6話 テンションの起伏
朝礼を終えたあと、メロディは地下一階の掲示板の前に居た。あふれ出すように沢山の紙が貼ってあり、一度整頓してはどうなのか、と思いたくなる人も居るかもしれない。リィはそのタイプのようで、斜めになった紙をまっすぐに揃え始めた。
「えーと。ここは掲示板エリアで見ての通り依頼が貼ってあるんだ。最近、時が狂い始めているのは知っているよな?」
一気に吹っ飛んだ話に変換された。リィは依頼の紙を整頓する手を止めて「もちろん!」と自信気に言う。
「そのせいで悪いポケモンが増えているんだよね?」
「そうだ。あと不思議のダンジョンも広がっている」
(時が狂ったって……相当危なくないのか!? 普通に話してるけど)
アルトだけが、頭にハテナマークを浮かべながら一生懸命考えていた。
その間にも話は進んでいたらしい、いつの間にかその話は終わっていたので、慌ててそちらに耳を傾ける。
「じゃあ、お前たちには……えー、この依頼がいいかな」
メロディの意見も気かず、適当に紙を引き剥がしてリィに手渡す。リィはアルトにも紙を見せながら、文面を声に出して読みはじめた。
「『わたくしバネブーと申します。実は先日、命の次に大事な頭の真珠をなくしてしまったんです! もう夜も眠れないくらいに落ち着かなくって……。
そんな中、“湿った岩場”というダンジョンに真珠が落ちているという情報が! でもそこはキケンなところらしくって、怖くていけないです……。なので! 誰かとって来てくれませんか? お礼は弾みますので!』
……だって。どう?」
「は、それだけかよ? なんかお宝探しとか、そういうのねぇのか?」
ご機嫌なリィとは裏腹に、予想と違って頬を膨らませるアルト。だがこれで確定らしく、チャトにいってらっしゃいのジェスチャーをされる。
アルトにとっては渋々だが、メロディは初依頼へと動き出すのだった。
―― 湿った岩場 ――
湿った岩場は、名のとおりにジメジメとしていた。体にぺとりと張り付くような空気があまり心地よくない。ダンジョン内の部屋と呼ばれる部分では、初依頼に来たメロディが順調に敵ポケモンを倒していた。
「なぁ、昨日のあの石って……」
部屋にいた最後の敵を倒したアルトが、不意に話を振る。リィのほうも丁度倒し終わったところなので、「あぁ、あれね」などと言いながら石を取り出す。
手のひらに乗るくらいに小さなそれを、そっと首から出した蔓で持ち上げる。
「この石はね、遺跡の欠片って言うの。最も私が勝手に呼んでいるだけなんだけど……」
神秘的な雰囲気のする石――遺跡の欠片を、大切そうに眺めながら言うリィの顔は、何か懐かしいものを思い出すような感じで。
遺跡の欠片は全体的にゴツゴツとしているが、一面だけが何者かの手が加えられたかのように平ら。そこには何か古くて神秘的な模様が描かれている。
「それでね、この石の謎を解くために探検隊になりたかったんだ! 普通に憧れていたのもあるけどねっ」
「なるほどな……っと!」
納得した瞬間、そばにアノプスに気がつく。だが時は僅かに遅く、大きなツメがアルトの腕を掠める。
そのまま電光石火を打とうとして――止まった。向こうも技を繰り出そうとしていたので、素早く横に飛んで避ける。
「はっぱカッター!」
素早く遺跡の欠片をしまったリィもそれに参戦する。隙が出来たのを見計らってアルトは殴りを繰り出した。
アノプスが水場へと逃げていくのを見て、二人は通路へと足を進めた。
少し時が流れ、地下6階。大した怪我もなく、もう少しで奥地というところまできた。
しかし、肝心の階段が見つからない。ここを通らなければ次にはすすめないのに、どうしたものか、と思ったとき……。
「あ、あれは……!」
リィが何かを見つけ、一目散にそれを拾い上げる。その手には綺麗な若草色のグミ。
「なんだそれ?」
事情を知らないアルトは、変な物を見るような目で、リィとその手に握られているものを見つめる。
