始まっていない物語
うみや かわで つかまえた
ポケモンを たべたあとの
ホネを きれいに きれいにして
ていねいに みずのなかに おくる
そうすると ポケモンは
ふたたび にくたいを つけて
この せかいに もどってくるのだ
もりのなかで くらす
ポケモンが いた
もりのなかで ポケモンは かわをぬぎ
ひとにもどっては ねむり
また ポケモンの かわをまとい
むらに やってくるのだった
ひとと けっこんした ポケモンがいた
ポケモンと けっこんした ひとがいた
むかしは ひとも ポケモンも
おなじだったから ふつうのことだった
【シンオウむかしばなし より】
どの地方にも神話が存在する。シンオウ地方にいくつも残っているように、この地方にも神話、昔話、伝承──呼び方は違えど、残されている。シンオウ地方の昔話が怖いと言われるならば、この地方は『ぬるい』と言われるだろう。
『あめがふるひにつりをしてはいけません。ポケモンがきみをおどろかすから』
『はれのひはそとにでましょう。ポケモンたちがきみをむかえてくれるはずだ』
『どうくつにははいってはいけません。ポケモンはおくびょうだ』
伝承ではなく注意事項のような言葉。そんな伝承ぐらいしか残っていない穏やかな地方だった。
その地方にある田舎町。それが舞台になる。
アイオラ地方フェルマータタウン。 特産品はメリープの綿。正に田舎と言われるような町で、町の端にある池に釣り糸を垂らしている少年の名前はマウル。マウル・フィフ・フェルミー。彼は釣り糸を垂らして時間を潰している。
こんな田舎ではトレーナーズスクールもなく、少年は何をして良いのか分からなくて時間を潰す日々だった。だったら、旅に出れば良いじゃないかと言う人もいるかもしれないけれど、こんな田舎ではそもそも、モンスターボールを手に入れる事すら難しかった。
結局彼は、毎日釣り糸を垂らしている。
「マウル。今日も釣り?」
「……メル」
メル・クリス・フェルミー。この町に住んでいる数少ない同級生にして幼馴染は、こうして何もすることが無い幼馴染を心配してくれている。
ただメルがマウルと違う点があるとすれば、それは父親から貰ったメリープを連れていることだろうか。例え父から貰ったのであって自分で捕まえたわけでなくても、ポケモンを連れているのと、一匹も連れていない。これは大きな差だ。
「その池ってコイキングもいないんでしょ?」
「俺はポケモンを捕まえたくて釣りしてるわけじゃないんだって!」
「あはは。知ってるよ」
この年代の少年少女は、隣町のアバンドーネタウンに向かって、そこに住んでいるパライバ博士にポケモンを貰うことが通例だ。実際に二人の先輩と言える子供たちはみんな旅立った。今では数人の子供が残っているだけだろう。
ではなんで二人は旅立たないのか。その原因はマウルである、と自覚がある。
マウルはポケモンを持っていない。それは父親が厳しいからだった。
『男ならばポケモンぐらい自分で捕まえるんだな!』
そんな無茶を言う父親のせいで、もう何年もスタート地点に立てないでいる。せめてモンスターボールぐらいくれないかなと思うけど、そんな優しさがあるならばとっくの昔にくれているし、今頃旅立っている筈だ。
メルは、自分が旅立ってしまったらマウルが一人になるから、と残ってくれている。つまり、結局は自分のせいだ、とマウルは自覚していた。
「ねえ、私が町まで連れてってあげるから、そこでボール買おうよ」
「そりゃ俺だってお小遣いはある。でも、女の子に護られるなんて情けないじゃないか!」
「マウルってばいつもソレばっかり! トレーナーに男も女も無いでしょう!」
「親父にバレたらそれこそ旅立てないだろ!」
そう言って顔を顰めるマウルに、メルは言う。
「マウルのお父さんはマウルに旅立ってほしくないからそんなこと言ってるだけなのにー……」
「は? あの親父が? いつも厭味でいつ旅立つのかなー?≠チて言ってるのに」
マウルは身内だからこそ気付かない。マウルの父──ゼクス・フェス・フェルミーは、マウルが心配で旅立ってほしくないのだと。もし実際にポケモンを捕まえようとして怪我をしたら、それこそ旅立たせないと思っているぐらい過保護だと気付いていないのは、身内だからこそ、だろう。
「もう決めた。メリープッ! マウルにでんじは!」
「は? ――ぎゃああああああああっ!」
「ぜーったいに連れて行くんだから!」
※人間に技を使ってはいけません
※良い子はやらないように
「私はね、ポケモンリーグでマウルと戦うのが夢なんだからっ!」
これはスタート地点にも立っていない少年少女の始まってすらいない物語だ。