#101 いざ出発!
「準備はこんなもんでいいかしら?」
「うーん、まあいいんじゃない?ダンジョンでも色々拾えるし」
トレジャータウンでの用は粗方済ませたので、シズクとケンジの二匹はギルドへと足を運んでいた。先程フライから聞かされた、あの深刻そうな『注意』がまだ胸の中に引っ掛かってはいたものの、そういうことは遠征では当たり前なんじゃないかとケンジは結論付けていた。皆楽観的だが、ダンジョンが危険な事に間違いはないのだし、未開の地がその更に何倍も危ないのは百も承知の筈だった。だが、遠征に行けるという楽しみだけを目の前の現実としてわくわくしていたのは本当だった。もう少し警戒心を高めなければ、今後危ない。
シズクの方もケンジとは同意見の様で、フライの話に関しては議論は完結していた。まずは目の前の事も大事だ。始まろうとする遠征への熱気を肌で感じながら、二匹は体を堅くした。
「準備が出来たか?」
「うん、大丈夫」
「そうか。念のためもう一度チェックしておいた方がいいぞ。道中のダンジョンを見くびると怪我どころでは済まないからな?」
「分かってるわよ」
朝礼場では既に弟子達が全員集まっていた。皆バッグの中に手や足や頭を突っ込んで再確認を行っているようである。フライをちらりと見てみるが、あの重そうな雰囲気は消え楽しげに笑顔を見せる少年の姿がそこにあった。フライの心配が杞憂に終わればいいと、シズクは密かに感じる。
バッグの中をもう一度覗くために金具を開けると、彼女の肩をぽんぽんと叩くケンジの姿があった。手には弁当とテントがあり、これをバッグの中に入れるようジェスチャーしている。シズクは面倒だな、と思いながらも受け取って、空けておいたスペースに青い袋を突っ込んだ。ダンジョン内で戦えば中身も揺れるだろう。弁当は多少崩れるかもしれないがそれは仕方ない。
木の実の量、グミ、林檎、種、不思議玉の数を確認する。このくらいあれば大丈夫だろうと、直ぐに金具を留めた。
探検隊は、初期に結成されたメンバーの中に数匹仲間を引き込むことができる。ダンジョン内で戦い、正気に戻ったポケモンを引き入れたり旅ポケモンを勧誘したりその経路は色々であるが、とにかく仲間を増やせることが可能なのだ。しかし、この遠征で言ってみれば『外部』のポケモンを連れていくのはギルドの情報漏洩に繋がると危惧したのだろう、仲間を連れていくことは禁止になっている。チームガーネットは、シズクの性格から仲間を必要としてはいなかったが、普段一匹で行動しているようなヘイライとなると話は別だった。さっき泣きながら仲間を置いてきたばかりだ。そのルールをラペットに抗議しに行っていたが、それを肯定してくれる弟子は珍しいことに少なかった。
「えー……どうやら、皆集まったみたいだな。さあ此方に集まってくれ……大丈夫かベントゥ?」
「だ、大丈夫でゲス……ちょっとクラボが潰れてて」
「全くしょうがないな。ほらほら、早く此方に……うん、よし。
それでは今から、今回の遠征についての説明をしようと思う。まず、今回遠征に行こうとしたその目的。それは、『霧の湖』の探索だ」
「霧の湖……って、何?」
「そこが所謂『未開の地』って訳なの?」
「その通りだ。その霧の湖は、此処から遥か東に位置しているとされる湖なのだ。だが……そこは霧に包まれており、故に誰の目にも発見されたことがない。上空から見ようとしても……探検に行こうとしても、霧によって邪魔され結局迷ってしまうのだ。つまり、今まで誰も見たことがない場所だ。そこには噂のみが生きており、幻の場所とも言われている」
「そんな……此処以外にも有名な探検隊ギルドはあるけれど、そこでも見つけられなかったんですか?」
「そういうことだ」
次々に飛ぶ質問に、ラペットはいつものように「煩い!」と言わずに重々しく頷いて答えていく。今回の遠征の重要さを皆に伝えようとしているようだ。
「しかし謎は怪しいだけではない。なんとその霧の湖には……とてつもないほどの美しい金銀財宝が眠っているらしいのだ!!」
