#110 熱水の洞窟
熱気に包まれ、彼らは裂けた岩壁の穴の中に洞窟に見える不思議のダンジョンを発見した。この先に一体何があるのか。それを知る術は進むことしかない。シズク達ガーネットとエメラルドの四匹は、はっきりとした意思を持ち頂上へ向け足を速めていた。
「はあっ……やばいあっっついぃぃ」
暑さに揺らめく陽炎にも似た現象が見える洞窟内でサンが尻尾をぱたぱたと動かし不自由な手の変わりに風を扇ごうと頑張っていた。だが、尻尾で扇いでも風が動くのは彼女より後方。よってフライが涼しいと感じていて、サンの方に冷気はやってこない。しかも、この中で一番暑そうなのはサンである。茶色くふわふわとした毛並みは寒いときには便利だろうがは暑いときは邪魔でしかない。
尻尾に変わり耳を上下に動かしたり胸元の毛をわしゃわしゃと弄ったりふるふると頭や身体を振ったりするが、暑さは全く変わらない。依然立ち込める蒸し暑さにサンは更に幻滅した。
「ほんと、この暑さは耐えらんないわ。入ってばっかでまだ慣れてもいないし、今の段階が一番暑さ感じるんでしょうね」
「俺とかフライはまだあれだけど……シズクとか、特にサンは体毛鬱陶しくない?結構ふさふさしてるよね」
「そうね………首元の毛が結構あるけど、あとはそこまで長くないし。やっぱりサンが一番キツそう」
「うん………首とか身体全体がもう暑すぎてうぇぇ………」
リオルやツタージャという種族はそこまで毛が長くはない。色を宿した体毛が短くびっしりと生えているだけだ。その為触ってみれば感触はふわふわ、ではなくどっちかというと『さらさら』だ。通気性も良い方だろうし、暑さは感じるがきっと雌二匹の方がキツいのだろう。そうなると、どうにか暑さを和らげてあげたい、と考えるようになるケンジだが、生憎冷たい物は何も持っていなかった。木の実を首元に当ててみれば……とも考えるが、木の実も生暖かくなっていた。
「ったく……そんな心配しなくてもいいっていってんでしょ。自分の身くらい自分で守れるわよ、ばーか」
「う……そうだよねぇ、でもやっぱ心配っつーか………ね?」
「心配してくれんのは嬉しいけど、過度の心配性はうざったいだけだからやめて」
今日何回、シズクの鈍感ぶりを見ただろう、とサンは密かに考えてみる。二、三回くらいだろうか。しかし、伝えたいことが伝わらないというもどかしさを今日だけでなく今まで感じていたであろうケンジが一番可哀想だ。シズクが鈍感なのは仕方ないと言えば仕方ないのだが、どうにかならないものだろうか。言っても、きっと治らないのであろうが。
「ほんと、諦めんなよ、お前」
「…………茶化さないでよ、フライ………俺、これでも落ち込んでるんだよ?」
「はっきり言ってシズクは鈍感すぎてある意味すごいよねー。逆に尊敬するよ」
「僕は逆にそれでも折れないケンジを尊敬するよ……」
「逆にって何だよ、逆にって………。
あれ、でも俺………そんなに打たれ強かったっけなあ……?どっちかというと打たれ弱い方だった気がするんだけど」
頭に疑問符を浮かべるケンジを見て、サンとフライは可笑しそうに笑った。当の本人はというと、なにが可笑しいのか分かっていない様な感じで頭の疑問符を更に増やしている。
「それが『変わった』ってことなんじゃないの?結構露骨に『変わった』ってことが出てるから、自分でも気付いてるかと思ったんだけど……」
「僕も、そう思ってた。でも………え、気付いてなかったのか?」
「な、何だよ二匹揃って!俺自身変わった、とか……そんな気付いてなかった、し」
「へぇー………まあ言われてみればケンジ達がギルドに入門してきた時はまだケンジキョドってたとこあったけど……。
あ。もしかして、あれ?シズクと何やかんやあって変われて……みたいな!?みたいな!!?」
「いやまあ!!否定できなくもなくもないけどさ!!別にそこまでっつーか、あーでもそれも半分合ってるっつーか嗚呼もう、茶化さないでってば!!!」
