#100 遠征準備
「それでな今後の予定を知らせておく。この後、遠征についての説明会を行おうと思う。なので、遠征隊に選ばれたメンバーは……って言っても全員だけど……各自遠征に行くのに適した準備を済ませてくれ。それから、ギルドに所属はしてないチームの仲間は置いておくことになる。ウェンディの編成所で調整しておいてくれ。
今回は長旅になることが予想されている。後でウェンディ弁当と野宿用のテントを渡すが、それ以外でも準備がかなり大切になってくる。状態異常回復系は勿論、オレンも予備があると好ましいな。林檎も持っていった方がいいが、保存性のあるグミが重宝されると思う。道中ダンジョンも通る可能性があるから、その辺も考慮して進めてくれ。
以上、解散!!」
ラペットの合図により、お喋りが爆発したように広がった。ほとんどが安堵を表すもので、遠征への期待を話しまくる者もいた。
「おいよかったじゃないか、ケンジ!選ばれてさ!」
「う、うん……!ラペットが終わろうとしてたときはすっごいビビったけど……でもよかったよ!諦めないで良かった!」
「ほんと。あんた目に見えるほど落ち込んでたから雰囲気死んでたわよ」
「まあまあ、それはもう終わったことじゃん?初めての遠征で全員で行けるなんて夢のまた夢だよ!嬉しいなあ〜!!」
四匹でいつものように軽快な会話を交わしていると、だんだん皆も集まってきた。ノンド、ヘイライ、ウェンディ、シニー、ベントゥ、リナー、ベコニン、ググヌ。皆が皆顔が綻んでいた。
「さっすが親方様ですわ!考えていることが並外れていますわ!!」
「うっ……あっしは……あっしは……遠征メンバーに選ばれただけでも嬉しいのに、全員で行けるとなるともう……夢のようでゲス!」
「夢なんかではない。全て、本当の事なのだ。とにかく皆で行くと決まった以上は、私達の力も試されるということだ。だから此処は私達弟子が一つになって……この遠征を成功させようではないか!」
「サボってる大人が言うような台詞じゃないよな!ヘイヘイ!」
「黙ってろ、ヘイライ。本当のこと言うと可哀想だろ」
「それが暴言っていうね」
茶化しあいでさえ、今や微笑ましい団欒だ。茶化されている側のベコニンはちょっと頬を赤らめたが、これくらいの事ではサボるのをやめたりしないだろう。
「でも確かに、ベコニンの言ってることも正論だしね」
「その通りですわ!」
「うぉぉぉ……燃えてきた……燃えてきたぜぇぇぇ!!!」
「皆で力を合わせて………頑張ろうね!!」
もう一度、「おー!」と拳を高く上げて全員が唱和した。これから始まるであろう冒険心掻き立てられる事件を待ちわびながら。
*
「やっぱりバッグの整理しといてよかったわ」
「ね!結構すっきりしてる〜」
ギルドを出てトレジャータウンに向かいながら、シズクとケンジは並んで歩いていた。ケンジはというと、今やかなりスカスカなバッグに手を突っ込んでパタパタやっていた。そんな幼稚な彼の仕草に、シズクは呆れながら苦笑していた。
「大体いらないのは倉庫に詰めたし、後は使いそうな者を買ったり引き出したり……じゃない?グミとかも出さないと」
「そうだね。装備品とか飛び道具とか……?でもあんまり溜めてないよね、その辺」
「だから今はとりあえず木の実とグミを揃えることね。装備品とかは帰ってきてからも集められるでしょうし」
意見の一致した二匹は、グミを引き出すために倉庫へと向かった。グミというのは、主に保存品として扱われている食材だ。しかし、大体の探検隊は少しの遠出であっても新鮮で、かつ旨いと評判の林檎を大量に持っていく。林檎は、森の中では勿論、洞窟内であっても実を落とすので、探検隊からの人気は高い。対してグミは、確かに保存性があるが今回の遠征の様に本当に遠いところまで行く場合しか使われていない。新鮮な物は直ぐに腐るがグミは長期間味を保つことができる。野宿をして行くような場所にはぴったりではあった。
「遠征に行くんだって?新入りなのにやるじゃないか」
