10話 ルビーの教え
「電光石火!」
先手必勝。とはいっても今のアルトの場合、単に怒って繰り出しただけかもしれないが。
そろそろ使い慣れて安定してきた電光石火を、シルヴィは何の迷いも無く避ける。
「は、葉っぱカッター!」
続いて葉っぱカッター。こちらも歩くように避けられる。その後何度か攻撃を繰り返すが、同じことの繰り返しだった。
そろそろ避けるだけなのも飽きてきたのか、あくび混じりにシルヴィが攻撃に移る。
「念力!」
「――ッ! 体、が……?」
自身と同じタイプである技を、エスパータイプの苦手なアルトへとくらわせる。ギリギリと締め付けられ、アルトは顔をひそめた。
そのまま数メートル向こうへ飛ばしたところで念力からアルトを解放する。その衝撃で、ゴツゴツとした地面に叩きつけられた。
「くっ……痛ぇ」
その光景を呆然と見ていたリィも我に返り、攻撃を試みる。
「体当たり……!」
予想どおり、まるで苦になっていないように避けられた。勢いをつけたタックルは、何も当たらずに地面へと降り立つ。
だが、リィはそこで攻撃をやめなかった。間をおかずに次の手へ移る。
「葉っぱカッター!」
先ほどと同じ技。
さっきと違うところといえば、広範囲にわたっていることか。
作られた無数の葉は迷うことなくシルヴィに向かって飛んでいく。流石にこれは避けきれずに何枚か受けるが大きなダメージとはなっていないようだ。枚数を増やした分威力がかなり抑えられていたのだ。
叩きつけられた感触を背中に残したまま、アルトも一手でも多く当てようと距離を詰める。シルヴィはこちらに背を向けている、いける。そう確信したアルトに、両手を広げるシルヴィの姿が写り込む。
「金縛りっ!」
リィの悲鳴が響き、アルトは咄嗟に足を停めた。
シルヴィは金縛りで動けなくなったリィに怪しく笑いかける。技の溜めと同時進行で。手の周りの景色がゆらゆらと揺れる。
「そうだ、お前らにいいことを教えてやるよ。俺の特性は予知夢。お前らの行動なんかお見通しなんだ……よっと!」
言い終えると同時に、溜めきった技を解き放つ。
体の自由を奪われているリィは目を瞑り、その衝撃に耐えようと身構えた。
「――神通力!」
「きゃあ……っ!」
神通力の衝撃と同時に、小さな爆発音がした。
ダメージで歪む視界には、タネのようなものの残骸と傷ついたシルヴィ。そして、鋭い目つきのアルト。
「予知夢ってことは、俺からタネが跳んでくることも、分かっていったんじゃねぇのか?」
「お前……っ!」
アルトのいう事は正しい。シルヴィは、アルトから爆裂のタネが飛んでくるなんて思っても見なかったのだ。リィに気を取られていたのが裏目に出た。
ただ、その挑発する言い方がシルヴィの神経を逆撫でした。
「いいからさっさとくたばれッ! 電光石火!」
そのまま勢いに乗って畳み掛ける。
しかし、黙って受けるシルヴィではない。すぐさま技の準備態勢に入り――
「念力!」
「またこれかっ……」
見えない力は容赦なくアルトの体力を削る。
その力の余波もリィに降りかかる。リィは息を荒げてぱたりとその場に倒れこんだ。これ以上戦うのは難しそうだ。苦しそうなリィの呼吸とあざ笑うシルヴィの視線を見て奥歯を強く噛みしめる。
「くっそ……これ以上の作戦なんて思い浮かばねぇよっ……!」
アルトは無意識に、自分の胸に手を当てていた。
そこで初めて気がついた。自分の首に、ルビーのペンダントがかけられていることを。
余所見だなんてわかっていても観察せずには居られなかった。燃え上がるように、それでいて吸い込まれるような紅色。そこには怒りと不安の色をした自分の顔がくっきりと映り込む。
そしてその石の隣には銀色の十六分音符のチャーム。
思わず魅入っていると突如視界がぐらついた。トレジャータウンのときと、同じように。
<なんだそれ、新しい技?>
少し幼さの残る少年の声。誰かに問いかけているらしく、語尾は疑問系。
<えぇ、悪の波動って言うの。新しく使ってみたけど……なかなか使い勝手よさそうよ>
続いて、綺麗なソプラノボイス。アルトに一種懐かしさが走る。知っている人なのだろうかと思ったところでまた次の声が聞こえる。
