118話 茜紡ぐ花形
「それで俺は――リィと別れることができて良かった、って言えるから」
最後までそういうことしか言えない自分だから、リィと一緒にいない方がいい。
(結局、これで良かったんだよな)
出会ってしまった罪は、突き放すという罰でしか償えない。そのついでに背中を押せたのなら、まぁ上出来だろう。
開け放たれたままの窓辺に腕を乗せて、旋律は空を見上げる。のしかかるように重かった気分は、まるで元からなかったかのように軽かった。
この未来を選ぶと決めた時点で、馴染みの面々とはもう関わってはいけない。その覚悟は決まっていた。これでようやく、この未来を進む準備が整ったところだ。
――好きなことでもしようか。
バッグを開け、堂々と鎮座する黒い箱をなでる。それを開けば、金色の輝きが視界いっぱいに広がった。
手に取ったのは愛用のトランペット。触れた感触はずいぶんと冷たかった、このまま吹いたら音が低くなりすぎるので、適当な音を鳴らしながら目的の音まで合わせる。
脳裏に浮かぶ譜面は「ときのはぐるま」。紡ぐ旋律は空まで響いて雲海に沈む。
ワンループを奏で終えて、その残響に浸った。
(もう一回くらい、記憶失いたいな)
共にいた仲間は皆が枷、思い出の全ては鎖。目を閉じる度に浮かぶそれらは、この先の未来に必要はない。
記憶を失う方法と言われたって、アルトの経験上のそれはタイムスリップ中の事故といういかにも再現性に欠けそうな手段なのである。よって、それ以上の知識を持たないアルトは窓辺に頬杖をついて嘆息するしかない。
(そう考えると、アイツが死にたがったのもわかるな)
つい手を伸ばしてしまって、結果アルトの思惑以上に心を揺さぶって、前を向いた。そんな彼も今、この未来を変えるべく動いている最中だろう。おそらくは最初からそのつもりで過去に来た彼女と、今しがた部屋を出た相方と共に。
「……すぐ、ソイツらのこと考えちゃうの」
――面倒だな。
ごちゃつく頭を振り払うように、アルトは再び「ときのはぐるま」を奏でる。脳裏に浮かぶのは、きらめく湖の中央で踊る時の歯車。とりわけ鮮明なのは、やはり遠征の時にみんなで一緒に眺めたもので――やっぱりそれか、とアルトは舌打ちをする。
「いや、でも」
ついでに思い出した映像を、なるべく鮮明にのぞき込む。
(ユクシーは確か記憶を消せる。あのとき、俺たちも消されかけたし……そうか、いける)
なるほど、希望は見えた。問題はユクシーがこの未来を生きているかだが、本拠地である霧の湖、そこの時の歯車が奪われたのを乗り越えているわけなので、期待できる程度の可能性はあるだろう。
楽譜半ばだった旋律を再び紡いで、返ってくる音色に懐かしさを覚える。その耳を、また別の音がノックした。
「少しいい?」
「お前か。……なんだよ、もう話すことないだろ」
振り向きもせずに、アルトは声の主たるラスフィアに告げる。
その様子では言葉のほとんどは邪魔になってしまうとわかっているラスフィアは、単刀直入に言った。
「何か不思議な石板、または謎めいたパーツについて知らない?」
「は……?」
いきなりなんだ、がアルトの感想だった。しかも、あまりに具体性に欠く聞き方である。アルトはうっとうしそうに眉間を寄せた。
後者を聞いて思い浮かぶのは遺跡の欠片だったが、わざわざここに来た時点でリィにも聞いた後だろうし、それではないのだろう。であればアルトの持つ手がかりはない。――と告げようとした矢先、ラスフィアの発言と被ってしまって先を譲る。
「アルトが持っているとリィちゃんが言ってて」
「あーわかった、これだろ」
バッグを漁り、氷のように冷え切ったそれをラスフィアの方に投げ渡した。あくまで石板、大きさとしてはアルトが両手で支えるくらいのものだ。衝突音は鈍く、ギルドの床はそれによって傷を生じる。
ラスフィアはそれを表に返して、書かれている文字に目を通し始めた。
「……えっ?」
素で、そんな声が出た。食い入るように石板を眺める彼女を、アルトは不愛想に一瞥する。
「これ、時限の塔にあったの?」
「いや、どっかその辺のダンジョンだよ。時の歯車奪い返そう、ってときに見つけて、リィが気になるからって拾った」
そのとき「アルトが持っててよ」なんて言ったから、今アルトのバッグの中にあったのだが。
