2話 紫の悪意、緑の決意
―― 海岸の洞窟 ――
「ホントに大丈夫かな……」
奪われたリィの宝物を取り戻すために洞窟に入った二人。しかし、肝心のリィが先ほどからこの調子で頼りなさげだ。洞窟に入ってから五分もたっていないのに、弱音ばかり吐いている。
リィが弱音を吐く度にアルトが何かしら声をかけて励ます。そんな感じで順調に洞窟を進んでいるときだった。
真横の水路からシェルダーが飛び出し、アルトに向かって水鉄砲を放ってきた。
「うっ、冷てぇ……」
一気に怒りのボルテージが上げたアルトは、反撃にと殴りの姿勢に入る。何かがメシッっと音を立てたのは気のせいだろうか。
そのおかげでシェルダーは力なく倒れ、水の中へ弱々しく逃げていった。
その光景をじっと見つめていたリィだったが、その心には彼の戦闘センスに対する素直な感心があった。
「アルト、戦うの上手なんだね」
「そうか? さっきは驚いたからとりあえず反射的に殴っただけだけど……そもそもポケモンの技の使い方もわからねぇし」
自分の手を見つめながらそう述べる。アルト自身、まだ自分がどんな技を使えるのか分かっていないしポケモンだという実感も無い。このままだとしたら、いずれは技が出せるようにならなきゃいけないだろう。
「ところで、さっきの奴なんで襲ってきたんだ? 特に何もしてねぇし、あの紫の奴らみたいなわけでもなさそうだけど」
実はアルトが先ほどから気になっていること。何か悪いことをしたわけでもないのに襲われるというのが腑に落ちないのだ。それでもリィは当然のように受け流していて。
最もアルトの場合、気に入らないのか不可解なのかよくわからないが。
「うーん、ここが“不思議のダンジョン”だからじゃないのかな? よくあることだよ」
「不思議のダンジョン?」
不思議のダンジョン。アルトにとっては初耳の事だ。リィたちにとっては常識なのかもしれないが、アルトが記憶喪失だという事を受け止めているのだろう。嫌な顔もせずに説明をする。
「えっと、入るとさっきみたいに、ダンジョンに住んでるポケモンが襲ってくるんだ。これは技を使って倒すの。それから、ダンジョン内で倒れると強制的に外に出されて、ポケが半分なくなったり道具は減ってたりとか……色々大変だし謎が多いの。それで不思議のダンジョンなんだ」
(ポケって言うのは……それに道具が減る? だめだ、よくわからない)
話の半分は聞き流しつつ、疑問を頼りにならない予想で完結させる。また後でだって学べるだろうしとこの話を片付ける。
分かったことは、技は習得しておかないと大変じゃないか、という事。流石に素手パンチだけじゃ、いつか壁に当たりそうで怖い。がこれは独学で学べるものだろうか。グルグルと色んな疑問が頭を駆け巡る。
敵ポケモンの姿を見つけるや否や駆け出したアルト。目標まで10mはありそうだが、とりあえず距離を詰め始める。リィもそれに続くが、明らかにスピードが違う。種族の問題もあるだろうが、アルトはかなり速い。開く距離を見てそう感じたリィに、アルトの声が届く。
「あの技は――」
「――電光石火!」
一気に加速して敵ポケモンのカラナクシへ突っ込むアルト。比較的レベルの低いポケモンでも使え、それなりのスピードが出る技だ。
突然の襲来に驚くカラナクシは、避けるすべも無く直撃。アルトはリィの方へ振り返り、少し自慢気な顔で笑う。それにつられて、リィも頬が綻ぶのを感じた。
「やっぱ、アルトすごい……」
一人で感心してるリィを他所に、アルトは次の目標を定めていた。さっきまでとは打って変わって鋭い目つきになっている。
その視線の先には――あの、紫色の二匹。
