#109 本性を見抜く眼
パティによりドクローズから離れ、霧の湖へと向かう一行。初めはパティの方を窺い見ていたが、パティがキレた時の覇気をしっている為気にすることもなく足を早めていた。
足元の草地は進むにつれどんどん水にまみれて萎み、しなしなと弱々しく地面にへばっている。それらを踏めば水滴が滲み出し辺りの水溜まりを更に増やした。奥に行けば行くほど湿度が増しもんもんとした気持ちの悪い感覚に襲われる。シズクはこの湿気と蒸し暑さに手で顔をぱたぱたと扇いだ。それでも熱さは全く変わらない。
「なんかあっついねー……」
「屋外で風が来るのはいいけど………進めば進むほど暑くなってる気がするな」
「炎タイプとかなら大丈夫なのかなあ……フィーアが羨ましい……」
「私暑いのほんとだめ………あっつい死にそう」
暑さが苦手だというシズクは、少しだけ蒸し暑さを感じた時点で暑い暑いと呟いていた。身体に暑さへの耐性が少ないのだろうか……とケンジは考えていて、彼女がふらついたら直ぐに支えられるように常に傍らにスタンバイしていた。しかし彼のそんな気遣いには全く気付かないシズクは『近くにいると暑苦しい』とか容赦ない言葉を吐くのだった。その度にケンジは項垂れるがさっさと立ち直る。こいつのメンタルは鉄だな、とその様子を見ていたフライは密かに思っていた。
「この暑さで脱水症状にはならないように気を付けろよ。水持ってるか?」
「水筒あと半分〜……」
「……お前が飲みきったら僕が貸してやるから」
「ありがと〜フライやっさしー」
「私はまだあるわよ、水」
「んー、俺も平気かな。でもシズク、体調やばくなったら直ぐに言ってね。オレンとかチーゴとかまだ潤ってるし!」
「はいはい、分かってるわよ」
シズクに対してのみ妙に心配性の彼を、フライとサンは何処か期待を込めたような視線で見つめる。だが、ケンジの気持ちはシズクに届くはずもなく、彼女は適当にあしらってすたすたと前に進んでいってしまった。再び項垂れるケンジの肩をフライは『ドンマイ』という意味を込めて軽くぽんと叩く。
「あ……ねえ、見て。あそこ」
そこから少し歩いたその先は、遠目から見れば行き止まりにも思える場所であった。しかし、行き止まりなんてことはない。岩壁のようだがそこには縦に切り裂いたような裂け目があり、そこから更に中へと入れるようになっている。これが、空に浮かぶ水を湛えた器と地上を繋ぐ、一本の柱だろう。此所を真っ直ぐ上に上っていけばきっと、辿り着ける筈だ。───目的の場所へ。
(勝負は此処からだ………あいつらが来るにしても来ないにしても、『あれ』の在処を……ついに………)
「……どうやらこれが、この湿度の原因っぽいわね」
「え?何々?」
シズクの視線に先にあるのは、洞窟の入口の岩壁から突出している部分だった。その穴からは白濁した蒸気がひっきりなしに空へ空へと飛び出ている。覗き込めばものすごい熱気と湿気が顔を襲い、思わずケンジは咳き込んだ。彼の背中を、シズクが優しく叩くと、更にケンジの咳き込みが増していくが、その辺りは気にしなくてもいいだろう。
「向こうの方も湿度高かったが……此方の方がやばいな。となれば、この中の洞窟の湿度は計り知れないぞ。何しろ、湿度が発生している突起の内側だからな」
「ええ!?これより暑いの!!?うっそぉ……もう耐えられないよー……フライおんぶー」
「そんなに喋れる気力があるなら歩け」
「うえぇ………フライの意地悪ー」
「……おんぶ、してあげようか?シズク」
「断固拒否」
凹みまくっているケンジとサンの二匹を尻目に、シズクとフライは洞窟の前に立つ。入口の脇にはガルーラ像が置いてあり、道具の整理ができるようになっている。こんな未開の地にもガルーラ像はあるんだな、と思うと、何だか不思議な気持ちになる。
「未だ誰も訪れていない場所だからな………気温や天候が過酷なだけじゃなく、長い間正気を保っているポケモンと接していなかったであろう野生ポケモン達が大勢いるだろうし、かなり危険かもしれない。
………だが、進むのを躊躇してはいけないな。折角ここまで来たんだ。最後までやり遂げないと格好がつかない」
「そうね……ここで進むのを諦めるなんて、そんな馬鹿なことはしたくないわ。パティにもなんか申し訳ないし。
ちょっとケンジ、サン、いつまでそうやってんのよ。早く行くわよ」
「わかった!!」
「あ、ちょっとケンジ待って!んもー、フライーー!」
「え、なんで僕を追いかけるんだよ!!?」
賑やかだなあ、そんな楽しそうに騒ぐ集団の後を追い、シズクもケンジに先導されながら蒸し暑い洞窟の中へ足を踏み入れた。
……………………この先にあるのが、求めていた物か、求めていない物なのかは分からない。それでも、それを確認するには…………進むしか、ないのだ。
*
一方、ドクローズとパティの方、グラードンの石像前では。
丁度ガーネットとエメラルドの二チームが洞窟へ入った時である。彼らの状況は、全くもって変わっていなかった。ミグロ、ガナック、ディビ、パティが立っている場所も、全然変化していない。様子も、何もかも。ドクローズは焦燥に駆られながらも一歩を踏み出せずにいるし、パティは依然と身体を揺らして鼻歌だ。
「兄貴ー……どうしたんですか?」
「こうやってにらめっこしてもうかなり経ちますよ?
