#106 先へ進め!
辺りに、衝撃音や轟音、何かが弾ける音や、何者かが地面に激突する鈍い音が立て続けに聞こえてくる。遅れて、その音が出た場所から黒煙がもうもうと立ち上る。
「ナイスアシスト!シズク!!」
「ありがと」
サン目掛けて襲ってきたドーブルを、たった今サンの体当たりとシズクの電気ショックで片付けたところだった。プスプスと煙を上げながら倒れているドーブルを、意識が無いか足先でちょんちょんとつつきながら確認した彼女らは、ようやくほっとしたところで声を掛け合った。
シズクの電撃は、威力が落ちている筈なのに強力だった。威力が落ちた時点でこれなのに、普通の時はどれほど強いんだ、とサンが若干尊敬の意を込めて彼女のことを見るが、シズク本人はこの電撃には納得できていないようだった。電気袋から細い電光をぱちぱち言わせて漏らしたり、手を握ったりしているが、そのあと顔をしかめて溜め息をついているのだ。
「そんなに悩まなくても大丈夫だよ!威力落ちてもシズク随分強いし、物理技もあるでしょ?」
「……まあそうなんだけど。でも、なんかすっきりしないっていうか。いつもの感覚じゃなくて違和感しか無いわ。近距離戦にも慣れてないし……この先ずっと霧だったらその分不安」
「そっかあ……んー、私もともと近距離が得意な種族だからさ、よく分かんないけど……でも、無理そうだったら私にでも、ケンジでもフライでも助け求めていいからね!皆強いし頼れるもん!……私はどうだか分かんないけど」
「まあ……でも出来るだけ私だけでやってみる。もし本当に危なかったら……その時は助けてほしいわね。主にサンに」
「え、私頼られてる!?う、うぉお……嬉しいな……。
でも……ケンジに頼った方がケンジも嬉しいんじゃない?なんかシズクさあ、ちょっと冷たいよー」
「う、うっさいわね。あいつに冷たくなるのは、なんというか、こう……最初っからそんな感じだったし、もう定着しちゃったからだと思うんだけど。それに、私が助けてって言ったら多分あいつ煩くなるし」
「うん、それは正論だね」
すたすた、かさかさと生えている草を足で掻き分けながら彼女らは進み続けている。相変わらず天気は霧で見通しが悪く、此処にずっといると太陽の光が欲しくなってくる。温かい日光に身を浸したいと、その場の全員いる全員が思っていた。
このダンジョンには、ホーホーやオドシシなど、普通に見かけるだけではあまりレベルが高いという印象を受けることのないポケモン達が数多く生息していた。最初にホーホーを見掛けた時は、なんだ、そんなに強いわけじゃないじゃん、と油断して攻撃しようとしたのだが、ホーホーが少し後退するだけで霧により姿が見えなくなってしまい、結局後ろから不意をつかれてしまうこともあった。
まるで濁った水まだみたいだ、とシズクは考えていた。浮かんでいれば見えるのに、潜ったり沈んだりしてしまったら全く姿が見えなくなる。影さえも、その物体の片鱗さえ見ることができない。
この霧は自分達にとって不便だが、向こうにとってもあまりよくない気候状態なんじゃないか、と四匹で話していたが、どうもそうではないようだった。此処に元から住み着いているポケモンは、もうこの『霧』という状態に慣れていて、そんな気候の中他の個体を見つけたりするのに、今さっき此処に入ってきた四匹よりも長けているようだった。普通の状態なら、と何度も負け惜しみのような言葉を呟くが、この霧が晴れる傾向は無さそうだった。
「どうにかなんないかなあ、この霧……」
「どうも自然の霧とは思えないんだよね………だってさ、自然ならほっとけば晴れるじゃん。なのに此処はずっと霧で覆われていた。……人工的としか思えないな」
「そうよね。でも人工的といえど霧は霧、天候だから……はあ、ほんとノーテンバンダナ持ってくればよかったわ……」
シズクはそうぼやいて、無意識に腕に巻いたスペシャルリボンを指先で弄くり回していた。電撃の威力が削がれるこの状況、特攻を上げてくれるこのリボンはかなり活躍してくれた。霧によりマイナス、スペシャルリボンによりプラスで、プラスマイナス0な感じにはなってある。だがそれは、『いつも通り』ということだ。強くなっている訳ではない。その件に関しては、彼女はもどかしさを感じていた。