「行くぞリィ」
「え、あ、待ってよ。心の準備――」
リィの言葉を無視して、アルトは紫色の二匹に近寄る。瞳に強い殺気を込めて。
少し遅れてリィも到着し、二人の視線を合わせる。力強く頷き、大きく息を吸い込んで。
二匹はこちらに背を向けたまま、何か話している。楽しそうにも見えるが、その内容はきっとロクじゃないという予想は付く。
「えと、あの! ぬ、盗んだものを返して、よッ!!」
「「うわっ!?」」
リィの突然の声に背筋を跳ねさせる二匹。気が付いていなかったことを悟らせないためか、わざとらしく咳払いを一つずつ。
「はっ、テメェらだってビビってるだろ?」
挑発するような、笑いを含んだ台詞。睨むような目つきと一緒だったので、他の三匹は小さく体を振るわせる。
「『だって』って私入ってるの……?」
「び、ビビッてなんかいねぇぞ! ただびっくりしただけで……」
「そ、そうだ! 何で相性のいいお前らなんかにそんな必要が……」
全員が色んな方面からツッコむが、アルトは気にせずに技の“溜め”を始めていた。集中して、さっきのイメージを思い起こす。
「とりあえず、泥棒はさっさと失せろッ! 電光石火!」
リオルになって以来二度目の技を繰り出すアルト。まだ覚え始めだからか安定せず、ふらりと蛇行しつつも目標へと突き進む。
普通なら避けられるだろう、かなりの距離があり、速度も一般からしたら遅め電光石火なら。そしてある程度戦いに手慣れている者ならば。
しかし――
「ぐわっ!」
「ヤレン!?」
ドガース――ヤレンの腹に綺麗に突き刺さった。アルトはそこから後ろに大きく飛んで距離を取る。リィの感想はこう。
(あれ、以外と弱い?)
油断大敵なんていうけれど、直感はそう告げた。しかしこれだけ有利に戦えるという事は、相性の悪い二人にとって勝ち目は大きくある、という事。勝てない相手じゃないはずだ。
やっとの事で浮き上がったヤレンは、キッと二人を“睨みつける”。臆病なリィはビクリと跳ね上がってしまうが、アルトは動じずに睨み返した。 ドガースともう一匹、ズバットに隙が生じたのを見計らい、リィも攻撃態勢に入る。
「は、葉っぱカッター!」
相性の悪い戦タイプの技ではあるが、それでもアルトからのダメージが大きかったのだろうか、ヤレンは力なく倒れた。隣で呆気なく倒れる相棒を見て、ズバットは無いはずの目を大きく開こうとする。
恐らくヤレンが倒されたことを認めたのだろう。くるりとこちらを向き、羽を大きく一振りしてエアカッターを繰り出す。
「なっ……」
「きゃっ!」
風の刃は、簡単にリィ達にダメージを負わせる。完全に油断大敵していた。弱いと思っていた相手に効果バツグンの技を技を食らってしまい、傷跡にそっと手を当てる二人。
(くそ、やっぱり相性だかなんかの問題か……?)
元々リオル自体のの防御が高いわけでもない。レベルも合わさり、アルトにとっては結構な痛手になった。
隣に居るリィもそれなりのダメージを受けたようで、傷だらけながら立とうとしている。
そのとき、リィが技の準備を始めた、それも、さっきと同じ技を。
「同じ技で立ち向かおう、ってか? へへっ、バカかよ――」
(流石にそれだけは共感するぞ……)
何か言おうとするズバットには耳を貸さず、ただ力を溜め込む。リィにとっての最大威力で技を繰り出す構え。
ズバットに向かって飛んでいく緑の刃は、先ほどよりも大きく、鋭い。それにより風が巻き起こるのをアルトは感じとった。
「――お願い、新緑の、葉っぱカッターッ!!」
砂煙が舞い上がる。視界が遮られる。その中で確かに、ズバットの悲鳴のようなものが聞こえた気がした。