早いとこ、毒ガススペシャルコンボぶっぱなして片付けちゃいましょうよ。ガーネットの後、追うんですよね?」
「う、うるせえ!」
この状態でどのくらい経っているだろう。早くガーネットとエメラルドの後を追わなければいけない、という可笑しな使命感があるにも関わらず、何故だか動けない。何か言うにしても何か行動を起こすにしても、勇気が沸かない。
ガナックとディビは、兄貴であるミグロが『パティを倒す』と言ったわりに動いていないのが不思議に思えていた。今まで見てきた彼らの中の『ミグロ』というのは……二匹にとって『目印』であった。常に頭の回転悪いことを思いつきが早く的確な指示を出してくれる。その上、周りから見れば当たり前だが二匹より格段に強い。兄貴と崇めるには十分の素質を兼ね備えたポケモンなのだ。
そんな彼が戸惑っている……本人は否定しているが、二匹からはそう見えた。彼らから見ればミグロは『絶対』なのだ。いつしかそんな規律的なものが生み出されていた。ミグロの言うことは絶対、言い方は悪いが、『絶対服従』と言うこともできる。そんな彼の支配欲のようなものに圧されたり嫌気を感じたことは確かにあった。……が、ミグロがいなければ彼らが動くことはできない。
自分達より遥か上に位置する実力をもつ『兄貴』が、正に有言実行の御手本とも言えるような『リーダー』が、パティを倒すことに戸惑いを感じているように、見える。勿論本人は無意識なのだろう。だが現に身体は言うことを聞いていない。前へ前へと思ってはいるが、口に出さなければと分かっているが、身体がそれを否定している。
何故だろうか。こんなことは初めてだ。
今までやってきたことに、こんな身体の抵抗を感じなかった。思うままに身体が動き、ガーネットへの嫌がらせも、何も頭に引っ掛かることなくやり過ごしてきた。なら何故今───最も動いてほしいときに、身体が動かないのだろうか。『パティを倒す』ということに……身体が抵抗している?
「ねえ、どうしたの?ともだち♪さっきからすっごい怖い顔してー」
依然パティはにこにこと、見たところ穢れの無い笑みでミグロ達のことをじっと見つめている。パティを倒そうと決断してパティのことを睨み、そこから動かずに睨み続けているこの状況。一度決めた悪どいことはやり通したい性のミグロは自身のプライドがズタボロに切り崩される音を耳元で聞いているようだった。このままじゃだめた。だが、そんな中でも自分達のパティの認識がある程度違っているということが手に取るように感じられていた。
こいつ………意外と出来るんじゃないか。
丸っこい身体に可愛らしい桃色の体色。身長も高めだが、その分横幅も大きいと言えば大きい。俊敏に動くのは難しそうだし、強力な攻撃技のレパートリーも持っていないようにさえ見える。つまり……『弱そう』だと。ミグロ達もその認識で間違いないと思い込み、頭の中で『パティ=余裕で倒せる相手』だと脳内変換していた。けれどそれはどうやら、違うように思えてならない。何故そう感じたのかは分からない。目の色か、雰囲気か、それとも威圧感か。分からないが、そう感じてしまった。
どう切り出せばいいのだろうか。言い出しさえすればあとはどうにでもなりそうなのに。なのに、どうしても言葉を選んでしまってタイミングが掴めない。
どうしたものか……。目付きを鋭くしたまま考えに耽り始めたら、パティはまた突拍子も無いようなことを言うのだ。