「ノーテンバンダナねえ……持ってきたいけど、倉庫にあったかどうかも定かじゃないような」
「まあね。ガルーラ像覗いたけど無かったし。でもそういうの集めてこなかった過去の自分を憎むわ」
「後悔したって始まらないよ!!」
「分かってるわよ……ただ、どうしても電撃の威力を元にしたいだけ」
再び『はあ……』と憂鬱そうに溜め息を漏らす彼女のことを、三匹はすごく同情したような目で見つめていた。シズクはかなり戦力になるし、彼女自身性格的にも前衛を突っ走っていきたい感がある。それができない今の天候を恨むのも、全く可笑しいことではない。
「……あ、そうだ。サン」
「ん?何ー?」
「サンって天候変えられるんでしょ?晴れにするか……雨降らせて霧を消したりできない?」
「嗚呼、そんな方法もあったね!おっし、やってみよー!!」
これで霧が消えればいいけど、と半ば願っているシズクの前で、そんな彼女の気持ちと真反対に陽気に前に進み出たサンは、一旦その場に留まり霧を静かに見据えた。そして俯くような姿勢になり目を閉じる。
サンの周囲が、仄かに橙色に煌めいた。そして、サンの頭上の靄が丸く晴れ、そこから青色の空と日光が差し始めた。
「やった___」
「……いや、だめだな」
歓喜の声を上げようとしたケンジの声を無機質なフライの声が遮った。もう一度上を見てみれば、先程空いていた靄の穴はもう閉じられ、再び霧がその場に渦巻いていた。
「だ、ダメかあ……」
「ごめんね、頑張ったんだけど………なんか力が遮られるっていうか、いつもみたいに天候を変えようとすると体力消耗されて」
「……大丈夫よ。霧の状態でも此処までなんとか来れたんだし。無理なら無理って割り切れる。それに、サンが今前衛なんだし体力削り取られても困るしね」
「うん、分かった!ありがと、シズク!!」
「別に大したことしてないんだけど」
まだツンデレが健在なシズクの様子に苦笑し、一行は更に先へ進もうと一歩踏み出した。
「ッ………!!!」
その後進むなか敵を何匹か倒しつつ階段を見つけて奥へ奥へと入り込み、今は階段七個を越えていた。先に行くほど敵ポケモンの強さやレベルも上がっていくようだった。なかなか倒れない上に、やけに攻撃力が高く厄介なため、彼らはなるべく敵に遭遇しないよう気を付けて行動するようにしていた。
だが、そこらに点在している平凡なダンジョンは、敵意を持っているポケモンと持っていないポケモンが両方とも共存していて、危険性のないポケモンもいるにはいたのだが、この『濃霧の森』に敵意を持っていないポケモンは全くといっていいほどいなかった。まるで何かを、この奥にある何かを守っているかもように、ひたすら彼らを挫こうとしているように見えた。何を守っているのか、それは分からないが、このダンジョンの状況からこの先にきっと何かがある、というのは案外容易に想像できた。
今シズクが遭ってしまったのは、さっき此処等を彷徨いていて、真正面から出会わないように注意していた筈のパチリスである。パチリスの後ろを、霧によって隠されない微妙な位置から見張って遭わないようにしていたのに、これもやはり霧のせいか方向感覚が狂っていつのまにか目の前に殺意を保ったパチリスが佇んでいたのだ。
本当に面倒である。正気ではないので、ダンジョンのポケモンは『諦める』ということを知らない。敵わない相手だと分かった瞬間に退くという知識を持っていない。勝つまで、あるいは動けなくなるまで、もしくは殺されるまで相手に挑んでいくのだ。仕方がないこととはいえ、口から漏れる溜め息を抑えられはしなかった。
しかし、相手も電気タイプ。不利といえば向こうも同じ条件だ。彼女は敵を鋭く射抜くような視線で睨み付けながら、直ぐに蓄電を始めた。シズクは黄金色の電光を、パチリスは青色の電光を飛ばし合う。電気タイプの真っ向勝負ではあった。
先にパチリスが、距離を詰めるためか電光石火でシズクの方に見境なく突っ込んできた。彼女は軽々と避け、パチリスの背後につく。俊敏な動きで振り向いたパチリスが飛ばす電気ショックを、彼女は同じ電気ショックで相殺した。パン、と弾ける音が鳴り響き、煙も巻き起こる。
