102話 空を仰いで焼き付けろ
「ほうでん!」
「リーフスパイラル!」
先陣を切ったのはラピスとリィ。弾ける千雷で相手の目を眩ませ、その隙に万葉が風を伴って敵陣営に斬りかかる。
「リーフブレード」
ヤミラミたちの叫びが木霊する中に、シュトラは"目を閉じたまま"腕の葉を光らせて突撃する。
リーチ圏内に気配を察知。瞼の向こう、まぶしさが薄らぐ。シュトラは腕を振るいながら、ぱっと目を見開いた。放電の余波でこちらまで視界を奪われないようにするための工夫である。
「ウイィっ!!」
味方の悲鳴に別のヤミラミがツメを振るう。が、切ったのは虚空。まだ眩しさから戻りきらない視界だった。狙いを外したか、と周囲に目を配らせるが、思う緑色はなかなか映らない。
「ウイッ、どこに消えやがった」
「まさか……おい、離れるぞ!」
「少し遅かったな」
冷静な声は、しかしヤミラミには焦りを呼ぶ。
地面から飛び出したシュトラの刃が立て続けにヤミラミを斬る。穴を掘っての回避、そして不意打ち。シュトラが得意とする戦法だった。
「――シュトラ!!」
「むっ」
愛らしさの残る声に呼ばれ、振り返るとともにこの声かけの理由を察する。
振るい終えたばかりのシュトラの左腕を、ヤミラミの「イカサマ」が薙ぐ。敵が多いのはまだよかった。問題は、分担してニ体ずつ相手をする、という甘美な期待による戦法を簡単に裏切ってくれるだけで。
リィはちょうど近くに降り立ったシュトラにばっと頭を下げた。
「ご、ごめんっ! 大丈夫?」
「この程度大したことない。……すいとる」
狙ったのは、先ほど「あなをほる」で奇襲をかけたうちの一匹。でんこうせっかで背後に回り込み、相手の体力を奪う。
腕に残っていた痛みは薄れ、シュトラは回復した腕を勢いよく振るった。軌道線上に乗った一匹が俊足の斬撃を急所に受ける。
「次はお前だ。――リーフブレード!」
即座に標的を切り替え、シュトラは地面を軽やかに蹴る。
シュトラの宣言を聴きながら苦い顔をしていたのはリィ。それは蓄積されたダメージによるものだった。
ヤミラミたちは素早さが高かった。シュトラなら対応できるとしても、走るのが得意でないリィは彼らの技をいなしきれていなかった。
(私も回復したいけど、タイミングが……)
飛びかかって来るヤミラミにマジカルリーフで応戦を試みる。が、追尾してくれるはずの虹色の葉が命中することはない。
なんで、と声が漏れる。
先程からリィが何度も苦しめられている手だった。技をあしらわれたかと思えば、ヤミラミたちは大きく口角を上げて攻撃してくる。繰り返される「みだれひっかき」の猛威、そして技を無効にされるトリックのせいで、体力ばかり削られていく。
「げんしのちから!」
葉よりは向こうも防ぎづらいかな、なんて淡い期待は的中して、今までよりは時間を稼げる。だが結局はそれまでだった。
決定的な一打を叩き込めない。焦りながら一歩後ろに下がったとき、目の前に火花が散った。
「……電磁波」
「ラピス! そっちは戦い終わったの?」
「ううん。リィが苦戦してそう、だったから」
ラピスが見やる先には、足元を氷で固められたヤミラミが二匹。
「倒し切ってはないけど」
「わざわざごめんなさい、私のために……。全然技が効かなくて」
「一緒に戦った方がいい相手だから、これでいいの。で、技が効かないってこと、は」
電磁波を食らったように見えたのにぴんぴんしているヤミラミ一匹を冷ややかに睨んで、ラピスはフルートを構えた。
「『みきり』、されてるから」
奏でる調べに呼応して、リィとラピスを避けるように周りの地面が凍り付く。リィに技を打ち込もうとしたヤミラミは見事に足を取られた。
「でも、それじゃあなかなか攻撃できないよ」
「そのうち弾切れするから耐える。それか」
ラピスは麻痺していないヤミラミに向けて「電磁波」を放つ。「みきり」の効果が切れていたヤミラミは直撃を食らい、体の痺れに囚われた。