「………あっ!わかった♪僕とにらめっこしたいんだね♪
よおーし、それなら僕負けないよ!ベロベロンドゥバー♪でろでろどばどばんばあー♪」
彼はいきなりそんなことを口にし、手で顔を上下左右に動かしながら変顔……もはや顔芸としか言えないようなレベルのものを造り出していく。それを見て笑うどころか、なんだか空気がいきなり気まずくなった。嗚呼、なんか駄目だ………。笑えないし半端に呆れることしかできない。この状態、今第三者が見たらどうなるだろうか。殺気を纏った三匹のポケモンと対峙する、一匹でにらめっこをわりとガチでしている大人のプクリン。さぞかし異様な光景に見えるだろう。間違いない。
「…………兄貴ぃ……もうだめです………俺もうこの状況に耐えられねえぇ………」
ついに、ディビが音を上げた。その口から漏れでる言葉はか細く弱々しい。これは体力的ではなく、精神的に力が削り取られている。ミグロとガナックも同じような状態ではあるが、この三匹の中で一番心が弱いのがディビであったのだ。こういう状況には滅法弱い。
「くっ……!仕方がない!!」
このままじっとしていたってどうにもならない。ガーネット達は先へ行き、時間はどんどん過ぎていく。彼らが宝を手に入れられる可能性は下がり続ける。こうなったらもう、行動を起こすしかないだろう。ミグロは深呼吸してから、依然変顔し続けるパティを改めてじっと見据え、ついに口を開く。
「ッ………おいパティ!!!」
「どぅわあぬぃ?」
これまで『さん』付けだったにも関わらず敬称を外していつもの荒々しい口調に戻り目の前の敵に向かって吐き出す。いきなり呼び捨てにされたというのに、パティはそれに気付いて可笑しい、と思うような素振りを見せることも、ミグロを訝しげな目で見ることもなかった。
「悪いが……貴様には………此処でくたばってもらう!!
喰らえ!『毒ガススペシャルコンボ』!!」
この技の準備はとっくのとうに整っていた。あとは打ち出すだけだった……そして、今がその時なのだ。
ミグロとガナックはもうもうとした濃いガスを思いっきりパティに向かって吹き出した。寸前までにらめっこ状態だったパティは油断していたようで、ただ単に毒ガスによりその姿を覆い隠されていく。どす黒いガスは、太陽が出て辺りが若草色に煌めく場を、一瞬にして濁らせた。
ついに、ついにやった。濃厚なガスがパティの姿を覆っていくそのさまを見て、ミグロは底知れぬ達成感と支配感が沸き起こるのをひしひしと感じていた。嗚呼、やった!俺達は勝った!なんだ、大したことなんてないじゃないか。見た通りへなちょこでひ弱な野郎なんだ。期待持たせやがって、少しは強いのかもしれねえと錯覚してしまった。だがそんなことはなかったじゃないか!大陸でかなり有名なあのプクリンのギルドの親方パティだって、全然強くねえ!抗いもせず俺達の攻撃の波にもみこまれていった!
彼らは、パティが倒れた姿を見る前に『勝利』を確信していた。あのガスから逃れる術はない。今にも、このガスが晴れた時、パティの無様な負け姿が現れるだろう。
弟子達には、ガーネットの奴等にはなんて言ってやろうか。あのパティは俺達に負けた。だから……此所の宝も手にいれて、ギルドさえも支配しようか?俺達のやりたいように出来る、そんなギルドを造り上げようか?
想像だけでにやつく顔を隠すことはしない。隠さなくてもいい。誰かを騙す必要も無くなる………こいつを、パティを倒せば、ギルド内では俺の天下だ!