シズクは尻尾を硬直させ、そのまま電光石火でパチリスの方へと真正面から走り込んでいった。だが、真正面から行けばダンジョンのポケモンでも流石に避けられる。ひらりと右にかわされるがそれは想定内であり、直ぐにパチリスの方向へ意識を向け、進行方向にあった木の幹をたん、と蹴って宙に飛び上がった。パチリスは、格好の的とでもいうかのように電気ショックを真上に打ち上げたが、またもやシズクの電撃により阻止され、気付いたときには彼女はパチリスに真横の地面に降り立っていた。
パチリスは反応したが気付くのが遅かった。受け身を取ろうとした瞬間、パチリスの横腹にはシズクのアイアンテールがくい込んでいた。そのままの勢いで吹っ飛ばされたパチリスは傍の木に激突して気を失い、地面にずるずるとずれ落ちた。シズクは満足そうに鼻を鳴らす。
この霧に目が慣れるのに大分かかった。四匹共、霧を透かしてその向こうを見ようと格闘していたために、目を細めたり凝らしたりしていて、目が疲れてきていた。それ以前に、数メートル先が全くと言っていいほど見えない現状で、普通に目を使えているのは凄いとさえ言える。
「目が、目がぁ〜」
「なんか疲れた……なんだろう、なんかチカチカするっていうか、ああー」
ごしごしと目を擦りつつ、彼らは前方をじっと見つめ続けている。慣れない靄の中で、いつも以上に目を使い続けていたので、気付いたら目の辺りがだるかったのだ。
「早く此処抜けたい……霧を消したい……」
シズクはさっきから腑抜けのようにこんな言葉を繰り返しているだけだった。階層的にはあと数階だとは思うが、もうあと一階くらいで抜けたいものである。ケンジはシズクにオレンを渡し、潔く受け取ってぽりぽりとかじる彼女を見つめていた。
「電撃が思うようにダメージ与えられなくて、ほんとキツいわ。いつもなら倒せてる筈のレベルに手こずる」
「うーん、やっぱシズクは後衛にいた方がいいよね。レベル高そうな種族と鉢合わせたら援護に行くから」
「……うん」
「大丈夫!シズクは俺が守るからさ!危なくなったら俺に任せて!!」
「は?馬鹿じゃないの。あんたは前衛なんだからばんばん行けばいいじゃない」
張り切って自分の胸を叩き、パートナーである彼女に向かって自身ありげな笑みをするケンジだが、シズクはその言葉の意味を理解する片鱗すら見せずに、片手を振って適当にあしらった。確かに彼女の言うことは正論だが、そういう意味で言ったんじゃないのに……とケンジはシズクの鈍感さにしょんぼりとうなだれしまった。シズクはといえば、何故彼が俯いているのかの理由が分からずに、変な目で見ていた。
「シズクってすごい鈍感だよな……普通は気付くと思ったけど」
「特殊なんだよな、多分ね」
「此処まで鈍いといっそ清々しいよなあ。ケンジが可哀想だな」
「あはは、確かに。でもしょうがないもんねー」
そんな二匹の様子を見て、サンとフライは苦笑するしかなかった。フライはケンジの方へ行き、慰めのつもりで彼の背をぽんぽんと叩いた。目の前で繰り出されるこんな光景に、シズクは訳が分からない、というような顔をしていた。
「さてと……あ、あれ!階段じゃない?」
それから暫く歩いていると、靄の中で霞んではいたが階段と見れる茶色い影がサンの指差す先にぽつんと在った。大分目にも慣れてきているようで、少し遠くても全く見えない訳ではなくなり、ぼやけている色はなんとか見ることができた。
「それっぽいわね。あと少しでこのダンジョンも終わりそうだし、さっさと行くわよ!」
この霧から早く解放されたい一心でシズクが小走りでその方向へ急いだ。このダンジョンを抜けたとしても、多分まだ霧の状態は続くだろうが、一時も気が休まらないこの場は誰もがさっさと抜けたい気持ちだった。
「シズクはせっかちだよねえ」
「お前がおっとりなだけだろ」
「はは、言うねえ」
たったっと駆けていってあっという間に靄に霞んでしまった黄色い背中を、ケンジ達、主にサンはゆったりとした心内で見つめていた。その時、誰もが気が緩んでいた。所謂、警戒することを怠っていた。