リィはラピスと目を合わせ、それぞれ技を構える。
「今なら当てれる、たぶん」
「ありがとう! 私も技練習してたんだよ。――ギガドレイン!」
リィの体がまばゆい緑色に光る。放たれた光は弾となり、標的を狙い、再びリィの元へと舞い戻る。 体を蝕んでいたひっかき傷はみるみるうちに癒えていく。シュトラの使った「すいとる」よりも強力な、相手から体力をもらって自身を回復する技だった。
アルトが幻の大地での戦いに向けて訓練を積んでいたのは知っていた。自分だって準備無しに挑むつもりもなかった。その結晶が、この技の高められた完成度。
ラピスは一瞬だけ笑顔を見せると、すぐに頬に電気を溜め始めた。
「十万ボルト!」
実は、ラピスは足止め目的以外ではすべて電気技で戦っていた。
理由は簡単。視界を奪うため、だ。
ヤミラミという種族は瞼をもたない。つまり、眩しさの対処には手で目を覆うか、顔を逸らすか、さもなくば直視するかのいずれかになるのだ。洞窟の奥に暮らす個体も多い種族柄に加えて、暗黒の未来で育ってきた経歴。雷光を操るラピスは圧倒的に有利になっていた。
「ウイィッ!!」
「もう、動けるように……っ。ほうでん!」
先程より広範囲に閃光が飛び散る。十分な溜めができなかったために威力は低いものの、相手の隙を作るには十分だった。
リィは目をつむりながらも、自身の頭の葉に集中する。やがて具現化したのは虹色の葉、「マジカルリーフ」。それを目視しないまま放って、自分は後ろに一歩下がった。
反対に、融けた氷に濡れた地面を、ラピスは滑るように走り抜ける。
「そっち、行かせないから」
電撃は一匹のヤミラミを包みこむ。ラピスは横目でちらりと「そちら」を確認し、唇を噛む。
とにかくそちら側への妨害は最優先で防がなければいけない。最悪、倒すのは二の次でよかった。
ラピスは今しがた弱らせたヤミラミに追撃を放つと、再びリィの方へと戻っていく。シュトラの方は順調そうだったから、彼女は迷いなくリィの元へと走る。
つもり、だった。
「本当にあきらめが悪いな」
戦闘開始直後、メテオはそう笑った声で。ラピスが初手で放った閃光の向こうに自身の影を隠し、声だけを存在として残していた。
「チッ、どこだよ……!」
瞬間、アルトの体は浮く。かと思えば、まるで突き飛ばされるかのような勢いで右方向に投げ飛ばされた。
「ほう、庇ったか」
「私は慣れているもの」
ラスフィアは冷徹な目をしていた。「シャドーパンチ」をもろに食らったが、涼しい顔は崩れていなかった。
背高な木の影が揺れる。そこにメテオが忍びこんでいたからだ。上半身を影からぬるりと覗かせて、メテオは愉快そうに目を細めた。
「フッ、その余裕そうな顔もいつまで持つかな!」
「……っ」
影から飛び出たメテオは、大きな手にこぶしを握る。みるみるうちに彼の右手は凍り付いていき、アルトは目を見張った。
(自分から凍っている? ラピスがやってるわけじゃねぇし)
彼女が散らす火花の音が高らかに響いている時点で、その線はない。つまり、彼自身がそういう技を使っているということ。
ラスフィアの右肩に霜が降りた。傷跡は赤く凍傷を起こしている。
「冷凍パンチ、か……?」
「心配している暇があるのか? かげうち!」
アルトが彼女に声をかけるよりも早かった。どこからともなく伸びた影が、実体となってアルトを叩きつける。
「チッ、はどうだん!」
地面に左手をついた体制のまま、アルトは右手に青い光を溜め、撃つ。それが飛んでいる間に立ち直して、「でんこうせっか」でメテオとの距離を詰めた。
「わざわざ間合いに入ったのは倒してほしいからか、フフッ」
繰り出されるはシャドーパンチ。アルトは波導を発動させ、その軌道を寸分の狂いなく読み切り、避ける。
「『利用するため』だよッ!!」
低くした姿勢から身体を弾ませ、跳躍。アルトの手は影に消え、実体をゆらぎに溶け込ませた。