彼らは、もう確信してしまっていた。パティは倒した、パティに勝った、と。確かめることもせず、その濃霧の中からパティが戦意喪失して地に伏せている、そんな無様な姿が見えるに決まっている、と信じていた。だが彼らは知らなかった。パティの、底知れない力を。
「はあ………全く、残念だよ」
「なっ……」
声が聞こえてきたのは、自分達が毒ガスを吹き掛けた前方ではない。真後ろから、声が聞こえた。どうしてだ。誰がなんと言おうと今のは不意討ちだった。逃れる時間も、方法も、なかったはずなのに。何故、そのガスに呑み込まれた筈の標的が後ろに移動して、しかも全然ダメージを受けていない様子で、立っているのだ。
「ど、ういうッ………!」
「なんだい、今の攻撃は?威力は弱いし、その上遅すぎて欠伸が出そうだ」
ドクローズの必殺技『毒ガススペシャルコンボ』は、決して弱い攻撃とも、遅い攻撃とも言えるものではない。それでもパティは簡単に避け、これ見よがしに大きな欠伸をしている。
分からないことだらけになってきた。どうして、パティには毒ガスが効かないのか。どうして、不意討ちを受けてそこまで直ぐ様、平然と避けられるのか。しかも、今の声。普段の子供のように明るく高く、元気な声とは正反対である。低くてドスが効いているし、いつもならにこにこ笑っている口も目元にも全く笑いが見当たらない。
いつもの『パティ・アール』と、まるで違う。兎がいきなり虎になったような。そんな気迫さえ感じるのだ。
「君達に僕の意図は伝わってなかったんだね?まあ、期待した僕も甘かったのかもしれないけどね………君達の馬鹿さ加減には、そろそろ呆れてきてるよ」
口を開くことも、声を出すこともできないドクローズ三匹をおいてパティは淡々と話す。ミグロは自分でも足が小刻みに震えているのがわかるし、ガナックやディビはもう論外だ。止めようもなく震え、目線はパティに釘付けになっている。目を離したくても離せない。そんな状況に陥っていた。
「どういう、ことだ!?」
「そんなこと、聞いてどうするの?
聞いたって、どうせ君達の思い通りに進む筈がないんだ。それに『どういうことだ』なんて聞かれても、何話せばいいのかもわかんないんだよね」
「あったまいいギルドの親方様ならそのくらい分かるんじゃないのか?………クククッ」
「あのさ、僕の言ってること分かってる?ほんと、君達はどのくらい馬鹿なのかな?………いちいちそういうことで張り合わなくていいって言ってんだけど?」
おふざけ程度に茶化したのに、パティによって一瞬で潰されてしまった。ミグロは何も言えず、一、二歩後退りすることしかできない。嗚呼、だめだ。俺はこんな大きな奴に抗おうとしていたんだ。頭の中で巡る弱音には蓋をして、諦めてない、挫けてないなんてことを態度で示そうと一度身体を震わせる。
「………じゃあ質問だ。……いつから、気づいていた」
「最初っから。ラペットは微塵も疑ってなかったみたいだけどね。波長が合ったのかな?でもラペットは君達みたいに悪いことしてないけどね」
あまりにも簡潔すぎるパティの答え。それからの一瞬の静寂。気付かれていた。最初から。途中で不審な行動をしたとか、勘づかれたとかいう訳ではなかった。最初から。ギルドに接触したときから、見抜かれていた。正体も、目論見も、計画も、全部。
「僕はしょっちゅうトレジャータウンに出向く訳でもなかったけど、君達の素性は大体知っていた。トレジャータウン平和だからね、少しの悪党でも噂になることが多い。ギルドは街の中心で、様々なポケモンが出入りしてくる。君達のことは警察からも聞いたけど、警察はそこまで警戒してないようだった。あまり大きなことはしたないみたいだからね。主にやっていたことは何だったっけ?……嗚呼、そうそう。『器物損害』『万引き』『弱者への暴行』『営業妨害』………このくらいか。やってることがあまりにもチンピラすぎて、僕も特に興味なかった。
でも………警戒心が無さすぎて嗤えたけど、君達は堂々ギルドに乗り込んできた。しかも『遠征の助っ人』として地位を確立しようとした。……警察も知っているし、隠そうともせず表で悪いことしてるくせに偽名も何も使わずに来たんだから最初は正直驚いた、かな。君達はそんなことも知らずに敵地へ乗り込む訳だから、緊張感が無いのかな?それとも、本当にただの馬鹿か」
「なら………なら!
