エピローグ
夕暮れの海岸、茜色がポケモンたちを淡く染め、吹きあがる泡は虹色に輝いた。周期的に響く波音に、アルトの心は落ち着きを覚えた。
そんな彼も、リィで視界が阻まれていたとあって、それ以上の状況は見えなかった。だから、
「わああぁあぁ〜〜い!! 本物だぁ? 本物だねぇ!」
「はええええぇ!? え、待って、待って本当にわかんないんだけど!! なんで!?」
なんて騒がしさが突然耳に響いてきたことで、アルトの声のトーンは下がる。
「……なぁ」
見るまでもなくわかる。が、リィをその場に差し置いて、改めてはっきりと確認して。アルトはその三匹に対して舌打ちをする。
「リィはわかるよ、なんでお前らまでいんの? こんなとこ普段来ないだろ」
言われた先で、エルファはすこし自慢げな微笑みを浮かべ、シイナは「あのね!」と声を張った瞬間リズムの声と被ってしまう。
手を挙げつつぴょんぴょん跳ねて、彼は主導権を完全にシイナから奪い去った。
「はいはい、言い出したの僕〜!! ふふん、驚いた?」
交差点で見かけたからつい。そう付け足す彼らに、リィはバツが悪そうに目を逸らした。
「う、あの、ごめんね。海岸に来てくれてるって知らなくて、今すごくびっくりした……」
「それはごめん話しかけようとしたタイミングだったの!!」
「でもさぁ、明らかに俺たちよりそっちの方が驚かせにかかったよね?」
何も言い返せず、睨み返すだけのアルトに、エルファは「あははっ」と軽快に笑う。
「……もっと、静かに戻りたかった」
「ふふっ、まぁ賑やかなのは平和だからこそだもの」
それもそうか、とは思いつつも、やはり納得のいかないラピスはむっと頬を膨らませてきらめく海の方へ顔を背ける。その膨らんだ頬をラスフィアがつついて、ラピスをさらにむっとさせると。
「あっ楽しそうなことしてんじゃん」
「え、待っ、あたしに標的?」
楽しげに目を細めたエルファにラピスは困惑、咄嗟にラスフィアの影に隠れたが、そもそもの彼女はあちら側だ。
「いいんじゃないの? 私は乗るわ」
「いやーこれは強い味方だね、嬉し」
「なんで! 許さんっ」
ぱちっとラピスの頬に火花が散る。エルファとラスフィアは目を合わせ、いたずらっぽくうなずき合う。ちょっと待ってと止めるシイナを差し押さえるように、リズムもラピスの元へ駆けて行き。置いて行かれたリィは苦笑いしかできなかった。
途端いつも通りに、いつもより少し多いメンバーで騒ぎ出す面々を、アルトは一歩離れたところから眺める。
(これが、星の停止の起こらなかった未来)
当たり前のようにはしゃいで、当たり前のように夕焼け空があって。そして自分もまたここにいる。
(ってことは、もしかしてシュトラたちも無事?)
はっと空を仰ぐ。風がぶわっと吹き抜ける。それだけであの未来の無事を知った。どうしてかはわからないけど、皆が揃って朝日の中にいるという揺るぎない確信があった。
「そっか。……こんな選択肢、あったのかよ」
「……そうだね。奇跡みたい」
思わずこぼしたひとりごとはリィに拾われる。
彼女をあの日に縛っていた後悔が、未練が、迷いが。全て解けて、再びリィの中の時間が動き出した。
そしてふたり、顔を見合わせて笑い合う。
――この未来で、良かった。