「まねっこ」でコピーしたシャドーパンチだった。しかしアルトの手は、メテオの手に受け止められ、そのまま掴まれる。
「くっ、放せ、って……!」
「ならばお望みどおりにしてやろう」
視界、残像を残して上へ。頭の房だけは困惑気味に上に流されて。
受け身さえ取れぬまま、アルトは地面に背中から叩きつけられた。肺の空気を全部吐ききってもなお、咳が止まらず、喉を押さえてうずくまる。
「アルト。貴様は、歴史を変えること……その代償について知ってなお、ここに来たのか?」
「……あぁ。正直すっげぇ悩んだ。幻の大地に行く方法が見つかっても、本音ではどうすべきか決め切れていなかった」
「フッ、なるほどな。今からでも『こちら側』に動くつもりは?」
メテオは手を大きく広げて時空ホールを示した。黒く、時折青く。不規則に渦巻くそれの行く先は、この前のような処刑場か、それとも闇のディアルガの正面か。
どちらでもよい。確かめる気も、見に行く気もないのだから。
「時空ホールなんか、入れっつわれて入るかよ」
「なら今ここで私と共にラスフィアと戦うでもよいがな、フフフッ」
「前にやったので十分なんだよ」
水晶の洞窟が脳裏に浮かんで、ふたりの胸を刺す。
歴史を変える代償の時と同じだった。言わなかったのは、言えなかったから。だからすれ違って、争ってしまって、苦い味を胸に残した。
だからこそ、彼女たちがいかに歴史を変えるためにまっすぐだったか、自分で噛みしめられた。
「リィ見るだけで揺れそうになるけど……でも、決めたんだよ。俺は時限の塔に行くって」
胸に手を当て、ペンダントに軽く触れる。
「俺が行きたい、行かなきゃいけない。未来になんか、行ってられねぇんだよ!」
「残念だ。まぁいい、お前ひとり程度、味方でも敵でも変わらないからな」
空を仰ぐ。空色一つ見せないほどの分厚い雲に阻まれて、太陽の位置など見当もつかない。最後に眺める空くらいは鮮やかなものが欲しかった、なんて思いを右手で握りつぶして、アルトは地面を蹴ってメテオの背後に回る。
瞬間、ラスフィアの悪の波動がその手を広げ、メテオもまたそれを打ち消すべく冷凍パンチを放っていた。
二人の応戦の間が、アルトに与えられた一時の準備時間。
両の手を合わせ、目を伏せる。アルトが練習してきた技、まだ不完全ではあれど、今が使うべき場面なのだ。
練習の記憶、手本となるラスフィアの技、真似得た感覚。すべてを結集し、具現化させれば――。
「い……ッ!!」
瞬間、アルトの腹に鈍い痛みがのしかかる。それがシャドーパンチだと理解するのは容易かった。ラスフィアの攻撃の手は止んでいない中の出来事、つまりはこちらの準備に気づき、阻止するための一撃だった。アルトは開いた目でメテオを睨み、そして背筋が凍る。
耳を鳴らすはひゅんと冷たい音。自分を背中へと誘う風。そして、メテオの笑った目。
――今、時空ホールに突き落とされようとしている。
気づいたとて、重力も、時空ホールの引力も、摂理に逆らってまでアルトの味方などしない。地面に叩きつけられ、倒れ投げ出された足を見て、時空ホールはご機嫌に一回り肥大化する。
地面を掴む握力、未来へいざなう引力。拮抗したそれは、やがて、形勢を変える。前者を打ち消すことなどいとも簡単。技一つ、いや単なる攻撃一つあれば十分だからだ。
「落ちろ、未来へ!」
体が宙に浮く。
それは、ラスフィアのサイコキネシスによるもので。
――なんて都合の良い妄想だけが頭を支配した。
ただ「なぜ教えてくれなかった」なんて相手の気も知らず激昂して、それ以来会う予定はすべて潰え、ここまでロクな会話さえかわせなかった相手に願う。我儘もいいところだ。
それでも彼女は優しいから、助けようとしてくれるのかもしれないけれど。でもいま彼女がいるのはメテオの後ろ、彼の前にいるアルトはサイコキネシスの射程圏外。
だから、本当に、希望的観測だった。
遠ざかる勝ち誇った目と、遠く霞む他の皆との戦闘も、暗い影に消えていった。