にやにや笑いを顔に貼り付けてケンジとシズクを交互に見ながらサンは意地悪な目をしている。こういうことに関してはフライも止めるどころか乗ってくるし、なんか酷い、とケンジは半分苛つき半分何処か照れを感じていた。
ぎゃーぎゃー言い合う、というかほぼケンジかいじられているだけの集団を見ながら、シズクは『うっさい、ダンジョン内なんだからもうちょっと静かにできないものか』とひたすら考えていて無意識の内に舌打ちを連発していた。
「………あ」
言い争いにシズクが密かにげんなりしていたとき、前方の赤茶けた大岩の陰からマグマッグがひょっこりと姿を現した。そのマグマッグに意識を集中させる前に、マグマッグは岩落としを叩き付けてくる。横に飛んでかわすと大量の岩は真横に着弾し、轟音と砂煙を巻き起こした。
その音で後方の三匹は気付いたらしい。此処が、安全な場所ではなくダンジョン内だと言うことに。口論を止めると気を引き締めて、先程とは違う目の色に変え前方を見据えた。
周りにはマグマッグ以外にブルーが二匹とカモネギが出現していた。合わせると四匹、一対一で丁度いい。
マグマッグの特性は、触れたものを火傷状態に陥らせる『炎の身体』である。よって、物理攻撃が得意なサンとケンジは自然に避けることになる。フライは草タイプで炎は苦手。つまり、マグマッグはシズクが相手することになる。サンとケンジはブルー二匹、フライはカモネギを前にし、戦闘体制に入る。
「僕達が騒いでたせいで呼び寄せちゃったのかな………ごめんな、シズク」
「別に、気にしてはないけど。出てきたのは倒せばいいだけだし。……でも、ちょっとは静かにしてほしかった」
すまなさそうにしているフライに、シズクは素っ気なく返事をする。まずは目の前の敵に集中しろ、その意思表示かもしれない。フライも、戦闘以外の小言は置いておいて目付きを険しくさせた。
殺気を湛えた目で此方を見てくるマグマッグに、シズクは電光石火で距離をつめる。マグマッグが口から吹いてきた火の粉を、電光石火の勢いのまま近くの岩を蹴って飛び上がりながら避ける。宙にいる間、体制を整えて電気ショックを放出した。だが寸前のところで避けられたまま、下に着地した。
「やっぱ普通のダンジョンとはレベルが桁違いね……!だといって、負ける気もしないけど!」
再び走り出し、マグマッグの眼前に近付く。真正面から火の粉を浴びせようと口を開くマグマッグを見ると、その瞬間尻尾を地面に打ち付けて弧を描いて飛び、マグマッグを通り越して真後ろにつく。だがマグマッグの反応も速かった。シズクがたんっと音を立てて地に着いた時にはもう此方を向いていて、背後に回った意味が無くなってしまう。すかさず、マグマッグは欠伸を繰り出してきた。欠伸とは、対象を、少し時間が経ってから眠らせる技である。直ぐに眠らないのはいいが、まるで眠るまでの時間が執行猶予みたいで嫌いだ。シズクは直ぐ様バッグを漁ってカゴの実を取りだし、隙をついて吹き出された火の粉を横っ飛びに避けながら一口かじった。
眠気覚まし用に持ってきていたのが余っていてよかった。口に広がる渋味は無視して、一発で決めようと頬に電気を最大量溜め始める。またマグマッグが欠伸を仕掛けてきても、カゴの実の眠気覚まし効果は何分間か続くものだ。
マグマッグはまた岩落としを繰り出してきたが、逆にその隙を利用しようと、岩落としにより一度だけ封じられた視界の中、そっと背後に回る。そしてマグマッグが気付く前に、溜めていた電気を力一杯放出した極太の電気ショックを打とうとした。だが、マグマッグに向けて飛んでいった電撃は電気ショックよりも圧倒的に太いものだった。その電気を浴びてマグマッグは一瞬で黒焦げになっている。
「……な……何、今の………」
「今のは多分、十万ボルトじゃない!?ほら、ピカチュウの鉄板技!」
