4話 探検隊結成
中に入ると、小さくて暗い空間が広がっていた。中央には梯子、周りには看板やポケモンモチーフの飾りなどが設置されている。
その梯子からは温かい光が漏れ出していた。リィはきらきらと目を輝かせて梯子に一直線。
「アルトー、早く行こうよー!」
「ああ、今行く!」
入り口にぽつんと置かれた看板を見ることもしないで、軽い足取りで梯子を降りる。
この看板の内容を覚えておいたほうがいいと思ったのは、少し後のお話。
「うわあすごい! これがギルドの中なんだ……!」
「おい、さっき入ってきたのはお前たちか!?」
わいわいとはしゃぐリィに大きな声で喋りかけたのは、頭が音符の形をしたポケモン、ぺラップ。
アルトが肯定を示すと、呆れたように羽を曲げる。
「私はチャト・ラズリ。情報通でマルス・クリア親方の第一の子分である♪ 勧誘やアンケートならお断りだよ。さあ、帰った帰った!」
(なんで突然帰れって……)
そんなアルトの心境を知ってか知らずか。チャトと名乗ったぺラップは話も聴かずに追い出そうとする。
アルトはむっとした様子になる。ここまで来て帰れるものかとリィは心を固め、いつもより早口で述べる。
「あのっ! 私達探検隊になりに来ました……っ!」
「えっ、た、探検隊だってぇ〜〜っ!?」
「うるせぇ!」
全員が別のところで驚き、その場に沈黙が走る。静まりかえったのを見計らい、アルトは咄嗟に塞いでいた耳から手を離した。いや、ニンゲンならそこにあっただろう場所だったので、正確には耳からというのは間違いかもしれないが。
チャトは何か言いたげに口を少し動かすと後ろを向き、ぶつぶつと何か言い始めた。
「今時ギルドに入ろうとするなんて変わった子だよ……修行が厳しくて脱走者が多くてこっちも困っているのに……」
「あのっ、脱走者って、探検隊の修行ってそんなに厳しいんですか……?」
思いの外の言葉にリィは戸惑う。決して楽だと思っていたわけではないが、そこまでのものだったのか。ゆらりとぶれた決意を必死で固め直す。不安そうな表情になるリィを見て、アルトにも少しずつ心配が浮かぶ。
「え、えーっと、探検隊の修行はとお〜っても楽チンだよ!?」
「さっきと言ってる事が反対だろ!」
「なんだ、そうなら早く言えばよかったのに♪ さあ、こっちだ。ついて来い♪」
アルトのごもっともなツッコミを無視して、裏返したようにご機嫌になったチャト。満面の笑みでアルト達が下りてきたのとは違う、もうひとつの梯子へと向かっていった。それは下に伸びており、まだフロアがある、という事を静かに示している。
「お前が言わせなかったんだろ……!」
「え、えっと、このまま着いていけばいいんだよね?」
裏返しに戸惑いつつも、二人は梯子を下へと進んでいった。一歩進むごとに、高鳴る胸を押さえながら。
ギルド地下二階。
本来ならばギルド関係者以外入らない場所、というよりも入る意味が無い場所である。今は仕事を終えたギルドのメンバーが談笑しており、明るい印象を受ける。
「わあ! ねぇねぇすごいよ! ここ地下二階なのにすっごく高い!」
そのなかでもひときわ騒いでいるのがリィ。地下なのに外が見える、というのはめずらしく、はしゃぐ理由もよくわかる。珍しい来客に、ギルドの面々も興味深そうにリィを見る。
「崖の上に立っているのだから当たり前だろう。あと、ここが親方様の部屋だ。くれぐれも失礼の無いようにな、特にそこのリオル」
「あ? お前に言われたくはねぇよ」
「いや、アルト。もう危険ラインだから……」
軋んだ音を立てて見上げるほど大きな扉が開く。ちょっぴりピリピリした空気の中、三人はギルドの紋章らしきものが描かれた扉の中へと足を踏み入れた。
そこには、ピンク色の丸っこいポケモンがこちらに背を向けていた。プクリン。紋章にも建物にもこんな感じのデザインがかたどられていたので、これがチャトの言う、親方様なのだろう。修行はとても厳しい、と漏らしたチャト。そんなギルドのトップとなれば相当厳格なポケモンだったりするのだろうか。
「親方様〜、チャトです。この二匹が探検隊になりたいと……親方様?」
聞いていないのか聞こえていないのか。ピクリとも反応しない親方様に、チャトは困った顔で反応を求める。扉が鈍い音を立てて閉まったその瞬間――
「やあ! 僕、マルス・クリアだよ! ここのギルドの親方なんだ♪」
((え、何このテンション……!))