「これは若草グミっていってすっごく美味しいものなんだよ!」
興奮するリィの心情なんて、アルトには分からなかった。そもそも若草グミに限らず、道具に関しての知識が無いので仕方が無いが。
「えっ食べるのかよ!?」
「もちろん! アルトも半分食べる?」
「いや、いいけど……」
もぐもぐと美味しそうに頬張るリィを横目に、この部屋に入ってきたのとは別の通路を目指す。食べ終わったリィも満足した顔をしながらそれを追いかけると、間も無く小さな部屋に着いた。
「あれ、階段だよな」
指差す先には、このフロアに来てからずっと探し求めていた階段。フロア中回ったかのような感覚に襲われつつも、アルトは階段を降りていった。リィは部屋をきょろきょろと見回し、視界にあるものを捉えていた。
階段を降りたところには、噴水のように石と水が綺麗な流れを形作っている。もう少し明るくすれば、公園としても使えそうな感じだ。水の流れる音のみが静かに響いている。
その美しさを際立てているのが、ピンク色の球――おそらくバネブーの真珠。
「すごい相性いいよね……! あんなに綺麗だと持って帰るの戸惑っちゃうよ」
「駄目だろッ! ……共感するけど」
何かぎゃあぎゃあ言いながらも、無事に真珠を回収し、探検隊バッジを掲げる。
優しい光が二人を包んだ。誰も見てはいないけど、その光を受けた噴水風の石はもっと美しかった。
ギルドへ戻ると、バネブーがぴょんぴょんと飛び跳ねていた。頭になにも乗っていなかったのであのポケモンだと判断し、バッグから真珠を取り出して渡す。
「わ、これですこれです! ありがとうございます!」
すぐさま頭に載せ、今度は元気に跳ね始める。アクティブなポケモンだなぁと思っていると、彼女は持っていた袋から何かを出してくる。
「えっと、これは報酬です!」
元気な声とともに、2000ポケやタウリン、ブロムヘキシンにリゾチウムが渡される。アルトは価値が分からず、ダンジョンに落ちているものを見るような目で見つめていたが――。
「え、いいの? こんなに沢山!?」
「えぇ、真珠に比べれば安いものですよ。それでは本当にありがとうございましたっ!」
終始嬉しそうな笑みを浮かべながら、バネブーは報酬を置いて去っていった。
それと入れ替わるように、チャトが現れる。
「やあ、依頼達成ご苦労様だな♪ えー、お前らはこのくらいかな♪」
メロディに渡された報酬を全て回収し、そのうちの一部――200ポケだけを再び渡す。
十分の一、いやそれ以上の減量に二人は抗議の声をあげる。
「えぇっ!? これだけ?」
「取りすぎだろッ! 俺らが仕事してもらった報酬だぞ!?」
必死に抗議する二人には耳を傾けず――
「これがギルドのしきたりなんだから仕方が無いだろう!?」
「だからってここまでやらねぇだろ!? バカか!」
再びアルトとチャトの口論。このギルドは二日目だと言うのに、もう恒例行事みたいによく騒いでいる。
リィがどうすればいいか、と戸惑っているときだった。地下二階から鈴の音とともに、「ご飯ですよー」などという声が聞こえていた。
「ほら夕食の時間だ、早く下へ行くといい」
はぐらかすようにさっさと下へ向かうチャトを、まだ色々言いたいことを押し込めつつ追いかけた。
(皆、食べるの早すぎない?)
日が沈んだら、夕飯の時間。
このギルドでは大皿に乗っているものを皆で取り合う、そういう食べ方をしていた。
リィはいつもどおりに、のんびりと食べるつもりだった。しかし皆の食べるスピードが凄まじく、大皿に山になっていた木の実は瞬く間に消えていった。
(結局リンゴ一個しか食べられなかったな……)
空になった大皿を見て、心の中で呟く。これからは食べる速度を上げないと、などとひそかに学習した。
それでもリンゴ一個だけではではお腹が空く。
そのため、弟子部屋に戻ってからこっそりと、“湿った岩場”で拾った若草グミを頬張った。
(あの最後の階段の部屋、実は隅っこに若草グミあったんだよね。二回も拾えたのはラッキーだ)