「十万ボルト………今のが……」
戸惑っていた彼女にケンジが今の技の名称を伝えた。そんな彼は丁度氷の牙を仕掛けてきたブルーに遠方から波動弾を撃ったところだった。青い弾は虹色の尾を引き、ブルーに激突する。
「………やっぱ可笑しいわ。あんたの波動弾……」
「えっ何?」
「だって、波動弾なのに本人の波動表してないのも変だし、よく見てみたらあんたの波動弾って青以外に虹色混ざってるし、何て言うかやっぱり……変」
「えぇ………そ、そうなのかなあ?俺よく分かんない……まあでも確かに波動表してないのは変だとは思うけど、もう慣れたからかなあ、あんま違和感ないっていうか」
「ふぅん……」
「あっでもでも!私も変だと思うよ!私そこまで頭良くないし、ケンジが波動弾使ってるっていうの見ててもう慣れちゃってるんだけど、こないだ私そろそろなんか技覚えられるかなーみたいなノリで『ポケモン技事典』っての見てみたんだけど、どうやらリオルって波動弾使えないらしいよ?」
「………ぇ……」
「は?……何それ?」
「そもそも、リオルってのは進化してルカリオにならないと波動使えないらしいしさ。修行すればリオルでもある程度使えるらしいんだけど………」
「……ちょ、ちょっと待って。いきなり衝撃のカミングアウトで頭付いていかないんだけど」
「……でも、あんた普通に波動読むとかは出来ないわよね?」
「うん、出来ない……集中してもぼんやりしてるっていうか、どれも同じ色に見える、みたいな……?」
「波動が読めないっていうのは普通のリオル。でも波動弾が使えるのは普通じゃない……そういうこと?」
「そういうこと、だと思うよ。んー、でも……シズクも知らなかったってなんか可笑しいみたいな……だってシズク物知りだし、リオルが波動弾使えないって知ってそうだったんだけど?」
「知ってたらこいつが使い始めた時点で何かしら言ってたわよ。私が違和感感じてたのは波動の色表さないってところだし、そこについては初耳だった」
「そうなんだ……でも、俺波動のこととか波動弾のこととか聞いたの、フライだったんだけど、フライもリオルが波動弾使ったり波動読めたりするのは当たり前、みたいな話し方だったよ?」
「え、ほんと?そっかフライも知らないのか……?フライ頭良いけど……うー、分かんなくなってきた………」
「まあ、その話は後にしない?ほら、階段」
ケンジの波動云々話しながら進むと、次第に意見の出し合いが激しくなっていた。その間に冷静であるシズクは話に少し参加しながら時折足元に落ちていた道具やお金を回収しながら歩いていた。よって、一番最初に階段を見付けたのも彼女だった。フライは、話は聞こえているのだろうが、それに加わる気は無さそうである。
また話に夢中になってしまっていたサンとケンジは、もう一度頭の中を切り替えて一段一段階段を踏みしめて上っていく。
この洞窟は外が見えるような風穴みたいなものや窓みたいなものはなく、風を通したり換気できるような環境ではないため登るにつれ蒸し暑さは更に増していった。しかし所詮は慣れが重要なのだろう、炎タイプしか適応できないように思えるこの暑い洞窟内でも、カモネギやコロトック、ブルー、ヤンヤンマなど炎とは無縁のポケモンも多く生息していた。
いつから此処にいるのか分からないが、今日来たばかりで穏やかな気候の中生活していた四匹のポケモンよりは圧倒的にこの暑さの中での体力は長く続いていた。シズク達、特に体毛の多いサンと暑さや炎に苦手な草タイプのフライは少し動くだけで直ぐに疲れてしまっていた。それも、弱点だから、というわけではなくシズクやケンジにも当てはまる事であった。
「……今は階段五個通ったわよね。何階ぐらいあるのかしら、此処………」
「今俺達が上ってるのは、あの空の大地繋ぐ柱だからね……見上げるほど高い場所にあるんだから、まだ掛かるんじゃない?」
