#99 待ちわびたメンバー発表
「……さて。それでは今から、遠征メンバーの発表を行おうと思う」
ラペットの一言で、場の空気が和やかなものから緊張感へと一瞬で変貌した。待ちわびたものだと期待し、わくわくした気持ちを隠せない者。自信はあるものの、それでもまだ不安な者。どうなるか分からない、先の見えない未来を見透かそうと躍起になり、不安を余計に沸き立てる者。それぞれに。
「……いよいよね」
「いよいよですわね……!」
「うう……緊張するでゲスゥ………」
「心臓超ドキドキいってる……やばい」
「それでは親方様、メモを」
「うん、はい♪」
声に応じ、いつものような汚れのない笑顔を見せながら、パティが今まで手に持ちながらブラブラしていた小さなメモ用紙をラペットへと手渡した。そのルンルン気分な我らが親方を見て、よくそんな気分になれるな、とその場の全員が思ったとか。ドクローズの三匹は勿論、呆れたように嘲笑する。それをシズクが目の端で捉え微かに睨み付ける。ミグロも対抗するように目を吊り上げた。
「いいか、このメモに遠征に行くメンバーが書かれている。名前を呼ばれた者は前に来るように」
羽の先に佇む紙切れをひらひらと見せびらかしながらラペットは弟子に説明した。いよいよ来る……察した弟子達は皆一様に身体を堅くした。ケンジは不安が最高潮に達していて、たとえ落ちていたとしても早く言ってくれれば楽なのに、と頭の何処かで考えていたりした。
「では……発表するぞ。えー、まずは………
ノンド♪」
「うぉぉぉおおおおぉぉおおお!!!やったぜぇぇえええええええ!!!」
朝の掛け声や皆を起こす時の声より倍くらい大きな声で叫び、ノンドはふらつく足下でラペットの隣へと向かう。先程少しだけギルドが揺れたのは気のせいだろうか。
「ま、まあ、わしが選ばれるのは当然なんだがな!!がははは!!」
「昔の一人称飛び出てるぞノンド〜」
(よく言うわねえ……)
(内心は決して穏やかではなかった筈ですわ)
(いちいち叫ぶなっての。うっさい)
(このギルドにはハイパーボイス使いが二匹いるのか……?)
ノンドは気付いていないが、ラペット、パティ以外の皆はノンドの事を何かと心の中でディスっていた。シズクは思いっきり冷たい目をしているし、ミグロはこのギルドの不可思議さに眉根を寄せていた。ノンド自身、昔ちょっとしたキャラ変えとかで直した一人称を大声で口にしてヘイライに突っ込まれている始末だ。
「おいノンド、早く前に……よし。次!…………ヘイライ♪」
「ヘイヘイヘェェエエエエイ!!!選ばれたぜぇぇえええええええ!!!」
そして此方も、ノンドには多少劣るが大声を出してラペットの方へと駆けていく。シズクの頬袋がピリピリしているのを近くに感じているケンジは別の意味で不安でもあった。
「さあ、どんどん行くぞ。次は……お………おおっ…………なんと………最近まで新入りだった……ベントゥ♪」
「えっ!!?あ……あっしが!?あっしが遠征隊にっ………!!?」
緊張が抜けたからか、涙目になっているベントゥを、近くにいたフライが優しげな笑みでぽんと肩を叩いている。その事実をまだきちんと受け入れられていないのか、その場でぷるぷると震えている。フライやシニー、ウェンディやサンなどにも聞いたが、ベントゥは入門当初から色々とやらかしてきたらしい。しかも、ほぼ同時期に入ってきたフライとサンが有能でありベントゥはどうやら存在が霞んでいたようなのだ。彼から話を聞かされていたフライ曰く、今回も相当不安だったらしい。普段から気の弱いベントゥである。悩みすぎていたのかもしれない。
「良かったじゃん、ベントゥ!選ばれて!」
「うっ……ううっ………」
「どうしたベントゥ、早く前に来るんだ」
「い……行きたいのはやまやまなんでゲスが……感動のあまり足が動かないんでゲスゥ……」
「はぁ……全く、まあ仕方ないな。そこにいなさい。
それでは次!えーっと、シニー♪そしてウェンディ♪」
「きゃーーーーーーー!!!!」
「えっ!?私達も!!?」
シニーは女子の鉄板ともいえる声をあげた。ウェンディはいつものように至って冷静ではあるが、それでも少し動揺しているようだ。上ずった声の中に喜びが聞き取れた。
「えー、以上で……遠征メンバーは___」
「……うっ………」
ラペットが締め括るため、もう一度メモに目を落としながら単調に言葉を紡ぎだした。自分達の名前が呼ばれるまで、決して聞きたくなかった言葉。それが耳に飛び込んできた瞬間、ケンジは誰の目に見ても明らかに、顔を俯かせた。それを見た選ばれた側の弟子達は何とも言えない気まずい雰囲気に陥る。
後ろで待機しているドクローズの三匹は、その雰囲気に逆に笑顔を見せていた。
「……どうやらあいつら、駄目だったらしいな。クククッざまあみろ」
「ケッいい気味だぜ」
「湿気た面してやがる。へへっ」
この光景を傍観者の様に眺めながら、ミグロは大いに満足していた。生意気なあの二匹が落ちてくれた。弱虫で臆病なケンジはまだミグロよりも圧倒的に弱いことは分かりきっている。だからそれで自己満足していた彼らだが、ミグロはシズクが自分より本当に弱いのか分からなくなってきていた。林檎の森での、自分が圧倒される感じ。強力な殺気、狂気。だから彼は欲していた。シズクが自分より弱いと確信を持って言える何かを。遠征メンバーの発表、それはこの事に関してぴったりな事柄だった。そしてシズクは落ちた……つまりミグロは、シズクが自分よりも弱いと言うことに確信を持つことができる。
(クククッ……所詮この程度か、シズクめ!)
