に体力を奪われていく。
何回も体を掠める雷雨を横目に、先ほどとは別の声が冷静に呟く。
「何か仕組まれたみたいね……そんなことはないと思うけれど」
「ある」
嵐のせいで持っていかれる体力を、必死に押し留めようとして。痛みを唇を噛み締めて耐える。その唇も冷たく、体温が奪われているのがわかった最初の声の主はいっそうスピードを上げた。
そんなとき、更に嵐が強まった。滝のようにごうごうと流れ落ちる雨で、最早お互いの姿を確認することも出来ない。離れかけた手の間にも、雨粒が降り注いで。
「あう……ッ!」
時間の感覚も忘れかけた頃、一人の体に雷が直撃する。その衝撃で二人は完全に引き剥がされ、一瞬で不安を駆り立てる。
「――!」
叫んだ仲間の名前を、聞き取ることなんて不可能で。
二人の体は、明け始めた夜の中へ吸い込まれていった。
それは、あの夜を思い起こさせる出来事。鏡に写したようだけど、確かに嵐の夜を翔ける二人がいた。