「……そうね……」
まとわりつく湿気、蒸気、熱気。周りにポケモン達がいないのをいいことに、普通よりは少しだらだらと歩いて進んでいた。だが、皆口数が少ない。話し始めても直ぐに話題が途切れて口を閉ざしてしまう。寧ろ、話している方が疲れるため黙っていた方が体力的にも楽なのである。
「はあ……いるわね」
「……うん」
そろそろ休みたい、とぼやける頭と思考で何となく考えていると、目の前にコロトックとカモネギが現れた。嗚呼めんどくさい、と愚痴りながらも四肢に力を込めて踏ん張る。向こうの方でサンとフライが共闘しているが、暑さのせいか若干ふらふらしているように見えた。これを倒し終わったら助けに行こうかな、と思いまずはカモネギとコロトックに目を向ける。
「シズクはカモネギお願いね」
「了解」
短い言葉を交わしたあとたたっと駆け出す。向こうは、速度を上げて突っ込んでくる彼女を前に『睨み付ける』を発動させてくるが、ピカチュウという種族は攻撃的なためそこまで効果はない。攻撃受ける前に倒してやる、と意思を固める。
シズクは勢いをつけて突っ走るが目の前で急に方向転換し更に電気を溜め始める。しかしカモネギもまた速い動きではたき落とす、連続斬り、つばめ返しと攻撃を連発してくる。それを避け、または尻尾を鋼鉄のように固くしたアイアンテールで受け流し、攻撃の連鎖の流れに乗って無防備な腹辺りにアイアンテールを叩き込む。カモネギは吹っ飛んで近くの岩に激突した。
それでもまだ動くようだ。今度は乱れ付きを繰り出してくる。また彼女はアイアンテールでそれを受け止めた。金属と金属が激しくぶつりかりあったような鋭く甲高いおとが辺りに木霊する。硬直させた嘴を跳ね返し、アイアンテールを普通の尻尾に戻して動きやすくする。嘴を跳ね返されて体制を崩していたカモネギの脇に電光石火で潜り込み、先程から蓄電していた電気エネルギーを十万ボルトという形に変えて放出する。
流石、電気ショックよりも圧倒的な威力を誇る十万ボルトである。強い効果抜群の技を身体全体に浴びてカモネギは焦げた羽毛を飛び散らせて倒れた。
辺りを見回してみれば、ケンジはコロトックと戦っている。ケンジがかなり押しているような状況だ。サンの方を見ればヤンヤンマと戦いながら足を縺れさせている。シズクは急いで加勢に向かった。
コロトックは特性的に触れてはいけないような種族ではないため、波動弾ばかりを使わなければならないことはない。暑いダンジョン内では炎タイプが多く、特性『炎の身体』のポケモンがいる。『炎の身体』だと物理技を使った瞬間に火傷として自分の身体に跳ね返ってくる。そんなリオルやイーブイのような格闘タイプやらノーマルタイプやらにはデメリットしかない特性なのである。だから、他にも生息しえいるコロトックやカモネギなどの倒しやすさは異常である。
考え事をしていたら、急にコロトックがキンキンした声を発し始めた。鳴き声だ。相手の攻撃を下げる特殊技。どうせなら防御を下げてくれた方がやりやすかったのだが、『鳴き声』の効果が攻撃を下げるのなら仕方がない。だが、一対一で戦う場合少しでも攻撃力を下げられるのは御免なのだ。
「ッ………悩み事してる暇はないね」
鳴き声を発したあと、コロトックは電光石火までではないものの素早く此方に向かってくる。橙色に光る流線型の腕を連続斬りの形にして襲ってくる。コロトックは目の前に迫った瞬間に避けると、コロトックは勢い余って壁に突っ込み近くの岩を切り裂いた。
気づけば、足元には『不思議な床』と呼ばれるものがあった。これもダンジョンの謎だが、何故だかこの迷宮の中だけに淡い緑色にぼんやりと光る床があるのだ。その床は、下げられた攻撃力やら防御力、素早さ、特攻、特坊などなど、とにかく下げられたものを元の状態に戻してくれるものだ。どんな原理で造られているのかも分からない。ダンジョン研究者、みたいな職業のポケモンはダンジョン内の不可思議なエネルギーにより、中に潜り込む探検者達のため自然に造られたものなのだろう、と一応纏まってはいるみたいだ。
