#90 何かの知らせ
今日もまた、いつも通りの朝が来た。鳥ポケモン達の囀りに耳を傾け、ぐん、と伸びをすると心地がいい。隣ですうすうと寝息を立てて眠っているシズクを見ると、ぐっと何かが込み上げてくるように感じた。この感覚、何だろうか。最近、シズクを見る度に感じることだけど。鼓動が妙に大きく聞こえて、ドキドキするというか、何と言うか。気にしたら負けな気がするのだけど。
窓を開け放っていたため涼しげな風が部屋の中を満たしている。早朝の風が俺の肌を撫で、シズクの黄色くてふわふわしている体毛を、さらさらと漂わせていた。
嗚呼、気持ちいいな。
朝がこんなに気持ちいいだなんて、感じたこと今までに無かったかもしれない。此処に来るまでの間、風を感じるなんて機会、そうそう無かったもの。……忘れよう。あの時の事は、思い出して気持ちよくなれるものではない。
時計を見上げれば、時刻はノンドが起こしに来る一分前だった。早く準備して出ないと、ノンドは起きているのに見境なく大声出すからはっきり言って迷惑……本人の前では言わないけど。
しかし、シズクがこんな時間まで寝ているのは珍しい。いつもなら起床時間より最低十分は余裕に起きているのだが、今日はまだぐっすり眠っていた。いや、シズクの寝顔見れただけで十分なんだけど。ほんと充分なんだけど。願ってもない幸せなんだけど。
俺は変態じゃないぞ。断じて違う。
ぼーっと考えながらバッグに最低限の荷物を積めていたら、俺の手から不思議玉が、ごとり、と大きな音を立てて床に落ちた。宙に散る埃を煌めかせていた朝日が、今度は不思議玉を照らし水晶みたいな水色に輝かせている。
「ん……うぅーん……」
直ぐ隣から、微かに呻く声が聞こえた。見ると、シズクが毛布をはね除けながら上半身を起こしていた。寝惚け眼を擦り、ぼんやりと欠伸している。今の音で起こしてしまったのだろうか。もうすぐ起こそうとは思ってたから丁度いいけど。
「………おはよ……早いのね」
「そんなに早くないよ。今日はシズクが遅かったよ〜」
「うっさい、わね……眠いのよ」
途切れ途切れに呟き、また大あくびをする彼女は本当に眠そうだった。彼女がここまで睡眠を欲するとは……きっと原因昨日のランであろう。何となく察する。
落ちた不思議玉をさっと拾って、まだしまっていない木の実類と一緒にバッグに押し込み、肩に掛ける。眠そうなシズクには悪いが、ギルドの規律はギルドの規律だ。さっさと朝礼場に行きたいのが俺の本心なんだけど。
「ふあ……ま、待って……」
「待ちます」
シズク、可愛すぎるんだよ。
*
「引っ張ってでもいいから朝礼場に連れてきてくれれば良かったのに」
「それちょっと理不尽……そもそもシズクが可愛すぎるのが悪い!」
「は?訳分かんないんだけど。何よそれ」
寝起きのシズクを無理矢理引っ張ってくることも出来ず部屋でぐずぐずしていたら、時間ぴったりに来たノンドの周りを見ない無差別な大声によって目を覚まされた。普通に起きているというのに、そしてノンドも多分気づいているだろうに、それなのに大声出そうとするのは止めてほしいものだ。
そのおかげで俺達は朝礼場に追い出され、シズクは眠気が吹っ飛んだようだ。さっきから俺に対しての愚痴を漏らし、尻尾をうちならす寝起きが不機嫌ないつものシズクに戻っていた。
「皆揃ったな?おいベントゥ、立ったまま寝るな。
さて……今日は朝礼の前にお知らせがある。ウェンディからの提案であるが……お料理教室というものを開くようだ」
「お、お料理教室?」
「嗚呼そうだ。最近は弟子入りも頻繁にあって、弟子同士でかかわり合う機会も中々無かっただろう。だからそういうことも兼ねて、だがな。
まずだ、雌はウェンディに付いていって厨房に入っていってもらう。そこで談話やら何やらしながら何かしら作っていてくれ。雄は、まあ普通に依頼に行ってもいいがパートナーがいないと上手くはかどらなかったりするだろう。だからこの朝礼場でお互いに話をしながら料理が出来るまで待っていてほしい。
大体こんな感じだが、いいな?」
「はい、大丈夫です。上手く伝わっていますよ、ラペットさん」
ラペットの説明に、ウェンディは小さく頷いて肯定を示した。
お料理教室。なるほど、そういうイベントもギルド内で企画されたりするのか。シズクが作った手作り料理を食べてみたいという浅ましい願いがあるが、叶うのだろうか。
横を見れば、サンは相変わらずわくわくと胸を高鳴らせていることがありありとわかる表情をしていて、シズクは反対に無表情だった。それでも、少し楽しみにしているのだろうか、不機嫌オーラがちょっと薄まっていた。
「じゃあ今日は一日そういうことで……もうすぐ遠征なのに怪我されても困るし……。
では!!解散!!!」
ラペットが若干怒鳴るように解散を宣言すると、雄雌バラけて散らばり始めた。雌はウェンディについて食堂の奥の方へ。やることの無くなった雄は朝礼場の隅に固まっている。雑談というのは嫌いではないが……シズクはどうなのだろうか。
他の女性陣に紛れて消えていくシズクを横目でちらりと見ながら、俺はフライの後について進んでいくのだった。