そういえば自分もこの石板の秘密が気になっていたっけ。今はもうそんなことはどうでもよくなってしまっていた。
「欲しいんならやるよ」
「そう。話が早くて助かる。……あと、時の歯車ももらえるとこちらとしては」
星の停止を食い止めるためか。察したアルトは返答に迷う。止めに行くと言った相手に対しては好きにしろと返したものの、手を貸すかと言われたら話は別。貸すくらいなら、まず最初からこんな未来を選ばない。
「もし嫌だと言ったら、どうしても必要になったときに力づくで奪うから」
「……もし俺が逃げるとかしたらどうすんだ」
「そうはしないという判断よ。まぁ今ここで戦って奪ってもいいわけだけれど」
赤い瞳孔は見開かれた。赤の双眸同士、静かに睨み合う。
「つーか、どうしても必要になったらってどういうことだよ。使うんなら五つ揃えて、じゃねぇのか」
「もちろん五つが望ましいけれど、四個でもどうにかなるかもしれないと言う話。それは相手に聞いてみなければわからない」
「何すんだよ……。過去に行くってだけなら時の回廊渡りゃいいだけだろ、納める時の歯車なんて過去の俺とリィが持ってんだしさ」
「話を戻す、渡すつもりは?」
再びの問いかけ、強い口調。だがアルトは沈黙を選ぶ。どっちにしたって答えたくないし、このままこの時間が終わればいいと思ったから。
「あー、最悪どうしても決めきれないってんなら、俺たちと来るっていうのありね?」
そんな言葉で会話の流れを変えて来るとは思わなかったが。
「は?」
「えっ、待って? それは私も聞いてない」
やっほ、と手を振るエルファに、アルトもラスフィアも揃って怪訝な顔をする。エルファはスカーフを少し緩めながら話を繋げた。
「だってさ、もし星の停止のままがいいってんなら途中で邪魔でもなんでもすればいい。いくら1vs3としても、今の話でどうすれば戦わずして勝てるかわかったでしょ? かつ、俺たちダンジョンに行くわけで、戦力多い方が助かる。場所的に俺たち草タイプは戦いづらいわけですよ」
「明らかに私たちにとってメリットがない」
「あるんだよねー、それが。時空の叫びを借りられることと、アルトがこっち側に傾くかもっていう可能性」
「は? 本気で言ってんのか」
「可能性と言っただけで高いとも言ってないし、ただの俺たちの希望的観測ってやつ。デメリットにしたって、ラスフィアの実力あれば止めれるような話でしょ。お互い、そんなハイリスクな提案ではないと思ってる」
各方向に喧嘩を売るような話ぶりで、むしろアルトとラスフィア双方に警戒感が高まる。
正直アルトは今、戦いに身を投じる気分ではない。むしろ何もしたくなかった。だからアルト側にメリットがあったとて乗り気にはならないのだ。
「……めんどくせ」
「なんていうか、いつもと別方向に冷たいね? いいんだけどさぁそれで」
はーっと一度息を吐けば、その論理的だった喋り方は一変する。
「ねー、どう? ダンジョン攻略手伝うだけでいいから、あっやっぱりだけじゃないけど一緒に来てよ。『本当に星の停止が良かったとは言ってない』だっけー? 言ってたじゃん、ね?」
次第に声はゆるくなってきた。じっと目を見て答えを待つ様子に、アルトは肩をすくめる。
「お前さぁ……。そうまでして『俺自身』が必要か?」
「うんっ」
満面の笑みだった。必要が完全に私情であることは、ラスフィアの顔色からうかがえる。
全てを諦めたような彼の手を取ったことが琴線に触れた結果、こうまでしてついてきてと主張するのだろうか。行かないと言っても、折れるまで説得を試みそうな勢いである。
「どっちにしたって面倒くせぇじゃん、星の停止かよお前」
「あははっ、じゃあー、アルトは時の歯車? やっぱり時限の塔かな」
どんどん違う方向に脱線していく二人をよそに、ラスフィアは瞑目して考え込む。
(時空の叫びを借りるとして、アルトは時の歯車を持っているし、今の星の停止状態で使えた実績がある。でも、もうひとつの条件は今)
「信頼できるパートナーの存在」、という条件は今満たされていない可能性がある。リィがあの様子だからだ。よってラスフィアはエルファの提示したメリットに素直に頷けなかった。