これは効果底面だった。周りの空気が一変したのである。後ろにいるドクローズからは欲求不満のオーラがガンガンと伝わってくる。その宝の中に宝石があればいいな、多分手に入れたお宝はラペットが八割ほど回収するんだろうけど、その前にお金少々、宝石数個、金貨数枚ちょろまかすことが出来るかもしれない。シズクもまた欲求がある。
「……さてと。皆、不思議な地図を出してくれ。
今から霧の湖の場所を説明するから、必要な者は地図に書き込むためにペンを出しているといいだろう」
それに倣い、あちこちでペンを取り出すごそごそという音が広がった。ペンを探しあたふたしているケンジに変わり取り出したシズクは、そのペンを指でくるくると回しながら足元に広げた不思議な地図に目を落とす。開拓されていない場所はまだまだあって、雲で隠されている部分が大半だ。それもそのはず、氷や砂漠といった場所にはまだ進出出来ていないのだから。
「まず、ここが霧の湖だ。未開の地の為、雲で覆われているだろう?その中に湖が存在する。そして、我々のギルドは此処だ」
ラペットが指した場所は、プクリンのギルドが在るトレジャータウン。それは大陸の、海に面した端の方にあった。対して霧の湖は、そこから東の方向にずっといった場所に指されていた。シズクはその辺りをペンで印をつける。
「見ての通り、我々のギルドからはかなりの距離があることが推測されるだろう。なので策がある。
此処の麓……此処に在る高原の麓に我々のベースキャンプを張ることにする。尚、ベースキャンプまでの道中全員で進んでいくのには機動性に欠けるため、幾つかのグループに分けて行動しようと思っている。今からそのグループ分けを発表する。
最初のグループ、シニー、ノンド、リナー、ググヌ。次のグループ、ベコニン、ウェンディ、ヘイライ。んで、私と親方様は二匹で行くということで……よろしいですね?」
「えー!?ラペットと二匹!?何それつまんなぁい!!」
まるで駄々をこねる子供の様な我らが親方の姿に、ラペットは深く溜め息をついてしまった。作戦を立てていた時点から、こうなることは予想出来ていた。心の準備も出来ていたが、いざはっきりと言われればそりゃあ辛かった。だが此処は皆を仕切る立場故、我慢しなければならない。
「……我が儘言わないでくださいよ。これも大事な作戦ですので」
「ケチ」
ふて腐れぎみに呟かれた一言にもぐさっと来てしまう。こう見てみると、ラペットも中々不憫である。
「はあ……さてそれでは、ドクローズの皆さんは単独でお願いしますね」
「承知しました……クククッ」
「そして最後のグループ、サン、フライ、シズク、ケンジ、ベントゥ。少し多目だが新人のグループなのでまあ良いだろうな?」
「私達もうそんなに新人じゃないよー!」
「分かってる分かってる」
未だ新人と思われていることに不満を感じていたサンが抗議するが、フライにあやされるように宥められていた。しかし、新人だらけのグループで構成してしまって本当に良いのだろうか。心なしか不安な要素はあるがこれもきっとラペットの作戦の内なのだろう。勝手に納得したケンジは軽く頷き、また視線をラペットに戻した。
「グループごとにベースキャンプまでの道程を決めてくれ。海沿い、洞窟内、登山。因みに私達は一番近道を通って先に行き、キャンプを張るので文句は無し。どれも距離的には同じくらいだ。相談して決めるんだぞ」
「シズク、ケンジ、サン、フライ、よろしくでゲス!」
決定したグループのメンバーに向けて、ベントゥは溌剌に挨拶した。後輩も二匹同じの為、いつまでもサンやフライに頼りっきりにせずに自分で頑張ろうと意思を固めて声に出す。ケンジは笑顔で返し、シズクもぺこりと頭を下げた。
ベントゥは確かに実力的に劣るかもしれない。けれど、経験では新人二匹より上回ってる……筈だ。頼れる先輩になれるように、頼られるポケモンになれるように、今回の遠征で出きる限り努力しようと彼はもう一度心に決めた。