9話 意外なことに
―― トゲトゲ山 ――
「つるのムチ!」
リィの蔓が腕を直撃し、イシツブテは無事な方の腕で直撃箇所を押さえながら倒れる。
それと同時に後ろからムックルが飛び出してきて、翼で打つの構えを取る。アルトは直前まで引き付け、そのまま手のひらをかざす。小さな衝撃波がムックルを襲うのを見て、リィが体当たりを繰り出す。
しかし、それを受けてもなお体力を残していたらしくムックルは力を振り絞って電光石火を放つが、リィが葉っぱカッターでそれを阻止した。
「ふぅ。結構強いね……」
「ああ。イシツブテならまだいいけど、ムックルやドードーとなると相性よくねぇからな……」
アルトが、足元に落ちていたポケを回収しながら言う。
ムックルやドードーは飛行タイプを持っている。格闘タイプや草タイプと言ったポケモンが苦手とするタイプなので倒すのに時間がかかってしまう。早く進みたい気持ちをさえぎるように現れる飛行タイプにアルトはいらだちつつあった。
「あ、イシツブテだ! 葉っぱカッター!」
「ぐぎゃ!?」
悲鳴なのだろうか、なんとも言えない声を発してその場に倒れる。草タイプがよく効くためイシツブテの場合はリィが前線に立つ、という戦法を取っていた。シルヴィに対する気持ちとフロアを上げて行く。
いくつかの階段を抜け、B7階。フロアが進むごとに強くなる敵に苦戦しつつも、どうにかダンジョンを進んでいた。離れたところから持ち前の素早さで攻撃を始めるドードーがなかなか厄介だったが、倒し切る前に向こうがどこかへ行ってしまった。それには唖然としたものの、戦闘が減らせるのは良いことだと見過ごした。
そんな出来事を終えて更に上を目指していると、不意にアルトの足元でカチッ、と言う音がした。アルトが足元を確認すると同時にぐるぐると回り始める。
「なんだこれッ!?」
「あ、アルト!? なんでぐるぐる……」
しばらくして回転が止まると、アルトは体重をかけないようにそっとその場を離れてから先程までの足元を確認する。
そこにはニョロモのお腹のような模様が書かれた、四角い何かが床に設置されていた。踏むまで気づかなかった。
「誰だこんなの仕掛けた奴……ッ!」
「うーん、わざわざこんなとのろまで仕掛けに来るのかなぁ……そういえばアルト、目回ってないの?」
リィの問いを聞き、適当に何歩か歩いてみるが特にふらつかない。視界がゆがんだりということもなさそうだ。
「普通に真っ直ぐ歩けるぞ? たぶん回ってねぇ」
「えぇっ!? あんなに回ってたのに?」
リィは目を見開いてさっきのぐるぐる床を一瞥する。普通なら目が回るくらいまでは回転したはずなのだが、アルトは何事も無かったかのようにしている。
(え、何か意外な特技発見しちゃったんだけど! 何気にすごいんだけど……!)
ひそかに驚いているリィも、平然としているアルトも。当初の目的を思い出して再び階段探しに取り掛かる。そろそろ超へ着くかもしれない。緊張で締め付けられる胸を、リィは落ち着けようと深呼吸をした。
所変わってトゲトゲ山頂上。相変わらず壁からは白いトゲが突き出してして、太陽の光をうけて鈍く光る。
シアンはきょろきょろと辺りを見回して、首を傾げながらシルヴィに問いかける。
「ねぇシルヴィさん、落し物はどこ?」
ただの広間と光るトゲ。自分の探しているものはなかなか視界に映らない。そうしているシアンに、シルヴィは低い声で答える。
「……ない」
「え?」
「というか、そんなものハナから知らない」
静かに冷たく言い放つ。うつむいていたシルヴィが顔を上げると、そこに貼り付けられていた表情は“怪しい笑い”。
「え?」と繰り返していると、いるはずの兄の姿が見えないとこにシアンは気がつく。のどが絞められたような苦しさの中で声を絞り出す。
「お、兄ちゃんどこ…… !? 後から、くるんだ、よね?」
「来ないな。俺はお前を騙していたんだ」
あっさりと白状した。怪しい笑いを崩さないまま、冷たい声色を崩さないまま。
シアンの恐怖をよそに、シルヴィは淡々と話を続ける。
「それより頼みがある。あそこに小さな穴が開いているだろう? そこに入って、中にある宝を取ってきて欲しいんだ」
シルヴィは最初からこのつもりだった。
二人の背後にひっそりと開いている穴。その昔盗賊が宝を隠したと伝えられているが、シルヴィでは身体が大きくて入れそうにない。トレジャータウンへやってきたときに見かけたルリリ。そうだ、コイツを利用しよう。都合よくあちらも何か探しているようだし騙すのは簡単そうだ。適当な口実を付けて付いてきてもらい、兄のマリルには……そうだ、催眠術でもかければいいだろう。
予想以上に上手くいったと愉快そうに高笑いをするシルヴィは、トレジャータウンの彼とはすでに別人だった。
「お兄ちゃん……っ!」
思わず涙を溢れさせながら、もと来た道へ帰ろうとするシアン。しかしそれさえもシルヴィは阻む。
「言う事を聞かなければ、痛い目に逢わすぞ!」
「た……助けてっ!!」
悲痛な叫びが、頂上に響いたとき。
「シルヴィ!」
「な……っ!? なぜお前らが……?」
殺気に満ちた声が新たに加わった。声のした方角には――たった今到着したメロディ。
胸に掲げられている探検隊バッジを見て、シルヴィは焦りの色を浮かべた。
(くそ、探検隊か……。お尋ね者という事がバレたか?)
だが、その焦りもすぐに終焉を迎える。再び笑みを取り戻したシルヴィの目には、恐怖で震えているリィがしっかりと捉えられていた。
「そうか、お前ら新米だったんだな。そんな弱い奴らが俺に勝てるとでも――」
リィは自分の臆病さを改めて実感し俯いてしまう。新米なのも弱いのも確かだ、何も言い返せない。
しかし、アルトにとっては――
「あァ? 今何つった!」
「新米だった、といったはず――ッ?」
「弱いとか勝手に決め付けんなッ! そんなものお前に決めつけられたく ねぇ!」
いつの間に手に取ったのか、銀のハリを力いっぱいシルヴィに投げつける。
しかしそれは易々と避けられて軽い音とともに地面に落ちる。その音と共に、アルトの舌打ちが聞こえた。
「……シアン君、大丈夫だった?」
「え? あ、リィさん……」
いつの間にか戦闘モードに入っている奴らはどうしようもないので、仕方なくリィはシアンの救出へ動く。
無事を確認すると、バッジをかざして転送ボタンを押す。
「お兄ちゃんはギルドに居るから合流してね」
その言葉に返事をする前に、シアンは淡い光に包まれて姿を消す。
その光が完全に消えるのを確認し、戦闘している二人へと目を向ける。私も行かなきゃ、震える足を無理やり前へ押し出す。
(怖い。けど、行かなきゃだめ、だよね……)
恐怖に震えながら、殺気立つ戦場へと足を踏み出した。
アルトは全員揃ったことを確認し、言い放つ。
「行くぞッ!!」
その声を聞いて、シルヴィは余裕そうにメロディを見下ろした。