「ねえ、あれ……あの影、本当に階段?」
「いやそうだろ。階段以外に何がある?どうしたケンジ、シズクが心配すぎるのか?」
何かが、違うと。勘違いかもしれない。気のせいかもしれない。だが、今ケンジはシズクが近付いて行く茶色い何かに違和感を感じていた。そこから導き出された答えが、口に出したものだった。あれは本当に階段なのか。彼は本気だったが、フライとサンは茶化すようにくすくす笑っているだけである。ふざけているわけではないのに、とケンジは苛立った。油断するなとあんなに言っていたのは何処の誰だ。
「そういう訳じゃないよ。でもなんか可笑しいっていうか……んー……」
「勘違いじゃないの?だってあれはどう見ても階段___」
「___否、どうやらケンジの言うとおりだったようだ」
何かを確認した瞬間、フライの顔付きががらりと変わった。翡翠色の瞳は警戒に歪められ、靄の奥を見透かそうと目を凝らしていた。シズクの姿は、もうかなり遠いところまで行ってしまっていた。かろうじて黄色い影がちらちらと見えるだけだ。
「…………走るぞ」
フライが呟いた指示にケンジもサンも反応した。シズクはまだ茶色い影が階段だと信じきって走っている。ならば………彼女が、危ない。
(もしや……あいつの仲間か……!?くそっ、警戒心は高めていた筈なのに、油断してた……!としもあいつらなら……どうなるかも分からない……!!)
「シズクッ!!!」
「なに?うっさいわね、そんな焦る必要も……」
シズクが反論しかけた時に、甲高いポケモンの鳴き声が辺りに響き渡った。ケンジとシズクの口論が引き金になったらしい。階段に見えていた影が何個かに分裂しばさばさと羽音を立ててシズクの方に急襲してくる。
「なっ」
「伏せて!!」
現状が上手く理解できずに混乱状態に陥っているシズクはただケンジの言葉に従って伏せるしかなかった。波動弾を溜めている時間はない。どっちにしろ、彼女のことを右上、左上、真上とあらゆる方向から狙っているポケモンの群れを、一方向しか攻撃できない波動弾では全員を倒すことは不可能だ。ならばどうすればいいのだろう。今、フライやサンよりも遥かに前を走っているのがケンジである。二匹の協力を仰ごうにも此処では距離が遠い。
シズクに伏せろと言ったわりにどうしようか一瞬迷ってしまったのだ。
だが、考える間も無く身体が動いていた。攻撃を繰り出すために構えるが、それは波動弾を撃つときの姿勢ではなかった。何をしているのか、頭では追い付けていなかった。でも、その頭の中には様々な知識が蠢いていた。それを繋げ合わせて導き出せる答えは、何故か一つにまとまった。
彼が手を振り降ろした時、その手の先から白く濁った半透明の刃が無数に飛び出した。その三日月型の刃はあちこちに飛び、シズクの周りに群がるポケモンの群衆に突き刺さった。
___真空刃。リオルが覚えることのできる技の一つであり、波動弾と同じく遠距離技だ。しかもあちこちに飛び回るため真横にいる敵さえまとめて倒すことができる。
「……へえ」
たった今危機一髪の窮地を逃れたばかりだったが、彼女の声は淡々としていて平然だった。階段だと思っていた影は、ヨルノズクとホーホーの集団だったらしい。危険だが普通のダンジョンのポケモンでありほっとした者がいたことは彼らは露知らず。
「階段だと思ったんだけどなあ……ごめんね、シズク」
「別に。大丈夫だし。あんた達が……ケンジが気付いてくれなかったら危なかったかもしれないけど」
ヨルノズク一匹をリーダーとして、ホーホーが群がっているその集団を見つめて戦闘体勢を整えている四匹は、それぞれかなりの数のホーホーに面倒だと考えていたことは間違いなかった。ホーホー一匹なら苦もなく倒せるのだが、集団となれば話が違う。しかもヨルノズクは進化系であり実力的には強い方だ。
「とりあえず僕が広範囲に技を放って体力を減らしていく。ケンジも援護を頼む。サンとシズクは僕らの後ろから的確に攻撃していってくれ」
「分かった」