とにかく、その不思議な床を踏み台にして飛び上がり、壁に激突したせいか多少頭をふらふらさせているコロトックの真上から直線に下りていく。手にははっけいを構え、いつでも打ち出せるようにする。
寸前で気づいたコロトックは、落ちてくるケンジに歯を見せびらかせた。落下するケンジに目前で『吸血』を繰り出すようだ。吸血されるか、自分がはっけいで相手を倒すか。端から見れば一か八かだが、彼がそんなことを気にする瞬間はなかった。
勝負はあっという間であった。重力とはっけいの重みに押し潰されたコロトックは、下半身が地面に埋まっている。傍に立っているケンジは、はっけいを撃ち込んだ時に、コロトックが吸血の為に見せていた歯が擦って出来た傷を調べていた。とりあえずオレンを搾って掛け、あとは体力回復を目的にかじる。
「……そっち、大丈夫?」
「ん?まあ普通に平気。………あ、ドンメル」
ふらふらのサンとフライが一緒に戦っていたブビィを、シズクが助太刀に走って倒し、そこに先程コロトックを倒したばかりのケンジが合流した。サンはチーゴの実をかじり、フライは水の入った保冷用の水筒を身体に当てて冷やしていた。そんな中、道の向こう側から黄土色の大きな身体が姿を現したのだ。
「……なんか上の階に進むにつれ、野生ポケの出現率高くなってない?」
「それ、思った。あーめんどくさいっ!」
ドンメルは普通の技レパートリーでは『体当たり』や『火の粉』のように簡単に避けられたり対処できたりする技ばかりだが、そのなかに『マグニチュード』という物凄く厄介な広範囲技がある。強力な地面タイプの攻撃だ。弱点であるシズクに当たったら一撃で戦闘不能にされる可能性だってあるのだ。だが、その地面タイプに効果抜群の草タイプのフライがいるため、有利さは五分五分。先制した方次第になる。
まずケンジが遠方から少し溜めた程度の波動弾を撃つ。そこまで溜めてはいなかったので普段のものより一回り小さくなった。けれど、それでも充分だ。波動弾はドンメルの背中に当たって小規模な爆発を起こす。そこにフライが蔓の鞭を構えながら電光石火で突っ込んでいく。
相手が此方に向かって走ってくる、ということを視認したドンメルは足にずっしりと力を入れた。あれはマグニチュードを繰り出す構えだ。そうなればとにかく速さが重要になる。
電光石火を使っているフライに、後ろにいたシズクが高速移動を使って更に素早さを上げる。それに乗っかり、フライは尾の葉っぱを地面に打ち付けて飛び上がり、睨み付けるを繰り出して防御を下げたところで蔓の鞭を叩きつける。そこにグラスミキサーを上乗せして小さな葉を乗せた竜巻にドンメルを巻き込んでいった。
一瞬でドンメルは目を回してたおれこむ。とにかくマグニチュードを撃たれなかったことだけいい、と皆息を吐いた。
「シズク、あそこでの高速移動ナイスだったわ」
「ま、ああなったら動き速くした方がいいと思ったし。あんな状況で俊足の種使えなかったしね」
「高速移動って、上手く使えば結構役立つと思うから、使ってけよ」
「………場合によるけど、そうするわ」
フライとシズクの一連の会話を、その時ケンジは恨めしそうな目でフライを睨んでいた。それを微笑みながら、ケンジはほぼ毎日シズクと喋ってるのにすごい嫉妬心だなあ、とサンは思っていた。
そこから暑いなか、時々敵ポケモンと戦いながらも着々と階層ごとに攻略していくと、八個階段を上ったところで中間地点にたどり着いた。
中間地点は、ダンジョン内よりも暑さが和げられていて、いくらか過ごしやすい環境だった。此処でも大分暑いのだろうが、今まで灼熱の洞窟の中、身体を動かしながら歩いてきた者には普通にいい温度に感じるらしい。
