5話 初めての朝
風情のあるランプが、部屋をやわらかく照らしていた。
チャトの案内により部屋を決められた二人。時間も遅いため早く寝ねばという気持ちはあるが、わくわくしてなかなか眠気が訪れない。
今二人は、部屋に備えられている藁のベッドに寝転び、先ほど貰った探検隊セットを確認していた。
先ほどのバッグには、透明な色のリボンが二つ。存在感を極限まで薄くして入っていた。同封されていた説明書によると、波動のリボンというらしくそれに触ると色が変わるらしい。その色で波動を判断する、と言うものみたいだ。
「なぁ、このリボンやったほうがいいのか?」
「やろうよ、面白そう!」
最早何もわかっていないアルトを尻目に、リィは自分のバッグからリボンを取り出した。すると波紋が広がるように淡いピンク色が広がり、透明は姿を消した。
「わあ! 私はふんわりとしたピンク、だって。アルトは?」
話を振られ、アルトも自分のリボンに手を触れる。先ほどと同じように色が変わっていき、最終的には燃えるような赤色になった。
「えっと、燃えるようなレッドだって! かっこいいね……!」
(どう反応すればいいんだ?)
かっこいい、と言われても返す言葉が無い。けれどアルトもこの色を気に入ったので、そうだなと一言返した。
他にはパワーバンダナやスペシャルリボンなど。アルトにはよくわからないものばかりだが、探検に役立つらしいものがいくつか入っていた。
リボンを畳んでベッドの側に置いたリィは眠たそうにあくびをした。
「ふあぁ……。眠くなっちゃったから私寝るね、おやすみ」
「えっ、ああ、おやすみ」
部屋の明りとなっていたランプを消すと、辺りは満月のもたらす光のみとなった。
薄暗い部屋で冴えた目でぼんやりとするアルトの横で、早くも寝息がなり始める。
今思えば、海岸の洞窟で苦手なタイプのポケモンと戦闘をした。疲れが溜まっていても不思議はない。
月明かりを背に眠る相棒の寝顔を見て、そんなことを思い出した。
(そういえば、あの石の事聞くの忘れてた。まぁ、明日聞けばいいよな……)
ふわりと訪れた睡魔に任せて、自然にまぶたを下ろす。
(リィ、こんな何者かも分からない俺と、探検隊になってくれてありがとう。これから迷惑をかけるかもしれないけど、よろしくな)
それだけ無言で伝え終わると同時に、アルトの意識は眠りの世界へと落ちていった。
リィの顔がかすかに笑っていたのは、それが伝わってのことなのか。
「起きろおおおおぉぉぉぉ!! 朝だぞおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」
優雅に朝の日差しを浴びながらさえずっていた鳥ポケモンたちが、一斉に青空へと飛び立った。
まだ寝ていたアルト達の元へ訪れたのは、紫色の体にスピーカーのような耳、大きな口が特徴のポケモン――ドゴーム。自慢の大きな口から発せられるハイパーボイスで、寝ている者達を起こそうと言う作戦らしい。アルト達も目をこすりながら上半身を起こす。
「耳が痛ぇ……」
「む、にゃ……ぁ。おはよ……」
「新入り遅いぞ! さっさと朝礼に来い!」
またもや耳を押さえるアルトや寝ぼけているリィを一瞥して、朝から機嫌の悪そうなドゴームはそれだけを言い残して部屋を去っていく。目が半分しか開いていないリィがゆったりとしたテンポで話す。
「あれ……? ちょーれい、ってなんのこと……?」
「そういえばギルドだしそういうのがあるのってことか? それにしてもキンキンする……」
「ぎ、ギルド!? ……あ、そっか! ようやく入れたんだよね!」
ギルドだということを忘れていたリィは、その単語を聞くや否や一気に眠気を吹き飛ばした。
「早く行かないと大変だよね!? 行かなきゃ!」
「お前が一番起きるの遅かっただろ……ッ!!」
アルトの怒りを無視して部屋の外に飛び出し。廊下を全力疾走するリィ。それを見て、アルトも電光石火のような速度で追いかける。
朝から大変なメロディだった。
「遅いぞ! 何してた!?」
「うるせぇ! あんな起こし方されたら、起きる気失せるに決まってんだろ!?」