だから自分は反対意見を呈そう、としたところではたと気が付く。
(セレビィは隠れているかもしれない。そして今の彼の種族は)
瞼を持ち上げれば、彼の頭の両側から垂れる黒い房が目に入る。なるほど、大きなメリットだ。
「私たち側のメリットは呑めた。同行はしてもらいたい、かな」
すっかりエルファのペースに呑まれていたアルトは、彼女の思考の変遷など知る由もない。
時の歯車と石板を渡せばそれで行ってくれて、過去が変わることは容易に想像できた。けど、それらを持った自分が同行すれば話は別で、自分の身のこなし次第で未来は選べる。幻の大地に共に行くと決めた要因の一つはこれだったし、実際に歴史が変わるのを阻止できた。
同じことだ。ならこの旅に一緒に行ってもいいのだろう。
「……わかった、けどよ」
どうしても、部屋の外で待っているであろうパートナーの存在が、意識から消えない。
まるで吹雪のように葉が舞い散っていた。塵のような細かいものも散っている。当然それらは動きそうで動かないままだ。いつか雨が降った日にでも時が止まったのだろう、見ているだけで風を錯覚しそうだった。おまけに、進んでいくと霧に霞んできて、余計に薄暗さが増す。
「神秘の森」なんて名を聞いていたのに、それを演出する木漏れ日なんてないし、グレースケールのせいで実際以上にうっそうとして見えた。
「ギャアァァァ!!」
そして喉を千切りそうな絶叫を携えて飛びかかる影が、またその名を崩しにかかった。
「動きが早ぇ……しんくうは!」
「ア、ギャァアッ!!」
ラッタは膝をついたが、痛みなんて気にしていないという風に再び地面を蹴る。その間1秒を切る、素早い動きだ。
「なら俺が適任でしょっと。エナジーボール!」
前歯をぎらりと光らせたその口に、小型の散弾を投げ込む。ラッタはその場に倒れ込んだものの、まだ赤く染まった目はぎらぎらとしていてこちらを睨んでいた。
身内以外で動くポケモンは久しぶりとはいえ、現れる者皆がこんな調子なので喜ばしくはない。まさに狂暴化。そこにあるのは戦意を超えた殺意。なわばりを守るといった類の目的意識もないままに、ただ衝動任せに叫び散らすばかりだった。それを目にするたびに、リィは寂しそうな目をする。
広めの部屋に入ると、視界の奥に鮮やかな赤色が見えた。まだ新鮮そうなリンゴだった。エルファは軽やかな身のこなしでそれを、近くに落ちていた木の実ともども取って来ると、沈んだ顔のリィと、無表情のラスフィア、少し距離を置いて同行するアルトとを見比べた。
「お腹空いてない? 食べれば?」
「あ、ありがとう……。でもいいの? 良ければ切り分けるよ」
「俺さっき……さっき? まぁ、最近食べたばかりだから大丈夫」
「私も大丈夫。特におなか空いていないから」
「えっと、じゃあ……アルトの分とで半分こにするね」
アルトは何も言ってないのだが、それを食べると解釈する辺りがリィらしかった。
正直、先に食べたリンゴのせいで食欲なんてなかった。あんなのなら空腹だろうと食べたくはない。でも、リィが切り分けたリンゴがさくりと軽快で瑞々しい音を立てたことで、その諦念は崩壊する。
じゅわりと果汁が溢れる断面をアルトはしばらく眺める。やがて意を決して、端っこからそれを噛んだ。
「すげぇ、ちゃんと美味いリンゴだ……」
じわり、視界が滲んで、はっと我に返る。でも、この風音一つしない森の中。ばっちりラスフィアにその一言が捉えられていた。
「ダンジョンの中だったから星の停止に巻き込まれないままだったってところね」
まじめに拾われたのが気恥ずかしくなって、それ以降は何も言わず、急ぐように食べきる。味わってもないのに、甘酸っぱい香りは鼻を抜けて、あふれ出た果汁は乾いた喉を潤した。
ラスフィアは空を覆う木影に目を細める。
「ギルドのみんなはダンジョン化を深刻視していたけれど、未来世界で生まれた身としては、むしろ恵みの土地なのよね。……こうして、星の停止が起きても食料が手に入るし、水は液体のままそこにある。星の停止を生きる気があるのなら、ダンジョンはむしろあるに越したことはない」
例えば、時限の塔のダンジョン内にも水路はあったが、そういった水は貴重な飲み水として活用できるとのこと。もっとも、背後からの襲撃に細心の注意を払う必要はあったが。
