#97 闇の影と青の光
___暗闇の中に、一筋の閃光が走った。
「ッ……何処だッ!!」
頭上から降り注ぐように滴る水滴が、足元の地面を湿らし、水溜まりを更に増やす。そんなつるつると滑る場所で、まともに走ることは確かに難しいと言えた。けれど、今走っているポケモンは___この男は、辺りに警戒し、耳を澄ませながらもしっかりとした足取りで、転ぶことなく走り抜けていた。
目的の場所。成し遂げなければならない事柄。使命。その為に、全世界を敵に回すことは、安易に想像できたこと。だが、明らかなる勘違いで、未来を思って行っていることを『悪』と見なされ追われてしまうのは、心苦しいところがあった。今はまだバレていないものの、これから先世界が、事情がどう変わっていくか分からないのだから何とも言えない。
蹴りあげられる地面。その度に跳ねる雫。まるでサファイアのように、煌めきながら落ちていく神秘的な光。辺りに巡っている鍾乳洞。地下深く。此処に、此処にある。
男は走り続け、ついに目的の物の目の前に辿り着いた。まるで、闇の中に光球が浮いているような光景だ。それはあまりにも力強く、儚く、物憂げで、世界の『核』を保つ為にしっかりと佇んでいた。
しかし……その輝きでさえ、この世界ではもう無用になってしまった。今からこの輝きを奪わなければならない。その行為がどれ程の罪を負うとしても……仕方がないことなのだ。全ては自身の願いの為にも。一瞬脳裏に走る後悔を必死に振り払った男は、そっと、その光に向けて手を伸ばした。
未だ神秘的な光を放っている物体と、その光に反射して銀色の輝きを放つ湖により、男の姿が露になる。黄緑色の肌。下顎から腹部にかけてはサーモンピンクに似た色を宿している。頭からは一本の、若々しい程に煌めく葉が伸び、尻尾も二本の大きな葉によって成されている。そして、まるで鉤爪を思わせるような、二本指の手と足。腕にも三本の鋭利な刃物のような葉がくっついていた。睨むだけで威圧感を増してしまうような黄色く鋭い眼光。
このポケモンは___ジュプトルという種族であった。
洞窟に忍び込んだジュプトルは、青緑色の光に手を突っ込んだ。そして、そこに浮かぶ『時の歯車』をしっかりと握りしめる。冷たく、金属のような無機質な感触。その中に何処か偉大さを感じさせる何かを仄めかす歯車は、ジュプトルが触れ、その空間から引き出された瞬間に光を途絶えさせた。電球が切れるように、ぷっつりと。なんの前触れもなく、『歯車』の支配は終わる。
奥の方から灰色の波が迫り、空間が、時が崩れる微かな音が聞こえた。鍾乳洞から落ちる雫は、波に飲まれる度に動きを止めてそこにひっそりと佇むだけになった。
ここの時が、止まり始めたのだ。波に飲まれれば、生命体であろうとどうなるかは分からない。なるべく急ごうと、ジュプトルは方向転換しそのまま足を速めた。
世界の『核』を盗み、歯車を持ち出すという大犯罪を犯し、後に全世界で語られることになるであろうこのジュプトルの彼の名を。
─────リハンデと言った。
灰色に染まり、無味な世界に染まった洞窟。そこに長い間存在し時を見守ってきた『時の歯車』は、リハンデの手の中で、楽しげな光を漏らすのであった。