弟子部屋を出てしばらくいったところにある、地下二階の広間。親方部屋のあったフロアだが、そこにはチャトを含めた九匹のポケモンが整列していた。
そして、すぐに口論が開始される。先ほどから「うるせぇ」と騒いでいるアルトも十分うるさくはあるのだが、それは誰も口にしなかった。
「……コホン。とにかく、メロディは自己紹介をしたほうがいいな」
口論が一段落した後、チャトはメロディの二人に目を向ける。続いて広間に居たギルドの弟子たちも、一斉にメロディのほうを見る。
片方は不機嫌そうに、片方は緊張した面持ちで皆の前に立つ。
「俺はアルト・エストレジャ。一応、チームメロディのリーダーだ」
「えっと、私はリィ・フォルテッシモです。チームメロディ、のメンバーです。よろしくお願いします!」
アルトは言い終えた後これでいいのか? と小声でリィに問いかけたが、すぐさま頷かれた。たぶんリーダーはアルトで確定なのだろう。
「それでは、お前たちも簡単に頼むぞ♪」
メロディを前に残したまま、ギルドの皆の自己紹介も簡単にされる。最初に元気良く手を挙げたのはキマワリ。
「わたくしはキマワリのソラ・レシフェですわ!」
最初に自己紹介をしたソラは、テンションが高く誰とでも仲良く慣れそう。それに続き、他の弟子たちも。
「ワシはドゴームのジオン・ヌーメアだ。朝はいつもああやって起こすからな」
「あっしはビッパのアクラ・バーグでゲス!」
「俺はカティ・プライヌだ! ヘイガニだぜ、ヘイヘイ!」
「私はリン・メンフィスです。種族はチリーン、よろしくおねがいします」
「僕はディグダのラウン・ムルロアです。見張り番をやっています」
「私はダグトリオのモンス・ムルロア。ラウンの父親だ、よろしく」
「ワシはグレイ・トゥールだ、よろしくな! グヘヘ……」
ギルドの皆による、次々の個性的な自己紹介。最後のグレイ――グレッグルのところで、リィが「ひっ!?」と小さく声を上げたのはアルトしか気づかずに済んだようだ。
チャトが満足げに微笑むと、やっとのことで朝礼が開始される。
「では親方様、一言お願いします♪」
その声とともに、全員の視線が一斉にマルスへと集まる。何を言うのかと、すこし楽しみな気もしながらリィとアルトも振り返る。
しかし――
「……ぐぅ、ぐぅ……」
((寝てるの!?))
マルスからはありがたいお言葉も応援の言葉も感じられない、ただただ平和そうな寝息だけが聞こえてきた。マルスの目は開いているようにしか見えないし、ふらりともせずまっすぐに立っている。
「……これ、寝たふりなだけじゃねぇか……!?」
「さ、さぁ……」
二人がそんな会話をしてるうち、弟子たちの間でひそひそと話し声が巻き起こる。
「(凄いよな……親方様……)」
「(ああやって寝られるなんて……)」
「(お茶目ですわ、きゃーっ!)」
寝たふりでもなんでもなかった。これが日常茶飯事だったらしい。大丈夫かこのギルドとアルトは呟く。
そんな様子を見て咳払いをしたチャトが再び口を開く。
「ありがたいお言葉ありがとうございました♪ それでは朝の誓い、始めっ!」
(全然ありがたくねーよ! てか朝の誓い、ってなんだよ!?)
アルトが心の中でツッコミを入れていると、“朝の誓い”の意味はすぐに分かった。
弟子の全員が息を吸い込み、声を揃えて。
「「「「ひとーつ! 仕事は絶対サボらなーい!」」」」
「「「「ふたーつ! 脱走したらお仕置きだ!」」」」
「「「「みっつー! 皆笑顔で明るいギルド!」」」」
「さあ皆、仕事に掛かるよ♪」
「「「「おぉーーーー!!」」」」
それだけ言い終わると、皆思い思いの方向へ散っていった。何をすればいいかわからないメロディと、寝ているマルス、それにチャト以外は。ぽかんとしていると、チャトが鼻歌を歌いつつ歩いてくる。
「ああ、メロディはこっちだ♪」
そういって梯子を上るチャトに、耳を押さえながら着いて行く二人。
このギルドで暮らしている皆の耳がどうなっているのか。気になって仕方が無いとともにこれが 修行の一環かと厳しさを痛感する二人だった。