124話 足音なんて聞こえない
崩れた幻の大地を踏み越え、セイラの待つ岸壁に辿り着き。海風に吹かれ俯いていたら、気が付いたときにはいつもの海岸。朝いちばんの砂浜がまぶしくてリィは思わず目を細めた。潮の香りがずいぶんと懐かしかった。
何度も立ち止まって、涙を拭いながら、リィはひとりで見張り穴の上に乗った。
見張り担当であるラウンはすぐにわかってくれて、地面からぼこりと顔を出した。それを皮切りに、ギルドの皆が次々と現れては、一人でたたずむリィを心配そうに見上げて。
「おかえり」
その、親方であるマルスのひとことで、リィの感情は抑えきれずに溢れていく。
そうして戻ってきたトレジャータウンで、リィは事件のことを必死に伝えた。たまにギルドの仲間に付き合ってもらいながら、他の街にも赴いて、なるべく多くのポケモンに声を届けた。
もちろん、時の破壊を防いで世界の平和が守られたことも伝えた。なるべく笑って、安心させるように伝えたいのに、何度やっても涙があふれ出てしまって、聞いているポケモンたちに気を遣わせてしまって。
それでもリィは伝え続けた。
世界の平和を願いように、
未来の平和を祈るように。
聞いたポケモンたちもまた、それぞれの思いを抱える。だからトレジャータウンも、平和が戻ったというお祭りお祝いムードにはなかなかならなかった。
「なんでそれで、星の停止を食い止めようとしたんですか」
ならせめて、みんなで掴める明るい未来を探せ。それが無責任で、ただ抉るだけの言葉にしかならないとわかっているから、マリーネオは口をつぐむ。
双子は星の停止に伴って大量に生まれた依頼の対応手伝いのため、カフェを休んでいる最中だった。それでよかったと、とても笑顔を見せられる感情でないマリーネオは思う。
(星の停止を迎えていたら、何も、失わなかったのに)
その方が、と思考をまとめ上げて、ヴァイスは断ち切るように「いえ」と声に出した。
消えることも消すことも、選んだのは彼ら自身だ。傍観者にすぎない自分がそっちの未来が良かったなんて思いを駆り立てる権利はない。
それについ勢いで考えてしまったが、何も失わないなんて保証はない。時が止まり、大切なポケモンはそこに囚われ、助けてくれとギルドに手を伸ばす。そんなポケモンがいくらいたことか。ヴァイス自身も依頼をこなしていた身だ、肌で感じていた。
「……結局、どっちを選んだって、苦しいんじゃないですか」
消えるならせめて、記憶からも消えてくれたら、少しは楽だったのだろうか。
何も知らないでいたかった。そう流れる思考を止めることはできない。
またある日の夕方。リィと一緒に他の街へ赴いていたフリューデルは、リィと別れた後、三匹でカフェのテーブルを囲んでいた。
頬杖をついて、ストローを刺したドリンクを飲みながら、エルファはぼんやりともうここにいないポケモンたちの顔を思い浮かべる。
「もしさぁ、星の停止起こったらどうしてたと思う? これはアルトがわざとやったって前提なんだけどさ、このこと知ってたわけだし」
最初に伝えた割には随分と他人事のような言いぶりになってしまった。エルファは誤魔化すようにドリンクを口いっぱいに吸う。若草色のグミの甘酸っぱさが色濃く残った。
「んん……。まぁ、それならそれでいっかぁ、悲観したって仕方ないし、っていつも通りに過ごすかなぁ。あぁ、でも、止まっちゃったポケモン助ける方法は探したいかもねぇ」
「いや、そもそも生き残れる自信すらないけど! ……でももし、生き残って、もう動けなくっちゃったポケモンもたくさん見ることになったら、そこからでも星の停止食い止めようとするかも。いやほんと実際起こらなきゃわかんないけどねこれ!」
シイナはぺたりと机に寝ころんだ。その下で足をばたばたと落ち着かない様子で振りながら。
「そっかー。いやぁシイナがちゃんと考えててびっくりだよね」
「すぐそういうこと言うあなたはどうなんですか言ってごらん!!」
ばっと起き上がっての反論。倒れそうになったシイナのカップは、リズムがぎりぎりで支えて自慢げな顔をした。
その絶妙なプレイに口角を上げてから、エルファは考え込む。
(俺、どうしたんだろうな)
星の停止の確定は、実兄と可愛がっている妹のような存在、彼らとの永遠の別れが確定するのである。だから星の停止は食い止めた方が自分は納得できる――そうして、時の歯車を取り返すために身を投げた。
同時にそれはアルトを翻弄した。彼が決意を固めて星の停止を引き起こした、もとい変えなかったとしても、十分あり得る未来のカタチであるし、異論は出さない。
(起きたらもういいやって思えるのか。……どうせ、そんなことないよね。みんなに会いたいって思っちゃうよな)
だから、これで良かった。
無理やり納得しようとしたって、やっぱり、空いた穴は埋まらない。
(みんなに会いたいってんなら、今だって同じでしょ)
「俺だってさぁ、もっと一緒に騒ぎ倒したかったなって思うんだよ」
今日もまた夢に見る。みんなと過ごした季節を、冒険を、キミの最期を。
ずっとわすれないと誓った。だから、何もかもを鮮明に抱いたまま。
「……どうしたら、良かったの……? こんなこと、本当に、したかったの?」
リィの横顔を、今日もまた朝陽が照らしていく。