倉庫の番をしているガルーラのダルナが二匹に話しかけてきた。この辺りの情報網は相当広いようで、もう伝わっている。しかも全員で行くということも伝わっているらしいので、あちこちから浴びせられる期待の視線をやり過ごすのは辛かった。期待されるのも嬉しいけれど、脚光を浴びるのは好きじゃない……シズクは、「頑張れ」という激励の言葉でさえ嫌な感じで受けていた。
倉庫でグミを引き出し終えると、バッグの中身はかなり膨れ上がっていた。この上に弁当とテントを入れるのだから大丈夫だろうか、と二匹は密かに訝る。このバッグは見かけによらず沢山の荷物が入ると評判だが大きなものが立て続けに来るとどうなるか予想もつかない。
とりあえずテント用に下のスペースは空けておいて、ダンジョン内で使う木の実類や不思議玉を上の方に持ってくるなどしてなんとか収まった。
「やっほー、二匹共っ!」
バッグの整理に齷齪していた二匹の傍に、不意をついたかのようにサンがぴょこんと現れた。軽快なステップであったが、バッグはずっしりと構え重そうにゆらゆらと揺れている。軽そうに見えるものの、やはり遠征にいくとなればみな荷物は多いことになるのだろう。
「いやあ、荷物多いね!!これでダンジョンとか結構キツくない?」
「そうかもしれないわね。でも多分何とかなるわよ。ダンジョン道具を取り出しやすい場所に置いておけば」
「そっか、そうだねー。種とか下の方にしまっちゃったなあ……出しとくか」
再びバッグをごそごそやりだしたサンを尻目に、シズクは首に掛かっているオパールのペンダントを徐に弄り始めた。その愛らしい姿を眺めながら、少しぼーっとしていたケンジだがサンが一匹という違和感に気付いた。
「あれ、サン?フライは?」
「え?……あれ?」
サンも自分の後ろを振り返り、そのあとくるくると回り……きょろきょろと辺りを見回してフライがいないことを確認した。おそらく気付いてなかったんだろう。首を傾げてうーんと深く唸っている。
「可笑しいな……さっきまで一緒だったんだけど」
「私達の所にサンが来たときは居なかったわよ」
「そうだよね……可笑しいなあ……」
「記憶を辿ってみたら?ほら、フライが部屋に残るとか……手紙出しに行くとか言ってた?」
手紙を出しに行く、というのはありそうな事だった。先程、解散の合図がかかった瞬間にベントゥを筆頭にノンドやシニーが続々と故郷に残した家族や友人に自分の功績を伝えようと郵便局に殺到したのだ。その群れにフライが加わっていたとしても可笑しくはない。サンから聞いたが、フライはどうやら旅をしてこの周辺まで来たらしいし。
「いや、そういうことな無かったような……」
「じゃあなん………あ」
『じゃあ何なんだろう』。そう言いかけたところで本人が姿を現した。紛れもなくフライである。ちょっと困ったような表情を隠しきれていなかった。
「あ、フライ!何処行ってたのよ!?」
「ちょっと私用でさ。遠征なんて大変なもんに行くんだから個人で準備しようかと思って」
「ふうん、そう」
何でもなさそうに手を振って返したフライを見つめるサンは、何処か不服気だった。
「嗚呼そうだ、ケンジ、シズク、それにサンも。話したいことが……というか、注意したいことがあるんだけど、いい?」
「いいよ」
「いいわよ」
フライがかなり深刻そうだったので、サンも不満げ表情を崩してフライの話に耳を傾けた。シズクとケンジもサンに倣い、フライの方に意識を集中させる。
「あのさ……遠征にいく場所は、未開の地って話だろ?つまり、誰も行ったことがない。何があるか分からない、危険な場所なんだ。だから……頼む、充分に注意してくれないか。警戒を怠らないように。どんなときでも油断しないように。何か可笑しいところがあったら、その場にいる他の誰かに言うんだぞ。もし一匹だったら直ぐ様逃げろ」
冗談な感じではなかった。フライは真面目に語り終え、口を閉じる。からかい合う雰囲気でも、楽しげな雰囲気でも無くなってしまったが、三匹はフライの話に神妙に頷いたのである。
誰が泣いても、誰が笑っても。遠征出発までは残り僅か。