君はどうしたの?
──どうしてこうなったのだろうか。
メル・クリス・フェルミーは思う。何が悪くて、何が起きて、自分は今ココにいるのだろうかと。現実逃避をしたくなるけれど、それは絶対に今、やってはいけないこと1だとも理解していた。
痛いと思ったら、自分の足から血が流れていることに気付いたけれど、自分の傷よりもポケモンの傷の方が深かった。それでも必死に立ってくれているポケモンの為にも、自分はココで倒れてはいけない。
「ネオラント、とんぼがえり!」
とんぼがえりは手持ちのポケモンと入れ替わる技だ。これで一度戻ってもらう。そして次のボールを出そうと思ったが、メルの目の前にいた男が倒れた。急な事だったので目を点にしたが、でも、それはあってはいけなかった。
「マウルッ!」
何故なら、メルと戦っていた男は──幼馴染のマウルだったのだから。
──現実は甘くない。 小説、漫画、アニメ。どれかで一回は使われたことのある台詞は、事実だ。旅に出れば楽しい事ばかりなわけじゃない。絶対に厳しい事がある。だから、大人はその言葉を口にした。
……さて、少し時を遡る事にしよう。
マウルとメル、という少年少女は、ある日パライバ博士に出逢った。パライバ博士は、ポケモンの進化の石について研究をする博士だった。
何故石を与えただけでポケモンが進化するのか。何故すべてのポケモンにそれが適用されないのか。石で進化するイーブイだが、月の石や太陽の石には反応しないのは何故なのか、などを研究している博士だ。
博士と呼ばれる人物は、必ずとあるポケモンを研究していて、御三家と呼ばれる。そのポケモンを研究し、そしてある時には新米トレーナーに預ける。
マウルとメルもそのポケモンを一匹ずつ貰い、旅を本格的に開始した。
ただ、二人は違う道を進んだ。
マウルが右の道を進むならばメルは左を進む。そうして、いつかポケモンリーグで戦おうと約束をした。
二人は旅に熱中した。ある時はヤンキーと戦って追い掛け回されたこともあるし、ある時は大人のお姉さんに騙されたこともある。だけど、二人は旅を楽しんでいた。それは、いつかポケモンリーグに進んで戦うため、という目標があったからだ。
だが、二人の約束は果たされなかった。
マウルは、ポケモンリーグにやって来なかった。
約束をしたのに、マウルは来なかった。いや、そもそも二人は旅をしているのだからいつか会うだろうと思ったが、二人が再会する日は来なくて、メルはいくつもバッジを手に入れ、ポケモンリーグにも挑戦し、そして気付けば旅に出て三年も月日が経っていた。
──きっとバトルよりも楽しい事を見つけたんだ。
メルはそう思い込むことにした。当時電話も何も持っていなかった二人は連絡先を知らなくて、メルはマウルが何をしているのか知ることが出来なかった。
そんなある日、パライバ博士から連絡を貰った。
「ペリド団?」
「そう。君は聞いたことがあるか?」
「残念ながら知らないです」
ペリド団と呼ばれる組織が最近ポケモンを悪用しているらしい、と。
そこでいくつかのトレーナー、ジムリーダーたちに声がかけられているらしく、メルもそのトレーナーたちと同じように声がかかった。
「君はポケモンリーグにも挑戦しているし、どうか手を貸してくれないか?」
「パライバ博士の頼みです。頑張ります!」
そうしてペリド団を追いかけていた。
追いかけて、そして──出逢ったのが、マウルだったのだ。
はっきし言って、マウルは強かった。メルも強くなったと思っていたが、それ以上に強くなっていた。それをメルは嬉しいと思うけれど、それはマウルが悪い人たちに加担していなければ、の話だ。
「マウル! 起きてっ!」
倒れたマウルに駆け寄ると、マウルは目を閉じていた。
急に倒れたマウル。まさか死んでいないだろうかと思うと、マウルはうっすらと目を開けた。
「マウル……」
「メル」
ほっとする。
どんな状況でも、幼馴染が倒れたら誰だって心配するし、それこそバトルだって中断する。
だが、一つ言うならば。
それがメルが、チャンピオンになれなかった理由だろう。
「甘いな」
「え?」
バチリ。
そんな音がした。一瞬、呼吸が出来なくなって、そして倒れ込んだ。
「……昔さ、メリープがでんじはしたことあったよな。あれを思い出すぜ」
「ま……る」
よいしょっと、と言って立ち上がる。
「俺はペリド団幹部、マウル。もう、おまえの幼馴染のマウル・フィフ・フェルミーはいないんだよ」
すると、ガチャリと扉が開く音がした。
「……侵入者か?」
「はい、ボス」
ボス。どんな奴か見てやろう。そう思っても、身体は動かなかった。
「あいつらと同じく」
「ポケモンを奪って牢屋に閉じ込めろ、ですね。了解です」
残念なことに顔を見ることはできない。
「……なんで?」
なんでこんなことをしているの。なんで?
「パ、は、も」
パライバ博士も心配している。ずっと気にしている。あの日、ポケモンをくれたあの人は、メルだけじゃなく、マウルのこともずっと気にしてくれているのに。
「ゼ……」
それ以上言う前に、手を踏まれた。
「いっ!」
「親父の名前は出すな。親の名前を出されると不愉快なんだよ」
ぼたり、と涙が流れた。
「────マウル」
君は、どうしたの?