俺達が悪い奴だと知っていたのに、どうして……ギルドに歓迎したんだ!?どうして遠征の助っ人として迎え入れたんだ!?いい顔しておいて後で警察にチクることもできただろ!!?なのに、どうしてッ……?」
「それについての答えは僕もあまり他人に言いたくは、ないんだよね」
少しだけ、その言葉を呟くその時だけ、パティの顔にはうっすらと影が宿った。はっきりとは言えないが、寂しげな面影さえある。だが、直ぐにそれは消し『特に君達みたいな奴にはねっ♪』と溌剌と、しかし辛辣と言う。
「でもさ、君達ガーネット以外には特に手、出そうとしなかったし。ガーネットでさえ直接的な手は出していなかった。……『出せていなかった』が正しいか。僕達の前ではいい奴面することが大事だったんだもんね。
林檎の森のあれは予想外ではあった。あれでガーネットの二匹に何かあったら即刻叩きのめすところだったんだけど、そういう訳はなかった。ガーネットの二匹は無事に帰ってきたし、君達も平然とギルドにいたし。
時間が経つにつれ、このまま様子を見守っていても悪くないんじゃないかっていう結論に至った。君達の狙いは読めていた。『助っ人』として遠征に参加したいっていう時点でもう自分から晒してるようなもんだしね。でもいざとなってそういう悪どいことやらなくなるんじゃないかなー、みたいな淡い期待を抱いてた。ギルドに数日間滞在して、他のメンバーと接触して、少しは性格柔らかくなってきてたりしないかなー、なんて。結果そんなことはなかったけどね。君達は何も変わらなかった」
「……俺達は……変わろうとも思ってなかったし、変わらなくたって特に変わらないだろ?価値観も、力も」
「そういう固定観念、僕嫌いだな。
じゃあ君達は、『変わる』っていうことに別に特別な感情を抱いたことはなかったんだね?変わろうと思ったこともなかったんだね?………変わらずに、世の中に流されることを選んだんだね?」
「何が言いたい……ッ」
「君達に、ケンジのことを『弱虫』とか『臆病』とか言う権利はないって言ってんだよ。必死に変わろうと頑張って、自分が臆病なんだって認めて、それでも努力して強くなろうとしてるケンジのことを、罵る権利なんて、資格なんてない。
自分の弱さを認めずに、自分が強いと思い込んで周りを嘲る。だから君達は弱いままなんだ。受け入れて前に進むことと、受け入れずその場に留まること。その差は歴然だ。……そんな君達が、ケンジやシズクに勝てる訳はない。君達の方が、よっぽど『臆病者』だ」
「……くっ………!」
言い返したかった。それでも、言い返せなかった。それが全部全部、正論に聞こえてならなかったからだ。否定することができない。本能が、自分の中の何かが、言い返すことを止めていた。
「………もうこのギルドに未練なんてないよね?君達には、此処でくたばってもらうよ♪………君達が想像してたように」
パティの言葉に合わせ、小さな桃色の手がぎゅっと握り締められる。仕掛けてくる、とドクローズの三匹は身を固くしたが、避ける間も攻撃する間もなく、事は直ぐに終わっていた。
気がつけば目の前で喋っていたあの可愛らしい桃色のポケモンは消えていて、次の瞬間急所に攻撃が撃ち込まれる。その体型からは想像も出来ないほど素早い動きでパティはドクローズを倒していった。たった一撃だというのに、もう動けない。パティの『はたく』は三匹の急所をしっかり捉え確実に攻撃していた。
───力は、歴然。
あっという間に、全てが終わった。完璧だったようで穴だらけだった計画は、水の底に沈んでいく。そこから計画を引き出す者はいない。一生誰の目にもつかないところで、その計画は朽ち果てるのだろう。
身体の大きなスカタンクと、それよりは明らかに小さいズバットとドガースが足元に倒れているなか、一匹だけすっくと立っているプクリン。第三者の眼から見れば完全に可笑しいその状況のなか、パティは怒りが抜けていくのを感じる。ただただ悲しいと、そんな感情だけが渦巻いているように。
自分の弟子が傷つけられるのには怒りを覚えた。激しい憤りだった。だが、今はそれは醒めてしまった。この三匹はもう戦意を喪失している。それに、再びこいつらが復活してガーネットに喧嘩を吹っ掛けに行ったとしても、彼らなら大丈夫だろう。けれど、まだ新入り探検隊には変わりはない。僕が、背中を押してあげなければ。
「………君達が、どういう路を経てこんなことをするようになったのか、僕は分からない。君達の想いも、気持ちも、何も知らない。
けど、本当に悪いポケモンはいないって、僕は思ってるから。君達がノリでこんなことをしたのか、それとも何か過去があってこんなことをしたのか分かんないけど、本当に悪い奴じゃない、でしょ?
だから、今回は許してあげるよ。君も僕も生きてるんだし、様々な想いを持ってるのは当然だ。生き物はそれを共有しお互いで肯定しないとやってけないからね。種族は違うけど、同じ『生きている仲間』だ。……僕は、君達を許す。
といっても、もう関わってほしくはないね。僕の弟子に傷なんか負わせたら、今度は本気で潰しにいくよ。
それでも忘れないでほしい。僕は君達を恨んでなんかいないってことをね。それじゃあ、もう会わなくていいけど……その状態のまま何日かしたら動けるようになると思うよ。これからはちゃんとした日々を過ごしなよ。……ともだち♪」