敵ポケモンはフライゴンにドダイトスに、見るからに強そうなポケモンばかりが現れる。草むらに目を凝らせば、ビッパのような進化前の小さなポケモンもいるのだが、怯えきっているようでそちらを見た瞬間に飛びのいて逃げ行くのでこちらは戦わない相手だ。
だからバトルは大抵、二匹以上で相手をする。総じて体力が高いうえに、今の四名からの技が通りにくいタイプばかりで、バトルを終える度に少し休んでいた。どうせ急ぐ旅路ではない、慎重に行こうという方針のためである。
「……で、ダンジョン抜けたが」
トレジャータウンの広場ほどありそうな広大な空間に出て、アルトはそう呟いた。水たまりを踏んだはずなのに、石畳を踏んだかのような硬い感触が返ってきた。むしろ歩きやすいので助かったが。
幻の大地、その奥での連戦、アルトとリィはさらに時限の塔との長い戦場を潜り抜けた後なら、この程度軽いものだと思えた。エルファは少し余裕の欠けた顔だったが。
それぞれ周囲の気に目を配ったり、耳を澄ませたりして、辺りの気配を伺う。
「一度石板を出してもらっていい?」
ラスフィアに言われるがまま、アルトは石板を取り出した。綺麗な辺と割れた面とが混在する、何かの一部分のような石板だった。
「そういえばそれ、なんて書いてあるんだよ? あんときの反応だと、お前は読めたんだよな」
ラスフィアは文字を指でなぞった。といってもこの石板は破片となっているため、文章の全体図はこれだけではわからない。
「『証ここに』、『船は導かん』。意味が通じるのはこの程度ね」
「証? 船……って、あっ」
首をかしげていたリィははっとして、その石板に飛びついた。
「もしかして虹の石船のこと?」
「そう。幻の大地にあった石碑と同じことが書かれている。レプリカみたいなものね」
「そうだったんだ……」
リィの目にきらりと光が射した。読めない文字ながら、そのヘコみに触れて顔を綻ばせる。きっと言い伝えの継承のために作られたのだろう。そして自分はその言い伝えを体験してきた。その達成感を思い出して彼女は満たされる。
それを横目に、しかしエルファは嘆息する。
「でも今虹の石船関係ないし、セレビィの気配はなさそうだし、それじゃ失敗かもね」
「虹の石船に関係する、時限の塔に関係する。つまり時渡りができるセレビィに関係、と思ったのだけれど」
思案に暮れゆく二人のもとで、ゆらりと影が揺れた。
「――セレビィを探しているのか?」
その場の全員がハッとする。ただでさえ貴重な動いているポケモン、かつ理性を失っていない。それだけでも反応する価値は十分すぎた。
揺らいだ影は形を成したが、それもまた影のように黒く、体の節々は煙のように揺らめいていた。
「お前は?」
「名乗るような名前はないな。初めてじゃない顔もいるが、まぁどうだっていい。……アルト」
はっきりとした口調で名を呼ばれ、アルトは思わず「は?」と返す。
「俺のこと、知ってるのか」
「あぁ、とてもよくな」
ラスフィアに視線を送るが、無言で首を横に振られた。アルトの記憶にはないことからニンゲン時代を知る相手かとも思ったのだが、また違うようである。
さくりと葉っぱを踏む音が響いた。それは、一気に臨戦態勢に入って相手を睨むエルファが鳴らしたものだ。
「……ねぇ、セレビィがどこにいるか知らない? 今の話聞いていたんでしょ」
「もちろん、知っているとも。この森にいるよ。もっとも会えたところで、だろうが」
黒い影は手を伸ばすと、晴空のような色の目を細めた。伸ばされた手の先にいるのは、エルファとリィ。
「寝不足だろう。少し寝たらどうだい?」
「余計なお世、話……っ」
そう足掻く声も虚しく、エルファの瞳は閉ざされて行く。詳細はわからないが、眠らせる技を使ったらしい。ぱたり、倒れこむ彼に、リィは駆け寄って声を掛ける。そんな彼女を黒いポケモンはじっと見下ろす。
「失敗したか」
「さいみんじゅつなら、私は大丈夫だもん」
時限の塔で何度も相手にした技だった。
リィは瞼を閉ざした彼の手を取る。ぎゅっと目をつむって、彼の手を握りしめて、リィは技名を唱える。
「……アロマ、セラピー!」
「余計なことはしなくていいよ」
「お互いにね。だましうち!!」