一方シズクは、悔しがるより前に一つの疑問を抱いていた。それは、未開の地とまで言われる場所へ行くにしては人数があまりにも少なすぎるということだ。未開の地。それは、今まで誰も行ったことがない場所。よって、何が待ち受けているのか、どんな敵がいるのか、想像がつかないのだ。だというのに、こんな遠足に行くみたいな人数で大丈夫なのだろうか。いくらパティであろうとも、大人なのだし一つのギルドを担う身だ。そのくらい考えていそうなものだけど。そう違和感を感じているのは、ラックも一緒だった。
(……可笑しいな……)
(可笑しいわね……)
ケンジは勿論それどころではない。サンもどうやら『選ばれなかった』ということを既に受け入れてしまったようで、目が圧倒的に死んでいた。フライはというと……よく分からない、とシズクはフライの横顔を目の端で捉えながら思った。何を考えているのか全く以て読めない、と。顔色も、視線も、表情も変わらない。この結果に絶望も、かといって喜んでいるわけではないし、はっきりいって無表情だ。今フライが何を考えているか読めたら楽なのに。こんな状況で、要らない考え事をしているシズクは自分を叱咤した。
(まだ名前を呼ばれていない……これはまずい事ではないが、あれを……一目見ては見たかった。しかし今の自分の立場を考えると……そしてあの方の事を考えると、行かない方がいくらか得策なのかもしれない……此処にいればある程度対策もとれるし警察も居るから最悪の事態は避けられる。が……それでも)
(……ケンジ、苦しそうですわ)
(そりゃあそうだろ。だって親方に一度期待されたらしいぜ。これで落ちるなんて上げて落とされたようなもんじゃねえか……)
(これ、何とも思ってないのかしらね、ラペットさんは。ちょっと無慈悲じゃない?)
(あいつは元から無慈悲な奴だ。あと金が好きだ)
(……なんだかすごく気まずいでゲス……前に立ってて嫌な雰囲気でゲスねえ………)
目の前に並ぶノンド、ヘイライ、ベントゥ、ウェンディ、シニーの四匹は惨めに震えているケンジを目の前にして、前に立つ身であることを少し恥ずかしく思ってしまっていた。落ちた仲間がいるのに、その前で喜ぶ事も不可能だ。普通歓喜に打ち震えるであろ場面の筈なのに、四匹は沈んだ気持ちになっていた。
この絶望感を更に高めるもの。それは、後ろでほくそ笑むドクローズの三匹である。ケンジとシズクが落ちたことで嬉しさを隠しきれていなかった。この三匹が、前からシズクとケンジに対して常人じゃないほどの対抗心というか敵対心を抱いているらしいことはこの場にいる皆が知っていた。そのなかでシズク達の味方なのはラペット以外全員。ラペットの判断を皆は批判しまくっているが、不幸か幸運かラペットはそれに気付いていない。
この雰囲気に気付かず、淡々と事を進めようとするラペットの姿は反感を買った。ノンドはぼそぼそとラペットの悪態を呟きまくり、それにヘイライは物凄い勢いで相槌を打っている。しかし悪態をつくことで何とかなるとは誰も思っていなくて、シニーはもう少し現状を変えられるような行動をしようと蔓の鞭を密かに構えていた。
「えー、遠征メンバーは以上で………以上で……ん?あれ?………」
締め括ろうとしていたラペットの声調に違和感を感じ、皆がラペットの方を盗み見た。ドクローズはこの他に、何か自分達を喜ばせてくれる物事があるのだろうか、と耳を傾けているようにみえた。そんな視線を知ってか知らずか、ラペットはメモを食い入るように眺め始める。
(……ん?……なんだ、これは?こんなメモのはじっこに何か書いてあるし……全く親方様ったら文字が汚いんだからなあ………でもこんなこと言ったら酷いことになるのはわかってるし……えーと)
「えーっと………遠征メンバーなんだがまだ続きが……えー、他には……。