広い空間の真ん中には、目印兼野生ポケモン寄せ付けない用に置かれているガルーラ像が佇んでいた。此処に来るまでに大分道具を使ってしまったので、補充できればいいんだけど、と淡い期待を抱いてケンジはガルーラ像の眼に手を翳すが、特に何も起こらなかった。ガルーラ像の眼が不思議玉のような水色の眼ではなかったのでそうだろうと思っていたが、此処から先どんなものが待ち受けているのか分からないため道具補充が出来ないのは辛かった。
「大分昇ってきたよねえ……外見的に今どの辺にいるんだろ」
「さあね。中間地点があるってことは、此処に来るまでと同じくらいの階層のダンジョンがこの先にあるんだろうから、丁度半分くらいじゃないかしら?」
「こんなにのぼって半分かあ……」
「ったく、どうしてあんたはそううじうじするの」
「でも、此処に来るまでに結構水使っちゃって危ういかもしれない……此処はましだけどこの先暑くなるかもしれないし………水タイプいてくれたらなあ」
「悪かったね草タイプで」
水筒を振りながら何故かサンがジト目でフライのことを見たためフライも膨れっ面でそう応じた。それがなんだかランとラックの会話みたいでガーネットの二匹は少しおかしくなった。嗚呼似てるなあ、なんて思ったりして。
『………グオオォォォ…………』
「……ん?」
「何?」
「え、聞こえなかった?……なんか遠くの方で……唸り声?みたいなものが聞こえたんだけど」
微かな声を聞き取ったケンジの三角耳がぴくぴくと動く。それに会わせ、シズクの耳もぴんと直立し彼方此方にゆらゆらと揺れた。
「空耳………かなあ?」
「気のせいじゃない?」
『そうかなあ……』と未だ曖昧な様子のケンジを急かして、シズク、サン、フライはこの先のダンジョンに挑む準備を始める。この中間地点で休息は取れたため、今すぐにでも出発できる感じだ。
「もう休んだでしょ?ほら、行くわよ」
「………うん」
渋々、という様にケンジは声が聞こえてきたと思える道の先から一旦目を離し、自らのバッグの整理を始める。走ったためかなりバッグの中身が荒れていたので、よく使うものは取り出しやすいよう上の方に置いておく。
「そろそろ行く?」
「そうだね。疲れも大体取れただろうし、行くか」
休ませていた腰を上げ、四匹は先へ続く道の入口辺りに立った。底知れないエネルギーを現したような風が向こうから吹いてきて、彼らの身体を穏やかに撫でていく。さあ進むか、と足を踏み出したとき。
『……グオオォォォォォォォ!!!』
「!やっぱ聞こえた!!」
「空耳じゃないわね……!これは何かの叫び声に聞こえる。この先にいる『何か』の声なんじゃないの?」
「じゃあやっぱりこの先に……!」
『何かがいる』
沈黙のなか、その言葉だけが彼らのなかで交わされた。この先にいる。見たこともないものが、聞いたこともない声が。きっとある。それが、手を伸ばせば届くであろう場所にある。
「…………行こう」
あともう少しで、目的の場にたどり着けるんだ。激しい目的意識に憑かれた青、赤、緑、黒色の彼らの目は鋭利な刃物のようにきらりと光った。
(………そうよ。此処を抜ければ、此処を越えれば、ユクシーに会えるはず。あと、もう少しなんだ。躊躇う訳にも、逃げ出す訳にもいかない。
きっとこの先にある『霧の湖』……そこに多分ユクシーはいる。ユクシーに会えれば……わかるかもしれない。私の正体も………過去も……記憶も………)
「そんなに唸って何のつもりだ……?偽物の伝説」
皆が皆この先に馳せる想いを持つなか、同じように深い悩みに落ちる者がいた。それは、他よりも更に鋭くつり上がった目線で先を見つめ、密かに、静かに呟いた。
この先にある『望み』と『不安要素』に胸を締め付けられ、唇を噛み締めた───フライは、誰よりも強い想いにひっそりと蓋を閉じ、固く硬く閉めた。