数的には遠く及ばないが、ギルドに所属する者として野性なんかに負けるわけはない。まずフライがグラスミキサーとエナジーボール、ケンジの波動弾と真空刃の応酬で向こうをひるませた。それで、まだ弱い個体が二、三匹倒れたがそんなことは慰めにもならない。続けてサンがウェザーボールを、シズクが電気ショックを連発した。
「サン、一瞬だけでいいから天気を晴れにしてくれないか?本当に一瞬でいいから!」
「う……うん、分かった!」
フライの指示に疑問を感じながらサンがまた目を瞑り意識を集中させる。サンの周りが橙色に光ると、フライの頭上にぽっかりと穴が開きそこから日光が差し込んだ。その光を受け、フライが一瞬でソーラービームを溜め終え、そして発射した。ホーホーが何匹か吹っ飛ばされ、これでヨルノズクとホーホー四匹程に減った。
「あとちょっとよ!」
まずは取り巻きの四匹を片付けようと、彼らは一気に駆け出した。ホーホーが繰り出してくる催眠術をフライが光の壁で防ぎ、眠り状態にならないようにした。その光の壁から抜け出したケンジがまず至近距離からのはっけいでホーホーを二匹、シズクのアイアンテールでもう二匹を吹っ飛ばした。
「ナイス!」
「シズクもねー!」
あとヨルノズク一匹になったところで、四匹まとめて攻撃を仕掛けた。ヨルノズクも翼で撃つやゴットバードを繰り出してくるが、彼らには当たらなかった。フライのエナジーボール、シズクの電撃、ケンジの波動弾、サンのウェザーボールによる攻撃の連発で、ヨルノズクは呆気なく倒れた。
「はあ……よかった」
束の間の安堵にシズクは僅かに溜め息をついた。他の皆もかなり安心しているようだ。
「ほんと危なかったあ……階段に化けるとか趣味悪いよね!!」
「ん、あれ階段じゃん」
「本物?」
「本物、本物。ちゃんと階段だよ」
ヨルノズク達を倒したあと、そこから直ぐに近い場所に階段が佇んでいた。しっかりと段差がついている、茶色い階段だ。間違いなく、本物であった。
この濃霧の森は11階……階段11個を通りすぎ、やっと出口に辿り着けた。普通の階数だが、霧があったからか妙に長く感じていた。面倒の極みであった霧を抜けられたことで、彼らはほっとしていた。
「やっと抜けたねー」
「うん……でもなんか此処……不思議な感じね」
ダンジョンは抜けたものの、まだ辺りには靄が立ち込めていて進むべき方向が確認できなかった。周りからは水が何かに激しく叩き付けられる音がするし、ばしゃばしゃという圧倒的な水音も聞こえてくる。この近くに湖でもあるのかもしれない、と四匹は考えた。
「水が所々から何筋も落ちてるみたいに見える。何処から落ちてるのかまでは見えないんだけど……」
「此処が一番奥ってこと?まだ先があるようにも……見えなくもないんだけど」
「進むにしろ、これじゃ霧が邪魔だな」
この後どうやって進んでいくか話し合っている。そんなところに、何か声のようなものが響いてきた。
……………………ェーイ!!!!
「ん?この声……」
「……ヘーイ!!ヘイヘイヘェェエエエエイ!!!!」
白濁した世界の向こう側から、赤く光る甲羅を持つザリガニのようなポケモン、ヘイガニのヘイライが鋏を振り回しながら声を張り上げて此方に近付いてきていた。普段の探検活動から、ヘイライにそこまで実力があるようにも見えなかったが、霧があるなか一匹で此処まで来れたということは、それなりに強いということが伺えた。
「あ、ヘイライ!来てたんだ」
「おうよ!お前達は今来たところか?」
「そうだよ。ちょっと霧が濃くて苦戦してたけど」
「それはおいらも同じだぜヘイ!
で………そっちは何か手がかりとか見つかったか?」
「ううん、まだ何も……ヘイライはどうなの?」
「おいらもさっぱりだぜ。………でも……ちょっと気になるものがあってよ」
「……気になるもの?」
「嗚呼。だがほんとに些細だから役立つかはいまいち……」
「それは謎を解いてみなくちゃ分かんないよ!その『気になるもの』があるところまで連れてって!」
「分かったぜヘーイ!!」
ヘイライはくるっと方向転換し、靄の向こうに走り去っていく。シズク、ケンジ、サン、フライは、そんなヘイライの後を追って同じく霧の中に突っ込んでいった。