リナー♪ ベコニン♪ ググヌ♪ サン♪ フライ♪ そしてシズク♪ ケンジ♪
………って………えぇぇえっ!!!?何ですかこれ!!?親方様!!!これってもしかして……もしかして……ギルドのメンバー全員じゃないですかぁ!!?」
「うん、そうだよ〜!」
読み上げた後のラペットは非常にあわてふためいていた。羽を両方忙しなく上下にパタパタ動かし、メモもその風に乗ってヒラヒラ揺れながら、親方であるラペットに唾を飛ばしながら迫っている。対するパティは、まあ当たり前の事、こうなることを推測済だった唯一のポケモンだった訳なので、冷静に……否、無邪気に、相変わらずにこにこと笑いながら、答えていた。
「どういう事ですか!?どういう事なんですかこれ!!?」
「そのまんまだよ♪」
「そ、そんなぁ〜………それじゃあ選んだ意味が……。
大体!そんなことしたらギルドには誰もいなくなっちゃうじゃないですか!!留守番する者がいなくて大丈夫なんですか!?ほら、最近何かと物騒ですし、此処は結構有名なギルドだし、お尋ね者とかが名を上げるためとかに乗り込んでこようとした時とか、お客さん来たときとか、せめて見張り番のリナーぐらいは………」
「大丈夫だよ〜。ラペットったら心配性だなあ!僕が何も考えてないとも思ったのかい?そんなこと無いよ!ちゃんと戸締まりしてくし、『遠征に行ってきます』って張り紙しておくつもりだからお客さんも問題無いし〜」
ルンルンしているパティを横目で見ながら、ラペットが「だからこそ不安なんですよね……」と呟いていたが、勿論本人には聞こえていない。
「あの、親方様」
そこで口を出したのが他ならぬドクローズのリーダー、ミグロであった。シズクとケンジの間で見せる思いっきりチンピラな雰囲気ではなく、パティやラペット用のいかにも『丁寧で上品』キャラの口調で攻めていく。
弟子達は皆、『お前が出てくる場面じゃねえ』とタイミングぴったりでミグロを睨み付けるが、ミグロは所詮ゴミの視線と気にしない。
「ん?なぁに〜?」
「親方様、私もそれについては心配です。遠征に行くにしてはかなり人数が多すぎではないでしょうか?」
「んん〜……友達に言われると悩むなあ……」
いつから友達になったんだ。並ぶ弟子達は一斉にそう思った。やはりうちの親方も落ちるところまで落ちたのか、と。
「そもそも……何故全員で行くのですか?皆で行くなんてまとまりに欠けるでしょうし……皆で行く必要なんて、あるのですか?」
ここで、ミグロは『論破した』と思ったのか僅かににやりと口角を上げた。パティが自分の言い分に乗ってくれればあとは簡単だと。しかし流石天然、誰かの思い通りに動く筈がなかった。
「えーー!?意味はあるよーー!!だってー全員で行った方が楽しいでしょ?」
「ひぇっ!?」
その時に、見せた笑顔に。何故だかミグロは寒気を感じてしまった。まるで脅迫じみていた。目が……笑っていなかった。メンタル的にも力的にも自信のあるミグロだが、この時ばかりはゾクッとした何かを察知し、間の抜けた声を出してしまった。そして、自分が言い負かされたことに多少の怒りを感じるが、言いかえそうとは微塵も思えなかった。
「考えてもみてよ!!皆でわいわい行くんだよ!?それを想像するだけで、僕わくわくして眠れなかったんだよ〜!」
完全に動きが止まってしまったミグロの前でパティは更にうきうきした様子で言った。硬直したミグロをちらりと見て、シズクは内心馬鹿にする。『此処の親方、舐めんじゃないわよ』。
「という訳で皆ぁ!!これから楽しい楽しい遠征だよ♪頑張ろうね♪」
「おぉーーーー!!!」
拳を振り上げ、生気のこもった元気一杯の掛け声。叫ぶ皆の顔には笑顔しか残っていなかった。選ばれた、良かった。安心、安堵、期待。経験したことのないミグロ達は、この雰囲気についていける筈もなく呆然と突っ立っているしかなかった。