<すげぇ! 一回見せてもらっていいか?>
<もちろん。やってみるわね……悪の波動!>
声だけだったので映像は分からなかったが、その後で少年の感嘆する声が聞こえた。
我に返ると、目と鼻の先でシルヴィが止めをさそうと技を繰り出す一瞬前だった。
あの声を聞いている間ずっと溜めていたらしく、かなり威力が強そうで。隙を作ってしまったことを後悔しつつ、打開策を巡らせる。
……悪の波動。さっきの映像の中で彼女が言ったそれは技の名前だろうか。
もう時間がない。溜められた力が解放されていくのを眺めながら祈るように叫ぶ。
「神通力!!」
「――悪の波動ッ!!」
神通力と悪の波動。
二つの技が、トゲトゲ山の頂上を揺らした。
リィが恐る恐る目を開いて状況を確認する。二つの技がぶつかったあとは地面が大きくえぐれ、威力の大きさが伺える。
その先には……膝を付きつつ手についた砂を払うアルトと、地面に横たわったままのシルヴィ。リィは点在する石に気をつけながらアルトのところへ走る。
「アルト! 大丈夫?」
「大丈夫なわけねぇだろ……疲れ、た……」
「アルト!? え、大丈夫、え? ちょ……」
そのまま地面にうつ伏せに倒れたアルトに、リィの「大丈夫?」攻撃が炸裂する。しかし、その顔は傷だらけながらも呼吸は規則的で寝ているだけらしい。
緊張のほぐれた笑いと共に、バッジでシルヴィを転送。そして寝ているアルトを起こさないようにしながら、バッジのボタンを押した。
眩しさが消えたのを感じて目を開くと、シャンがシアンと一緒に走ってくるのが見えた。
「リィさん! 大丈夫でしたか?」
ギルドに戻り、現在は地下一階。アルトはまだ起きそうにないので、部屋に寝かせてくる。
ベッドに寝かせたところで、 部屋まで付いてきた兄弟が心配そうにアルトをのぞき込む。おつかいの途中だったはずなのに、どうやらメロディを待っていてくれたようだ。リィが優しく微笑むと、シャンがぶわっと涙を浮かべて頭を下げる。
「ありがとうございます! えっと、その、怪我のほうは……」
シャンがいうのは、リィとアルトの体に刻まれた数々の傷跡の事だろう。見ているほうも痛々しくなる。
「えっと、大丈夫、だよ。シアン君も無事でよかったよ」
リィの力無さげな声から大丈夫じゃないという本音を読み取ったシアンが俯く。内心では、自分のせいではないのか、などと焦っている。実際そういうわけではないのだが。
気まずくなってきた空気の中、チャトが何かの袋を片手に現れた。
「お、リィじゃないか。これは保安官から預かった報酬だ♪ ギルド分はちゃんととってある」
「あ、ありがと……」
報酬を受け取り、なんとか笑いを浮かべると、そのまま床に寝込んでしまった。
シャンとシアンは何事かと目に見えて焦るが、チャトが「寝ているだけ」と告げると安心したような顔になり、ニコリと笑った。
「じゃあ、僕たちはこれで。本当にありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
そうして、兄弟は去っていった。完全に夢の世界な二人を見て、チャトも広間へと向かった。
(眩しっ……!)
唐突に目に光が差し込んだ感覚がした。
アルトはそれで深夜という時間に目を覚ましたのだが――
(嵐? というか、ここ絶対揺れてるよな)
そういう考えにたどり着いた直後、猛烈な風の音と共に強烈な光がギルドに差し込んだ。
驚いて窓の外を見てみても、今は大粒の雨しか確認できなかった。窓に体当たりし、飛沫となり、下へと伝ってまた新しいものがぶつかって。
その様子を眺めていると、また雷が唸りを上げる。
「きゃっ……!」
「リィ……?」
「あ、アルト? い、今のって……きゃっ!」
雷の光で、リィも目を覚ましたのだろう。少々、というかかなり怯えている。
その後も、長いとはいえない周期で雷鳴が鳴り響いている。
(そういえば、こんな夜経験したことあるような……)
そんな思考も、雷鳴にかき消された。
降りしきる雨は、翌朝までトレジャータウンを叩いた。