伸ばした手を、ラスフィアは力一杯に叩き落とす。そのままリィと、薄っすらと目を開け始めたエルファの前に立って、その相手を睨んだ。
「随分と攻撃的じゃないか。すでに心が暗黒に染まっているみたいに」
「先に技を使ったのはそっちよ」
「技だけなら、ね」
実体は掴めないものの、味方とは言い難い相手のようだった。そう警戒感に身を包んだ三匹からは一旦目を離して、足音もなくアルトに歩み寄った。
「……なんだよ」
「アルト。――私の望んだ未来を選んでくれてありがとう」
「あ……?」
望んだ未来。その言葉がはっきりと耳に残った。アルトはただ相手を見つめて次の句を待つ。
「まさかお前が私の目的通りに動いてくれるとは思わなかった。グラシデアの花を送りたいくらいだ。星の停止を望んでくれたお前を、心から敬愛する」
「闇のディアルガみたいな言い方ね」
既にラスフィアはいつでも攻撃に移れるように、背を低くしていた。声のトーンは今まで聞いた中で一番低く暗かった。
「私はあれほど気を狂わせてはいないよ」
「理性的なのはまた救いね。話は通じなさそうだけれど」
牽制しあうふたりに、リィはおずおずと切り出した。
「あ、の。ありがとうって、いうのは……?」
「いい質問だ。私はこの未来を作ったんだ。時限の塔に少し細工をして、星の停止に向かうようにしてね。昔は消しにかかっていたお前が、よくここを守ってくれた」
その場の全員が息を詰めた。
――今、なんと?
聞き間違いのような気がしたって、他の面々の反応からそうでないことは容易にわかる。
それはアルトだって同様だ。見下ろしてくる相手の晴れ空色の目を、見つめ返すことしかできなかった。
「この未来を選んだお前だ、そこの三匹は邪魔だろう。だから私とともに消そう。そして……安寧たる暗黒の未来をともに守ろう」
差し伸べた手は影をまとっているようでありながら、はっきりとした形を為していた。
アルトは瞼を閉ざした。黙っている様子が、リィたち三匹の不安をより掻き立てる。でも各位、技を構えておくことはできなかった。
アルトはその舞台の中央でひとり佇んで、ありもしない時間を、ありすぎた静寂を、我が物として支配する。
「あぁそうかよ。――はっ、ようやく笑えた」
自然と笑い声がこぼれた。
その様子に、黒いポケモンは目を細め、その他の面々は唖然とする。房のせいで目元は見えないながら、その口元だけははっきりと見えた。
軽く笑ってから、アルトは胸に手を当てる。手と胸の間にあったルビーのペンダントがきらりと光った。
「わかったよ。全部、ぶっ壊してやる」
「あ、あると……っ!」
「はっ、本当に悪かったよ。何もかも」
目を伏せつつ、口角は上がった。自分が考えすぎだったと思い知った。
戦う術も託す先も見失った彼女は歩みを途絶えさせ、
それならそれでいいやとポジティブ思考で彼は歩き出す。
おかえりの準備をして待ってくれた彼は何も知らなくて。
この未来を選ぶべきと遅ればせに知った彼女は信ずる故に憂いた。
要らないよとはっきり切り捨て、彼女は光となった。
空っぽの彼の胸中は、伸ばされた手に満たされる。
ただ己の信念のみを抱いて、彼女は何度でも繰り返す。
許してと泣きながらも彼女は立ち上がった。
そのすべて、結局は無に帰すだけなのだ。
「お前の言う通り、俺は星の停止を選んだ。でもな、それは『誰も消したくなかったから』選んだだけだ。ソイツらを消せ? 黙ってろよ」
「お前がいなかったら俺はここにいねぇよ。全部お前の手のひらで遊ばれたせいで、出会わなきゃよかったとかこっちは散々苦しんだんだよ」
「星の停止を作った、なんて嘘を取り消すなら今のうちとか、言ったところで無駄なんだろ。お前のその様子じゃ本当だろうからな」
繋ぐ言葉を一旦切って、アルトは目を見開いた。
「ふざけんじゃねぇよ――お前のための未来なんか、望んじゃいねぇんだよ!」
何もない未来に縋る理由は今消えた。
瞳はまるで太陽のように強く輝いた。胸を張り、右手に時の歯車のような青い光を纏う。
(世界を救えと言うのなら、今の未来を守るべきだと思っていた。それがたとえ暗黒の未来だとしても、ポケモンたちを消滅させるよりはマシだと思った。でも)
「そんな理由で作られた未来なら、ぶっ壊してやる」