急に振り返り、アルト達の予想を見事にうらぎるテンションで話を始めたマルス。驚いて全員が二、三歩後退したにも関わらず、にぱっとした笑顔で話を続ける。
「キミたち、探検隊になりたいの? じゃあ一緒に頑張ろうね〜っ! まずはチーム名を教えてよ♪」
話の展開が速すぎて、早速アルトとリィはついていくのもやっとである。それでもチーム名と言う単語を聞き、顔を見合わせる。
「えっと、チーム名? アルト何か良い案ある?」
「は、俺? 先になりたい、って言い出したのはリィだろ!」
「えへへ……ごめんね、考えてなかったの」
「おいッ!」
頼りない奴だ、とアルトは改めて認識した。
もちろんアルトも考えていたわけではないので、何か良いアイディアが転がっていないかと部屋をぐるりと見渡す。
壁にはプクリンの顔が模られたタペストリー。隅に追いやられている机からは、山積みの書類が洪水を起こして床にまで散らばっている。
その他にもぎっしりと中身の詰め込まれた本棚や宝箱らしきもの。沢山のものが目に入るが、これと言ってよさそうなものが思い浮かばない。
(なんで俺が考える羽目になってんだよ……ん?)
半ば諦めかけているアルトの目に、きらりと光る何かが写りこんだ。
よく見ると、それは金色のスリムなフォルムが印象的な楽器――トランペット。トランペットと言う楽器は花形とも言われることがある。それは主旋律を担当することも多くて、印象的な音の流れを紡ぐ機会も少なくなかった。
「……メロディ」
「メロディ? 可愛いね、それにしたい!」
「いや、可愛さの問題か!?」
若干戸惑ったが、賛成してくれたことに変わりは無い。リィも気に入ったらしく、復唱しては嬉しそうに微笑む。
「了解、メロディね。じゃあ、リーダーはどっちがやるの?」
「アルトで!」
「俺!?」
アルトから抗議の声が上がるが、リィは自信が無いからと申し訳なさそうにいう。それでもチームの要、リーダー。俺には無理だとアルトが言いかけたとき。
「じゃあ行くよ。登録登録……」
「お、おい! お前たち耳を塞げ!」
「「えっ?」」
チーム名とリーダーを聞き、マルスは息を大きく吸い込んだ。自身のお腹が倍くらいに膨らむくらいに、大量の。
咄嗟のことに、慌てて耳を塞ぐと――
「たああああああぁぁぁぁッッ!!」
「うるさッ!」
「きゃあっ!」
刹那、大音量がギルドを揺らした。
至近距離でその声を聞いた三人は耳を押さえていたので助かったが、親方部屋の外に居たものたちは反応できず、気絶者も居たらしいと後日聞いた……。
キンキンとした耳鳴りの鳴り止まない耳を押さえながら、アルトはキッとマルスを睨む。しかし当の本人は気にせず、部屋の隅から色々と取り出し始める。
「おめでとう! これで今日からキミたちも探検隊だよ! これは僕からのプレゼント♪」
先ほどアルトの目に入った宝箱のようなものを開く。その中には羽のついたバッジや古めかしい地図、茶色のショルダーバッグ。
「これは探検隊バッジ、って言って、探検隊の証になるもの。ランクによって色が変わるから頑張ってね♪ それから、救助を求めているポケモンをギルドまで送ることも出来るんだ。
こっちは不思議な地図で……うーんと、とにかく便利だよ♪
それからトレジャーバッグ。キミたちの活躍によって大きさが変わるから、楽しみにしていてね♪」
(色々言いたいけどツッコむ気が起きねぇ……!)
適当さとお気楽さが漂う説明には、流石にツッコみきれない。リィはキラキラとした目で説明を聞いているが、理解しているかは不明。アルトは探検隊バッグのひとつを手に取り、試しに肩にかける。気分が探検隊へと近づいていくのがわかった。
「うん、似合っているね! ひとまず今日はもう遅いから寝るよ。チャト、部屋に案内してあげてね♪ おやすみ〜!」
探検隊の拠点とも言える部屋の案内をチャトに押し付け、ひらひらと手を振る。チャトはやれやれという風に扉を再度開け始める。
新しい探検隊が、生まれた。物語の主旋律は、まだまだ序章を流れ始めたばかり。